2013-02-20 (Wed)
「静雄のせいで触手に襲われる臨也の話」
静雄×臨也/小説/18禁/A5/P68/600円
触手に襲われた臨也を静雄が助けるが媚薬で体がおさまらず仕方なくエッチすることになって・・・
なかなか素直になれない臨也が空回って触手に襲われる話
※触手×臨也の描写有
表紙イラスト 那央 様
虎の穴様通販
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「どうしてこんなものが。化け物に喧嘩売ったつもりはないんだけどなあ」
相手が得体の知れない者だからこそ、焦りを見せる。これでどこかに誰かが潜んでいて見張られているというのなら、随分と滑稽だろうが、そんな気配は感じない。
もし俺がこういうことを仕組むのであれば、遠くから眺めて高みの見物をするだろう。いくら好奇心があったとしても、近づいて巻き込まれたくはない。だから、多分そういうことだ。
ここには俺一人だ。誰も来ない。
化け物といえば真っ先に浮かぶのは、さっき取り落した箱に入っているプリンが好きな相手だ。これまでも幾度も追いつめられて、ギリギリのところで逃げ切っていたが。
しかし目の前のこいつは、そんな生易しいものではない。武器は奪われて、一切の抵抗手段を禁じられている。ここまで周到なんて。
「一体どうするんだろうねえ、まさかこのまま食べるとか?」
おどけた口調で呟いても、返事はないのが虚しい。誰かに見られていても困るのに、一人だと寂しい気もするなんて贅沢だ。とにかく。
あまりに突然の想定外の事態に驚いている。それだけは間違いない。
「さっきから、どこ入ろうとしてるんだろうねえ」
出来る限り抵抗を試みるが、全身に絡みついている触手の塊は激しさを増すばかりだ。遂には服の中にまで侵入しようとしていて、コートの裾やシャツが捲られる。数回避けるが、圧倒的に数が違うので結局意味は無かった。
化け物を切り裂く時に飛び散ったのか、それとも先端から溢れるものなのか、とにかくぬるつく触手が肌を撫でていく。気持ち悪いのは当然だったが、なぜかやけに熱く感じた。
生きているので温度はあるようだが、塊自体が発熱しているかのような。何本もの触手が粘液を塗りつけるように触り、そこがじんじんと疼く。広がる。
「どういうこと、だ?熱いにしては……」
なんとなく嫌な予感を覚えていると、頭の上辺りに気配を感じたので顔をあげた。そして息を飲む。
そこには絡みついている触手よりも大きくて太い化け物が、先っぽから汁を滴らせて迫っていたからだ。身動きすら取れなくて、じんわりと額に汗が浮かぶ。
「ッ、やめろ!」
しっかりと目で追っていたが、突然勢いよく粘液を吐き出し頭からかけられる。顔を背けたが、髪に垂れてしまい歯軋りした。
だが一本だけではなかったらしい。視線を逸らした先にも同じぐらいの大きさの塊があり、そいつも中身を飛び散らせた。驚いていると、体にまとわりついていた化け物もつられたように粘液を吐き出す。
「くそっ、避けられない」
肌に絡んでいた塊も、大量に垂らして撫で進んでくる。ぐちゅぐちゅ、と至る所でおぞましい音色が響いて全身に飛び散った。段々と量も、音も増して、どこに顔を背けても汁がかかってしまう。
どうしたらいいんだと困っていたら、そのうち一本が顔の前に寄ってきた。慌てて身を引いたが、逃げ場などなく頬にべちょりと体を押しつけられてしまう。
怒りと悔しさでカッとなって、物言わぬ化け物相手に怒鳴ろうと口を開いた。だが予想外なことに、そいつは口内めがけて、待っていたとばかりに飛び込んだ。
「んっ、ぐ!?」
慌てて閉じようとしても遅い。ちょうど限界近くまで唇を開かれて、歯を立てようにも力が入らない。そのまま喉奥まで侵入されてしまう。
あまりにも急激に危機的状況に陥ってしまい、非現実的だった。これは夢なのではないか、と逃避したくなるが喉奥をごりごりなぞられて咳き込んでしまう。
「うぅ、ッ、ぐ、んぅう、っ、ふッ!?」
言葉をしゃべることができないのも悪い。一気にパニックに陥って、頭を無闇に左右へ振った。必死に噛みつこうと何度か試みていたら、ごぼっと奥で奇妙な音が聞こえてしまう。
目を丸くしていると口内全体に広がって、粘液がおもいっきり吐き出されたことを知る。それに合わせるように、全身に飛び散っていた粘液も増える。まるで土砂降りの雨が降っているようだった。
「んーっ、うぅ、く、んぐっ、が、ごぼッ」
飲み込みたくなくて必死に抗っていたが、容赦なく顔面も粘液に濡らされていて、まともに息をするのも苦しかった。きちんと呼吸ができないせいで、咳き込んだ途端にまた粘液が増やされてしまいもう耐えられなくなる。
中身はほとんど口の外にこぼれてはいたが、それ以上に吐き出されるので飲みこむしかなかった。ごくんと喉を震わしたのを見計らい、もっと深い奥へと進まれる。これ以上行かれると、とんでもないことになるだろうというギリギリで、化け物は液を注ぎ続けた。
「んっ、んぐ、っ、うぅ、んぢゅ、う、ぐ」
いつの間にか瞳から涙が溢れてボロボロと泣いていた。これは悔しいからではなく、生理的なものだ。それでも納得できない。
すごい量を飲み続けて、段々とお腹が満たされていく。重く、苦しい。このまま腹が破裂するまで注がれてしまうのか。そんな恐怖が頭をよぎった時。
「げほっ、ごほ、ッが、ごほ、はぁ、はッ」
化け物触手が吐き出すのを止めた。満足したのか口内から出て行ったので、懸命に残っていた中身を吐き出す。喉を震わせて、体の内に出された物も嘔吐しようとした途端。
ドクン、と心臓が脈打つような鼓動が聞こえた。一瞬呼吸を止めて目を瞬かせていると、音は早くなり胸が軋むように痛んだ。
「うぁ、っ、な……なん、だこれ」
いつの間にか触手達から飛び散っていた粘液の嵐は止み、得体の知れない痛みに呻き声をあげる。だが痛みだと思っていたのは始めだけで、すぐに違うと気づいた。
全身が急激に熱をもち、喉が渇いて水分を欲してしまう。体中のどこもかしこも熱くて、異常なことが起きていた。一部だけではない。
髪がべっとりと貼りつく額も、化け物が絡んだままの肌も、衣服を着こんだまま濡れ汚れている手や足も。どこも平等に疼いて発熱している。意味が解らなかった。
「熱い、あつ、どうして、これ」
うわ言のようにブツブツと呟くが、自分の耳にもきちんと届いていなかった。挙句に息苦しくて呼吸をしているだけなのに、やけに熱くて頭もぼんやりしてしまい。
溜息をついた時に喉が震え、それが軽い衝撃となって襲い掛かって来た時にようやく気づく。この化け物のしようとしていることが。
「これは、媚薬みたいなものか」
生殖本能として、獲物を捕らえて食べる前に弱らせる行為というのは、ごく自然なことだ。獲物は俺で、弱らせ動けなくする為にさっきの粘液を腹いっぱい飲ませた。
だから体の奥も、内も、外も熱くてしょうがない。媚薬の池の中にぶちこまれたも同然だ。
「はぁ、冗談じゃ……な」
声はもう弱々しくて、抵抗の意志も感じられない。それこそ大声で叫んだら、体に響いてしまうかもしれない。
媚薬みたいだと気づいたのは、主に下半身が反応していたからだ。下着の中のそれは勝手に勃起し、締めつけられている箇所が苦しい。本能的に開放して欲しいと願うのも無理はなかった。
「ッ、あ、やめろ!」
脱がして欲しいと口にしたつもりはなかったが、おさまっていた触手の塊が蠢き始めた。そしてシャツの中以外にも、器用にベルトを外しズボンへ潜り込もうとする。おもわず叫んだが、衝撃で全身が震えて、はっきりと快感を覚えてしまう。
自慰はあまりしたことがなかったが、これは間違いなく溜まっているものを吐き出したくて大きくなっていた。驚いているうちに何十本もの塊がズボンに入り、破り、下着までもずりさげていく。
「ぁ、あっ……そんな、やめろ、クソ」
* * *
「一階も派手に荒れてたし、自分の体張ってまで嫌がらせするような奴じゃねえよな。誰かに狙われてるのか?」
「さ、ぁ……」
「なにされた、って聞くまでもねえがまだ辛いか?」
やはりシズちゃんだ。無神経にも程がある、と思った。
答えなくていいことなのに、わざわざ尋ねて人の心配をしているつもりなのだろうか。不機嫌を隠さず睨みつける。
「怒るなよ。俺だってなあ……ああ、クソッ、ほら手貸してやるから」
