2014-09-24 (Wed)
「おにいちゃんといっしょ」
静雄×臨也/小説/18禁/A5/52P/500円
体が小さくなってしまった臨也が静雄の家に押しかけ一緒に過ごすことになる
普段の反応と違う優しい静雄を見てもやもやする話
表紙イラスト DALICO 様
虎の穴様予約(専売です)
続きからサンプルが読めます
>> ReadMore
「なんだよ、朝っぱらから。つーか蟲くせえ…………あ?」
勢いよく開いた扉から、来神高校のシャー時姿でシズちゃんは現れた。もう五年以上も前に卒業したのに、未だにそんなダサいの着てるなんて相当お金無いんだね、可哀そう。
いつもの俺だったら間違いなくそう言っていた。でも今日は、黙り込んでニコニコと笑ってみせる。
ある意味での実験だった。折原臨也の天敵である平和島静雄が、一体どんな反応するのか見てみたかったのだ。
勿論危険はあったけど、好奇心には勝てない。折角こんな姿になったんだから、というよくわからない意地もあったのだが、とにかく俺はシズちゃんのことを見あげた。
「てっ、手前……誰だ?」
「こんにちは、お兄ちゃん」
「お兄ちゃんって、どこのガキだよ。俺に弟は一人しかいねえ」
「あっ!ちょっと、待ってよ。勝手に閉めないでよ!!」
慌ててドアの内側に潜り込んで、閉めるのを遮る。相変わらず俺は笑顔を崩していない。
いつもだったらとっくにシズちゃんが襲いかかってきて、追いかけっこが始まる。それが今日は、オロオロと動揺しているシズちゃんという、大変貴重なものが見れて機嫌がいい。
「なんだよ。お前、家間違えてるぞ。迷子か?」
「いいの。ここで合ってる」
「だから俺の知りあいに手前みてえな子供なんていないぞ。人違い……」
「池袋最強。自動喧嘩人形の平和島静雄でしょ?」
「あぁ?なんだって?」
表情はそのままで、俺は挑発をしてみる。一体何秒で切れるか、と心の中で秒数を数えてみる。
三、四……十、十一。しかしそれから三十秒経っても、シズちゃんは動かず、それどころか眉間に皺を寄せて何事か考えているようだった。
「あー……わかった。これだ。こいつだ」
「うわっ!?な、なに、ちょっと、なにするんだよッ!」
「なんかノミ蟲くせえと思ったら、このコートか。体は……大丈夫そうだな。どこで拾ったか知らねえが、だせえコートなんて着てんじゃねえよ」
「だっ、ダサくなんかないし!ジャージの方がダサいじゃん。とにかく、返してよ」
突然首の後ろを掴まれたと思ったら、勢いよくお気に入りの黒コートが剥ぎ取られて俺は焦る。勘が鈍ったわけではないと思うのだが、シズちゃんが手を伸ばしてくるのが見えなかった。
ほぼ無抵抗のままコートを取られたと思ったら、次に体を屈めていきなり首元に顔を寄せてくる。そして、鼻をすんすんと鳴らして匂いを嗅いだようだ。
獣か。そう思うのに言葉にはならず、パクパクと口を開いて動揺した。
「よくわかんねえが、俺に用があるんだよな。とりあえず、あがれよ」
「……うん」
どうやら完全にシズちゃんは、突然現れた知らない子供が折原臨也であることに気づかなかったらしい。部屋に招き入れられて、俺は感動してしまった。
顔を合わせたら即喧嘩がはじまってしまうので、こんなにも長く話が続いた試しはない。どうやら俺の容姿が折原臨也に似ていることに疑問を感じつつも、シズちゃんの中では大したことがなかったのだろう。
嬉しくてクスクス笑いながら、明らかにサイズの合っていない靴を脱ぐ。突然こんな体になってしまった時は驚いたが、なかなかに成果はあったようだ。
バイクに乗った妖精や、妖刀を持っている人間がいるぐらいなのだから、体が縮むなんてことがあってもおかしくはないと思う。だがまさか、俺自身に起こるとは考えもしなかった。
情報屋として仕事をしていて、恨みを買い狙われることは日常的だ。保身の為に随分と気を遣っているし、俺にとってはあり得ない事だった。
しかし相手は人間で、何をしでかすかわからないところが楽しい。こんなことになってしまって驚きはしたものの、現状を受け入れて楽しむべきだと考えた結果、シズちゃんの自宅にやって来たのだ。
たまたま近い場所に居たことと、このままいつも通りに新宿の事務所に帰ることはできないと気づいた。子供の姿になったことで、体力が落ちてしまい、身を守ることが困難になった。
一か八かでシズちゃんの所に行けばなんとかなるんじゃないか、という気持ちも少なからずあったのだ。つまりは、池袋最強に用があるのは事実だった。
部屋に入るとその場でいろいろと物色したい好奇心が沸いたが、なんとか押し留めてその辺に座る。シズちゃんの家に、座布団やクッションなどというものはない。
「それでお前、俺に何の用だ」
「ちゃんとお金払うから、池袋最強のお兄ちゃんに俺のこと守って欲しいんだ」
「あ?」
「こわーい人に狙われてて、どこにも行く場所がないんだよ。携帯も落としちゃって……ねぇお願い!」
シズちゃんに頭を下げるなんて死んでもご免だったけど、それは折原臨也としてであって、体が縮んでしまった俺はあっさりと言えた。まるでネット世界で甘楽を演じている時のような楽しみがある。
それに、もしシズちゃんが了承してくれたら、俺にとって利点ばかりだった。普段全く話ができない状態なのに、こんなにもきちんと話ができるのだから、上手く利用することは可能だろう。
「じゃあ俺の携帯貸してやるから、お前ん家に電話して親に迎えに来て貰えよ」
「ちょっとそういう訳にはいかない事情があって」
「金あるんなら、俺じゃなくてもいいんじゃねえのか。知り合いに心当たりがあるから、連絡取ってやるよ」
「待ってよ!違う、俺は池袋最強に守って貰いたいの。お兄ちゃんじゃないとやだ!!」
意外と頭が回るシズちゃんが、多分新羅にでも連絡を取ろうと携帯を手にする。慌てて止めたが、心の中で舌打ちをした。
どうやら簡単に首を振ってはくれないらしい。しかしここで引くわけにはいかなかった。
「やだって、なぁ。なんでそんなに俺のこと気に入ってんのか知らねえけどよ」
「他の人なんて、信用できない」
「はぁ?信用できねえって……」
「でもお兄ちゃんは、優しいから信じられる」
子供らしい笑顔を浮かべながら、はっきりと言った。それは俺の本心でもある。
シズちゃんは、優しい。すぐ切れるという欠点さえ目を瞑れば、お人好しと呼ばれるような人間だ。
本人はなるべく人を遠ざけようとするのだが、自然とシズちゃんの周りに集まってくる。それは、いくら拒絶しようとも、いざという時に身を挺して他人を庇ったりできるような性格だからだ。
俺は長いことそんなシズちゃんに敵対し、見てきたからよく知っている。腹が立つし、殺したいと思うことは多々あるけど、好かれる理由ぐらいは把握していて当然だ。
もし俺が折原臨也という人間でなければ、隣に立ち一緒に居たいと思う。しかしそれは不可能だ。
顔を合わせた瞬間から気に食わないと一方的に拒絶されたのだから、いくら願っても叶えられることはない。どんなに望んでも手に入らないものだった。
それがこうして、別の形で得られることがあるかもしれないなんて、それは俺も必死になる。長いことこんな状態が続くとは思っていないし、ほんの少しだけでいい。
たった一日だけでもいいから、シズちゃんと折原臨也としてではなく、全くの他人として過ごしてみたい。そう考えながら、縋るような目で見つめた。
「なんで俺が優しいって……会ったこともねえのに言うんだよ。誰から聞いた」
「それは秘密。ねえ、いいでしょ?」
「あのなあ。確かに俺は力もあるし、子供一人ぐらいなら守ってやれるかもしれねえが、お前が俺の事情に巻き込まれることがあるんだぞ。わかってるか」
「なんとかなるって。お兄ちゃん強いから!」
無邪気な声でそう言うと、目の前のシズちゃんが驚いたように目を丸くした。そしてもじもじと、照れ臭そうに頬を染めている。
褒められ慣れていないことは知っていた。それに、純粋な子供の憧れに逆らえる者なんていないと思っている。
「……本当に知らねえぞ」
「引き受けてくれるの?やったあ、嬉しい!」
「クソッ、こんなつもりじゃあなかったんだけどな」
結局折れて、俺は両手を上げて万歳をする。了承させる自信はあったけど、予想よりもシズちゃんは手ごわかったのだ。
やはり想像していることと現実は違う。不測の事態も楽しめるぐらいでないと、やっていけない。
そうでなければ、密かな片想いをしている相手と毎回顔を合わせては殺し合いなどできないのだ。いちいち一喜一憂するなんて疲れるだけだ。
「じゃあお兄ちゃんに頼みたいことがあるんだけど」
「あぁ?なんだよ、いきなり」
「お釣りはあげるから、これで俺の下着買ってきて欲しいんだ」
* * *
「おい聞いてるか?」
「ッ!?さ、さわらないでっ!」
媚薬のせいで意識は朦朧としていて、シズちゃんの呼び掛けに碌に答えていなかった。だからいきなり腕を掴まれたのだが、刺激を受けて甘い痺れが走る。
それだけではなく、いろんな意味で惨めに感じていた俺は、本気で手を叩き落とし身を引く。途端に張りつめていたものが決壊したみたいに、ぼろぼろと雫が溢れだした。
「手前、っ、おい大丈夫……」
「だから、俺に構わないで一人にしてよ!」
「体震えてるぞ。寒いのか?なあ、教えろって」
「どこの誰ともわからない子供のことなんて、気に掛ける必要はないだろう。いいから、離れて」
「友達だって言ったのは、手前だろうが」
「えっ?」
予想外の一言に恐る恐る顔をあげると、不機嫌そうな顔が間近にあってドキッと心臓が跳ねる。シズちゃんに友達と言われただけだというのに、喜びと満足感で目の端からますます透明な水がこぼれていく。
ほんの僅かな好意が得られただけで、こんなにも嬉しいのかとはじめて知った。この姿でなければ得られなかっただろうし、本当に欲しかったものからは程遠い。
それでも俺は感激して、本物子供みたいに泣きじゃくる。次々頬を濡らす涙を拭おうともしなかった。
「よくわかんねえが、泣くなよ。なあ本当に体がどっか悪いなら」
「違う。薬打たれたんだ」
「薬って、なんだそれ」
「暫くすれば薬の効果は消えると思う。あんまり人に見せたくないから、このままでいさせて」
尚も本気で心配してくるシズちゃんに、やんわりと告げる。正直に言ったらわかってくれる、と思ったのだ。
すると様子を確かめるようにジロジロと体を見つめて、それから怪訝な表情になる。数分考えるように黙っていたが、口を開く。
「薬のことはわかったが、手前の足の間から生えてるそれは、なんだ」
「なんでもない」
「おかしいだろうが。まだ隠してんなら、さっさと吐け!」
「嫌だよ、っ、ちょっと……やぁッ!!」
隠し通せると思っていたのに、どうやら見通しが甘かったようだ。すかさず両手で体を隠そうとしたが、強引に足首を掴まれてしまう。
部屋中に悲鳴が響いたが、シズちゃんはやめてはくれなかった。そして俺の恥ずかしい場所が晒されてしまう。
「こりゃあ、なんだ?紐か?」
「まっ、待ってよ、引っ張らないで。絶対ダメ!!」
「ダメって言われたら余計に怪しいんだよ。こんなもん邪魔だろうが。抜いてやるから」
「だから、やめろって……ンっ、ぅ……あぁ!?」
必死に抵抗したが、敵うわけがないという事実も頭のどこかで理解していた。それでも、みっともない姿はどうしてもシズちゃんに見せたくなかったのだ。
結局尻の穴から覗いていた紐が引かれ、勢いよくローターが外に吐き出される。まだ微かに振動していたので、シーツの上にこぼれ落ちモーター音が煩く鳴るのが耳障りだった。
「あぁ?おい、これ尻の中から出てきた……よな?」
「はぁ、っ……だから嫌だったのに、ッ……もうわかったでしょ。いいから、俺一人にして」
「もう一本紐があるってことは、同じもんがまだ入ってんだろうが。気持ち悪くねえのんかよ」
「気持ち悪いにきまってるだろう!でも別に自分で抜けるし、変な気遣いとかいらないから。お兄ちゃん、お願い。一人でできるから、ね?」
「ダメだ。手伝う」
ナイフで切りつけてやりたい、と俺は本気で殺意を覚えたが、非力な子供の力ではいつも以上にシズちゃんを傷つけることはできない。なにがどうして、そんなに気になるのかは知らないが、こっちの意見を無視して紐を掴もうとする。
これが一体どんなものなのか、興味があるのだろうか。いい加減にしろよ、と唇を噛む。
「あのね、お兄ちゃん知らないみたいだから教えてあげるけど。これエッチなことをする為の玩具なんだ」
「……なんだと?」
「だからその、俺だって男なのにこんなことになって、腹立つけどさ……恥ずかしくて、お兄ちゃんに見せたくないの。打たれた薬も、セックスする為の興奮剤だから、体苦しくて大変で……とにかく、いくら男同士で俺が子供だからって、そこまでお兄ちゃんをつきあわせるつもりはないから。わかるだろ?」
必死に言葉を選んで、頬をひきつらせながらもはっきりと説明した。シズちゃんは無言で聞いていたが、やがて俺の想像を超えた答えを導き出す。
「あの野郎は、子供相手にエロいことしようとしてたってことか」
「そ、そう……だけど」
「玩具入れられただけか?他には?」
「服破られたぐらいで、なんとか大丈夫だけど」
「つまり手前は、誰でもいいからセックスしたくてたまらねえってことだよな?体が熱いのも、ガキの癖にエロい顔してやがるのも全部薬のせいで、しょうがないことだ」
「うん」
「じゃあやっぱり、俺が手伝ってやった方がいいだろうが」
Return <<
2014-02-19 (Wed)
「リメンバーミー」
静雄×臨也/小説/18禁/A5/68P/600円
静雄との決着から逃げて来神入学式の日まで過去を遡った臨也
静雄を避け大人しく過ごしていたが、ある日恨みを買い
死にそうになっているところを静雄に助けられ、好きだと告白される
拗ねた臨也が静雄に素直になるまでの話
表紙イラスト 柑那唯 様
虎の穴様予約
続きからサンプルが読めます
>> ReadMore
「おい、手前しっかりしやがれ!」
「……ッ!?」
その時突然はっきりと間近で声がして、俺は慌てて瞳を開く。すると眼前に知った顔があって、動揺した。
頬がひきつり、隠すことなく恐怖を顔に出してしまう。目の前に平和島静雄の姿があったら、誰でもそうなってしまうだろう。
「な、に……?なんで」
「待ってろ、すぐ医者に連れってやるから」
「ッ、や、やめろ!!」
まだそんな力が残っていたのかと自身で驚くぐらい、大きな声が出た。全身の震えは酷く、掴まれた部分がやたらと熱い気がするが構わない。
夢などではなく、運悪く最後の最後で平和島静雄に見つかってしまったらしい。こんなところで助けられたら、今までの何もかもが無駄になってしまう。
「落ち着けよ。悪いようにはしねぇから。俺の友人に医者が居るんだ」
「余計なことを、するな……っ、いいから、離せ」
「バカ言うなよ。ここで見殺しにしたら、俺は一生後悔する」
「見ず知らずの人間が死ぬぐらい、なんてことないだろう」
吐き捨てるように言ったのだが、あからさまに顔が歪められる。やはり性格的に合わないじゃないか、と改めて俺は思った。
このシズちゃんも、俺を邪魔をする。肝心なところで願いを潰されるなんて、冗談じゃない。
「俺は……手前のこと知ってる」
「有名人だからね。でも俺は君なんて知らないし、どうでもいい。放っておいてくれ」
「わかってんのか。死にてぇのかよ!!」
とうとう堪忍袋の緒が切れたシズちゃんが喚く。それに対して、反論などせずに俺は黙っていた。
それが答えだと、バカな頭でもわかったに違いない。さっと顔色が青ざめた。
「っ、おい、マジか?」
「死にたいって言ったら、見逃してくれるかい」
改めて告げると、ますます表情が歪む。そんな顔など今まで見たことがなくて、間違いなく俺の知っているシズちゃんとは違うのだと実感した。
そんなことはどうでもいい。とにかくやめてくれ、と視線で訴えた。
「お願いだから、俺のことは見なかったことにしてよ」
再度懇願する。まさかそんなことを頼むことになろうとは思いも寄らなかったが、関係ない。
俺が好きだったシズちゃんではないのだ。プライドも、意地もありはしない。
「じゃあなんで泣いてんだ」
言われてハッとするが、その前から涙を流していたので今更頬を濡らすことに恥じらいなどない。これには深い理由があるのだと説明する義理もない。
深くため息をついて、どう言えばいいんだと俺は困っていた。そこで突然、視界が真っ暗になる。
「あ……れ?」
「っと、おい!こんなこと言い合ってる場合じゃねぇ!!」
喉奥から掠れた声が聞こえたが、それ以上は発することができなかった。刺された傷のせいか、クスリのせいかは不明だが、まともにしゃべるのも困難になったらしい。