向こうも一瞬だけ額に青筋を浮かべて苛ついているのを顕わにしたが、すぐに舌打ちをして表情を戻した。意外な行動に驚いてしまう。俺でも、怒りを抑えることができるのかと。
だがそんなことよりも、差し出された腕が俺の手首を掴んで、問題が起きてしまう。全身を襲ったのは、腕を強引に掴まれた痛みではなかった。
「あっ、んぁ!?」
「え?」
「はぁ、っ、は……ッ、まだ」
自分では声をあげるつもりなんてなかったが、室内に甲高い悲鳴が響いた。強い衝撃に息を整えながら、悔しがる。どうやら過剰に摂取された媚薬が全く抜けてないらしい。
化け物にされていたことは、意識がある間であれば多少覚えている。思い出したくもないが、衣服は破れて腰から下は何も身に着けていないし、全身気持ち悪い粘液まみれなのだ。それこそ立ち上がったら、まだ中に残っているものが吐き出されるかもしれない。
放っておいてくれ。そう一言告げれば終わるのに、掴まれた腕からじわじわと何かが広がっていく。
「おいまだやべえのか?臨也?」
「……っ」
卑怯だと思った。こんな時に名前で呼ぶなんて。
いつもみたいにノミ蟲とか言ってくれれば、怒りが増していただろうに。胸が切なく痛む。
もう助からないと諦めていた。まだこれは夢ではないのか、という疑惑も強い。心底後悔した記憶もまだ残っている。
どうしようか迷いながら、床を見つめた。するとまだ残っていた。白い箱が。
「シズ、ちゃん」
「なんだ?」
腹を括ると早かった。動かないと思っていた唇が勝手に言葉を紡ぎだす。
「お願いが、あるんだけど……お礼はするか、ら、引き受けてくれないかな」
「どういうことだ」
「床に箱が落ちてるの、見える?」
「箱だ?ああ、あれか落ちてるな。あれがどうした」
拒絶されはしないかとドキドキしたが、そんな素振りは全く無かった。それどころか、相手が俺だと自覚していないみたいに、なんだか普通にしゃべっている。
きっとそれも今だけだ。大変な目に遭っていた、ということを知って遠慮しているから。もう二度とこんなことはないだろう。
「あの中にね、プリンが入ってるから、君にあげるよ。多分中身は無事だから」
「プリン?おい何言って……」
「足りないなら、後で買ってあげるから。だから聞いてよ、俺のお願い……っ、はぁ」
一気に捲し立てて最後に吐息をこぼしたのは、期待したからだ。一呼吸置いてから、口を開く。
「セックス、しよう?」
「あ……?」
あからさまに嫌そうな顔をした。思った通りで、こんな時だというのに笑いが漏れそうになる。シズちゃんが顔色を変えると、それに反してこっちは楽しくなる。
ある意味それが俺達のルールみたいなものだった。こんな時でも変わらないことに安堵する。
「それ本気で言ってるのか?」
「誘ってる、つもり……なんだけど」
目を細めて精一杯作り笑いを浮かべる。シズちゃんが一番嫌う表情で。これならば、大丈夫だと思ったのだが。
「なあ手前は自分の顔を鏡で見たことあんのか」
「どういう意味かな」
「誘うならもっと上手くやってみろよ。耳まで真っ赤にして、手震えてるぜ。バレてんだよ」
「……なにが?」
わざととぼけてみせたが、予想以上に鋭い視線に内心動揺する。本当は、シズちゃんを誘うなんて恥ずかしいし、緊張だってしていた。
それをはっきり見抜いたというのなら相当だ。少し悔しいぐらいで、一体どう言いくるめてやろうかと考えていたら、ギシリとベッドが軋む音が聞こえた。
「俺は別に、礼なんていらねえ。眠ったままだったら、襲ってやろうと思ってたし」
「んっ、うわ!?」
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2012-12-05 (Wed)
「鬼畜神父と奴隷吸血鬼」
静雄×臨也/小説/18禁/A5/124P/1000円
神父静雄に捕まった吸血鬼臨也が強制的に奴隷にされる
悪霊退治をするのにセックスで人間の生気を吸わされ力を与えられ
道具のように使われるがそのうち本気で静雄のことが好きになる
過去を覗き見て実は静雄も臨也に一目惚れしていたと知って…
神父静雄の奴隷にされた吸血鬼臨也がマニアック調教される話 パラレル
※触手×臨也がありますが静雄以外の18禁表現はありません
表紙イラスト 那央 様
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「……あんた誰?」
「いきなりナイフ向けんじゃねえよ、びっくりすんだろうが。どこに持ってたんだ」
「人間がこんなところに来るなんて珍しいねえ。よく辿り着けたよ、それだけでも賞賛に値するけれど迷惑だから出て行ってくれるかな」
「起こしてやったのに、礼もねえのかよ」
「起こしてって頼んでないけど」
俺の顔を覗きこんで不機嫌そうな顔をしている男に、素早くポケットから取り出したナイフを突きつけていた。別に本気で殺すつもりはないし、怒っている口調ではあったが実は相手の反応を楽しんでいるだけだ。
ナイフなんてなくても、人間なら簡単に殺せる。そういう特別な力を持った、吸血鬼という存在だった。
「っていうかさあ、ちょっと聞くけど……どうしてこんなに顔が近いの?」
「そりゃああれだ。手前にキスしたから」
「ふーん……えっ?」
互いの息がかかる距離で話しをしていたので疑問に思っていると、とんでもないことを教えられてしまう。あまりのことに表情が固まった。この男は一体何を言っているんだろう、とまじまじと見つめる。
金髪で全身に纏っている服装は黒だ。元から人には興味なんてないので、それ以外の情報なんてどうでもいい。
人里離れた山奥に城を建てて、城内にもいくつもトラップを仕掛けている。すべては誰にも近寄らせない為で、この男はそれらをことごとく躱してきたのだろう。その評価はするが、キスするなんて非常識だ。
大体いくら吸血鬼とはいえ、同姓だ。まさか俺が女にでも見えたのだろうか。
「最低」
「なんだ?もっと騒ぐかと思ったのに、反応薄いな」
「あのねえ、寝起きの相手に何言ってんだよ。それに俺は低血圧なんだ」
「ああっ?吸血鬼なのに低血圧ってどういうことだ、ふざけんな」
口が悪いにも程がある。俺も人の事は言えないが、この男はもっと最悪だ。いちいちすべてを説明する義理はないし、ナイフを出して怖がらないのならもう興味は無かった。
趣味は人間を怯えさせ、驚いた表情や恐怖に震えあがる様を観察することだ。大抵の相手は吸血鬼だと知っただけで顔色を変えるのに、こいつはつまらない。なにより、俺にキスなんてしたのだ。
「ちょっとどいてよ」
「しょうがねえな、手貸してやる」
「なんで?頼んでないけど。いい迷惑だ」
「うるせえな、ほらよ」
「……っ!?」
手のひらを差し出されたので断ったら、突然腰を掴まれて片手で軽々と持ちあげられてしまう。翼は広げてはいないし、浮いているわけではなかった。担がれている、と気づいた時には足が地面に着いていた。
一瞬のことだったけれど、今の行動ではっきりわかる。この男は普通の人間じゃないと。吸血鬼を、男を軽々と抱きあげることができる怪力を持っている。
「ねえあんた、この部屋に来るまでどのぐらいトラップに引っ掛かった?」
「トラップって、なんのことだ?もしかして落とし穴みてえなやつか?」
「そうだけど」
「落ちるわけねえだろうが。なんかめんどくせえ奴だな、って思ってたけどよお、予想通りじゃねえか。そんなに起こされたくなかったのか」
「そうだよ。寝る前に入念に準備したんだ。放っておけばよかったのに、何が目的だよ」
その場で大きく伸びをして、ため息をついた。まだ頭は回っていないけれど、体はすぐにでも動ける。この男がすごい力を持っていて襲いかかってきても、すぐに反撃できるだろう。
挑発するように睨みつけると、向こうも眉を顰めて睨みつけてきた。このままやり合うのか、と思ったが。
「吸血鬼退治?」
「違え」
「じゃあもしかして、眠っている俺に惚れちゃったかな?キスするぐらいだからねえ」
「そうだ」
「そうか、俺のこと好きなんだ……え?」
あまりに普通に頷かれたので聞き逃すところだった。慌てて相手を見ると、冗談ではないようでさっきと変わらずこっちを見つめている。どうやら本気らしい。
そんなバカな、と内心焦りながらも冷静に尋ねる。身の危険を感じたからだ。
「どんな相手かもわからないうちから好きだなんて、一目惚れ?吸血鬼の体を狙ってる人間なんて、怖いもの知らずだねえ」
「なんだよ、好きだったら悪いのか?それに最近は吸血鬼を捕まえる道具も、術も山ほどあるぜ」
「ちょっと待てよ!まさか無理矢理したいの?ははっ、痛いのとか血は苦手なんだけど」
捕まえる、と言われて目を丸くする。一体どのぐらいの間眠っていたかはわからないが、俺が知っている頃よりも吸血鬼を捕えるのは難しくないらしい。始めからこうなることぐらいわかっていた、と言いたげに男は堂々としている。
力でねじ伏せて襲いかかるのが趣味なのか、と肩を竦めた。いくらなんでも会って間もない好きな相手に言うことではない。こいつの言う好きは、意味が違うと瞬時に悟る。
「痛くしねえよ。すげえ気持ちよくしてやるから」
「どちらにしろ、俺は遠慮するよ。嫌いなんだよねえ、君みたいな話を聞かないタイプ」
「そうかよ。吸血鬼に好かれるなんて思ってねえから、問題ないぜ」
さっきから嫌味を散々言っているというのに、向こうは怯む様子も無かった。口数は少なそうだが、俺の癪に障ることを度々告げてくる。気に入らない。
嘘をつき不意をついてくる相手は多かったが、この男みたいに堂々と宣言する奴はそういない。何もかもが、これまでの俺の常識を覆してくる。
「ねえもしかして、吸血鬼嫌いだろ?」
「ああ、大っ嫌いだ。殺してえぐらい、憎い」
「なんだ、それが君の本心か。じゃあ始めから、吸血鬼に嫌がらせする為に犯そうとしてるって言いなよッ!」
今度こそ殺意のこもった眼差しを向けてきたので、さっきから手に握っていたナイフで返した。致命傷にするつもりはなく、目くらまし程度だと思っていたが見抜かれていたようだ。
体を一歩引いて躱し、隠し持っていたらしい何かをポケットから取り出し投げつけてきた。こっちもバックステップで避けると、投げられた物が床に刺さる。しかしそれを見て、ハッと気づいた。
そこには見慣れない陣が描かれていて、突き刺さったのは十字架だった。ちょうど真ん中で、俺の体も円陣の中にある。逃げなければ、と思ったけれど遅かった。
「ッ、う……!?」
「先に手え出したのはそっちだからな。吸血鬼野郎がよお」
「クソッ、ぁ……ぐっ、うぅ!!」
青白い光が室内で眩くなり、同時に力が抜けていく。ナイフを投げる前に翼を使って浮いていれば良かったと後悔する。一気に足にまで力が入らなくなって、とうとうその場に倒れてしまう。それでも光りはおさまらない。
このまま根こそぎ力を奪う気だ、と歯軋りしたが視界が霞む。さっきまでの眠気とは違う。意識を飛ばすわけにはいかなかったので、床に爪を突き立てて踏ん張る。だが。
「結構頑張るじゃねえか。普通の吸血鬼よりは、強えのか?」
「そう、だよ……っ、俺は、ハーフじゃない純粋なヴァンパイアだ。本当はお前なんかがさわれるような身分じゃな、い……っ、ぐ!」
「でももう力ねえだろ。残念だったな」
最後に目を開けていられないぐらい光った直後に、全身を襲っていた術が解けた。その場で荒く息をついて、起きあがろうとしたが自力では動けないぐらい消耗している。これでは飛ぶこともできない。
しかし回復すれば、いくらでも反撃のチャンスがある。このまま力尽きた演技を続けようと思ったが、男は床の上に置いていたらしい鞄から何かを取り出した。それを見て青ざめてしまう。
「それ……まさか」
「吸血鬼特製の首輪だ。これならいちいち力奪わなくても、こいつが常に吸い取ってくれるんだ」
「待てよ、っ、吸血鬼の力が無くなったら……」
「人間の血が欲しくなるんだろ?理性も無くなって、体も疼くんだよな。吸血行為の代わりにセックスで人の生気奪えば死ぬことはねえんだ。俺が手前にしてえことといい、ちょうどいいだろ」
「あははっ、そういうこと、か……っ、はぁ」
やめろと怒鳴る前に腕が伸びてきて、強引に首を掴まれて首輪を嵌められる。しっかりとつけられた瞬間全身が跳ねて、説明の通りに術が施されたものだとわかったがどうにもできない。
じわじわと額に汗が浮かび、呼吸が荒くなり体中が熱くなった。この感覚は確かに、血を欲しているのと同じものだ。
俺はバカじゃないので、きちんと計算して食事をしていた。人の血だけではなく、生き物ならなんでもご馳走になる。人間みたいに食べれば微量のエネルギーにはなったので、飢えて理性を失うほど枯渇したことはほとんどない。
何日かに一度人の血を貰うか、毎日食事をし続ければ問題は無かった。外に出ることもあまりなかったし、急激にエネルギーを消費することも無い。人の血だって、昔からの吸血鬼みたいに噛みつくわけではなく、相手を気絶させて手首から飲むのが好きだった。
野蛮な他の吸血鬼達とは違う。俺は人間に近い吸血鬼だったから。人は嫌いだったけれど、化け物染みた行為はもっと嫌でこだわっていたのだ。
なのに今の俺は、吸血鬼そのものだった。これ以上醜態は晒したくない、と意を決する。
「わかった、わかったからもう俺は君を襲ったりしない。だからこれは外してくれないかな?」
「外すわけねえだろ」
「ねえ君の名前は、なんて言うんだい?教えてよ」
「……平和島静雄だ」
さり気なく名前を尋ねて、口にした瞬間笑みが浮かんでしまう。こいつは吸血鬼の事を何も知らないらしい。名を教えるということが、どういうことになるのか。
「じゃあ静雄、こっち……俺のこと、見てよ」
わざと誘うような甘ったるい声を出して、真正面から見据える。その時に残っていたありったけの力を使い、瞳が赤く光った。吸血鬼は人間を操る力を持っている。
相手の名前がわかれば余計に操りやすく、わずかな力でも相手は逆らえない。これで危機から逃れられると思った。
「なんだよ。ああもしかしてキスでもして欲しいのか?」
「えっ?」
驚いた。だって俺は目の前の相手を操ろうと魔眼を使ったというのに、全く効いていなかったからだ。力は弱いけれど、効かない人間なんてこれまで会ったことがなかった。
逆転できると確信していたのに、何も起こらなかったのだ。それが大きな隙になってしまい、目を瞬かせている間に何かが唇にふれてしまう。
「んっ!?うぅ……っ、うぅ!!」
キスをされたと気づいて、慌ててもがいた。だがしっかりと肩を掴まれて上半身を床に押さえつけら、びくともしない。その間も口づけは続いていて、あろうことか口内に舌が侵入してきた。
舌先でふれられた途端、全身が勝手にビクンと跳ねてしまう。ただでさえ血を欲しているのに、唾液が絡められて自然と喉が鳴った。一気に理性が吹き飛んで、本能のままに自ら舌を動かし始める。
「ふっ、ん……ぅ、んく、っ、う……」
すると向こうも乱暴に舌を突き出してきて、競い合うように互いを擦らせ口内に溢れ始めた唾液を飲む。おいしい、おいしいと頭の中がいっぱいになってもっと欲しくなる。
そこでようやく気づく。今なら思いっきり噛みついて、血を貰うことができると。一度考えついたら、やらずにはいられなかった。
「……待てよ」
「んっ、え?えっ、どうしたの?なんで?」
「嫌な予感がしたんだよ。手前今俺の舌噛む気だっただろうが。油断できねえ奴だな」
「ち、違う……噛もうとしてないから、ねえキスしてよ、して?欲しい……足りない、喉が渇いて死にそうなんだよ。静雄、しず……シズちゃん」
「シズちゃん、ってなんだよ。俺はガキか」
思いっきり牙を伸ばして噛みつこうと思ったら、その前に舌が出て行ってしまいパニックになる。あと少しだったというのにお預けにされたような状態で、一気に枯渇した。
一滴でも飲めれば充分なので、必死にお願いする。自分でも言っていることがおかしいと頭でわかっていたが、衝動は止められない。指先を必死に伸ばして、相手の腕にしがみつく。
「お願いだから……ね?」
「そんなに欲しいか。じゃあくれてやるよ。ただし血じゃなくて、こっちだけどなあ」
「あっ……!?ちが……しない、やだ!血でいいから、っ……セックスなんて、したくな……!!」
頼めば貰えるんだ、と鈍った思考で考えていたのに、突然首輪を引っ張られて反対側の腕が俺の服を掴んだ。慌てて違うんだと叫んだが、一気に目の前で胸元のボタンが弾け飛んで肌が顕わになってしまう。
性行為で人から生気を奪ったことなんてない。そんな行為は下品だと毛嫌いしていたぐらいだ。
「すっげえエロい顔してる癖になに言ってんだ。してえんだろうがよお」