俺にとっては好都合だった。体が浮いたような気がして、痛みに呻き声があがるが、あたたかい何かに触れられる。
きっと間に合いはしない。思い通りになってくれるだろう、と確信しながら瞳をそっと閉じる。
願えばきっと叶うだと純粋な気持ちで思ったというのに、結果的に俺は裏切られた。その時の絶望感を、思い出したくはない。
* * *
「やぁ、久しぶりだね臨也。しゃべれるかい」
「……あぁ」
「こんなに不機嫌な君を久しぶりに見たよ。そんなに死にたかったの?」
相変わらず遠慮のない言いように、白衣の男を睨みつける。それだけならまだいいが、隣にもう一人男が居た。
黙ってはいるが視線をひしひしと感じる。あからさまに二人から視線を逸らして、俺は告げた。
「見世物になるぐらいなら、死んだ方がマシだっただろうね」
「ははっ、それ冗談?そんなこと言うような人間だったっけ。まぁいいや、とにかく静雄に感謝ぐらい言ったらどうかな」
そんなの言えるわけがない。言いたくもない。
ふざけるなと内心罵って、ひたすら無視を続ける。きっとそうしていれば、向こうから勝手に苛立って怒鳴り始めるだろうと俺は思っていたからだ。
「大丈夫じゃ……ねぇよな。とにかく助かってよかったぜ」
「ほら臨也、礼ぐらい言いなよ。君だって噂ぐらい知っているだろう。殴られたら吹っ飛ばされちゃうよ」
「おい勝手なこと言うな。俺はむやみやたら暴力振るうような人間じゃねぇ」
横で騒ぐ二人に返事をしたくないぐらい、俺は落ち込んでいた。シズちゃんを挑発して殴られたらあっさり死ねそうではあるが、その言葉すら思いつかない。
もやもやとした気持ち悪さに、胸が痛むばかりだ。嫌な感情を思い出してしまいそうで、とうとう新羅に告げる。
「一人にしてくれないか」
「どうしてだい!?君は騒がしい方が好きだろう?」
「それ、一体いつの話だよ。中学の頃の話ならやめてくれ。俺はそんな子供じゃない」
「充分子供だと思うけどなぁ。頑なにお礼言わないところなんか、子供以下だろう?」
チッと舌打ちをするが、新羅は引かない。こんなに厄介な男だっただろうかと、俺は何度目かの溜息をつく。
腹が立つ。うまく死ぬことができなかった自身に対してだ。
「わかったよ。不本意だけど一応礼だけは、言っておく。ありがとう」
「僕に言ってどうするんだよ」
「もういいだろう。さっさと出て行け」
シズちゃんの顔など見れないので、俺は新羅に向かって言った。まさか礼を口にする日が来るなんて思いもしなかったが、過去に戻れるぐらいなのだから、人生何があるかわからない。
とにかくこれで役目は果たしたつもりだったのだが、意外なことを告げられる。おもわずビクンと肩が震えた。
「随分素直なんだな」
「俺を怒らそうとしたって無駄だ。いいから、これ以上構わないでくれ」
「そんなつもりはねぇよ。意外っつーか、もっとキツイ奴なんだと思ってたんだが」
「君の一方的な俺の印象なんて知らないよ。ねぇ、もう本当にやめてくれないか。新羅も、いくら払ったら出て行ってくれるかな」
「ちょっと臨也、いつから金で解決するような薄汚い人間になったの?」
相変わらず空気も読めなければ、俺を苛立たせるようなことを二人は言う。これ以上は話もしたくないのに、一向に終わりはしない。
金で動く人間ではないとわかってはいたが、こうも扱いにくいとは思いもしなかった。うまくいかないのは、俺自身のせいだろうとはわかっていたけれど。
「あぁ、そういうところは最低な奴なんだな……」
「でも臨也はもっと性格悪いんだよ。こんなものじゃない。随分と丸くなったんだ?」
「いい加減にしてくれないかな」
強い口調でぴしゃりと言い切る。すると二人は押し黙り、室内が静かになる。
やけに疲れてしまった。普段のように頭も回らないし、俺は情けなくなってしまう。
「俺は病人だろう」
「そんなまっとうなことを言われるなんて思わなかったよ」
「だから新羅が知っているのは、昔の俺だろう。もう何年も会ってなかったのに、友達面されたくはない。それに知っているだろう。俺は……」
「知ってるよ。静雄のことが、苦手なんだろう」
高校時代に何度もシズちゃんを俺に紹介したがっていたので、本当のことを告げていたのだ。平和島静雄は苦手なのだ、と。
嫌いではない。好きでもない。
ただ顔を合わせば嫌な感情がこみあげてくるので、苦手だというのが本音だった。
今のシズちゃんを知りもしないのに、嫌いにも好きにもなれない。それに、俺が思いを寄せる相手はもうどこにもいないし、一人きりなのだと決めていた。
「はっきり言うよ。平和島くんだって、俺のことが苦手だと思っているだろう?」
「ぶはっ!?へ、平和島くん、って……君いつからそんなおかしなこと言うようになったの。初対面でドタチンなんて妙なあだ名つける変人だっただろう?」
「すまん、俺も……っ、おかしくて……くくっ」
そうなるんじゃないかと思いはしたが、俺がシズちゃんのことを平和島くんと言っただけで二人は盛大に笑った。なにがおかしいんだとムッとしたが、怒鳴りはしない。
それでも俺は呼び方を変えるつもりなどなかった。親しいと思われたくはないし、距離を取りたいのだ。
「これだから、嫌なんだ。もう勘弁してくれないか。気分が悪い」
「あぁ悪かったって、笑っちまってよ。機嫌直してくれ」
「だから俺は君が苦手なんだって。本当にもう話し掛けて欲しくないんだ」
「でも嫌いじゃねぇんだろう?」
「知らない相手のことを一方的に嫌うほど、薄情な人間じゃない。でもこれ以上あれこれ詮索するなら、嫌いになるだろうね」
「別に嫌いになったって構わねぇよ。俺は手前のことが、知りたい」
途端に背筋がゾワリと震えて、思わずシズちゃんのことをまじまじ見つめてしまう。ここまで嫌悪感を露わにしたのは久しぶりだった。
一体なにがどうなって、あの平和島静雄が俺に興味を持っているのだろうか。冷や汗が浮かんでしまう。
「そんな幽霊でも見たような顔すんなよ」
「初対面の人間に言うのはどうかと思うんだけど、ちょっと気持ち悪いんだけど。俺の何が知りたいっていうんだよ」
「手前を刺した奴は、俺がぶっ飛ばしてやった。顔見てたからすぐ見つかったぜ。しかしお前、自分の会社の人間に恨まれてたのか」
「俺はそんなこと頼んでない。どうしてそう、余計なことするんだよ」
まさかシズちゃんが俺の部下のことまで調べ上げた上で、どうにかしていたなんて驚きだった。ここまできたらもう、笑えはしない。
そこまでされる覚えはない。ひたすらおぞましい感情しかなくて、眉を潜めた。
「いつものボディガードってのも、グルだったんだろう。なんか悪いことをしてたのか?」
「さぁ、そんな覚えはないね。ただ俺の莫大な財産目当てだったんじゃないかな。財布を持って行っていたし、欲しいなら……金ぐらいいくらでも渡してやったのに」
金など惜しくはない。不満があるのなら言ってくれれば、給料ぐらいあげてやっただろう。
といっても、普通の企業よりはかなり賃金は高い方ではあった。今更どうもなりはしないが、刺されたのはやはり俺の純粋な地位と財産、もしくは会社のせいだろう。
「いくらでもって……なんか、手前」
「言いたいことがあるならはっきり言ってくれていいよ。怒りはしない」
「随分と甘ぇんだな」
「は?どこがだよ」
社長として社員の不満を解消するぐらい当然のことだろうとは思ったので、ムッとする。確かに情報屋だった頃の俺に比べたら、甘すぎると言っていい。
ただし今の世界ではそういう悪どいことは一切していないし、しようとも考えてはいなかった。無謀なことはせず、ひたすら保身に走った結果がこれだというのに、何が甘いというのだろう。
「まぁいいけど。そうだ、君にも礼ぐらい払う。それが目当てなら、そうと言ってくれよ。いくらだい?」
「金なんていらねぇ」
「臨也ってさぁ、別の意味で嫌味な奴になったんだね。まぁ昔に比べればかわいいものだけど」
「自覚はあるよ。でもいい加減放っておいてくれないかな」
一体何度説明すれば気が済むのか。傷の痛みもあって、なんだか疲れ果ててしまう。
するとすかさずシズちゃんが近づいてきて、覗き込む。そして言った。
「もしかして熱あるんじゃねぇか?顔赤いぞ」
「君達がしつこいからだ」
「あぁそうかもしれないね。すごいな静雄、よく気づいたね」
シズちゃんが俺のことに気がつくなんて、どんな悪夢だろうと内心思ったが視線を落としてそれ以上は押し黙る。汗が浮いていたのは、熱のせいだったようだ。
「薬取ってくるよ」
「いらない。いいからもう、帰らせてくれ……治療代は後で送るから、一人になりたい」
* * *
「そ、それって、まさか」
「手前全然勃ってねぇな」
「ちょっとさぁ、そんなところまで規格外サイズなの?さすがに俺も予想できなかったよね」
既にやる気満々な状態のペニスを見て、震えあがった。いくら頑張ってもちょっとあれはご免だと思う。
だがシズちゃんは引く様子がない。ボトルを手にして、再び俺の上に覆い被さる。
「これでお前のここを解せばいいのか?」
「だけど、シズちゃんのに比べたら指なんて……」
「どうするんだ?中に全部入れればいいのか」
「っ、え?」
どうしたらいいかと言いながら、シズちゃんはボトルの先を俺の後ろにいきなり押し当てた。左足の膝が胸につくぐらい折り曲げられた状態で、入り口が晒される。
そして制止の声を上げる前に、いとも簡単に押し込んでしまう。直後に予想外の感覚に襲われた。
「う、わ……ッ!?」
「すげぇな。エロいな……なんか腰振ってるみたいだぞ」
「な、なにやってんだよ。いきなり媚薬ローション全部入れるなんて、っ、やめ……く、ぁ」
必死に叫んで気持ち悪いのをやり過ごそうとしたが、そうはいかなかった。どんどん媚薬入りローションが中に押し込まれていき、声が漏れそうになってしまう。
冗談じゃない。やめさせようとしたが、それよりも早く中身が空になった。
シズちゃんの怪力で押し出されたのだから、数秒もかからずなくなってもおかしくない。俺は本格的に青ざめた。
「おっと、こぼれて……やっぱ、すげぇな」
「ッ、そんなところ見なくていいから。ねぇこれ以上は」
「なんか指一本ぐらいならあっさり入りそうだな」
「ちょっと、やめてよ。そんなわけ……ッ、ねえ、待っ……」
まるで好奇心旺盛な子供のように、シズちゃんの瞳が輝いて見えた。本気で突っ込みそうだと思ったのでやめさせようとしたが、それよりも早かったのだ。
たっぷりとローションまみれになって濡れている穴に、指が強引に押し込まれたのだ。当然中身が隙間から溢れて、俺はパニックになる。
「ッ、く!?ちょ、っと……指、やめろって、っ、クソ」
「手前の言った通りだな。ローションがなかったら、こんな簡単に入らなかったかもしれねぇ」
「聞いてよ!俺の話を、ッ、は……ねえ、ってば」
いくら必死に語りかけても、シズちゃんの目はそこに釘づけだった。むやみに動いたら余計に悲惨なことになるのが目に見えていたので、俺は唇を噛んで耐える。
なんとか抜く方法はないかと頭を巡らせていたが、あっさりと俺の目の前で指を出し入れし始める。ぐちゅぐちゅ、と淫猥な音が響いた。
「あ、っ……く」
「ところで媚薬ってのは、いつ効いてくるんだ?」
「え、っ?」
俺はすっかり忘れていたことを問われて、そこでようやくハッとする。途端に強烈な疼きが背筋を駆けあがっていき、しまったと気づく。
意識したことで媚薬の熱を感じてしまったのだ。知らなければよかったのに、もうそうはいかない。
指が埋まったり、また引き戻されるのを見ながら熱い吐息が漏れて行くのを感じる。このままでは、流されると焦った。
「やめて、っ、ぁ……苦しい、から」
「苦しいってキツイってことか?確かにぎゅうぎゅう食いついてるみたいだが、もう一本ぐらいいけるだろう」
「聞いてよ。俺は入れてなんて言ってない……っ」
「ほらいけるぞ」
シズちゃんが話も聞かずに、二本目の指を後ろの窄まりに添えた。慌ててやめさせようとしたのに、そんな努力は虚しく意外とあっさり飲み込まれていく。
しかしそれは見た目だけで、やはり内はキツくてたまらない。今度こそ耐えきれない声が漏れてしまう。
「ぁ、はぁ……ッ、最悪」
「安心しろ。ちゃんと入ったぞ。ほら見えるか?」
「見えない、っ、ぁ、くそ……媚薬が、っ、はぁ、は」
ただでさえ荒くなっていた呼吸が余計に激しくなり、全身も火照り始めていく。あまりに性急な効果に、俺の思考は追いつかない。
その間も二本の指は意外と巧みに中を行き来し、順調に解していった。その度に意識が朦朧としていき、とうとう快楽までわかるようになってくる。
「あ、ぅ……っ、こんなの、認めないッ、ぁ、は」
「もしかして薬が効いたのか?顔赤いし、なんかやけにエロい顔だな」
「そんなこと、いちいち言わなくていいから……ぁ、はぁ、もう、やだ」
Return <<
2013-10-03 (Thu)
「一日限りの恋」
静雄×臨也/小説/18禁/A5/84P/800円
長年の決着をつけて互いの気持ちを知った静雄と臨也は晴れて恋人同士になる
しかしある日を境に臨也は一日しか記憶を保てなくなってしまってそのことを静雄に隠したまま過ごすことになって…
記憶を失っても静雄が好きでたまらない臨也の切ない系シリアス話
表紙イラスト 那央 様
【重要なお知らせ】
今回の新刊で、45ページ2段目17行以降の内容に、3ページ分ほど編集時の手違いで落丁が発生しております。
大変申し訳ございませんでした。
当日販売分については、落丁している3ページ分のペーパーをお渡し致します。
書店委託分は、一旦販売を中止致しまして対応次第お知らせ致します。もう暫くお待ち下さい。
また本文サンプルラスト部分にも落丁分のページを掲載しております。こちらもご利用ください。
続きからサンプルが読めます
>> ReadMore
「これは……?」
怪訝な表情をしながら、俺はそっと開いたページに書かれている文字に手を添える。そんなことをしても思い出しはしないだろうが、指先は震えていた。
なんで、どうしてという困惑しつつも目で追う。間違いなく自身が書いたであろう筆跡で、真実だと信じられないのだとしても読むしかなかった。
心臓は早鐘を打ち、手のひらにはじっとりと汗が浮かんでいる。ごくりと喉を鳴らして、一字一句漏らさず眺めた。
「事実だけ淡々と書かれていても、ちっともわからないな」
小声で感想を漏らしたが、誰も答えはしない。当たり前だ。
周りに人が居ないのを確認して、本来の持ち主であろう相手が眠っているのをはっきり見て、隣のリビングまでやってきた。ページのはじめには、こう書かれていた。
『絶対に、シズちゃんにこのノートの存在は知られてはいけない』
「言いたいことはわかるけど」
一番の注意事項だ、という意味なのだろう。すぐに理解したから、こうしてコソコソしているのだ。
落ち着け、と言い聞かせ深呼吸する。そもそもこのページのはじめに書かれてある一文も、後で書き足しておかなければいけないのではないかと思った。
「だってさあ、忘れちゃったらシズちゃんっていうのか誰かもわかんないじゃないか」
ノートにはびっしりと文字が綴られていて、俺はひたすら読み進めていく。すると途中で、なんとなく頭の中に何かが浮かんだような気がした。
それでも止めることなく、きっちりと最後まで辿り着く。まだノートのページは残っていて、きっと眠る前にここに付け加えることになるのだろうと息をついて笑む。
「でもそうか、見たらすぐにわかるかもしれないね」
ノートを閉じてソファに転がる。するとぼんやり、何かが体の内から溢れるように広がっていった。
それはとても大事なものだ。
「だって顔を見ただけで、愛してることは知っていたからね」
ノートを手のひらから落とすと、パラパラとページがめくれて床に転がった。
* * *
「ねえシズちゃん、ここはどこだい?」
「幽が貸してくれたマンションだ」
「ふーん……どうりで見たことないと思ったよ」
言いながら手首を捻ってみるが、耳障りな音がする。ジャラジャラ、と鳴り響くのは俺を拘束している手枷と鎖だ。
なるほど、とジッと見つめて鎖の伸びた先を確認した。どうやら強引にベッドの端に括りつけられているようで、シズちゃんがやったのか、とすぐに理解する。
バカ力でグルグルに巻き付けて、と舌打ちした。でも、なんとかすれば逃げられるだろうと深刻には考えていない。
「それで、俺を捕えた気分はどうかな」
「ああそうだな、最高の気分だとでも言えばいいのかよ。クソノミ蟲が。こっちは大変だったんだぞ」
「へえ、大変って何があったんだい。聞かせてよ」
俺には気を失って以降の記憶はなかった。シズちゃんと本気の喧嘩をして、追い詰めようとあれこれ画策したというのに、すべて通じなかったのだ。
そう、折原臨也は平和島静雄に負けた。完膚なきまでに何もかも壊されたのだ。