「嫌だ、やだ、やめろって……!」
「うるせえな。そんなに血が欲しいのか?」
「欲しい!欲しい……くれるの?どうしたら、俺にくれるの?ちょうだい、ちょうだいシズちゃん」
「だから変な名前で呼ぶなって言ってんだろうが」
強引に体を割り開かれる、と思ったら怖くてたまらなくなった。だから懸命に抵抗していたら、言動が一転して突然男が血の話をし始める。脇目もふらずに欲しいと懇願する。
吸血鬼になってから、人には興味が無くなった。だから名前をわざと憶えないようにしていたのに、いつの間にかあだ名までつけていた。まるで自分だけの呼び名みたいに。
「じゃあちょっと待ってろ」
「うん、わかった……ああ、早く欲しいなあ。楽しみだなあ、シズちゃんの血」
やけにあっさりと頷いたので、俺はすっかり気分が良くなる。ニコニコと笑みを浮かべて、血が与えられるのを待った。しかし突然男がズボンに手を掛けて、下着と一緒に下ろす。
そして現れた性器を、顔の前に突き出した。意味がわからなくて、ぽかんと口を開ける。
「な……に?」
「今から血をやるよ。でも少しだけだ。味わって飲めよ」
言い終わらないうちに、性器の真上に拳を作りそこから一滴ほど血がぽたりと垂れた。大きく瞳を見開いて、雫が落ちた先を凝視する。先端に透明な先走り液を滲ませた男性器の真ん中に、血は落ちた。
もう一滴ぐらい流れ落ちないかと見守っていたが、それ以上は垂れてこない。錆びた鉄の匂いが濃厚に漂ってきて、勝手に舌を出して息を荒げる。
「あっ……血が、っ、はぁ……ぁ、欲しい、舐めたい」
「おい犬みてえに舌丸出しになってるぞ。はしたねえ奴だな」
「血飲みたい、飲みたいの、に……そんなとこ、舐めたくない。もう一回俺の口の中にちょうだい?」
「誰が手前の言う事聞くか。折角血やったのに、これいらねえのか?」
「あっ!?待って、わかった、舐める……一緒に舐めるから、っ、あ……ふぁ」
躊躇したのは、男の、シズちゃんの性器の上に落ちたからだ。いくら好物とはいえ、他人のものを舐めなければいけないなんて気が引ける。せっかくの血をしっかり味わいたいのに、これでは別の嫌なものまで味わう羽目になってしまう。
真剣に考えた。どうすればいいのか。だけどシズちゃんが手を伸ばして血を拭おうとしたので、慌てて顔をあげる。残っていた力を振り絞って性器を掴んで、とうとう口に含んだ。
「んっ、う……ぅ、ぁ、んぁ、っ、ちゅ、んぅ……おいひ」
「そうか、そんなに俺のちんこはうまいか?」
「はぁ、あ、体熱い……たりないっ、もっと、血欲しい、んっ、あ……んぐ」
「しっかりそれ舐められたら、また血やるよ。噛んだらもう二度とやらねえからな」
「舐め、る……ん、うぅ、わかっらぁ」
口内の奥までしっかりと吸いついて、舌を使いべろりと血を舐め取る。舌の上で味わってから飲み込むと、全身がかあっと熱くなり力が戻った。だけど首輪のせいですぐ元に戻り、結局はただ発情しただけだ。
仕方なく上目づかいで、もっと欲しいとねだる。まださっきの名残が残っていないか、舌を這わせて先端部分をべろべろ舐めた。しかしもう残ってはいない。
おぞましい男性器を口で奉仕している、なんていう考えは無かった。アイスクリームを食べた後の棒部分を舐めているような感覚だったのだ。だからちゃんと舐めろと言われても、抵抗感はなくなっていた。
「ふっ、んぅ、く……っ、はぁ、んぐ、ぅ……これ、でいい?」
「さっきの方が上手かった。ダメだな、必死さが足りねえ」
「え?なんで、っ、ダメなの?血くれない、の?やだぁ、っ、ちょうだい……ねえ!!」
意識して舌を伸ばして、亀頭や裏側を丹念に舐め取ったが、さっき血を味わった時みたいに我を忘れているわけじゃない。僅かに羞恥心も残っていたので、躊躇した。だがそれが伝わったらしい。
「じゃあいいもんやるからよ、舌出せ」
「舌って……これで、いい?」
「じっとしてろ」
一体何をするのかわからなかったが、血が欲しくてしょうがないので従う。舌をおもいっきり出して首を傾げると、相手はポケットから何かを取り出した。
驚きで固まっていると、反対側の指で舌を引っ張られる。おもわず呻き声が漏れて焦ったが、動揺しているうちに舌に強烈な痛みが走った。
「ふっ、ひゃ、め!?しょ、れ、っ……んっ、んんっ、ぐ!!」
「この薬はよお、打たれると口にするものすべてが血の味に変わるんだ。吸血鬼にとったら、最高のもんだろ?」
「んぐっ、うぅ……うひゅ、な!んはぁ、っ、は……あぁ、っ、んうぅ、く!!」
取り出したのは小さな注射器だった。舌に直接針が突き刺さり、ピストンを押されると薬液が注入される。あまりのことに全身がガクガク震えて、呂律の回らない叫びが響き渡った。でも止まるわけがない。
どういう薬なのか嬉しそうに説明しながら、どんどん舌の中に流し込まれた。説明通りの都合のいい薬なんかあるわけない、と思うのだが否定しきれないのが怖い。すべての粘液が血の味に変わってしまうのなら、とんでもないのは間違いなかった。
「っ、はあっ、はっ、は……最悪っ、うぅ、く」
「そんなことねえ。手前にとったら、最高の薬だろ。ほら舐めてみろって」
「ちょっとま……うぅ、っ、ん、ぐっ、ふ、うぅんんっ!?」
ようやく針が引き抜かれ解放された瞬間息をついて、おもいっきり睨みつけた。痛みのおかげか意識が戻り、血を貰えるからととんでもないことをしてしまったと悔しくなる。
しかし休む間もなく顎を掴まれて、強引に性器が口内に入れられた。こんなにもすぐ薬が効くわけない、と思った途端覚えのある味を舌に感じて我を忘れてしまう。
「んちゅ、っ、ふぁ、あ!……なに、これ、っ、ぁ……血の、味が、する……うそっ、んぅう、っ!?」
「美味しいだろ?」
「や、らぁ、っ、んぅ……ちゅ、うぅ、じゅ、く、っ……なんれ、っ、おいひ……ふぁ、んっ、んぐ」
血の匂いは全くしない。なのに口内に広がったのは、間違いなく大好物の人間の血だった。さっき口にしたばかりで、全く変わらない。
慌てて確かめるように性器に唇を押しつけ、音を立てて吸いあげながら舌でも味わう。どんなに飲んでも、喉の奥で味わっても、さっきまでとは違う。欲しているものだった。
「でも本物の血じゃねえから、体は疼いたままだろ?俺のちんこ舐めてるんだからな」
「ふっ、うぅ……ち、がう、んっ、く……これ、血だからぁ、っ、おいしい、の、当たり前で……はぁ、んく」
「涎だらだら垂らして、吸血鬼が人間のちんこ舐めてるだけだ。もう手前に血なんてやらねえ。精液飲ませてやるからよ、こぼさす飲み干せ」
「んっ、ぷうぅっ!?んぐ、っ!んうぅ、っ、ふ……!!」
好物の血を飲んでいるのに、喉の奥は満たされずいつまでも口から性器を離せなかった。男は俺に対し、性器を舐めてるだけだと現実をつきつけてくるので、違う違うと抗う。
ごくごくと喉を鳴らし続けているのに昂ぶりがおさまらず、息を荒げたまま吸いついていると今度は腰を前後に動かし始めた。勢いよくそれが出し入れされて、頭が激しく揺さぶられる。
「すげえ食いついてて気持ちいいな。これならすぐ出ちまいそうだ」
「っ、うぅ、っん!?んっ、うぅ、く……んぐ、ぅ、ぅうっ、ん!」
「ほら手前の大好きな精液だぜ!」
「ぐっ、うぅ、っんぅ、う!!んぐっ、うぅ、ぢゅうぅっ、く、んっ……ふぅ、っ、んぐ、んっ、く……んぅ、はっ、うぅ!!」
わけがわからないままごりごりと固い塊が喉奥や、口内の壁を擦り続けた。あまりのことにえづきそうになりながら、瞳の端に涙が浮かぶ。こんな激しいフェラチオに耐えられるわけがない。
最悪だと思いながらも、しっかり喉は震え唾液を飲み込んでいく。おいしさにうっとりしていたが、それどころではなかった。宣言されてすぐに勢いよく精液が吐き出されて、口内でいっぱいになる。
こぼすな、と言いつけられてはいたが目の前は真っ白で、本能のままに飲み干していくことしかできなかった。味は勿論大好物な人間の血で、牙から吸いこんで飲むよりも甘美だった。漂ってくる匂いは違うのに、濃厚で美味しくてたまらない。
「んっ、うぅ、ふぅっ……あ、はぁ、っ、んぐ、っ、ぢゅ、ううっ、ん……ちゅっ、うぅ、んぐ、ふぁ、はっ、あ」
「おいそこ垂れてるぞ」
「えっ?あっ、んぅ、ちゅ……勿体ない……んうぅ、っ、ふぁあ、あ」
随分と長い間射精は続き、その間ずっとこぼさないように飲み干した。そしてようやく終わり、性器から解放された瞬間大きく息をつく。放心状態のまま、指摘された精液を舌でぺろりと舐めて余韻に浸った。
相当の量を飲んだというのに、普段みたいに満たされない。食事をしたらお腹いっぱいになるのに、まだ全身は火照りもっともっとと望んでいる。そんなの当たり前だった。
「すっかり可愛くなったじゃねえか。吸血鬼の癖によお」
「ねえ、まだ……足りない……っ、疼いてる」
「じゃあ俺の生気をやるからよ、セックスしようぜ」
「で、も……」
「なあ手前は人間の生気を食ったことねえのか?吸血鬼にはうまくてたまらなくて、一度味わったら忘れられなくてはまっちまうって聞いたことあるんだけどよお。セックスはじめてなのか?」
「うん……」
素直に頷いてしまったことには、暫く気づけなかった。吸血鬼になってから、自分に決めていたのだ。
人の生気を奪う行為だけはしないと。気持ち悪くて、卑劣で、動けない相手を蹂躙するなんてもし自分がしてしまったら許せないだろう。
でもそこでふと、考える。こっちが襲う側ではなく襲われる側の場合は、どうなのだろうかと。しかも人から襲われているのだから、簡単に生気を奪える。チャンスではないのか。
「食ってみろよ。俺の生気」
「俺はっ、血が欲しいだけ……で、セックスなんて」
「わかったよ。もう手前には聞かねえ」
「……っ、あ!?」
生気を奪い逃げるという最大のチャンスだとは思ったが、やはり躊躇われた。頑なに譲らないでいると、とうとう痺れを切らしたのか首輪をおもいっきり引っ張られ全身が跳ねる。
動揺している間に、男が両手で俺のズボンを強引に引き裂いた。人間とは思えない怪力で、乱暴にビリビリと。やはりこいつは只者ではない、とびっくりしているうちに下半身が顕わになる。
「なあ、ここ勃ってるぜ?やる気なんじゃねえか」
「これは、っ……ただの生理現象で」
「欲情すんのは人間の俺らと同じってことなんだろ?」
「違う!疼いてるけど、セックスしたい、わけじゃ……っ、あ」
首輪のせいで強制的に快感が高められていれば、勃起しているのは当然だった。人は生殖行為を目的にセックスをするが、吸血鬼は生きる為にするのだ。一度火がつけば簡単に性行為の虜になるのはよく知っている。
血を吸うことよりも、人間の生気を奪い続けて自滅した吸血鬼だっていた。だから同じになりたくない、俺は吸血鬼でも他の奴らとは違うと信じていたのに。
悔しくて唇を噛んでいると、目の前の相手は全く話を聞かずにまたポケットから何かを取り出した。さっきの注射器の件もあったので警戒する。
「これはローションなんだけどよお、少しだけ俺の血も混じってる。下の穴からでも血を吸収できるんだろ?」
「血、だって?そ、それ……瓶ごと俺にくれればいいから!ねえ、ちょうだい?」
「じゃあ手前の名前を俺に教えろ」
「な、まえ……っ」
わざとらしく目の前で瓶の蓋を開けて、煽るように顔の前まで近づけてきた。体が動けば奪うのだが、今の俺はちょうだいとお願いすることしかできない。
さっき少しだけ味わった、濃厚な血の匂いが漂いくらくらする。思考能力が低下して、飢えた獣みたいに急激に理性が吹き飛んだ。だから言ってはいけないことを、口にしてしまう。
「臨也、だよ」
「イザヤ?変な名前だな、人間みてえ」
「早くそれ、口の中に入れてよ!シズちゃん、シズちゃん、ねえ、ねえっ!!」
「しょうがねえな。じゃあ瓶ごと下の口に突っ込んでやるよ」
「え、っ?」
一瞬意味がわからなくて目を見張ったが、直後に足首を掴まれて片膝が折り曲げられる。そして男が俺の尻を掴んで腰が少し浮くと、前ぶれもなく瓶の先端を後孔に押し込んだのだ。
「っ、あ、あぁああっ!?な、にっ、なんで……っ、あ、ぁあ!!」
「ちゃんとローション入れてやるだけマシだろうが。まあ後ろで血を飲んだ吸血鬼がどうなるか、見たかったんだけどよお」
「ふぁっ、あ、あ?あ、あつい……んぁ、っ、どろどろ、して……血、おいし、っ、うぅ」
驚きで悲鳴をあげて喚いたが、男は笑っていた。そして悟った。こいつは俺の知っている吸血鬼よりも卑怯で、最低な奴だと。殺したいぐらい憎い、と。
だが憎悪はすぐに、ローションに含まれていた血のせいで薄れてしまう。体の中に入れられてしまえばきっと吸収できるとは思っていたが、実践したいわけじゃなかった。一気に欲求が高まり、腰から下を自ら震わせながら体の奥に取りこんでいく。
普段であれば喉から飲み込んでしまえば満たされて終わりなのだが、ローションに混じっているのだからじわじわと伝わっていく。どうせ数滴しか血は入っていないだろうが、長く味わえることに頬が緩む。
「やっぱり気に入ってんじゃねえか。勝手に腰振りやがって、淫乱吸血鬼が」
「これ、すっごい、っ、んぅ……もっと血、ちょうだいよぉ、んっ、く」
「血は終わりだ。俺とセックスするんだ、臨也」
「……っ!?」
突然名前を呼ばれて、大袈裟に肩が震えた。血のせいで朦朧としていた意識が一気にクリアになり、激しく唇を噛む。動揺しただけで、名前を呼ばれて嬉しいなんて思っていないと心の中で言い聞かせた。
吸血鬼になってから、当然本当の名前なんて教えることはなかった。必要以上に人とも、吸血鬼とも接触しなかったので、まともに話しをしたのだってそういえば随分久しぶりだ。
寂しいなんて思っていなかったけれど、動揺したということは、強がっていただけという証拠だった。こんな最低な人間なのに、俺は誰でもいいのかと笑ってしまう。
「覚悟したか?」
「君の生気がおいしいか、試したくなった。し……シズちゃん」
「だからなんで勝手に変な呼び方するんだ」
「いや、その……嫌がるのが楽しいから?」
誰でもいいわけがない。だから俺は、この男を、平和島静雄とセックスをするんだと決める。さすがに男の名前をいきなり呼び捨てにするなんて、照れくさくてできなかったので思いついたあだ名で呼んだ。
するとあからさまに嫌がられたので、これなら悪くないと思う。どうせ力を取り戻す為に、するのだ。愛とか恋とかそういう感情的なものは存在していない。
名前を呼ぶときに眼力を使ってはみたが、やはり目の前の相手には効かなかった。なにか特別な術でも使っているのかもしれない。こっちは何の準備もなく圧倒的に不利な状況だ。生気を吸い取ってでも逃れて、復讐してやらなければと決める。
「捻くれてるよな、手前」
「吸血鬼相手だからって卑劣なことをする君に言われたくはないよ」
「なに言ってんだ。好きだから、誰も手つけないうちに俺のもんにしてえだけだ」
「シズちゃんはさあ、好きっていう言葉の意味を間違えているよ。そろそろ気づいたら?」
「うるせえ、黙れ。さっさと俺のぶちこんで、喘がせてやるよ」
怒りと殺意を顕わにして睨みつけると、同じ眼差しで睨み返される。一瞬空気が張りつめたが、すぐにシズちゃんが体の上に跨ってきたのでハッとした。
とっくに瓶の中身は無くなっていたので、強引に抜かれる。はしたない声は出したくなかったので堪えたが、間髪入れずに代わりのモノが押しつけられた。
「……っ、なにそれ?」
「なに、って入れるんだろうが」
「あははっ、ちょっと大きすぎない?君ってさあ、人間っていうより吸血鬼とかそういう化け物の類に近いよね。よく言われない?」
「手前らと一緒にすんじゃねえッ!!」
さっき口内に入れられた時は大きさまでわからなかったけど、俺のと比べて改めて見たら随分と違っていた。しかもさっき一度出している癖に、全く衰えてはいない。そういう意味では、人と呼ぶよりは化け物なんじゃないかと本気で思った。
この男は変わっている。普通じゃない。今までと違った意味で興味を魅かれた。
しかしまともにしていられたのは、そこまでだった。瓶がなくなりローションが僅かに滴る入口に性器が宛がわれて、そのまま一気に挿入されてしまう。
「んっ、あ、ぁああっ!?はっ、ぁ、いきな、り……っ、なんて、ぇ、んぅう!」
「遠慮なんてするか。さっきみてえに、腰振っていいんだぜ?」
「い、やだぁ、あ、っ……あつ、い、んぁ、あ、中掻きまわすな、っ!血が、ぁ……こぼれ、る、んぅう、く」
ぬるつくローションが、性器が奥まで進むのを手助けしてみるみる埋まっていった。だがそのせいで隙間から血が混じった大事なローションが溢れそうになってしまう。