「手前をそのままにしておけねえし、って担いで歩いてたら変な奴らが寄ってきたんだよ。必死に逃げて、しょうがねえから幽に連絡してここを教えて貰った。全部手前のせいだからな」
「嫌なら途中で捨てればよかったじゃないか。俺としても、その方がよかったんだけど」
「ああ?んなことできるかよ。ゴミ撒き散らしたまま帰ったら、迷惑じゃねえか」
「うわ、俺って遂にゴミ扱い?やだなあ」
なるほど、と考えながらも内心驚いていた。シズちゃんが、当たり前のようにこれまでと同じように俺に話し掛けているからだ。
まるで人生を賭けた俺との喧嘩なんて、なかったことのようにしゃべっている。あの時のことを言われたら、さすがに黙ってはいられないのでこのままでいいのだが。
なんとなく、浮かれているような気がした。勿論俺ではなく、シズちゃんだが。
「とにかく今日から手前はここで、俺と一緒だ。わかったか」
「はあ?何言ってんの、頭大丈夫?どっかでぶつけておかしくなったかなあ」
ケラケラと笑ってみせたが、シズちゃんは俺のことを睨んだまま微動だにしない。まるで石像のように固まって動かず、次第に声は沈んでいく。
おかしい、何か変だ、とようやくそこで気がついたのだ。いや、なんとなくわかってはいたが、あえて考えないようにしていたというか。とにかくシズちゃんの様子が尋常じゃないことだけは間違いない。
「怒らないの?」
「我慢してんだよ」
「どうして、いつもみたいに気に入らないなら殴ればいいじゃないか」
「んなことしたら、俺が捕まるだろうが。無抵抗な人間殴るほど、バカじゃねえんだよ」
「そうかなあ。君はいつも俺を見たら顔色を変えて追いかけてきて、喧嘩になっていたじゃないか。バカみたいに繰り返してさあ」
どうして殴らないのか、俺は理由がわかってはいたのにあえて煽ってみる。殴ればいいじゃないか、と心の中で呟きながらだ。
シズちゃんが、あの何年も俺のことを追いかけては切れていた男が、成長という言葉一つで変わったなんて認めたくなかったのかもしれない。意地があったのだ。
十年近く抱え込んできた、どうしても譲れないもの。勝手に期待して、失望して、諦めて、すべてを投げ捨てでも決着をつけようと正面から立ち向かった。
「まさか今更、仲良く一緒に過ごしましょうとでも君は言うのかい?」
「……勝負に勝ったのは俺だ」
ぴしゃりと言い切られて、息を飲む。意志のこもった強い口調だ。
これまでとは違う、と背筋がゾクリと震えてしまい俺は動揺を隠すことができない。口先だけであれこれと躱してきたものが、通用しなくなった。
嫌な予感がして、心臓が早鐘を打つ。なんだこれは、と手のひらにじっとりと汗を掻く。
シズちゃんの視線は俺を捕えて離さない。本気だと、問わなくても判断できることだった。
「ガキでも知ってることだろう。勝った者は、負けた者の言うことに逆らえない」
「それで?シズちゃんが俺にしたいことってなんだい。殴って殺す以外に、なにがあるっていうのさ。教えてよ」
聞かなくてもいい、と心は悲鳴をあげていたのに、俺の好奇心が勝手に口を滑らす。知りたい、と思ったのだ。
こんな部屋に閉じ込めて、どうしたいのか。納得のいく言葉が欲しい、ただそれだけだった。
「とりあえず、今俺が手前にして欲しいことは」
「何?」
ベッドの上に寝そべっていた俺を、シズちゃんがジッと見下ろしている。見下ろされるのは好きじゃないのに、と不機嫌に見つめながら待つ。
すると予想外の返事があって、一瞬呆けてしまう。いつもみたいにサングラスのないシズちゃんの瞳が、本気だということを告げていた。
「頭もよくて、なんでもできる手前ならなんか作れるだろう。腹減った」
「はあ?ちょ、っと待ってよ。まさか俺に家政婦でもしろと?コンビニで買ってくればいいじゃないか」
「幽が用意してくれたんだよ。食材を無駄にできねえだろう。なんとかしろ、できるだろうが臨也くんよお」
なんだこれは、と予想外の言葉に焦ってしまう。なんで、どうして、俺がシズちゃんのご飯なんて作ってあげなければいけないのか。
でもちょっとだけ、ほんの少しだけ、シズちゃんの言葉が引っ掛かった。俺を怒らせる為に言っていることだとわかっているのに、嬉しかったのかもしれない。
頭もよくて、なんでもできる。
そうはっきり言ったことだけは間違いない。嫌悪感もなくさらりと言うものだから、動揺したのだ。
まさか天敵に対して、おだてることができるようになるなんて、これが成長というのなら大したものだ。いや、俺にとってはあまりよくないことには違いなかった。
「これ外してくれる?」
「そう簡単に外すかよ。鎖は俺が持ってるから安心しろ」
「残念だなあ、そこまでバカじゃなかったか」
肩を竦めてあからさまにガッカリな表情でおどけてみせる。シズちゃんはすぐにベッドに括りつけてあった鎖を外すと、しっかりと手に掴む。
幸い簡易的な拘束だけなので、これならいくらでも逃げれるなとほくそ笑む。とりあえず料理でもなんでも作ってやって、油断させてやると意気込む。
「言っとくが、マズイもん作ったら作り直しだからな」
「あれ、なんでバレたのかなあ。ほらそれに、シズちゃんの好みと、俺の好みが一致するとは限らないし」
「手前の妹達が、臨也の作る飯は上手いだとかなんだとか言ってたぞ。手抜きは許さねえ」
「はあ、なにその情報?ったく、あいつら」
九瑠璃と舞流のことか、と一瞬で不機嫌になってしまう。あの妹達はいつも余計なことばかりを言い、しかも勝手にシズちゃんに近づいてはあれこれと言うのだ。
それはもう随分と昔からのことで、今更驚きはしないが、料理のことをシズちゃんに吹き込んだ罪は重い。大体俺が料理を作れるようになったのは、味にうるさい妹達のせいなのだ。
苛立ちを覚えながら勝手にキッチンに入ると、冷蔵庫を開けてみる。そして目が点になった。
「っていうかさあ、よく考えたらこの冷蔵庫って業務用のじゃないの?」
「あー……そうなのか?やけにでけえなとは思ってたけどよ。すげえだろう」
「君の弟はさあ、何かを間違った方向に張り切ったのかな。こんなに食材があって、パーティでも開くつもりだった?」
シズちゃんの就職祝いにバーテン服を数十着送った、という話は聞いたことがあった。さすがシズちゃんの弟だとその時は笑ったが、同じような光景が目の前にある。
明らかに大きな冷蔵庫の中に、ぎっしりと野菜や肉が詰め込まれている。そもそも、肉等は冷凍しなければ数日しかもたないというのを知らないのだろう。
大袈裟にため息をつく。こんなのいくらシズちゃんが化け物じみた食欲をしていたとしても、無理だ。半分以上は冷凍庫行きだ、と考えてふと思い出す。
別にシズちゃん家の冷蔵庫の食材が腐ろうが、どうでもいいじゃないかと。驚きすぎて、流されるところだったと扉を閉めようとして、腕を掴まれる。
「食材ダメにしたら、お前の妹達に変な顔の写真撮って送るぞ」
「はあ!?なにそれ、罰ゲームじゃん。っていうか、メルアド知ってるの?」
「勝手に登録されてたんだよ」
いくら俺がシズちゃんに負けたからって、どうしてここまでとため息をついたが仕方なく冷蔵庫に目を向ける。どうやら魚の類はないようで、それだけが救いだった。
これだけあればなんでもできる。視線だけシズちゃんに向けて言った。
「それで、何が食べたいの?」
「なんでもいい」
「じゃあ鍋にでもする?その方が食材いっぱい使えるし」
手っ取り早いじゃないか、と思って提案したのだがシズちゃんは無言だった。つまりは、いいということだ。
二人きりで鍋をつつくところなんて想像したくなかったが、この際仕方がない。シズちゃんの要求を叶える為には仕方のないことだった。
「好きにしろよ」
「なにそれ。偉そうに言ってさあ、激辛キムチスープにでもしようか」
「忘れてた。辛いのだけはダメだ、わかったかノミ蟲」
「はいはい」
わがままな子供かよ、と呆れはしたものの逃げる隙を作る為には仕方がないと割り切って冷蔵庫から適当に食材を取り出す。罰ゲームが暴力じゃないだけマシか、と思いながらすぐ真横に立っているシズちゃんを見る。
「なんだよ。さっさと作れよ」
「なんかさあ、シズちゃんって絶対結婚とか恋人とか無理そうだよね。我儘だし、顔怖いし」
「うるせえな。わがままなのは手前にだけに決まってんだろうが。他の奴に同じことしたら、失礼じゃねえか」
「俺だけ?へえ、そう……ふーん」
これは好意的に受け取っていいのか、それとも違うのかと複雑な気持ちになる。広いキッチンに食材を並べて、考えながらも手だけは動かす。
間違いなくシズちゃんの本性は、俺が知っているこっちだ。乱暴で、自分勝手で、怒りを抑えきれない子供。
ということは、それを俺にしか向けられないということは好意的に取ってもいいんじゃないか。なんだかんだと気を許せるのは俺だけじゃないか、と思っていると。
「人のことばっか言ってんじゃねえよ。手前だって、恋人とかそういうのいねえだろうが。最低な性格だし」
「失礼だなあ。俺の場合は、相手も不幸にしてしまうことがあるからね。敵の多い情報屋の彼女なんて、危ないに決まってるだろう。それこそシズちゃんみたいな、化け物なら話は別だけど。そもそも俺はそういうの、嫌いなんだよね。人間が好きなんだからさあ」
「俺は化け物じゃねえ、っつってるだろうが」
そこでようやく、シズちゃんは今日はじめて苛立ちを見せた。やっぱり怒れるじゃないか、とほくそ笑む。
そうだ、人間的に成長したシズちゃんなんてありえない。俺にも優しくできるとか、あってはならないことだ。喧嘩が終わったからじゃあ仲良くしよう、だなんてそんな関係じゃない。
遠い昔、ほんの一瞬だけそれを望んだこともあったかもしれないけど既に忘れている。シズちゃんに嫌われるようにあれこれしてきたのだから、手など取れるわけがなかった。
「シズちゃん、肉食べれるよね?いっぱい入れるから、残さず全部食べてよ」
「手前の飯が本当にうまかったらな」
鍋に上手いも下手もあるか、と思いながら包丁を手に取り食材を切り始めた。
* * *
「手前の飯がうまかったから、毎日食いたい」
「なに……それ?」
そんなまるで結婚相手に言うお決まりの文句みたいな理由なんて、俺は望んでいなかった。適当すぎやしないか、とふつふつと怒りがこみあげてくる。
だがシズちゃんは、なにもかもやりきったみたいなすっきりとした顔をしていた。もし薬で動けない体でなければ、掴みかかっていたに違いないだろう。
「あのさあ、シズちゃんにご飯作ってあげるなんて誰でもできるじゃないか」
「部屋に監禁して飯作らせたい相手は、手前以外いないぞ」
「まずその考え方からしておかしいんじゃないか。彼女作って一緒に暮らしてご飯作ってもらえばいいだろう」
「俺に彼女なんてできないっつったのは手前じゃねえか」
よく覚えていたな、と感心しながら考える。シズちゃんが俺のご飯を毎日食べたい、などと言った理由をだ。
誰でもいいからという意味で言ったわけではなく、ちゃんと現状を理解し折原臨也しかシズちゃんにまともな食事を毎日提供できる相手は居ない。と本人なりに言ったつもりなのだろう。
「そもそも部屋に監禁するのが道徳から外れていることなんだけど、わかってる?」
「こんなところで動けなくなってるよりは、マシだろう」
言いながらなぜかシズちゃんは、肌蹴ていた俺のシャツを元に戻す。本人はさり気ないつもりだろうが、思わず目を見張る。そんな世話を焼くような性格じゃないだろう、と見つめたが睨み返されてしまう。
俺が知らないだけで、確かにシズちゃんには弟がいる。最愛の弟の為に面倒を見ることぐらいはあっただろう。
それと同じ行為を天敵だった俺にするのはおかしな話だったが、毎日ご飯を作ってくれる相手として昇格したのなら普通なのかもしれない。冗談じゃないと思った。
「やめてよ、ッ、俺は……」
「ところでよお。さっきから気になってたんだがどうしたんだ、それ」
それ、と言いながら指差したのは、俺のズボンの股間部分だった。一瞬で自分がどんな状態なのかをすべて思い出し、かあっと全身に熱が戻る。
忘れていたわけじゃないが、指摘されたくないことだった。できることなら見逃して欲しかったのに、やはりそうはいかないらしい。
シズちゃんはいつもそうだ。絶対に俺が顔を合わせたくない時に限って現れるし、邪魔をする。勝負がついた今でも、それは変わらないらしい。
「別にいいだろう。君には関係ない」
「連れて帰るのに、これじゃあ困るじゃねえか」
「じゃあ置いていけばいい。薬打たれたんだから、しょうがないだろう。俺じゃどうにもならない」
「薬打たれた?もしかしてこの跡か」
「だから触るなって、ッ!」
シズちゃんに嘘をついても意味などないことぐらいわかっていたので、俺は薬を打たれたことを暴露した。するとさっき指差した首筋に手を添えてきたので、怒鳴る。
だが俺のに比べて大きく、やたらとカサついてごつごつした指が添えられた。途端に頭の中が真っ白になり、唇を噛みしめる。
「……ンっ!?」
「どうした、どっか痛いのか?」
「やめろって、いいから、俺のことは……っ、あ、シズちゃん!!」
これまで散々俺のことをいたぶってきた癖に、どうして心配するような言葉を掛けるのか、と腹が立つ。シズちゃんらしくない。
そんなにあの鍋が気に入ったのだろうか。材料を切ってちょっと味付ただけのものが。
十年近く本気の殺し合いをしておいて何も変わらなかったのに、ちょっと成長して天敵でも気遣うことができるようになったのか。とにかく、タイミングは最悪だ。
必死に声を押し殺そうとしたが、媚薬なんて打たれたことなどない。耐性が全く無いので、困ってしまう。やめろと喚いても、逆に腕を掴まれる始末だ。
「手首にも傷あるぞ」
「いいからっ、離せよ。はぁ、こっちは苦しいんだよ、それぐらい察してくれないかな」
「苦しい?じゃあ脱げばいいじゃねえか、こんなに勃ってんだし」
「はぁ!?ちょ……っと!!」
手首に残っている跡にも気づかれ、顔を顰める。だがそれだけでは終わらず、あまりにもあっさりと俺のズボンに手を掛けて、乱暴にベルトを外したシズちゃんに慌ててしまう。
性に対してまるで遠慮がない。どちらかというとそういう行為は経験がないとか、知らないのだと思い込んでいた。
だがシズちゃんだって男だし田中トムという変わった先輩もいる。一緒に誘われ断れず、とっくに童貞を卒業していてもおかしくない。だから性的なことに対してもまるで気づかないのだろう。
とにかく俺にとって都合が悪い。こっちは、性欲なんて普段ほぼないしセックスだってしたことなどないのだ。
「勝手に脱がさないでよ、変態!死ね、殺してやるッ!!」
「動けねえ癖になに言ってんだよ。ほらこれなら苦しくないだろう。つーか手前、これ」
「それ以上言ったら俺、一生シズちゃんを恨むよ」
騒いでやめさせようとしたのに、ズボンと下着を一気に膝の辺りまで下ろされた。するとあっさりそこが露わになり、悔しさで唇を噛みしめる。それだけならいい。
だがシズちゃんは、俺の性器を見て何かを言い掛けた。そんなこと皆まで言わずとも、わかっていたので遮る。
「大きさのこと言いたいんじゃねえぞ」
「言ってるじゃないか!バカ!!」
「だから、手も動かせねえんだろう。だったら俺がしてやるよ。一度出したら大分おさまるんじゃねえのか」
「シズちゃんが、手で……する?」
あっさりと一番言われたくないことを口にしたシズちゃんを睨みつけるが、聞いてはいない。それどころか勝手に性器に手を伸ばそうとしてきたので、今後こそ指に力を入れた。
逃げなければいけない。シズちゃんに手コキされてたまるか、と俺は本気だったのだがやはり動けなかった。
「っ、あ!?だ、から……ぁ、っ、く、やめろって、言ったのに」
「これぐらいどうってことねえよ。辛いならしょうがねえし、動けない同居人の面倒見るぐらい普通だろう」
「下半身のの面倒見るのは、っ、普通じゃない、って……ねえ、ほんとに、やめ、ッ」
しっかりと左手で根元を掴み、既に溢れていた先走りを右の手のひらになじませると、そのまま軽く擦りあげた。明らかに手つきは慣れていて、なんだか俺は負けた気分になる。
主に自分のしかしたことが無いだろうが、シズちゃんなら本能的に察して、こっちの嫌がることをしてくるに違いない。つまり、扱かれたら取り返しがつかなくなるのではないか、と俺は予想したのだ。
そしてそれは、当たっていた。悪いことだけ、いつもこうなるのだ。
「ふっ、ぁ!?シズちゃ、ぁ……あ、っ、ちょっと、ねえ、やめろって、ンっ」
「ちゃんと反応してるぞ。気持ちいいだろうが」
「だから、俺は、こんなことしてくれなんて、一言も、ッ……あ、はぁ、あ、くっ」
いきなり激しく竿部分を片手で包むように添えながら、上下に動かす。とても直視できるものではなかったので、必死に視線を外した。
それでも、時折ぐちゅぐちゅと淫猥な音がする。媚薬も本格的に俺の快感を煽り、意識してやめようとしているのに甘ったるい声が漏れ始めた。
ふざけるな、と苛立つもどうしようもできない。動けないはずなのに、時折腰がピクンと跳ねて感じていることを示す。
男なのだから、性欲に弱いのはしょうがないのだ。だが俺は認めたくなかった。ましてや、シズちゃんの手で翻弄されているなんて信じたくない。
「どんどん汁溢れて、硬くなってるぞ。ピクピク震えて面白えな」
「見るな、って!なんで、っ、そんなに……はぁ、俺のを見て、嫌がらせ、したい、の」
「こんなのが嫌がらせになるのか。まあそうだな、焦ってる手前見るのは悪くねえな」
「最低ッ!!」
いくら叫んでもシズちゃんは一人で楽しそうに指を動かし、どんどん追いあげられていく。思考もぼんやりとして、焦点も定まらない。
中心に熱が集まって、すぐにでも弾けそうなぐらい苦しくなる。当然のように、シズちゃんも気づいたらしい。
「ほんとに、っ、離せ……やめろ、って、シズちゃ、ッ……んぅ」
「遠慮せずに出してみろよ。楽になりたいんだろう?」
「はぁ、なりたい、けど……ッ、ぁ、こんなこと、されたくは、ない、からぁ」
「諦めろ、手前は俺に負けたんだ。いくら嫌だと言われようが、従えねえな」
既に朦朧としていて、バカみたいに同じことばかり繰り返し、掠れた声で訴えていた。それでも聞いてくれない。
挙句にシズちゃんは、俺が負けたことを持ち出して文句を言う権利などない、とはっきりつきつけてきた。確かにその通りなのだが、それではこっちが困る。
「俺はみっともない、ところなんて、見せたくない……だ、から、やめろって言ってるんだよ!」
「俺は見たいぜ」
「な、んでッ!どうしてだよ、嫌だ、って……シズちゃ、ぁ、うぁ、やだぁ!!」
おもいっきり怒りをぶつけたのに、怯むどころか笑っていた。口の端を歪めて凶悪な笑みを浮かべて、俺を追い詰めたのだ。
ヒステリックに叫び、嫌々と声を荒げながら喘いだ。一気に指の動きが早くなって、本当に出させる気だと気づいたから。
「うぅ、ぁ、っ、く……もう、ほんとに、やめて、くれッ」
「これは薬なんだろう。じゃあ手前がこんなにエロくなるのも、しょうがないじゃねえか。何も考えず全部出して、楽になれ」
「そんなの、わかって、ッ……ンぁ、はぁ、は、だめ、だ、んぅ、で、そう」
いつしか叫び声は涙声に変わり、命令口調から懇願に変わった。それでも一向に引かない。俺が懸命に言っても、無駄だった。
そしてとうとうこっちの方が限界に近づいて、ガクガクと腰が跳ねる。断続的に与えられる刺激に思考を黒く塗りつぶされて、結局最後はわけのわからない言葉ばかりを口にしていた。
「出せよ、臨也」
「あぁ、あぁ、やぁ、シズ……ちゃ、ぁ、んぁ、ふっ……あ、ぁあ、き、もちよすぎ、れ、だめぇ」
その時棒部分をただ擦りあげていた動きが変わり、左手の根元を外す。圧迫感がなくなり、堰き止められないと思った瞬間はっきりと見た。
俺のペニスに爪を立てられて、一瞬で白くなる。頭の中も、視界もだ。
「ひっ、ぁ、あぁああぁッ!?ンぁ、あっ、うぅ、あ、んッ、うぅう、っ、はぁ、は……」
「出せたじゃねえか。ドロドロだな」
そんな、とシズちゃんの手のひらに吐き出された精液を眺める。普段あまりこういうととをしないからか、それとも他人から刺激を与えられたからか、量が多い。
肩で必死に息をして、整えようとする。まともに声が出せないぐらい、混乱して焦っていた。
反面シズちゃんは、やけに冷静に俺の白濁液をしっかりと手のひらで掬い、反対側の手でいきなり足首を掴んだ。左右に割り開かれて、シズちゃんまでソファに乗りあげる。
「な、に……を」
「ちょっと待ってろ、ほらこれでいいか」
「シズ、ちゃん?」
足に引っ掛かっていたズボンと下着を剥ぎ取られると、腰から下を覆う物はなくなる。そして露わになったそこに、視線はしっかりと集中していた。
どうしてそんなところを、とは唇が震えてしまい尋ねられない。言いたくなかった。知りたくなかった。
「安心しろ、ちゃんと指で解してやるから」
「まさかシズちゃん、する気……なの?」
湿った手のひらをおもむろに後ろに押しつけられたら、聞くしかなかった。ここではっきりさせなければ、曖昧なままされてしまう。それは嫌だと俺は思ったのだ。
シズちゃんは、一瞬だけ目を細めた後に首を縦に振った。僅かに情欲の色が瞳の奥に浮かんでいて、凍りつく。
「セックスする、手前と」
「なんで!?そうしてだよ!俺は確かに媚薬打たれて苦しいけど、セックスがしたいなんて言ってない!!」
必死に喚いた。なにを勝手に決めているのか、と。
俺は一言もシズちゃんを求めてはいない。それどころか、触るなと言っていたぐらいだ。それがどうしてすることになるのか。
「俺が手前としたいんだよ。悪いか」
「悪いに、決まってるだろう……」
呆然とした。シズちゃんがしたいから、セックスをするという身勝手すぎる言い分を聞いたからだ。
信じられない。どうしてこのバカは、なんでも自分だけで決めてしまうのだろう。いくら俺が勝負に負けてしまい、勝者が好きにできる権利を得ていたとしても、これは違う。
「一回出しただけじゃおさまらないだろう。手伝ってやるって言ってんだ」
「手伝いなんて、いらない。俺はしたくない」
「あーもう、わかった、じゃあ認める。手前のこと見てたら、したくなった。これでいいか」
「正直に言ったからいいって問題でもないだろう!俺は許さない、なんでシズちゃんなんかと」
「はなから許してもらう気はねえよ」
必死に捲し立てる俺の言葉を、シズちゃんはばっさりと切り捨てた。はじめから、通じるなどと思っていなかったらしい。だから、関係なくするのだと言っているようだった。
背筋がゾクリと震える。擦りつけられた指が再び動き始め、くちゅくちゅと水音がした。
「やっ、やだって、ぇ……ちょ、っと、気持ち悪い」
「弱音吐くんじゃねえよ。これぐらい耐えろよ」
「そういう問題じゃない、っ……ンぁ、は」
ごつごつした指が動くたびに、背筋を悪寒が駆け上がっていく。しかもそこに塗りつけられているのは自身が吐き出した精液だ。冗談じゃない。
一度しっかりと射精したことで、少しだけ頭が冷静になっていた。他人のものを塗られても嫌だが、自分の出したものを塗られるのも嫌に決まっている。気持ちが悪くて、必死に首を左右に振って嫌がってみせた。
勿論シズちゃんは聞いてくれない。それどころか、身勝手に指の腹を押し付けて。
「やめ、っ……ぁ、うぁあッ!?」
「狭いな。力抜けよ、ノミ蟲」
「ふ、ふざけるな!抜け、っ、抜いてよ、こんなの、ッ、ぁ……シズ、ちゃ、ぁ、っ、あ」
■45ページ2段目17行以降の落丁した3ページ分の内容になります
※ネタバレになりますので本文を読まれた後にご覧下さい
「なるほどね。思い出したよはっきりと」
床からノートを拾いあげて、とりあえず目につかないであろうソファの下に隠す。どうせ今夜眠る前に開いて、付け足さなければいけないのだからシズちゃんにさえ気づかれなければよかった。
まだ夜は明けてなく、寝室に戻るとダブルベッドで寝息を立てている。そっと隣に入って溜息をつくと、いきなり肩が揺さぶられた。
「ッ、な、なに?」
「どこ行ってたんだ」
「トイレだけど。そういうこと、いちいち聞く?」
「背中が寒いな、って」
「わかったから、もう少し寝てなよ。シズちゃん」
半開きの瞳は虚ろで、夢うつつの状態で話し掛けているのは明らかだった。緊張しつつも、思い出した記憶を頼りに手のひらを握り締める。
すると安堵したのか、ゆっくりと目を閉じて眠りについた。すぐに寝息が耳に届く。
不審がられなくてよかった、と胸を撫で下ろす。過去の記憶がない人間としては、顔見知りの相手と接するなんて大変なんだと身に染みた。
全くないわけではないし、少し考えていたら断片的にわかりはしたのだが、実感はない。そもそも、この男との出来事しか俺は思い出せていなかった。
シズちゃん。平和島静雄。
俺は折原臨也。
どうして二人で暮らしているのか、好き合っているのか、恋人なのか。何一つ自身のものとして思い出せはしなかったのだ。
他人の生活を覗き見て、成りすましているような気分だった。でも、あのノートに書かれていることは真実だろう。
この男が心の底から安心し、目を閉じるのだから。やり過ごすのは、一日だけだ。
今のこの俺としての記憶は、どうやら二十四時間しか保てないらしい。そう、書いてあったのだ。
なんだそれはと憤慨したけれど、覚えていないのは事実だし、強烈な出来事は思い出せたがじゃあ昨日のことはと言われたら無理だった。文字を追っても、自身が何を考えていたのかはわからない。
なぜこんなことになってしまったのか、原因はわかっている。ノートのはじまりでもある二ヶ月前、隣に寝ているシズちゃんとこの部屋で顔を合わせて監禁されたことに気づいて。
逃げた。その時に打たれたという薬が、半月ほどして作用したらしい。
起きたら、昨日のことがまるで思い出せなくなっていた、と最初の日に記してあった。だからこのノートの中にも、欠けている日があるのだ。
そもそも、ノートの中には折原臨也という人間が今までどうしてきたのかがまるっきり省かれている。時間がなかったのか、あえて必要が無いと判断したのか。
平和島静雄のことだけでいい、と願って俺がそのことしか残さなかったのかは不明だ。
「面倒な奴」
小声で呟いたが、シズちゃんは起きない。まあなんとなく自身のことなので、性格とかそういうことぐらいは察していた。
何もかもが真っ白で思い出せないわけではなく、断片的にでもまだ浮かぶのだ。ただこれが、いつまで続くかなんてわからない。
いくら一人で思い悩んだところで、明日にはリセットされてしまう。新しく電源を入れるように、蓄積されたものを消去してまた新たな俺が生まれる。
昨日と、今日と、明日の何が違うかはわからない。わからせてはいけない、ということは察していた。
単純な話だ。大事な相手には、こんな悲しいことを悟らせたくはない。
恋人として当然のことだし、理解できる。何も知らずに、いつまでも幸せに浸っていて欲しいという自分勝手な願いだ。
きっと本人にバレてしまったら怒られるだろう。どうして言わなかった、とショックを受けるし悲しむに違いない。それが普通の反応だ。
できることならそんな日は訪れて欲しくないし、いつか知られるのならなるべく長く真実を知らないで欲しい。その為に努力するのは、嫌ではないという気持ちは共感できた。
結局、そういうことなのだ。記憶などなくても、一人の人間の感情は安易に変えることなどできない。
毎日真っ新な人間に戻るというのなら、経験などないし一つの思考に固まるのが普通だ。そしてシズちゃんは、とても鈍感らしい。
大雑把な性格でもあるのだろう。些細なこともまあいいか、という気持ちで済ませられる。だからこそ、今日は成り立っていた。
幸いなことに、今日はシズちゃんの仕事が休みらしい。俺自身にとっても、ラッキーだった。
一日限りの感情しか保てないのなら、なるべく多くの時間を過ごしたい。ノートに書かれていた一番最後の行に、明日の君はラッキーだねなんて書かれていた。自分でもわかりきっている。
先のことなんて考えない。きっと元から楽観主義者だったのだろう。
どうやったら元に戻るか、と冷静に考えれば可能性がないことはない。ここに書かれている事情を見た俺でも、正解のルートはわかりきっている。
医者だという友人の新羅に連絡して、診てもらう。そして原因となった男に連絡を取り、薬のことについて尋ねる。たったそれだけのことだ。
シズちゃんだって協力してくれるだろう。そんなことはわかりきっている。
だが、俺が俺で居られる時間を無駄にしたくない。もし元に戻れないだとか、そんな悲しい結果になった時に今日という日が何の成果もなしに終わってしまう。
それだけは避けたかった。シズちゃんと一緒に居られなくなる可能性だってあるし、現状を変えたくないという願いは、記憶がゼロになってからも変わらない。
俺だから俺が理解できる。記憶が失われたからとはいえ、他人になることなどできなかった。
「どうしようかな、今日の朝ご飯」
寝顔を見つめながら、そっと微笑む。何をして遊ぼうか、と考えることは楽しかった。
一日限りの感情なのだから、変な意地を張る必要もない。今の俺なら、ちゃんと好きだとはっきり言えると、過去の自分に対して笑みを浮かべた。
Return <<
怪訝な表情をしながら、俺はそっと開いたページに書かれている文字に手を添える。そんなことをしても思い出しはしないだろうが、指先は震えていた。
なんで、どうしてという困惑しつつも目で追う。間違いなく自身が書いたであろう筆跡で、真実だと信じられないのだとしても読むしかなかった。
心臓は早鐘を打ち、手のひらにはじっとりと汗が浮かんでいる。ごくりと喉を鳴らして、一字一句漏らさず眺めた。
「事実だけ淡々と書かれていても、ちっともわからないな」
小声で感想を漏らしたが、誰も答えはしない。当たり前だ。
周りに人が居ないのを確認して、本来の持ち主であろう相手が眠っているのをはっきり見て、隣のリビングまでやってきた。ページのはじめには、こう書かれていた。
『絶対に、シズちゃんにこのノートの存在は知られてはいけない』
「言いたいことはわかるけど」
一番の注意事項だ、という意味なのだろう。すぐに理解したから、こうしてコソコソしているのだ。
落ち着け、と言い聞かせ深呼吸する。そもそもこのページのはじめに書かれてある一文も、後で書き足しておかなければいけないのではないかと思った。
「だってさあ、忘れちゃったらシズちゃんっていうのか誰かもわかんないじゃないか」
ノートにはびっしりと文字が綴られていて、俺はひたすら読み進めていく。すると途中で、なんとなく頭の中に何かが浮かんだような気がした。
それでも止めることなく、きっちりと最後まで辿り着く。まだノートのページは残っていて、きっと眠る前にここに付け加えることになるのだろうと息をついて笑む。
「でもそうか、見たらすぐにわかるかもしれないね」
ノートを閉じてソファに転がる。するとぼんやり、何かが体の内から溢れるように広がっていった。
それはとても大事なものだ。
「だって顔を見ただけで、愛してることは知っていたからね」
ノートを手のひらから落とすと、パラパラとページがめくれて床に転がった。
* * *
「ねえシズちゃん、ここはどこだい?」
「幽が貸してくれたマンションだ」
「ふーん……どうりで見たことないと思ったよ」
言いながら手首を捻ってみるが、耳障りな音がする。ジャラジャラ、と鳴り響くのは俺を拘束している手枷と鎖だ。
なるほど、とジッと見つめて鎖の伸びた先を確認した。どうやら強引にベッドの端に括りつけられているようで、シズちゃんがやったのか、とすぐに理解する。
バカ力でグルグルに巻き付けて、と舌打ちした。でも、なんとかすれば逃げられるだろうと深刻には考えていない。
「それで、俺を捕えた気分はどうかな」
「ああそうだな、最高の気分だとでも言えばいいのかよ。クソノミ蟲が。こっちは大変だったんだぞ」
「へえ、大変って何があったんだい。聞かせてよ」
俺には気を失って以降の記憶はなかった。シズちゃんと本気の喧嘩をして、追い詰めようとあれこれ画策したというのに、すべて通じなかったのだ。
そう、折原臨也は平和島静雄に負けた。完膚なきまでに何もかも壊されたのだ。
「手前をそのままにしておけねえし、って担いで歩いてたら変な奴らが寄ってきたんだよ。必死に逃げて、しょうがねえから幽に連絡してここを教えて貰った。全部手前のせいだからな」
「嫌なら途中で捨てればよかったじゃないか。俺としても、その方がよかったんだけど」
「ああ?んなことできるかよ。ゴミ撒き散らしたまま帰ったら、迷惑じゃねえか」
「うわ、俺って遂にゴミ扱い?やだなあ」
なるほど、と考えながらも内心驚いていた。シズちゃんが、当たり前のようにこれまでと同じように俺に話し掛けているからだ。
まるで人生を賭けた俺との喧嘩なんて、なかったことのようにしゃべっている。あの時のことを言われたら、さすがに黙ってはいられないのでこのままでいいのだが。
なんとなく、浮かれているような気がした。勿論俺ではなく、シズちゃんだが。
「とにかく今日から手前はここで、俺と一緒だ。わかったか」
「はあ?何言ってんの、頭大丈夫?どっかでぶつけておかしくなったかなあ」
ケラケラと笑ってみせたが、シズちゃんは俺のことを睨んだまま微動だにしない。まるで石像のように固まって動かず、次第に声は沈んでいく。
おかしい、何か変だ、とようやくそこで気がついたのだ。いや、なんとなくわかってはいたが、あえて考えないようにしていたというか。とにかくシズちゃんの様子が尋常じゃないことだけは間違いない。