シズちゃんが腰を揺らしているのが悪い。だから仕方なく自ら力を入れて、こぼれるのを塞き止めようとした。
「っ、おいすげえ締めつけてんじゃねえよ。はじめての癖に俺の精液絞り出す気か?」
「違うっ、うぅ、はぁ……俺は、ぁ、血が欲しいだけ、でぇ、んっ、はぁあ、あっ!」
「手前の口は血だろうが精液だろうが、構わねえ癖によお。すぐたっぷり出してやるから、待ってろ」
「誰が君の、なんかぁ、ぁ……んぁ!やめろ、って、ぇ……ひっ、うぁ、あ、動くなぁ、あっそれ、やだぁ!!」
精液が欲しいわけがない。俺が求めているのは、血だけだ。だけど相手は訴えを無視して、両手で腰を掴むとガツガツと真下から突きあげてくる。
体は血を欲しているのに、前後に揺さぶられると考えないようにしていた快感が高まっていく。認めたくなかったのだ。
ローションを使われたから、飢えていて欲望が剥き出しになっているから、生気を搾り取る為に吸血鬼が人間より淫らになりやすいから。そんな理由で気持ちよくなり始めている自分を、決して許したくは無かった。
「これで手前は俺を忘れられなくなる。こんなところで暢気に寝てられなくなるぜ」
「だから、っ、ぁ、ああ……だす、なってぇ、言って、る、うぅ……んぁ、あっ、ふぁ!」
「俺の生気は欲しくねえのか?」
「……っ、あ!?」
「忘れちまってたな。ガキじゃねえんだから、覚えとけよ」
「ふっ、うぅ、く……俺の方が君より、っ、年上だ、から……バカにする、な、あ、ぁああっ!!」
今すぐにでも中出ししそうな勢いだったので、激しく抵抗した。なにより、このまま出されたら血が溢れてしまい勿体ないことになる。俺は血さえあれば、性行為なんてしたくないんだと瞳で訴えた。
すると生気を吸うことが目的だったのではないか、と指摘されて頬が熱くなった。忘れていたのだ。
逃げるよりも、目の前の血に飢えていた。吸血鬼の本能に流されて気持ちよくなっていたことも恥ずかしく思えて、悔しさに歯噛みする。
「おい臨也」
「な、に……っ、んぅ!?」
その時突然名前を呼ばれたので、見あげた。すると唇を塞がれて、驚きに心臓が跳ねる。舌が口内をまさぐり、唾液が絡み合った途端背筋が震えて目元が潤んだ。
さっき打たれた薬がまだ効いていたので、こくんと喉を鳴らす。濃厚な血と同じ味が広がって、急激に意識が朦朧とする。
「んぁ、っ、ふぅ、く、んぅ……はぁ、あっ、んぐ、っ、うぅ……!」
「キスしたらすぐ大人しくなったな。このまま出してやるから、しっかり受け取れよ」
「あっ……はぁ、あ、やだ……んっ、うぅ、く……ふうぅ、っ、んぐ、うぅ!!」
折角抵抗できていたのに、キス一つで何もかもが崩されて掻き混ぜられている箇所が熱くてたまらなくなる。こんなの卑怯だと思うのに、理性を失った体は勝手に震えてしまい、まるで出すのを誘導しているようだった。
出し入れする速度があがり、そろそろ限界なのではと思っていると背中に手を回されてしっかり抱きしめられる。口づけも深くなり、奥まで抉られたと感じた途端熱い何かを受けてしまう。
「んぁ、あっ、ぁあ!?はぁ、あ、やだ、やっ……血っ、血が混ざってぇ、だめ……んぁ、あ!」
荒い息をつきながら、精液と混じりあった血がこぼれるのを止めようとする。だがその時、これまでと違う不思議な感覚が背筋を駆け抜けていき首輪のせいで失われていた力が一瞬で戻った。
そこでようやく、精液を吐き出される瞬間に生気を奪うのかと知る。こぼれていく血なんてどうでもいいぐらい、全身から力が迸っていた。
「あっ、ぁ、あ、これ……っ、はは!戻った、これで、っ……力が、っ……ん、う?」
今なら魔眼で操ることができる、と思い喜んだがすぐに異変に気づく。力は戻ったというのに、まだ相手の射精は止まっておらず自らの腰も震えて隙間から溢れた精液が二人の間を汚していた。
「えっ、あ、もういらない!これ以上いらない、っ、て……離せ、っ、ぁ、ああ、生気もう、いらな、っ、んぁ!?」
「たっぷりやる、って言っただろうが」
「なんで、っ!?もう体いっぱい、っ、んぁ、熱い……どいて、っ、抜いて、抜け!力が、っコントロールできない、っ、ひぁ!」
「しょうがねえから次は後ろからするか」
「え!?」
器に入りきらない生気が熱に変わって襲いかかり、自分でうまく力をコントロールできなかった。それどころか、さっきまで以上に体中どこもかしこも熱くて、快感を吐き出したいと思ってしまう。
シズちゃんは出したけど、まだ俺は出せてはいなかったからだ。まるでそれを見計らっていたみたいに、片手で軽々と腰を抱かれると繋がったまま体が反転する。
「あっ、んぁあっ!?やらぁ、っ……こんな、格好、いやだ、っ!」
「手前まだイってねえのか。やっぱり下の口だけでイくには早えか」
「さ、さわるな!やめろ、やめ……っ、んぅうう!?」
床の上にうつぶせにされ、足を折り曲げ這いつくばった状態で後ろから犯されていた。最低な体位に喚いたが、それよりも俺の股間に指が伸びているのが見えて戦慄する。
堪えていたというのに、性器をさわられてしまったらあっさり出してしまうだろう。そしたら更に酷い状態になって取り返しがつかなくなる。本能的にそう感じた。
「ほら、出せよ」
「擦るな、ぁ、ああ、はあぁ!やだ、やあっ、あ、だめぇ……でる、っ、んぁ、たえられ、な、ひっ……!?」
相手が従ってくれるわけがなく、性器の竿部分を握られて上下に動かし始める。達するわけにはいかなかったので懸命に堪えたが、先走りがとろとろ溢れていきとうとう先端を弄られてしまう。
親指の腹で軽く押された後に、爪を立てるようにおもいっきり力が加えられた。すると頭の中が真っ白になって、気づいた時にはあられもない声をあげて射精していた。
「いっ、あ、ぁ、あああっ!んぁ、あっ、はぁ、あ、んぁあ、うっ、く……ひっ、ひぅ、う、く!」
「なんだ、泣いてんのか?吸血鬼の癖に人間にイかされて、どんな気持ちだ?」
「あっ、ぁ、ああ……ふぁ、あっ……」
床に白い粘液が飛び散り、ボロボロと感極まった涙を流していると尋ねられる。今の気持ちなんて、答えられるわけがなかった。
「そういやあ手前に言ってなかったけどよお、俺は昔から吸血鬼だとか化け物の類の力が効かねえんだ」
「はぁ、あ……え?」
「生気吸い取って力が戻ろうが、手前の力は俺には効かねえ。満足するまで、つきあって貰うからな」
強制的に吐き出されたせいで息があがり、ぐったりとしているとさっきから疑問に思っていたことを唐突に告げられる。驚きのあまり、少し残っていた精液が先端から溢れて背中が跳ねた。
まさか吸血鬼の力が通用しない人間がいるなんて、思わなかった。力は相変わらずコントロールできず、意識も定まらない。
「わ、ざと……生気、吸わせたのか、っ、あ……わかって、て」
「悔しそうにしてる顔が見たかったんだけどよお、予想以上だったな」
「ひきょ、っ、あ、んぁああ!腰揺する、な、ぁあ……はぁ、あ、うぅ、く……さいあ、く、っ、ひぁ、う!!」
こんなにも無力感を覚えたことは、今までない。圧倒的な力に押さえつけられて虐げられることなんて、なかったからだ。吸血鬼にまでなっても、こんな目に遭うなんて思っていなかった。
こいつには力は使えない。それどころか、容量以上の生気にのまれ、普通に逃げることさえもできないなんて。きっと同じ人間同士であれば、一方的にされるがままになることもなかったはずだ。
「気失うまでしてやるよ」
「ひ、っ……ぁ!?」
背後から圧し掛かられて、耳元で囁かれる。人が本気で怖い、と思ったのははじめてだった。
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2012-10-09 (Tue)
「ひと夏の恋」
静雄×臨也/小説/18禁/A5/76P/700円
来神時代の夏休みに臨也がからかう為に静雄に告白するがあっさりと受け入れられ夏休みの間つきあうことになる
しかしいつの間にか本気で好きになってしまい別れたくないと思うようになるがとうとう夏休み最後の日になって・・・
来神時代の静雄と臨也がプリクラ撮ったり、弁当持って遊びに行ったり喧嘩して臨也がいじけて酔っぱらったいちゃいちゃしてる癖にすれ違ってる夏の話
表紙イラスト ひのた 様
虎の穴様通販
続きからサンプルが読めます
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「えっ?どういうことだい?」