「怒らないの?」
「我慢してんだよ」
「どうして、いつもみたいに気に入らないなら殴ればいいじゃないか」
「んなことしたら、俺が捕まるだろうが。無抵抗な人間殴るほど、バカじゃねえんだよ」
「そうかなあ。君はいつも俺を見たら顔色を変えて追いかけてきて、喧嘩になっていたじゃないか。バカみたいに繰り返してさあ」
どうして殴らないのか、俺は理由がわかってはいたのにあえて煽ってみる。殴ればいいじゃないか、と心の中で呟きながらだ。
シズちゃんが、あの何年も俺のことを追いかけては切れていた男が、成長という言葉一つで変わったなんて認めたくなかったのかもしれない。意地があったのだ。
十年近く抱え込んできた、どうしても譲れないもの。勝手に期待して、失望して、諦めて、すべてを投げ捨てでも決着をつけようと正面から立ち向かった。
「まさか今更、仲良く一緒に過ごしましょうとでも君は言うのかい?」
「……勝負に勝ったのは俺だ」
ぴしゃりと言い切られて、息を飲む。意志のこもった強い口調だ。
これまでとは違う、と背筋がゾクリと震えてしまい俺は動揺を隠すことができない。口先だけであれこれと躱してきたものが、通用しなくなった。
嫌な予感がして、心臓が早鐘を打つ。なんだこれは、と手のひらにじっとりと汗を掻く。
シズちゃんの視線は俺を捕えて離さない。本気だと、問わなくても判断できることだった。
「ガキでも知ってることだろう。勝った者は、負けた者の言うことに逆らえない」
「それで?シズちゃんが俺にしたいことってなんだい。殴って殺す以外に、なにがあるっていうのさ。教えてよ」
聞かなくてもいい、と心は悲鳴をあげていたのに、俺の好奇心が勝手に口を滑らす。知りたい、と思ったのだ。
こんな部屋に閉じ込めて、どうしたいのか。納得のいく言葉が欲しい、ただそれだけだった。
「とりあえず、今俺が手前にして欲しいことは」
「何?」
ベッドの上に寝そべっていた俺を、シズちゃんがジッと見下ろしている。見下ろされるのは好きじゃないのに、と不機嫌に見つめながら待つ。
すると予想外の返事があって、一瞬呆けてしまう。いつもみたいにサングラスのないシズちゃんの瞳が、本気だということを告げていた。
「頭もよくて、なんでもできる手前ならなんか作れるだろう。腹減った」
「はあ?ちょ、っと待ってよ。まさか俺に家政婦でもしろと?コンビニで買ってくればいいじゃないか」
「幽が用意してくれたんだよ。食材を無駄にできねえだろう。なんとかしろ、できるだろうが臨也くんよお」
なんだこれは、と予想外の言葉に焦ってしまう。なんで、どうして、俺がシズちゃんのご飯なんて作ってあげなければいけないのか。
でもちょっとだけ、ほんの少しだけ、シズちゃんの言葉が引っ掛かった。俺を怒らせる為に言っていることだとわかっているのに、嬉しかったのかもしれない。
頭もよくて、なんでもできる。
そうはっきり言ったことだけは間違いない。嫌悪感もなくさらりと言うものだから、動揺したのだ。
まさか天敵に対して、おだてることができるようになるなんて、これが成長というのなら大したものだ。いや、俺にとってはあまりよくないことには違いなかった。
「これ外してくれる?」
「そう簡単に外すかよ。鎖は俺が持ってるから安心しろ」
「残念だなあ、そこまでバカじゃなかったか」
肩を竦めてあからさまにガッカリな表情でおどけてみせる。シズちゃんはすぐにベッドに括りつけてあった鎖を外すと、しっかりと手に掴む。
幸い簡易的な拘束だけなので、これならいくらでも逃げれるなとほくそ笑む。とりあえず料理でもなんでも作ってやって、油断させてやると意気込む。
「言っとくが、マズイもん作ったら作り直しだからな」
「あれ、なんでバレたのかなあ。ほらそれに、シズちゃんの好みと、俺の好みが一致するとは限らないし」
「手前の妹達が、臨也の作る飯は上手いだとかなんだとか言ってたぞ。手抜きは許さねえ」
「はあ、なにその情報?ったく、あいつら」
九瑠璃と舞流のことか、と一瞬で不機嫌になってしまう。あの妹達はいつも余計なことばかりを言い、しかも勝手にシズちゃんに近づいてはあれこれと言うのだ。
それはもう随分と昔からのことで、今更驚きはしないが、料理のことをシズちゃんに吹き込んだ罪は重い。大体俺が料理を作れるようになったのは、味にうるさい妹達のせいなのだ。
苛立ちを覚えながら勝手にキッチンに入ると、冷蔵庫を開けてみる。そして目が点になった。
「っていうかさあ、よく考えたらこの冷蔵庫って業務用のじゃないの?」
「あー……そうなのか?やけにでけえなとは思ってたけどよ。すげえだろう」
「君の弟はさあ、何かを間違った方向に張り切ったのかな。こんなに食材があって、パーティでも開くつもりだった?」
シズちゃんの就職祝いにバーテン服を数十着送った、という話は聞いたことがあった。さすがシズちゃんの弟だとその時は笑ったが、同じような光景が目の前にある。
明らかに大きな冷蔵庫の中に、ぎっしりと野菜や肉が詰め込まれている。そもそも、肉等は冷凍しなければ数日しかもたないというのを知らないのだろう。
大袈裟にため息をつく。こんなのいくらシズちゃんが化け物じみた食欲をしていたとしても、無理だ。半分以上は冷凍庫行きだ、と考えてふと思い出す。
別にシズちゃん家の冷蔵庫の食材が腐ろうが、どうでもいいじゃないかと。驚きすぎて、流されるところだったと扉を閉めようとして、腕を掴まれる。
「食材ダメにしたら、お前の妹達に変な顔の写真撮って送るぞ」
「はあ!?なにそれ、罰ゲームじゃん。っていうか、メルアド知ってるの?」
「勝手に登録されてたんだよ」
いくら俺がシズちゃんに負けたからって、どうしてここまでとため息をついたが仕方なく冷蔵庫に目を向ける。どうやら魚の類はないようで、それだけが救いだった。
これだけあればなんでもできる。視線だけシズちゃんに向けて言った。
「それで、何が食べたいの?」
「なんでもいい」
「じゃあ鍋にでもする?その方が食材いっぱい使えるし」
手っ取り早いじゃないか、と思って提案したのだがシズちゃんは無言だった。つまりは、いいということだ。
二人きりで鍋をつつくところなんて想像したくなかったが、この際仕方がない。シズちゃんの要求を叶える為には仕方のないことだった。
「好きにしろよ」
「なにそれ。偉そうに言ってさあ、激辛キムチスープにでもしようか」
「忘れてた。辛いのだけはダメだ、わかったかノミ蟲」
「はいはい」
わがままな子供かよ、と呆れはしたものの逃げる隙を作る為には仕方がないと割り切って冷蔵庫から適当に食材を取り出す。罰ゲームが暴力じゃないだけマシか、と思いながらすぐ真横に立っているシズちゃんを見る。
「なんだよ。さっさと作れよ」
「なんかさあ、シズちゃんって絶対結婚とか恋人とか無理そうだよね。我儘だし、顔怖いし」
「うるせえな。わがままなのは手前にだけに決まってんだろうが。他の奴に同じことしたら、失礼じゃねえか」
「俺だけ?へえ、そう……ふーん」
これは好意的に受け取っていいのか、それとも違うのかと複雑な気持ちになる。広いキッチンに食材を並べて、考えながらも手だけは動かす。
間違いなくシズちゃんの本性は、俺が知っているこっちだ。乱暴で、自分勝手で、怒りを抑えきれない子供。
ということは、それを俺にしか向けられないということは好意的に取ってもいいんじゃないか。なんだかんだと気を許せるのは俺だけじゃないか、と思っていると。
「人のことばっか言ってんじゃねえよ。手前だって、恋人とかそういうのいねえだろうが。最低な性格だし」
「失礼だなあ。俺の場合は、相手も不幸にしてしまうことがあるからね。敵の多い情報屋の彼女なんて、危ないに決まってるだろう。それこそシズちゃんみたいな、化け物なら話は別だけど。そもそも俺はそういうの、嫌いなんだよね。人間が好きなんだからさあ」
「俺は化け物じゃねえ、っつってるだろうが」
そこでようやく、シズちゃんは今日はじめて苛立ちを見せた。やっぱり怒れるじゃないか、とほくそ笑む。
そうだ、人間的に成長したシズちゃんなんてありえない。俺にも優しくできるとか、あってはならないことだ。喧嘩が終わったからじゃあ仲良くしよう、だなんてそんな関係じゃない。
遠い昔、ほんの一瞬だけそれを望んだこともあったかもしれないけど既に忘れている。シズちゃんに嫌われるようにあれこれしてきたのだから、手など取れるわけがなかった。
「シズちゃん、肉食べれるよね?いっぱい入れるから、残さず全部食べてよ」
「手前の飯が本当にうまかったらな」
鍋に上手いも下手もあるか、と思いながら包丁を手に取り食材を切り始めた。
* * *
「手前の飯がうまかったから、毎日食いたい」
「なに……それ?」
そんなまるで結婚相手に言うお決まりの文句みたいな理由なんて、俺は望んでいなかった。適当すぎやしないか、とふつふつと怒りがこみあげてくる。
だがシズちゃんは、なにもかもやりきったみたいなすっきりとした顔をしていた。もし薬で動けない体でなければ、掴みかかっていたに違いないだろう。
「あのさあ、シズちゃんにご飯作ってあげるなんて誰でもできるじゃないか」
「部屋に監禁して飯作らせたい相手は、手前以外いないぞ」
「まずその考え方からしておかしいんじゃないか。彼女作って一緒に暮らしてご飯作ってもらえばいいだろう」
「俺に彼女なんてできないっつったのは手前じゃねえか」
よく覚えていたな、と感心しながら考える。シズちゃんが俺のご飯を毎日食べたい、などと言った理由をだ。
誰でもいいからという意味で言ったわけではなく、ちゃんと現状を理解し折原臨也しかシズちゃんにまともな食事を毎日提供できる相手は居ない。と本人なりに言ったつもりなのだろう。
「そもそも部屋に監禁するのが道徳から外れていることなんだけど、わかってる?」
「こんなところで動けなくなってるよりは、マシだろう」
言いながらなぜかシズちゃんは、肌蹴ていた俺のシャツを元に戻す。本人はさり気ないつもりだろうが、思わず目を見張る。そんな世話を焼くような性格じゃないだろう、と見つめたが睨み返されてしまう。
俺が知らないだけで、確かにシズちゃんには弟がいる。最愛の弟の為に面倒を見ることぐらいはあっただろう。
それと同じ行為を天敵だった俺にするのはおかしな話だったが、毎日ご飯を作ってくれる相手として昇格したのなら普通なのかもしれない。冗談じゃないと思った。
「やめてよ、ッ、俺は……」
「ところでよお。さっきから気になってたんだがどうしたんだ、それ」
それ、と言いながら指差したのは、俺のズボンの股間部分だった。一瞬で自分がどんな状態なのかをすべて思い出し、かあっと全身に熱が戻る。
忘れていたわけじゃないが、指摘されたくないことだった。できることなら見逃して欲しかったのに、やはりそうはいかないらしい。
シズちゃんはいつもそうだ。絶対に俺が顔を合わせたくない時に限って現れるし、邪魔をする。勝負がついた今でも、それは変わらないらしい。
「別にいいだろう。君には関係ない」
「連れて帰るのに、これじゃあ困るじゃねえか」
「じゃあ置いていけばいい。薬打たれたんだから、しょうがないだろう。俺じゃどうにもならない」
「薬打たれた?もしかしてこの跡か」
「だから触るなって、ッ!」
シズちゃんに嘘をついても意味などないことぐらいわかっていたので、俺は薬を打たれたことを暴露した。するとさっき指差した首筋に手を添えてきたので、怒鳴る。
だが俺のに比べて大きく、やたらとカサついてごつごつした指が添えられた。途端に頭の中が真っ白になり、唇を噛みしめる。
「……ンっ!?」
「どうした、どっか痛いのか?」
「やめろって、いいから、俺のことは……っ、あ、シズちゃん!!」
これまで散々俺のことをいたぶってきた癖に、どうして心配するような言葉を掛けるのか、と腹が立つ。シズちゃんらしくない。
そんなにあの鍋が気に入ったのだろうか。材料を切ってちょっと味付ただけのものが。
十年近く本気の殺し合いをしておいて何も変わらなかったのに、ちょっと成長して天敵でも気遣うことができるようになったのか。とにかく、タイミングは最悪だ。
必死に声を押し殺そうとしたが、媚薬なんて打たれたことなどない。耐性が全く無いので、困ってしまう。やめろと喚いても、逆に腕を掴まれる始末だ。
「手首にも傷あるぞ」
「いいからっ、離せよ。はぁ、こっちは苦しいんだよ、それぐらい察してくれないかな」
「苦しい?じゃあ脱げばいいじゃねえか、こんなに勃ってんだし」
「はぁ!?ちょ……っと!!」
手首に残っている跡にも気づかれ、顔を顰める。だがそれだけでは終わらず、あまりにもあっさりと俺のズボンに手を掛けて、乱暴にベルトを外したシズちゃんに慌ててしまう。
性に対してまるで遠慮がない。どちらかというとそういう行為は経験がないとか、知らないのだと思い込んでいた。
だがシズちゃんだって男だし田中トムという変わった先輩もいる。一緒に誘われ断れず、とっくに童貞を卒業していてもおかしくない。だから性的なことに対してもまるで気づかないのだろう。
とにかく俺にとって都合が悪い。こっちは、性欲なんて普段ほぼないしセックスだってしたことなどないのだ。
「勝手に脱がさないでよ、変態!死ね、殺してやるッ!!」
「動けねえ癖になに言ってんだよ。ほらこれなら苦しくないだろう。つーか手前、これ」
「それ以上言ったら俺、一生シズちゃんを恨むよ」
騒いでやめさせようとしたのに、ズボンと下着を一気に膝の辺りまで下ろされた。するとあっさりそこが露わになり、悔しさで唇を噛みしめる。それだけならいい。
だがシズちゃんは、俺の性器を見て何かを言い掛けた。そんなこと皆まで言わずとも、わかっていたので遮る。
「大きさのこと言いたいんじゃねえぞ」
「言ってるじゃないか!バカ!!」
「だから、手も動かせねえんだろう。だったら俺がしてやるよ。一度出したら大分おさまるんじゃねえのか」
「シズちゃんが、手で……する?」
あっさりと一番言われたくないことを口にしたシズちゃんを睨みつけるが、聞いてはいない。それどころか勝手に性器に手を伸ばそうとしてきたので、今後こそ指に力を入れた。
逃げなければいけない。シズちゃんに手コキされてたまるか、と俺は本気だったのだがやはり動けなかった。
「っ、あ!?だ、から……ぁ、っ、く、やめろって、言ったのに」
「これぐらいどうってことねえよ。辛いならしょうがねえし、動けない同居人の面倒見るぐらい普通だろう」
「下半身のの面倒見るのは、っ、普通じゃない、って……ねえ、ほんとに、やめ、ッ」
しっかりと左手で根元を掴み、既に溢れていた先走りを右の手のひらになじませると、そのまま軽く擦りあげた。明らかに手つきは慣れていて、なんだか俺は負けた気分になる。
主に自分のしかしたことが無いだろうが、シズちゃんなら本能的に察して、こっちの嫌がることをしてくるに違いない。つまり、扱かれたら取り返しがつかなくなるのではないか、と俺は予想したのだ。
そしてそれは、当たっていた。悪いことだけ、いつもこうなるのだ。
「ふっ、ぁ!?シズちゃ、ぁ……あ、っ、ちょっと、ねえ、やめろって、ンっ」
「ちゃんと反応してるぞ。気持ちいいだろうが」
「だから、俺は、こんなことしてくれなんて、一言も、ッ……あ、はぁ、あ、くっ」
いきなり激しく竿部分を片手で包むように添えながら、上下に動かす。とても直視できるものではなかったので、必死に視線を外した。
それでも、時折ぐちゅぐちゅと淫猥な音がする。媚薬も本格的に俺の快感を煽り、意識してやめようとしているのに甘ったるい声が漏れ始めた。
ふざけるな、と苛立つもどうしようもできない。動けないはずなのに、時折腰がピクンと跳ねて感じていることを示す。
男なのだから、性欲に弱いのはしょうがないのだ。だが俺は認めたくなかった。ましてや、シズちゃんの手で翻弄されているなんて信じたくない。
「どんどん汁溢れて、硬くなってるぞ。ピクピク震えて面白えな」
「見るな、って!なんで、っ、そんなに……はぁ、俺のを見て、嫌がらせ、したい、の」
「こんなのが嫌がらせになるのか。まあそうだな、焦ってる手前見るのは悪くねえな」
「最低ッ!!」
いくら叫んでもシズちゃんは一人で楽しそうに指を動かし、どんどん追いあげられていく。思考もぼんやりとして、焦点も定まらない。
中心に熱が集まって、すぐにでも弾けそうなぐらい苦しくなる。当然のように、シズちゃんも気づいたらしい。
「ほんとに、っ、離せ……やめろ、って、シズちゃ、ッ……んぅ」
「遠慮せずに出してみろよ。楽になりたいんだろう?」
「はぁ、なりたい、けど……ッ、ぁ、こんなこと、されたくは、ない、からぁ」
「諦めろ、手前は俺に負けたんだ。いくら嫌だと言われようが、従えねえな」
既に朦朧としていて、バカみたいに同じことばかり繰り返し、掠れた声で訴えていた。それでも聞いてくれない。
挙句にシズちゃんは、俺が負けたことを持ち出して文句を言う権利などない、とはっきりつきつけてきた。確かにその通りなのだが、それではこっちが困る。
「俺はみっともない、ところなんて、見せたくない……だ、から、やめろって言ってるんだよ!」
「俺は見たいぜ」
「な、んでッ!どうしてだよ、嫌だ、って……シズちゃ、ぁ、うぁ、やだぁ!!」
おもいっきり怒りをぶつけたのに、怯むどころか笑っていた。口の端を歪めて凶悪な笑みを浮かべて、俺を追い詰めたのだ。
ヒステリックに叫び、嫌々と声を荒げながら喘いだ。一気に指の動きが早くなって、本当に出させる気だと気づいたから。
「うぅ、ぁ、っ、く……もう、ほんとに、やめて、くれッ」
「これは薬なんだろう。じゃあ手前がこんなにエロくなるのも、しょうがないじゃねえか。何も考えず全部出して、楽になれ」
「そんなの、わかって、ッ……ンぁ、はぁ、は、だめ、だ、んぅ、で、そう」
いつしか叫び声は涙声に変わり、命令口調から懇願に変わった。それでも一向に引かない。俺が懸命に言っても、無駄だった。
そしてとうとうこっちの方が限界に近づいて、ガクガクと腰が跳ねる。断続的に与えられる刺激に思考を黒く塗りつぶされて、結局最後はわけのわからない言葉ばかりを口にしていた。
「出せよ、臨也」
「あぁ、あぁ、やぁ、シズ……ちゃ、ぁ、んぁ、ふっ……あ、ぁあ、き、もちよすぎ、れ、だめぇ」
その時棒部分をただ擦りあげていた動きが変わり、左手の根元を外す。圧迫感がなくなり、堰き止められないと思った瞬間はっきりと見た。
俺のペニスに爪を立てられて、一瞬で白くなる。頭の中も、視界もだ。
「ひっ、ぁ、あぁああぁッ!?ンぁ、あっ、うぅ、あ、んッ、うぅう、っ、はぁ、は……」
「出せたじゃねえか。ドロドロだな」
そんな、とシズちゃんの手のひらに吐き出された精液を眺める。普段あまりこういうととをしないからか、それとも他人から刺激を与えられたからか、量が多い。
肩で必死に息をして、整えようとする。まともに声が出せないぐらい、混乱して焦っていた。
反面シズちゃんは、やけに冷静に俺の白濁液をしっかりと手のひらで掬い、反対側の手でいきなり足首を掴んだ。左右に割り開かれて、シズちゃんまでソファに乗りあげる。
「な、に……を」
「ちょっと待ってろ、ほらこれでいいか」
「シズ、ちゃん?」
足に引っ掛かっていたズボンと下着を剥ぎ取られると、腰から下を覆う物はなくなる。そして露わになったそこに、視線はしっかりと集中していた。
どうしてそんなところを、とは唇が震えてしまい尋ねられない。言いたくなかった。知りたくなかった。
「安心しろ、ちゃんと指で解してやるから」
「まさかシズちゃん、する気……なの?」
湿った手のひらをおもむろに後ろに押しつけられたら、聞くしかなかった。ここではっきりさせなければ、曖昧なままされてしまう。それは嫌だと俺は思ったのだ。
シズちゃんは、一瞬だけ目を細めた後に首を縦に振った。僅かに情欲の色が瞳の奥に浮かんでいて、凍りつく。
「セックスする、手前と」
「なんで!?そうしてだよ!俺は確かに媚薬打たれて苦しいけど、セックスがしたいなんて言ってない!!」
必死に喚いた。なにを勝手に決めているのか、と。
俺は一言もシズちゃんを求めてはいない。それどころか、触るなと言っていたぐらいだ。それがどうしてすることになるのか。
「俺が手前としたいんだよ。悪いか」
「悪いに、決まってるだろう……」
呆然とした。シズちゃんがしたいから、セックスをするという身勝手すぎる言い分を聞いたからだ。
信じられない。どうしてこのバカは、なんでも自分だけで決めてしまうのだろう。いくら俺が勝負に負けてしまい、勝者が好きにできる権利を得ていたとしても、これは違う。
「一回出しただけじゃおさまらないだろう。手伝ってやるって言ってんだ」
「手伝いなんて、いらない。俺はしたくない」
「あーもう、わかった、じゃあ認める。手前のこと見てたら、したくなった。これでいいか」
「正直に言ったからいいって問題でもないだろう!俺は許さない、なんでシズちゃんなんかと」
「はなから許してもらう気はねえよ」
必死に捲し立てる俺の言葉を、シズちゃんはばっさりと切り捨てた。はじめから、通じるなどと思っていなかったらしい。だから、関係なくするのだと言っているようだった。
背筋がゾクリと震える。擦りつけられた指が再び動き始め、くちゅくちゅと水音がした。
「やっ、やだって、ぇ……ちょ、っと、気持ち悪い」
「弱音吐くんじゃねえよ。これぐらい耐えろよ」
「そういう問題じゃない、っ……ンぁ、は」
ごつごつした指が動くたびに、背筋を悪寒が駆け上がっていく。しかもそこに塗りつけられているのは自身が吐き出した精液だ。冗談じゃない。
一度しっかりと射精したことで、少しだけ頭が冷静になっていた。他人のものを塗られても嫌だが、自分の出したものを塗られるのも嫌に決まっている。気持ちが悪くて、必死に首を左右に振って嫌がってみせた。
勿論シズちゃんは聞いてくれない。それどころか、身勝手に指の腹を押し付けて。
「やめ、っ……ぁ、うぁあッ!?」
「狭いな。力抜けよ、ノミ蟲」
「ふ、ふざけるな!抜け、っ、抜いてよ、こんなの、ッ、ぁ……シズ、ちゃ、ぁ、っ、あ」
■45ページ2段目17行以降の落丁した3ページ分の内容になります
※ネタバレになりますので本文を読まれた後にご覧下さい
「なるほどね。思い出したよはっきりと」
床からノートを拾いあげて、とりあえず目につかないであろうソファの下に隠す。どうせ今夜眠る前に開いて、付け足さなければいけないのだからシズちゃんにさえ気づかれなければよかった。
まだ夜は明けてなく、寝室に戻るとダブルベッドで寝息を立てている。そっと隣に入って溜息をつくと、いきなり肩が揺さぶられた。
「ッ、な、なに?」
「どこ行ってたんだ」
「トイレだけど。そういうこと、いちいち聞く?」
「背中が寒いな、って」
「わかったから、もう少し寝てなよ。シズちゃん」
半開きの瞳は虚ろで、夢うつつの状態で話し掛けているのは明らかだった。緊張しつつも、思い出した記憶を頼りに手のひらを握り締める。
すると安堵したのか、ゆっくりと目を閉じて眠りについた。すぐに寝息が耳に届く。
不審がられなくてよかった、と胸を撫で下ろす。過去の記憶がない人間としては、顔見知りの相手と接するなんて大変なんだと身に染みた。
全くないわけではないし、少し考えていたら断片的にわかりはしたのだが、実感はない。そもそも、この男との出来事しか俺は思い出せていなかった。
シズちゃん。平和島静雄。
俺は折原臨也。
どうして二人で暮らしているのか、好き合っているのか、恋人なのか。何一つ自身のものとして思い出せはしなかったのだ。
他人の生活を覗き見て、成りすましているような気分だった。でも、あのノートに書かれていることは真実だろう。
この男が心の底から安心し、目を閉じるのだから。やり過ごすのは、一日だけだ。
今のこの俺としての記憶は、どうやら二十四時間しか保てないらしい。そう、書いてあったのだ。
なんだそれはと憤慨したけれど、覚えていないのは事実だし、強烈な出来事は思い出せたがじゃあ昨日のことはと言われたら無理だった。文字を追っても、自身が何を考えていたのかはわからない。
なぜこんなことになってしまったのか、原因はわかっている。ノートのはじまりでもある二ヶ月前、隣に寝ているシズちゃんとこの部屋で顔を合わせて監禁されたことに気づいて。
逃げた。その時に打たれたという薬が、半月ほどして作用したらしい。
起きたら、昨日のことがまるで思い出せなくなっていた、と最初の日に記してあった。だからこのノートの中にも、欠けている日があるのだ。
そもそも、ノートの中には折原臨也という人間が今までどうしてきたのかがまるっきり省かれている。時間がなかったのか、あえて必要が無いと判断したのか。
平和島静雄のことだけでいい、と願って俺がそのことしか残さなかったのかは不明だ。
「面倒な奴」
小声で呟いたが、シズちゃんは起きない。まあなんとなく自身のことなので、性格とかそういうことぐらいは察していた。
何もかもが真っ白で思い出せないわけではなく、断片的にでもまだ浮かぶのだ。ただこれが、いつまで続くかなんてわからない。
いくら一人で思い悩んだところで、明日にはリセットされてしまう。新しく電源を入れるように、蓄積されたものを消去してまた新たな俺が生まれる。
昨日と、今日と、明日の何が違うかはわからない。わからせてはいけない、ということは察していた。
単純な話だ。大事な相手には、こんな悲しいことを悟らせたくはない。
恋人として当然のことだし、理解できる。何も知らずに、いつまでも幸せに浸っていて欲しいという自分勝手な願いだ。
きっと本人にバレてしまったら怒られるだろう。どうして言わなかった、とショックを受けるし悲しむに違いない。それが普通の反応だ。
できることならそんな日は訪れて欲しくないし、いつか知られるのならなるべく長く真実を知らないで欲しい。その為に努力するのは、嫌ではないという気持ちは共感できた。
結局、そういうことなのだ。記憶などなくても、一人の人間の感情は安易に変えることなどできない。
毎日真っ新な人間に戻るというのなら、経験などないし一つの思考に固まるのが普通だ。そしてシズちゃんは、とても鈍感らしい。
大雑把な性格でもあるのだろう。些細なこともまあいいか、という気持ちで済ませられる。だからこそ、今日は成り立っていた。
幸いなことに、今日はシズちゃんの仕事が休みらしい。俺自身にとっても、ラッキーだった。
一日限りの感情しか保てないのなら、なるべく多くの時間を過ごしたい。ノートに書かれていた一番最後の行に、明日の君はラッキーだねなんて書かれていた。自分でもわかりきっている。
先のことなんて考えない。きっと元から楽観主義者だったのだろう。
どうやったら元に戻るか、と冷静に考えれば可能性がないことはない。ここに書かれている事情を見た俺でも、正解のルートはわかりきっている。
医者だという友人の新羅に連絡して、診てもらう。そして原因となった男に連絡を取り、薬のことについて尋ねる。たったそれだけのことだ。
シズちゃんだって協力してくれるだろう。そんなことはわかりきっている。
だが、俺が俺で居られる時間を無駄にしたくない。もし元に戻れないだとか、そんな悲しい結果になった時に今日という日が何の成果もなしに終わってしまう。
それだけは避けたかった。シズちゃんと一緒に居られなくなる可能性だってあるし、現状を変えたくないという願いは、記憶がゼロになってからも変わらない。
俺だから俺が理解できる。記憶が失われたからとはいえ、他人になることなどできなかった。
「どうしようかな、今日の朝ご飯」
寝顔を見つめながら、そっと微笑む。何をして遊ぼうか、と考えることは楽しかった。
一日限りの感情なのだから、変な意地を張る必要もない。今の俺なら、ちゃんと好きだとはっきり言えると、過去の自分に対して笑みを浮かべた。
Return <<
2013-05-01 (Wed)
「離れられないふたり」
静雄×臨也/小説/18禁/A5/P52/500円
外れない呪いの腕輪でくっついた静雄と臨也。
臨也が「嫌い」と叫ぶ度に腕輪の力で発情してしまい大変なことになるが
静雄が急に臨也に好きだと告白して、困惑しつつもなぜか優しい態度に
臨也は余計に混乱してしまって…。
静雄→臨也で臨也が恋心に自覚するまでの明るい話
表紙イラスト 那央 様
虎の穴様予約
続きからサンプルが読めます
>> ReadMore
「ほんとにシズちゃんの怪力でもダメなんだ?」
「ああ、なんか掴もうとしたら力が抜けてうまく壊せねえ。ったく、手前はいつも妙なことするよな」
「だから俺のせいじゃないって、新羅が……」
「これを嵌めたのは手前だろうが、ああっ?一回頭打って思い出すか?」
俺がようやくシズちゃんの肩から降ろされたのは、薄汚いアパートの部屋へ入れられてからだった。乱暴に投げられたのはいいが、どうやら本人も手錠で繋がってることは忘れていたらしい。
なぜか二人でベッドの上に転がっていた。互いに喚きながら、俺がいつもの化け物の力で壊してと言ったのだが、実際に目の前で試して無理だということがわかる。
頭痛がした。嵌めたら一生外れない腕輪だ。その謳い文句が本当ならの話だけど。
「わかった、喧嘩はやめよう。お互いの為だ」
「一時休戦ってことか?」
「だってそうしないと、俺が死んじゃう。君だって大事な家族とか、弟君に殺人犯になって迷惑掛けたくないだろう?言ってる意味わかるよね」
「チッ、じゃあしょうがねえな。でもむかつく時はぶん殴る」
これだから野蛮な化け物は、という気持ちで視線を向けると、刺すような殺気を感じて俺は肩を竦めた。この分だと数時間ももたないのではないかと思う。
ボコボコにされる未来が見えて、嫌だなあとか痛いなあとか考えていると、突然シズちゃんが立ちあがった。眉を顰める。
「なに」
「トイレだ」
「はあ?それぐらい我慢すれば。俺は君の醜い物なんて見たくない」
「上等じゃねえか、誰が一時休戦だ?手前がその気ねえんだろ。ぶん殴られても文句言えないよなあ?」
「やだなあ、冗談だよ。シズちゃんってこんなジョークも通じないの?心狭いねえ」
おもいっきりバカにしてやると、顔を真っ赤にしてシズちゃんは怒りを我慢していた。こうして見ると意外と楽しいかもしれない、と俺は振り回して遊ぶことを覚える。
ちょっと悪戯してやろう、と思い、早くトイレ行こうと目で訴えた。すると何が起こるのか気づきもしないシズちゃんが歩き始める。
二人の腕輪の間の鎖は数十センチしかない。生活のほとんどを寄り添っていなければいけないなんて、うんざりするがこういう楽しみ方があるのかとほくそ笑む。
「待てよ、一緒に入るのか」
「だってこの長さじゃどう考えても無理じゃないか。俺が後ろから見ててあげるから、早くしなよ」
「うぜえな、クソ」
シズちゃんは一瞬だけ嫌そうな顔をしたけれど、尿意の方が我慢できなくなったのかチャックを下ろす。そしてトイレに向かって用を足し始めた。
「ははっ、シズちゃんって意外と小さいんだねえ。もしかしてそれ一度も使われたことないんじゃないの?童貞とか、あっそれとも会社の先輩と一緒に風俗行った?」
「話し掛けんじゃねえ。しかも今トムさんのことバカにしたよな。手え離せねえからっていい度胸じゃねえか」
わざと苛立つようなことをペラペラと捲し立てて、シズちゃんの反応を見る。童貞というところで体が微かに震えたので、そうなのだろう。これは予想以上に面白い。
もしかして性的なことも知らないのではないか、と思うと笑いが漏れる。二十五にもなってこれでは、一生結婚なんてむりだろうなと、心の中で盛大にバカにしてやった。
「おい俺終わったから、次は手前だ。面倒だから今すぐここでしやがれ」
「なに言ってるの。しないよ」
「ああそうかよ、じゃあ脱がしてやるな」
「へっ?うわッ!?」
ビリッ、という布の破れる音が耳に届いた時になって、俺はしまったと思った。気づくのが遅すぎた。どうやらやり過ぎたらしい。
とっさに腕輪の嵌っていない左手で遮ったが、シズちゃんに勝てるわけがなかった。無残にベルトは弾け飛び、ズボンどころか下着まで強引に引き裂かれている。
おまけに手を洗っていない。汚い。
口であれこれからかった俺に対して、暴力という強制手段に出たシズちゃんに苛立ちが沸いた。すかさずコートのポケットからナイフを取り出す。
「ズボン弁償してくれるんだよね?」
「ああ?誰が手前なんかに払うか。そっちこそ今まで壊したもんの借金払え」
「あのねえ、自分の借金を人に押しつけるなんて最低じゃない?でもそうだなあ、シズちゃんが床に額擦りつけて土下座したら許してやらないことも……ッ!?」
「黙れ、握り潰すぞ」
ズボンを破るだけならまだしも、シズちゃんは強硬手段に出た。あろうことか、俺の性器を掴んで脅してきたのだ。
おもわず体が硬直する。卑怯すぎる。まさかここまでするとは思わなくて、額に冷や汗が浮かんだ。
そういえばあまりシズちゃんに捕まったことがなかったから知らなかったが、俺に対しては平気でなんでもできるのだろうか。殺すこと以外なら、男のあれを握るなんて。
「っつーか、これ手前の方が小せえんじゃないか?人のことバカにしてんじゃねえぞ」
「は、はあ?嘘言わないでよ、シズちゃんの方が小さい」
「大体どうしてこのサイズで比べようとすんだよ。絶対俺の方がでかい、手前には負けねえ」
「ちんこの大きさで張り合うなんて、子供だねシズちゃん」
「先に言ったのは手前だろうが」