「だから俺、シズちゃんと夏休みの間だけつきあおうかなって思って」
きっといつものように興味を示さないだろうと思って話し掛けたのに、眼鏡を掛けた友人は目を丸くしていた。いつも同居人の話ばかりされていたし、今日も久しぶりの登校だというのに延々彼女のことばかりだったのでつい口にしてしまったのだ。
これから実践する、シズちゃんへの嫌がらせの事を。
「高校三年の最後の夏休みに、何か面白いことをしたいなって考えてたんだ」
「もう八月過ぎてるけど」
「それはね、ずっと補習ばかりしてたシズちゃんに気を遣ってあげてたの」
「君が用もないのに毎日学校に現れる、って静雄怒ってたけど?」
「無事終わったみたいだし、これから楽しい夏休み。だから俺が一人で寂しく過ごしている彼に、ひと夏の淡い経験をさせてあげるんだ」
驚いてる割には意外と冷静に突っこんでくる新羅に、少しがっかりする。それよりも、俺とは久しぶりなのにシズちゃんとは休み中にも会ってるのかと妙な気分になった。
「それ、静雄に断られたら終わりじゃないか」
「やだなあ、そんなことさせないよ。脅してでもつきあわせてやるんだから」
「高校最後の夏休み、暇してるんだね臨也」
真実を言えば新羅の言う通りだった。卒業後は大学に進学するつもりだが、受験勉強は必要ない。大学に入れば情報屋として本格的に働きたいが、今はいくら頑張ったところでガキが何を言っているんだと舐められていることばかりだ。
他校の生徒をけしかけてシズちゃんを襲わせる、という遊びは一通りやり尽くした。ほぼ全員病院送りになっていて、あまりに連続で続いているので妙な噂も立っている。
来神高校の平和島に関わると碌なことにならないと。金を払えば襲ってくれるいつもの連中も尻込みするぐらい、派手にやり過ぎてしまった。
「とにかくさあ、いいから今夜の肝試しにシズちゃん連れて来てよ」
「どうして僕が?」
「明日の東京湾花火大会で綺麗な花火が見れる部屋、譲ってあげるよ。しかもヘルメット被ってる怪しい人間でも、余計な詮索はしないはずだ」
「驚いた。臨也って本当に物覚えがいいんだね。休みの前に言ってたこと、覚えてたんだ」
「そりゃあ、去年もその前も煩く言っていたからね。どうせ大学に入ったら忙しくなるんだし、楽しめばいいだろ?」
新羅に差し出した封筒の中には、知らない人間の名前で宿泊予約されているホテルの地図だった。これも俺が情報屋としてある程度名が知られてきたから、取ることができたのだ。
地道に人脈を作り、どうでもいい仕事だろうがなんでも引き受けてきた。目指している職業は、コツコツとした努力が必須なのだから。
今回のことも、将来の仕事の為の第一歩になる挑戦だ。仇敵の平和島静雄を騙して、自分のものにするという不可能に近いもので。
「わかった、今夜はちゃんと静雄を連れて行くよ。それより一つ言いたいんだけど、肝試しに誘えないのに告白なんて……本当にするのかい?」
「頑張るよ。プランは考えてあるから」
笑ってみせると、今日は一段と人を馬鹿にした顔してるよと言われてしまった。だけどその時俺は、余裕だったのだ。数時間後には逆転するなんて、知らず。
* * *
「どうして手前なんかと一緒に……」
「しょうがないだろ?くじ引きで当たりが悪かったんだから」
くじに細工をしたなんて知らないシズちゃんは、ペアの相手が俺だと知るとあからさまに顔色を変えたが、逃げることはなかった。それは事前に、どんな最悪な相手だろうが帰らないようにと釘を刺したからだ。
クラスの何人かを集めて肝試しをすることを決めたのは俺だったけど、何か楽しいことをしたいと言っていた女子達は乗り気でそれなりな人数も呼べた。まさかシズちゃんを陥れる為だけに計画したとは言えないぐらい、本格的に脅かす人や衣装だって作ったらしい。
半分以上が受験勉強で忙しかったが、塾の夏期講習ばかりで鬱憤がよっぽど溜まっていたのだろう。俺達には一切関係ないけれど。
「って、おい手前道違うぞ。こっから校舎の中入るんじゃねえのか?」
「ねえちょっとシズちゃんに話しがあるんだ。いいからこっち、来てよ」
どうせ面倒くさいと思ってるんだろ、と話し掛けると嫌だと言うと思っていたシズちゃんはあっさり俺についてきた。その時点でいつもと何か違うな、と感じたのだが気にせず人気の無い夜の裏庭に連れて行く。
そして予定通り、言ったのだ。
「ねえシズちゃん。俺とつきあって欲しいんだけど、いいかな?」
「いいぞ」
「うん、それでね……って、えっ?今なんて言った?」
「ああっ?だから、その、手前とつきあっていいっつったんだけど悪かったか?」
開いた口が塞がらない、とはこのことだ。あまりのことに聞き間違いかと驚いたが再度言われて目を見開く。用意していた脅し文句が一瞬にして頭の中から消えて、真っ白になった。
逆にどうしたらいいかわからない。あっさりと頷くなんて想定外すぎて困ってしまう。
「意味ちゃんと、わかってる?」
「ああわかってるぞ。恋人ってことだろ?」
「そう……そう、なんだけど……えっ、なんで?どうしてあっさりオッケーしたの?」
仕方がないので動揺は隠さずにそのまま詰め寄ると、なぜか俺が睨まれる。慌てて口元に笑みを浮かべ取り繕った。
「悪いのか?」
「いや、だってシズちゃんもっと怒るかと思ってさあ」
「そうだな手前が嘘ついてんなら怒るぞ」
「えっ?」
ギクリとした。だって好きでもないのにつきあうと言っているのだから。シズちゃんを陥れる為だ、なんて教えられないしそういう意味では嘘をついている。
さすが侮れないな、と内心毒づきながらわざとらしく首を左右に振った。そして近くまで寄る。
「嘘ってなんのこと?」
「俺に嫌がらせしたいだけで言ってんなら、今のうちに暴露しろよ」
「そんなわけないだろ?やだなあ」
実は嫌がらせしたいだけなんだ、大当たりだねと素直に言えるわけがない。これはもう最後の最後にネタばらしをしたら絶対に怒られると思ったが、今更引くわけにはいかなかった。
ため息をついて右手をぎゅっと握る。同姓なのにやり過ぎでは、と一瞬思ったけどきっとこれぐらいの方がいい。一度決めたら完璧に騙して恋人同士を演じてやる、と心の中ではっきり決めた。
「話できてよかったよ。こういう機会でもないと、聞いて貰えなかったし」
「そりゃあ手前がいろいろ仕掛けてくんのが悪いんだろうが」
「えー?俺は何もしてないけど」
腕はやはり、シズちゃんからも振りほどかない。その気があるのなら、ふれた時に拒絶されるはずだ。まさか本当に、俺のことが好きなのではとびっくりしてしまう。
だから確認する為に、真正面から尋ねた。どう思っているのか。
「シズちゃんは、俺のこと好きなの?」
「ああ、好きだ。手前は?」
「えっ?も、ちろん好きだけど?好きじゃないとつきあおうなんて言わないよ」
一瞬の揺らぎも無く即答されて、しかも今度は俺の方が尋ねられる。なんで、どうして、と混乱しながらなんとか平静を装い告げた。
好きだ、という嘘を。まったくこれっぽっちも好きじゃないし、同姓なんて冗談じゃない。おくびにも出さずに返事はしたが、後に引けなくなったことをコッソリと舌打ちする。
「嘘くせえ」
「はあっ!?それを言うなら君だって、今まであんなに暴力振るってきて、何の謝罪もなく好きだって言うのおかしくない?」
「なにがおかしいんだ。手前も好きな奴をナイフで刺したりすんのか?おかしいだろ、謝れ」
渾身の嘘を、嘘くさいと指摘されて一気に怒りが頂点を超えた。怒鳴りながら鋭く睨みつけると、シズちゃんにも同じように睨み返させる。
そのままいつもの喧嘩が始める、と思っていたのだが近くで悲鳴が聞こえて互いに肩を揺らす。そういえば肝試しに参加していたことをすっかり忘れていた。
「……なあ、手前今すげえびっくりしてなかったか?」
「は?だからなに?」
「実は幽霊苦手なんじゃねえの」
「そんなわけないだろう。バカバカしい」
肩を竦ませて笑ってみたが、半分当たっていた。幽霊なんて見たことはないが、妖精や似たような類のものが居るので存在はしているのだろう。否定はしない。
ただ実際に見たことはないので、どういうものなんだろうと好奇心はあるが探ろうとは思わない。なにより見えないものは信じない。人以外に興味は無いのだ。