あっ、また切れたと我に返った時には遅かった。掴んだままの俺の性器を、信じられないことに手のひらで擦り始めたのだ。
さすがにこれは驚かずにいられなかった。擦りあげてくる右手首を掴んで止めさせようとする。
「わ、わかった、わかったから!ちょっと落ち着いてよ。ほらよく考えて、俺だよ?折原臨也だ。こんなことするなんて馬鹿げて……」
「先につっかかってきたのは手前だ。でも売られた喧嘩は買う」
「はあっ?意味わかんない。これだからシズちゃんのこと、嫌いなんだよね」
切れているシズちゃんに対して冷静になれと言ってどうにかなるとは思えなかったが、俺は必死だった。いくら仇敵同士とはいえ、どうしてこんなことをしなければいけないのだろうか。
どう考えても正論を言ってるのはこっちなのに。本当にやってられない、と大袈裟に肩を竦める。
「俺も手前のこと大嫌いだ」
「そんなのわかってるけど?」
俺の嫌い、という言葉に対してシズちゃんが怒鳴りあげて、凄い形相で睨みつけてきた。こっちも不敵に笑ってみせるのだが、その時とんでもないことが起こった。
「えっ?なに、光ってるんだけど」
「黙れって言ってるだろうが」
「いやだから、腕輪光ってるって!なにこれ、どういうことだよ。ははっ、まさか呪いの腕輪とかじゃあ」
二人の手首に嵌っている腕輪がなぜかピンク色に光り始めて、驚いた。おかしいんだけど、と訴えたのにシズちゃんは相変わらず聞いてはくれない。
こんなの説明書に書いていなかった。とんでもない物じゃないかと焦っていると、一瞬後には全身を鋭い痺れが駆け抜けて右足がカクンと震える。
「あ?どうした」
「な、なにこれ……汗出てきて、っ、息苦しい、ぅ」
さすがに俺の異変に気づいたのか、シズちゃんが手を止めた。俺はなりふり構わずしがみついて、額にびっしりと浮かんだ汗と体の震えを懸命に堪える。
呼吸も乱れてきて、明らかにおかしかった。まだ腕輪は両方とも光っていて、シズちゃんに変化がないのは化け物の力のせいじゃないかと考える。
頭では冷静に考えつつも、体の力が抜けていくのは止められなかった。完全にシズちゃんの胸に顔を埋めて抱きつく。
「はぁ、なんで、どうして?」
「おい臨也、顔真っ赤じゃねえか。どこが苦しいんだ」
「ぁ、っ、息が……」
「息できねえのか?しょうがねえ」
「え」
息が苦しくて全身が熱い、と言いたかったのだが最後まで言葉を発することはできなかった。だって唇が塞がれてしまい、呼吸もままならないぐらいだったのだ。
あまりのことに頭の中が真っ白になる。だが一瞬後には、すごい勢いで口内に酸素が送り込まれてきて、懸命に吸いこんだ。
おもわず咳き込んでしまい、すぐに相手が離れて行く。涙目になって見あげ、困惑な瞳をシズちゃんに向けた。
「な、んで……っ、んぐ、ぅ!?」
しかし文句を言う前に、また口づけるように唇を押しつけられて、吐息が口内に満たされる。どうやら人工呼吸でもしているのだろう。シズちゃんにとっては。
あまりにも無茶苦茶で、意味を成していない。それでも必死なのは伝わってきたし、どうにか急激な息苦しさだけはおさまっていく。
「はぁ、は、っ、もう……いい、から、大丈夫」
「嘘つけよ大丈夫じゃねえだろうが。すげえ顔真っ赤だぜ、なにやってんだ」
「だから、これだって。突然腕輪が光って、体が熱くなって、なんかおかしくなったんだ」
「腕輪?……おい、本当に光ってやがる」
今頃気づいたなんて、鈍感、バカ、と頭の中だけで毒づく。正直俺には口にするほどの元気は残っていなかったのだ。
くらくらと眩暈もしていたし、とんでもなくみっともない格好だったが気にしていられないぐらい切羽詰まっていた。意識も朦朧としている。
「汗掻いてるぞ。っつーかマジで体あちいぞ、手前」
「はは、困ったなあ。ほんとに、苦しいっていうか、はぁ……なんだろう、これ」
「なあ、おい」
「……ん?なに」
俺をしっかりと腕に抱いたシズちゃんが、前髪を掻きあげて額にふれてくる。自分でも体が火照っているのは理解していて、どういうことなんだろうと顔を顰めていたら。
突然あからさまにシズちゃんの顔色が変わった。そしてなぜか俺の下半身の辺りをジロジロと見るのだ。
「どうした、の……っ、え?なに、これ」
「さっき俺が擦ってやった時全然勃たなかったのに、どうして今頃勃ってんだ手前」
ああなるほど、とその時俺は妙に納得した。荒い吐息、火照った体、朦朧としている意識。それらを総合して、どういう症状になるか。
さっきの光りのせいだとは思う。だって急激にこんなことが起こるわけがない。いくら人では思いつかないような想定外の事が起こる腕輪だとしても、ここまで最低なものとは俺の予想を遥かに超えていた。
催淫効果があるなんて。どうしてそれが急に発動したのか、俺にだけ効いているのかは不明だ。
「多分そういう、効果なんだ。性欲が高まるとか、卑劣極まりない腕輪だねこれは」
「じゃあ手前今、欲情してんのか?」
「そうだよ。呼吸困難じゃなくて、悪かったね……っていうか、どうして俺だけ、なんだよ」
「ああっ?聞こえねえよ」
さっきまでの俺なら、シズちゃんのファーストキス奪っちゃってごめんね、と嫌みを言ったに違いないが、そんな気分にはなれなかった。目を細めてため息をつくだけで、体に襲い掛かる性欲に流されそうになっていたのだ。
人外の力だからこそ、怖い。いくら理性を保とうとしても、俺では無理だろうと本気で思った。
「だから、苦しいって……ッ、は」
「しょうがねえな、とりあえず出るぞ。ベッド連れてってやるから」
さすがにシズちゃんも俺の尋常じゃない様子に驚いたのか、軽々と腰を掴んで抱き上げるとトイレから出る。俺もかなり意識が朦朧としていたので、腕を伸ばしてしがみついた。
他の事なんて気にしていられなかったのだ。揺れる度に全身が小刻みに震えて、熱いため息が漏れてしまう。みっともないどころの話ではない。
「おい、生きてるか?」
「な、んとか……っ、ぁ」
ベッドの上に転がされて、シズちゃんが俺の体に覆い被さるように見つめてくる。目を細めて窺うような表情に、驚きで息が止まりそうになった。
口は悪いしこっちの言う事なんて全く聞いていないのだが、瞳だけは優しげだったのだ。そんな感情をシズちゃんに対して抱いてしまうなんて、俺はおかしくなってしまったのだろうか。
「ねえ、ちょっとあっち行っててよ」
「あっちってどこだ。っつーかこれ外れねえから無理だろうが」
「そうだった」
疼き始めた体をどうにかしたくて、どこかに行ってくれと言ったのだが、腕輪の存在をすっかり忘れていた。元はといえば、全部腕輪のせいなのだ。腹立たしい。
しかし離れられないなら、どうすればいいのだろうか。さっきから熱くて仕方がないし、だからといってシズちゃんの見ている前で抜くなんて。
「なあ、それいいのか。すげえ辛そうだぞ」
「わかってる、よ……ッ、は、でも、どうにもできないだろう」
「抜けばいいだろう」
「嫌だよ。シズちゃんに見られながらなんて、死んでも嫌だ」
シズちゃんは俺の性器をジッと眺めている。やめてくれ、と蹴りたいのに足は動かない。今は気力だけで堪えられているが、手を伸ばしてそこを握って性欲を吐き出したかった。
早く早く、と頭の中では急かすように快感が膨れあがっている。こんな状態が長くもつわけがなかった。
わかっているけれど、ギリギリまで堪えたい。ただでさえみっともない姿を晒しているのに、シズちゃんの前で自慰をするなんてとんでもない。
「じゃあ俺が抜いてやるよ。さっきの続きだ」
「はぁっ!?なんでそんなこと」
「嫌がらせだ」
突然とんでもないことを言い出したシズちゃんに殺意を向けると、平然と答えられて頭痛がした。嫌がらせだ、と言われたら、ああそうだよねと納得してしまう。
冷めた瞳を向けていると、なぜか怪訝な表情になった。不満そうだ。
「嫌そうじゃねえな」
「別に」
嫌というかもうただ呆れてしまって、必死に堪えようとしていた気持ちまでも、どうでもいいのではと思ってしまう。シズちゃんに嫌がらせをされるのは日常茶判事で、特に珍しいことではない。
イレギュラーなことが起こってはいるが、いつものことだと気づけばなんてことはない。そういうことだ。
だから別にシズちゃんの手で抜かれても嫌がらせだから俺は平気だし、と心の中で思う。必死に自分を納得させようとしていた。
「じゃあ抜いてくれってお願いしてみろよ、手前」
「一体誰に言ってるの?これだから、シズちゃんのこと嫌いなんだよね……ッ!?」
意味の解らない事を言ってくるので、誰が言う通りにするか、と鼻で笑ってやった。そしてもう一度はっきり、シズちゃんが嫌いだと宣言したのだが。
その瞬間体の奥が鈍く疼いて、さっきの腕輪が光るのが視界の端に見えた。どうして、と慌てる。
「また光ってんな」
「どうして、っ、あ、ぁ……いや、だ、っ……ぅ、く」
折角やり過ごせるかと思っていたのに、予想以上に腕輪の呪いは一度目よりも強かった。血が滲むほど唇を噛んでも、何もかもすべて吹き飛ばしてしまうほどの快楽が襲ってくる。
もうこれは耐えられないだろう、と諦めた途端瞳からぼろっと涙が溢れた。本当は何もかも曝け出して喚きたいほどの衝動を、嗚咽で隠そうとしたのだ。
「あっ、はぁ、クソッ……ぅ、う、んぐっ」
「なんだまた苦しいのか?じゃあ」
「ッ、やめろよ!苦しく、ない、っ!!」
シズちゃんが何をするのか先が読めたので、声をあげる。冗談じゃなかった。また人工呼吸でもするつもりだろうか。
二度目は嫌に決まっていた。だって、俺の唇とシズちゃんの唇が重なり合ってしまうなんて。
キスをするなんて。
「意地張るんじゃねえッ!」
「ひ、ッ!?」
その時シズちゃんが声を張りあげて、俺の性器をおもいっきり握りこんだ。あまりにもびっくりしすぎて、情けない悲鳴が漏れる。
凄い形相で睨まれていて、迫力があった。きっと俺のあそこは一瞬で潰されてしまう、と本気で覚悟したのだが。
「大人しくしてろ」
「なに、っ……脅す、つもり、なの」
しっかりとペニスを掴んだまま、なぜかシズちゃんは布団を捲った。何をしているのだろう、と見つめていたら取り出されたものがある。俺はそれを凝視して固まった。
液の入ったボトルで、中身は透明だ。それが何かなんて、問わなくてもわかる。
「それ……」
「ローションだ」
「なんでそんなもの」
「自分でする時使わねえのか?変な奴だな」
自慰する時にローションまで用意してするなんて、そっちの方がおかしいんだよとは言えなかった。呆気にとられていると、手慣れた様子でボトルを開ける。
片手だったので開けにくそうだったが、蓋を取るとおもむろに中身を傾けてローションを垂らした。勿論俺の性器に向かって。
「あっ、ぁ!やめろ、って!」
「そうか、臨也君はオナニーする時ローション使わないのか。っつうか、これが気持ちいいの知らないのか」
さすがに俺も青ざめた。勢いよく冷たい粘液が性器に垂らされて、逃げようにも逃げられない。
ただでさえ体の疼きが強くなって泣いてしまったのに、ローションなんかで擦られたら。腰を引こうにも、ガッチリ固定されているので何もできない。
「知らなくていい、っ、あ……シズちゃん!」
「覚悟しろ」
「嫌だぁ、っ、ンッ!!」
グチュ、と粘着質な音が聞こえてきてシズちゃんの左手が性器を擦った。その瞬間想像以上の心地よさに、思考が一瞬で吹き飛んでしまう。
しっかりと堪えて閉じていた唇から、荒い呼吸が漏れ始める。人の精神を停止させて欲望のままに腰が動いてしまう。
「あ、ぁ、あッ、ンぁ、あ、はぁ、あ」
滑りの良くなったシズちゃんの大きな手のひらが、ペニスを往復して絶妙な刺激を受ける。きっと催淫効果のせいで、どんな乱暴な指使いでも感じてしまうのだろう。
決してシズちゃんが上手いからとかそういうわけではない。だらしなく開いた唇を閉じたいのに、できなかった。
涙の量は増えている。こんなにも強い心地よさを感じたのは、俺もはじめてのことだった。
「うぁ、っ、あ、んぁ、は、あっ、あ、ぁあ、あ」
「手前泣くと、すげえ子供っぽくなるんだな」
「ッ、ぁ……死ね!」
「死ぬわけねえだろうが」
人の事を煽る様な言い方だったので、瞬間的に殺意を向けて睨みつけた。しかしそれだけで、すぐに頭に靄が掛かったみたいに鈍くなり、体が勝手にシズちゃんの動きに合わせて震える。
嫌なのに、何もできなかった。本当に情けない。
絶対に抗えないものだとしても、シズちゃんなんかの手で射精するわけにはいかなかった。そうなったら絶対に舌を噛み切って死んでやる、と思ったのだが。
「そういうこと言う奴には、こうするしかねえよな」
「なに、っ……あ、うぁ」
「イっちまえよ」
急にシズちゃんが身を乗り出して、顔を近づけて間近で低い声が聞こえる。体の奥がズクンと響いて、戸惑っていると鋭い痛みが走った。
そして滅茶苦茶に頭を振り乱しながら叫ぶ。腹の辺りに生あたたかい液体が振りかかった。
「うぁっ、ぁ、あ、んぁあッ!んぁ、あふぁ……あーあっ、あぁ、うぁ」
抵抗する間もなかった。ちょっとだけ強くシズちゃんに先の方を握られただけなのに、派手に射精してしまったのだ。勿論しっかりと掴んだままの手のひらは汚れていて、腕輪と鎖、俺の手にまで少量飛び散っている。
これは夢なのではないか、と本気で思ったがもし夢だったらとっくに目が覚めているだろう。最悪だ。もう死んでしまいたい。
本気で落ち込んでいるのに、体はガクガク震えて暫く射精を続け、ようやく止まった時には放心状態だった。欲望を吐き出したことですっきりはしたが、自分のしてしまったことに頭を抱える。
「すっげえエロい顔だな」
「はぁ、は……ッ」
返事なんてできなかった。口答えする気力もない。俺のみっともない姿を見て、嬉しそうにしているシズちゃんが本気で憎い。
憎いのに睨み返す力すらない。もうどうだっていい、と投げやりな気持ちになった。
「ちょっと握っただけで簡単にイきやがって、早いんだな」
「……っ」
「なんだ、悔しくねえのか?」
悔しいに決まっている。どうしてわからないのだろう、と呼吸を整えながら目を細めて見つめる。
だが黙っているのを別の意味に受け取ったシズちゃんが、握っていた手を離す。そしてそのまま、ローションと精液まみれの指をぴとりとそこに押し当てた。
鎖が擦れる音が微かにする。俺の右手も引っ張られて、妙な恰好をさせられている状態だった。
そこで今日一番の爆弾発言をした。
「ここ解したら、セックスできるよな」
「……え?」
「いいだろ?」
Return <<
2013-03-20 (Wed)
「二人の恋影」
静雄×臨也/小説/18禁/A5/P108/1000円
臨也が最低な男とつきあっていることを知った静雄が守る為に一緒に過ごしているうちに臨也のことが好きになる
しかし臨也とつきあっているのは10年前に現れた静雄の別人格の男で本人の知らないところで性行為を強要されていて…
10年間別人格の鬼畜静雄にエッチなことをされ続けた臨也と悪い男とつきあっている臨也を助けたい静雄の話
表紙イラスト 那央 様
虎の穴様通販
続きからサンプルが読めます
>> ReadMore
「なあ、振られたって何かあったのか?」
「俺のこと?」
「そうだ」
「相手に彼女ができたんだよ。まあ上手くいってるかは、わかんないけどぉ」
「なんだじゃあ浮気されたってことか」
「違うよ、俺が身を引いてあげようかなってねえ、あははっ」
日本酒の瓶の中身はもうないので、臨也には水を飲ませていた。冷蔵庫を開けたら大量のペットボトルに入っている水があったので、それをコップに注いで渡してやっている。昔バーテンダーの仕事もしていたし、酔っぱらった人間を介抱するのは慣れていた。
世話を焼くのはすべて、臨也の好きな相手とやらの話を聞く為だ。その為に酔わせたのだから。
「手前はそれでいいのか?まあ暴力振るう奴なんて最低だし、さっさと別れろ」
「あれえ、シズひゃん、心配しれくれてる?」
「いいから飲めよ」
酔っぱらっている臨也に対してなら、普段よりも冷静に話ができた。しかし別れろ、と言ってしまったところで言い過ぎたことに気づく。
長年憎んでいる相手がとんでもない男に引っ掛かっているというのなら、喜ぶのが普通だろう。でも俺はそんな考えは浮かばなかったのだ。どうしてか。
「なあ好きって……どう、なんだ?」
自分でもよくわからない質問だとは思ったのだが、好きということ事態に悩んでいたので間違ってはいない。
「誰かを好きになると、手前は何か変わったか?」
「んー……?」
思い出すのは子供の時に憧れた初恋の女性のことだ。だが同時にトラウマでもあったので、詳細に覚えてはいない。好きという気持ちは、どんなものだったのか思い出したかった。
「さあ?」
「そうか」
やっぱり酔っている人間相手に真面目な話なんてするべきではない、と思ったが臨也が続けた。
「俺は普通じゃないから、わかんない」
「普通じゃないって、暴力振るわれて好きになったからか?」
「シズちゃんが考えてるほど、生易しいものじゃないからねえ。あーぐらぐらする」
急に呻りながら大量に水を飲み干した後、さらっと告げられる。生易しいものじゃない、と。どういう意味かは理解できなかったが、知らない方がいいのかもしれない。
臨也は学生時代からヤクザとか怪しい連中と関わっていたし、情報屋として活動している現在はもっと危険なことをしている。裏の世界というものを多少は知っているとはいえ、深く関わりたくはなかった。
「でも手前なら、暴力振るわないように約束させたり脅すぐらいしてそうだけどな。遊ばれてた、っていうのも金とか偉い奴だからとか関係してるのか?」
「脅されてたのは、俺だよ」
「え?」
その時臨也が目を細めて、きっぱりと言った。頬を染めてやけに子供っぽく微笑んでいたが、言っていることとのギャップが激しくて息をのむ。
「でも彼女作ったってことはぁ、もういいんだよね」
「いいって」
「俺なんかいらないんでしょ?ねえそうだよね、シズちゃん」
「手前……」
焦点は合っていなかったが、臨也は真っ直ぐにこっちを見ていた。まるで相手を俺に重ねているかのように。酔っている本人には、別のものが見えているのかもしれない。
どうしてか手のひらにじんわりと汗を掻いていて、口ごもる。なにを言えばいいか思いつかなかった。
「折角好きになったのに。十年かけてたっぷり調教されたのになあ」
「調教って、厭らしい言い方すんな」
「本当のことだしぃー?なんにも知らない癖にさあ」
きっとわざとなのだろうが、調教と言われてふしだらな想像をしてしまう。そんなバカなことなんてないだろうと、頭に浮かびかけたものを打ち消す。
臨也は茶化して言っているだけだ。だが生意気なこいつを十年かけて素直にさせたというのなら、相当根性があるのだろう。俺は顔を合わせただけでキレていたので、真逆だと思う。
「でもさあ、一つだけ問題があってさあ」
「なんだよ」
乱暴にグラスを机の上に置いて、なぜか臨也が顔を寄せてくる。酒の香りがしたが、嫌いな匂いではなかった。
「なんにも、ないんだよねえ」
「……あ?」
「この十年間あいつのことだけ考えてきて、情報屋になったのもいつか復讐してやるとかそういうことばっかりでさあ。まさか捨てられるとは思わなかったんだよねえ。本気で好きになってそれが長く続くなんて信じられないぐらいだったし、最低な奴だったけど好きってことだけははっきり言っててさあ。ほんとむかつくんだけど」
一気に捲し立てられて、唖然とする。十年間も想い続けるなんてどんな気持ちなのか想像できないが、本気なことだけは理解できた。
同時に胸の奥がむかむかした。どうしてか、わからないけれど。
「俺どうしたらいいのか、わかんない。あいつがいなくなって、どう生きていけばいいのかぜーんぜんわかんないんだあ」
「ッ!?」
その瞬間衝撃を受ける。一気にこれまでのことが浮かんで、苛立ってしまう。
俺は臨也に毎日喧嘩を吹っかけられたり、面倒なことに巻き込まれてそのことしか頭になかった。警察に連れて行かれたこともあるし、大怪我をしたり家族にも迷惑をかけてきた。それらは全部臨也のせいだったのに、本人は静雄のことなんて見ていなかったのだ。
こっちはずっと苛立ち、暴力を振るってしまい、悩んでいたというのに。臨也は知らない奴のことばかり考えていた。それが許せなかった。
さすがに殴っていいだろう、と拳を握りしめて睨みつける。しかし驚きで全身が震えた。だって。
「シズちゃん、っ……どうしたら、いいかなあ」
「臨也……」
いつの間にか臨也の目の端に涙が滲みぽろぽろと溢れていた。弱々しい泣き声交じりの声で、助けを求めてきたのだ。
頭を鈍器で殴られたかのような衝撃を受けた。相手が長年の仇敵だと本人も気づいているだろうに、縋ってくるなんて相当切羽詰まっているのだろう。演技だなんて思えなかった。
今の臨也では、暴力を振るった静雄にあっさりと捕まってしまうだろう。ナイフを振りかざす気力も、睨みつけてくる気迫もない。想像もしていなかった弱い部分を見せられて、動揺しないわけがない。
どこかで人間じゃない、と思い込んでいたのかもしれない。
力がコントロールできずに怪我をさせても、次の日には殺意を向けてきたし、人として最低なことを平気でできる奴だった。それが見る影もない。
ただの人だと知って、涙を見せられて、胸の辺りがあたたかくなるのを感じた。これまでは虚勢を張っていたのかと思うと、健気ではないかと考えてしまって。
今度こそ本気で俺のことを真正面から見てくれたら、どんなことになるのだろう。そう思ったら自然に告げていた。
「やることねえなら、俺とつきあわないか?」
「え、っ……?」
「ああ、いやつきあうっつうか……俺もその好きとかそういう感情がよくわかんねえし、あ、あれだ。失恋して弱ってんだから、悲しい気持ちはよくわかるし慰めることぐらいはできるから、その」
自分で言ったことだが、驚いた。すんなりとつきあうという言葉が出たし、下手な言い訳もし始めて必死なんだなと思った。
これが好きという気持ちなのかは、まだよくわからない。でも間違いなく臨也に興味は沸いたし、一緒に過ごしてみたかったのだ。
失恋なんてしていないのに、同じだからと嘘をついて近寄り、気持ちを共有したかった。少しでも、俺のことを見て欲しかった。弱りきっている臨也に。
「本気?」
「おう」
「やめときなよ。きっと大変なことになる」
「んなことぐらい知ってる」
目を見開いてびっくりしていた臨也が、目を細めて諭すようにしゃべる。しかし引くつもりはなかった。とっくに俺は臨也に巻き込まれていたし、脅し文句でやめるほど軽い気持ちではない。
臨也が好き、なのかもしれない。これまでの憎い気持ちがどうでもよくなるぐらいには、魅かれている。
確かめたかった。自分がどう思っているか。それが臨也と過ごしてわかるのなら、知りたかった。
「寂しいんだね、シズちゃん」
「それは手前だろ。ほら涙拭けよ」
「ありがとう」
完全に臨也は勘違いした。振られて俺が寂しがっているから、それを埋める為に言っているのだと。それでもよかった。
ポケットからくしゃくしゃのハンカチを取り出して渡してやる。煙草臭いと文句を言いながら、そっと涙を拭った。そして言った。
「友達ってことでいいのかな?」
「え……」
「それならいいよ。変な気分だけどさあ」
俺は友達になるつもりはなかったのだが、臨也が望むのならしょうがないと思った。いままで憎み合ってきたのに、いきなり友達というのも随分おかしい話だ。
了承してくれるのなら、それでよかった。だから大きく頷く。
「酔ってるからって、忘れんじゃねえぞ」
「これでも記憶力はある方だけど?」
呂律が回らなかったはずなのに、いつのまにかしっかりとしゃべっていた。少し酔いが落ち着いたのかもしれない。
「じゃあ乾杯しよっか?」
「乾杯?」
「失恋したのを祝って」
「バカか……酔っ払いが」
「えー面白いと思ったのになあ」
ケラケラ楽しそうに笑う臨也を見ながら、これからのことを期待した。他の奴じゃなくて、いつか俺の方を見て欲しいと心から願って。
* * *
「折原って、手前のことだったのか」
「……っ、く、おりはら、いざやだよ」
あまりにも間抜けなことを尋ねられて、笑ってしまう。名前も知らずに追いかけてきたなんて、相当だ。ついでに名前を教えてやる。
「助けたわけじゃねえことぐらい、わかるよなあ?俺は手前に恨みがあるんだ。わざとトラックで轢いたんだろうが、ああッ!?」
「はぁ、っ、は……はな、せよ」
こっちの状態なんかお構いなしに手で首元を掴まれて、呻き声が漏れる。この男には、俺を潰すことしか見えていない。そう思ったのだが。
「さっきの奴、言ってたよな?恨みがあるなら、突っこんでいいってよお」
「え、っ……なに……っ、ふぁあっ!?」
突然口にしたのは、とんでもないことだった。驚いていると、バイブをおもいっきり引き抜かれて快感が一時的におさまる。肩で息をしながら、恐る恐る見あげた。
そして息をのむ。さっきまでよりも冷たく、表情が読めない顔をしていたからだ。なぜかぞっとした。
「うら、み……って」
「でも勘違いすんじゃねえぞ。さっきの奴らとは違う。俺は……そうだ」
「っ、あ!?」
「好きだ。好きだから、突っこむ」
「……は、あ?」
あまりにも暴論すぎる主張に、唖然とした。しかも言葉に一切気持ちはこもっていない。
おもいっきり笑ってやるところだが、あまりにも真剣だったのでバカにできなかった。ただの言い訳にすぎないのに、突っこみたいだけなのに、好きと嘘をつくなんて。
どうせ偽るなら、もっとマシな方法がある。どうして好きだなんて言ったのか、理解できなかった。
「すき、って」
「いいか、俺はお前が好きだ。臨也」
人の名前をさっきまで全部知らなかった癖に、一体何を言っているのだろうか。息をつくのが精一杯でまともに返せないでいると、いきなりズボンと下着を目の前で脱ぎ始めた。
残念ながら、まだ全身に力は入らない。どんなに頑張っても無駄なら、耐えることしかできないだろう。さっきみたいに。
ただし今度は誰も助けに来てくれない。だってこの学校に彼を一人で止められるような人間は居ないのだから。
「抵抗しねえのか?」
「だって、はぁ……ちから、はいんない、し」
「じゃあ合意ってことだよな?俺はちゃんと手前のことが好きだし、レイプじゃねえ」
「ちがう、って、それは……っ、あ!ぁっ、やっぱ、りま……っ」
顕わになったシズちゃんの性器は、しっかりと勃起していた。そのことに驚いたが、すぐさまローションまみれの入口に押し当てられて緊張する。
今度は玩具ではなく、本物なのだ。
懸命に息を吐きだしていると、腰を掴まれてぐっと押されてしまう。そしてじわじわと性器が侵入してくる。
「んぁ、っ……く、ぅ、んっ、いや、だぁッ!」
「狭いな。おい力抜けよ」
「はっ、はぁ、むり……むり、だからぁ、っ、出て行けよ!!」
思っていた以上にペニスは太く硬くて、強引に捻じ込まれてもすんなりと入ることはなかった。少しだけ入れられたが、それ以上はローションの滑りも効かず奥へと進みそうにない。
無理だ、無理なんだと瞳で訴える。しかし通じるわけがなかった。そもそも、おかしかったのだ。
平和島静雄は。
「しょうがねえな」
「はぁ……っ」
従ってくれるとは思っていなかったが、突然性器が引き抜かれて出て行く。中を擦る異物が取り除かれて、ほっと息をついた。
これでようやく解放される、と本気で思っていると。次の瞬間信じられないことが起こった。
「んなわけねえだろうが」
「ッ、え、あっ!?んぁ、ふっ、ぁ、あぁ……!!」
確かに一度ペニスは体から出て行った。しかしなぜか、またあっさりと入れられてしまったのだ。まるで弄ばれたみたいに。
終わったことに安堵していたので、余計な力も多分かかっていなかったようだ。勢いもついていたのかもしれない。ぐちゅ、と音をさせながら最奥まで入ってきたのだ。
頭を振り乱して叫び、懸命に逃れようとする。でも中途半端な吐息しか室内に響き渡らず、何もできなかった。
「びっくりしたか?ちんこ引きちぎられるかと思ったじゃねえか」
「ぁ、っあー……んぁ、はっ、うぅ、く、ひど、い」
「酷い?そんなことねえだろう。トラックで轢き殺そうとしたことに比べたら、マシだ。それに俺はお前のことが好きで、セックスしてるんだぞ」
話は通じていなかった。意味もわからない。本気で怖いと思った。
不敵な笑みを浮かべながら腰を揺らし始める。まだ半分ぐらいしか受け入れていなかったのに、前後に揺すぶられると勢いで捻じ込まれていく。
「やめろ、っ、もうやめ……っ、はぁ、んぅ、く」
「すげえ顔だな。殺気と色気が混ざってるみたいで、興奮する」
「だ、からぁ……やめろ、って、シズちゃ、っ……ん!」
「ん?シズちゃん?」
その時不意に口走ってしまったことに、自分で動揺してしまう。しまった、失言だったと唇を噛んだ。意識が朦朧としていたので、おもわず言ってしまった。
俺は以前から知っていた。平和島静雄という男の事を。
事前に調べていて、愛称までつけていたぐらいだ。それがシズちゃん、という呼び方だった。本当は言うつもりなんてなかったのに、今更後には引けない。
「俺のことか、そりゃあ」
「はぁ、っ……そう、だよ。君は、シズちゃん、だ」
「面白えな、手前」
行為の手が止まったので、息を吐き出して精一杯睨みつける。ここまでくると、意地だった。負けられない。
こんなとこでいきなり負けてしまうわけにはいかなかった。高校生活二日目にして、すべてを壊されてしまうなんて。
俺には俺の目指す場所があったし、楽しみたい。その為にはどうしたらいいか、と必死に思考を巡らそうとして。
「腹立つが、俺はその呼び方嫌いじゃねえな」
「ッ、あ!?ふぁ、っ、あ……やめ、ろって!っ、うぅ、あ……へた、くそ!!」
「下手で悪かったな。俺だってはじめてなんだよ。まさか男で童貞捨てちまうなんてよお」
「は、ははっ、それは可哀そうだねえ。男で、っ……うぁ、あ!はげし、っ、や、めろ!」
急に律動が再会して、体の内がジンと痺れた。懸命に歯を食いしばって、自分を保とうとする。平和島静雄に、シズちゃんなんかに負けられない。
こんなにも自分勝手で、凶暴な男なんかのせいで、狂わされたくなかった。
童貞だと聞いて、不敵笑みを浮かべてバカにしてやったけど、途中で遮られる。ガンガンと真下から突きあげられて、涙が滲む。
「手前だって男とするのはじめてなんだろう?」
「そう、っ……だよ、さいて、ぇ、ッ、あ、く」
「根性あるじゃねえか。気に入った」
「んぁ、あ、く……うぅ、っ、あ、なに、が」
声を絞り出して話していたが、意外にも俺はもつかもしれないと思う。複数の男達にレイプされそうになり、バイブで弄られ無様な所を晒してしまった。
だが一度は折れかけた心が、シズちゃんを前にして戻ってきたのだ。こいつにだけは負けられない。屈してたまるか、という強さだ。
薬で朦朧としていた意識も、本当はあられもない声をあげてしまいそうな快感も。すべてはねのけて抗おうとする自分に、驚いた。やはりこの男は普通じゃない。
俺にとって平和島静雄は、これまで会った人間の中でも少しだけ他と意味が違う。
笑顔を浮かべて顔色を窺い取り入る必要も無い。苛立ちや腹立たしさをすべてぶつけてもいい、唯一の相手だ。
一方的にレイプされているにも関わらず、歓喜した。こんな相手に出会えたことに感謝すると。
何があってもこいつだけは、どんな手段を使ってでも殺す。
だがそんな俺の決意なんて一切知らない男は、平然と言った。
「そのうち、俺なしじゃいられないぐらいセックスしてエロい体にしてやりてえな」
「な……っ、なにを、いって」
「気に入った、好きだ、恋っていうのはこういう気持ちのことを言うのか」
口を半開きにして息を吐き出しながら、呆然とする。眩暈がした。
己の欲望だけを宣言し、それをあろうことか恋心などと間違えている。目の前の化け物の考えていることが、俺には理解できない。
動揺していると、目の前に黒い影が落ちた。驚いてビクンと肩が震えたが遅い。
「っ、んぅ!?ん、ふ……く」
おもわず瞳を閉じたが、柔らかいものが押し当てられて強引に唇を開かされた。どうしてこんなことをするんだ、と叫びたいのに声は出せない。しっかりと塞がれて鼻で息をしている。
すぐにやたら熱い舌が絡められて、体の奥が鈍く疼いた。薬のせいだろうが、こんなわけのわからない男相手に、と悔しくなる。
「あっ、んぁ、ぐっ……や、めろ!」
「舌噛んだのかよ。やってくれるじゃねえか手前」
これ以上口内を蹂躙されるのが嫌で、舌をおもいっきり噛んでやった。口内に鉄の味が広がったが、離れたシズちゃんは平然と笑っている。
トラックに轢かれても歩ける男だ。痛覚が無いのではないか、と思う。
「ったく、痛えな。どうしてくれんだ?」
「ぃ、っ、ぁ、ああぁッ!?ふぁ、あ……っ、んぁ、やめ、ろ、んぅ、ぐ!!」
ただキスをされたというだけならまだ許せたかもしれないが、好きだと言われてされたのだ。そういう意味というのなら、はっきりと拒絶しなければならない。
例えそれが、自分の身を滅ぼすとしても。身体的苦痛を強いられるとしても、だ。
パンパン、と肌が激しくぶつかり合う音がし、全身が揺さぶられた。さっきまでの動くは手加減していたものだと、はっきりわかるぐらい衝撃は強い。それだけ怒っているということだ。
「こんなに泣きじゃくって喘いでんのに、強気だよな。落としてえ」
「あ、んぅ、ぁ、っ……く、ぅ、っ、なに……を」
「俺のもんにしてえ」
「……ッ!?」
Return <<