だから目にしたことがないから苦手、という意味では当たっている。ただ肝試しのように、急に現れて大声で怒鳴られることは慣れている。シズちゃんから逃げている時は、いつもそうだから。
「じゃあさっさと学校の中行って、取って来ようぜ」
「は?なに……を?」
「だから肝試しって三階の教室に置いてるもんを取って戻れば終わりなんだろ?」
「肝試し続ける気なの?」
「俺らが戻らなかったら他の奴らに迷惑掛けるだろうが。行くぞ」
今度は逆にシズちゃんが俺の手を掴み引っ張り歩く。その姿に何度も目を瞬かせた。夢なんじゃないかと。
男らしいというかかっこいい、とほんの一瞬だけ感じたことは黙っておく。異性じゃないんだから守って欲しいなんて思わない。だけど心細い気持ちが和らいで、今なら幽霊に出会っても大丈夫だろうなと感じる。
なんだか不思議な気分だった。夏休みの登校日として朝顔を合わせた時は、普通に殺伐とした喧嘩をしたというのに、手を繋いでいる。
つきあってくれ、好きだ、という言葉だけで。なぜか胸がもやもやした。
「本物の幽霊見つけたら、教えてやるよ。ビビってる手前の顔見てみてえ」
「じゃあもしいたら、シズちゃん俺の為に幽霊やっつけてよ。ね?」
「そうだな、幽霊ぶん殴った後に手前も殴ってやる」
「うわー怖いねえ」
話ながら元のルートに戻り、校舎内に侵入する。三階の教室にさえ辿りつけばいいのだが、決められたルートを通らなければならない決まりになっていた。
当然のように地図を持っていないシズちゃんは逆の方に歩き始めたので、服を引っ張り止める。反対側だよ、と。すると慌てて方向転換して、早足で歩き始めた。
「間違ってたねえ、やーい」
「いちいち人を怒らせて楽しいか」
「楽しい……ッ!?」
しゃべりながら廊下を歩いていると、突然知らない教室の入り口が音を立てて開いたのであからさまに驚く。頭の中で過去に妹達から受けた残酷な悪戯のトラウマが、一瞬頭をよぎる。
まだ小学生なのに、随分と酷い目に遭わされた。だから女性が声をあげて人を驚かせるように叫ぶ声色は、苦手だったのだ。しかし。
「えっ!?折原君と、平和島君……ど、どうしたの!?」
「は?」
俺達二人の姿を見た途端、白い布を被っていた女性は逆に驚きの悲鳴をあげた。そして顔を出して、俺達のことをまじまじと見つめる。その時になってようやく、手が繋がれていることに気づいた。
「いや、これは……」
「俺がこいつを、捕まえたんだ」
「は!?シズちゃんなに言って……?」
「だから気にすんな」
「はあ……平和島君、捕まえられてよかったね」
明らかに女生徒は怯えていた。それもそのはずだ。滅多にしゃべることないシズちゃんが、少し興奮気味に話し掛けてきたからだ。
精一杯良かったね、と言ったものの顔はひきつっている。なのに全く気づいていない本人は、なぜか嬉しそうに言った。
「おう、ありがとよ。あんたも脅かすの頑張れ」
「う、うん」
呆然としている俺を置いて、軽く手を振るとそのまま何事もなく歩き出した。暫く驚きで黙っていたが、なぜか胸がもやもやして顔を顰める。
これまであんなに一般人と話しているところなんて、見たことが無い。一体どうして急に変わったのか、と疑問に思った。俺を捕まえた、と言ったけれど別に捕まったつもりはないんだけどと言いかけて。
「お前ら二人、なにやってんだ!?」
「あー……いちいち説明するの面倒だな。いいから俺らのことは放っておけ」
「折原はどうしたんだ?捕まえたのか?」
「そうか、こうすりゃあいいのか」
次に現れたのは男子生徒で、さっきとは違いいつも俺と喧嘩しているような形相で鋭く見つめた。しかしなにやら面倒くさそうに顔を顰めていて、何を考えているのかさっぱりわからない。
だが急に手を離し、俺の腰を掴んだかと思うと体が浮いた。そして体が反転して、いきなり地面が見える。
「ちょ、ちょっとなにシズちゃん!?」
「悪いな、早く帰りてえんだ。邪魔するなよ」
「えっ?あ……はあ」
肩に担がれたのだとわかって慌てて暴れたが、当たり前のようにびくともしなかった。そして片手をあげると、また先に進んで行く。俺には意味が解らなかった。
ただ何か急いでいるような気がして、情けなくもシズちゃんの肩の上で動けないまま耳を摘まんでやる。そして息を吸いおもいっきり怒鳴った。
「なにしてんだよッ!!」
「うわあっ!?うるせえ、耳元でしゃべんじゃねえノミ蟲が!!」
「早く降ろせよ!こんなの恥ずかしい、っていうか俺がシズちゃんに負けて捕まったみたいで嫌なんだけどさあ」
「負けたんじゃねえのか?」
「え?」
とにかく早く降ろせ、と言ってやったのに話が変な方向へと進んでしまい口をぽかんと開けた。何か解釈の間違いをしている、と。
「負けた、って何が?」
「手前は俺がすげえ好きで、でも今まで言えなかったんだろ?だけどもう我慢できなくなって告白してきた、ってことは、負けたってことだよな」
「はあ?なに、言ってんの?意味わかんないんだけど。いいから降ろせって!!」
言われてなんとなく意味を理解した。俺がシズちゃんに告白した。それをなぜか負け、だと解釈したらしい。
そんな話は全くしていないし、なによりこっちは脅して弄ぶつもりで告白したのだ。意図がまるっきり違う。勝ち負けなんて関係していない、と口を開こうとして。
「負けだろ。手前今までぜってえ、俺にこうやって捕まったことねえのに逃げもしなかった」
「えっ?ああ、いやそれは……」
「本気で嫌だったらもっと抵抗してるし、今日はナイフ出してねえだろ。だから俺にこうやって担がれるの、悪くねえって思ってる」
「だからなに勝手に……っ!!」
「臨也が、すげえ俺に惚れてんのはわかった。だからよお、さっさとゴールまで行っちまって帰ろうぜ。まだ二時間ぐらいあれば、二人っきりで遊びに行けんだろ?」
「な……っ!?」
今日のシズちゃんは頭を打ってしまってどうにかなったんじゃないか、と心配になるぐらい冴えていた。あまりにも解釈がおかしい癖に、微妙に確信をついているから困る。
逃げないのも、あまり抵抗しないのも、ナイフを出さないのも。全部シズちゃんが好きでたまらないから、らしい。俺は好きではないというのに。
勘違いしているのなら、わざわざ訂正する必要はない。だけどそれでは、俺がおもいっきりシズちゃんが好きだと肯定することになってしまうので悩む。
明日からもこの茶番を続けて最後まで遊び尽くしてやりたい。その為に、今ここで我慢すれば美味しい思いができる。一時の我慢だ、と言い聞かせて受け入れることにした。
「そ、そうだよ……っ、俺はシズちゃんのこと……す、ごく好きだから、その」
「やっぱりそうじゃねえか。じゃあこのままでいいな?」
「うぅ、っ……なんで……はあ、もういいよ」
肩に担がれていた状態なので、真正面から顔を見て言うことがなくて良かったと思った。告白した時は全く感じなかった羞恥心が、なぜか今になってじわじわと効いてきて耳が赤い。
俺の思い通りになっているのは間違いないのに、なぜか少し違う。俺がシズちゃんを翻弄するつもりだったのに、振り回されている。おかしい。
どうして、なんで、と必死に考えるが自分から好きだと言った手前、余計なことは詮索しない方がいい気がした。ただでさえ押されていて、ストレートに気持ちをぶつけてくるシズちゃんには絶対に負けてしまうと思ったからだ。
唇を噛みながら、次々とクラスメイトに妙な姿を目撃されていることは頭の隅から追い出した。後日随分と噂になってしまって、エスカレートした噂がいつの間にか真実に変わっていた。
喧嘩する程仲が悪かった二人が、つきあっていると。
* * *
「いやあびっくりしたよ。デートってどこに行くんだ、なんて言うからさ」
「クソッ、仕方ねえだろ。俺は誰ともつきあったことねえんだし」
「俺だって同姓とははじめてだけど?」
学校からはすっかり遠ざかったけれど、随分と派手に騒いでしまった。まあ今までいがみ合っていた者同士が一緒に行動してて、挙句シズちゃんがこれ以上は何も聞くな、とかやけに意味深な言葉を残したものだから今頃パニックになっているだろう。
でも暫くはそのままにさせておくつもりだ。新学期がはじまるまでは。
「この時間じゃあもうデートって言ってもゲームセンターぐらいじゃない?映画だともっと時間遅くなるし。でも俺とシズちゃんがゲームって……」
「なんだ?嫌なのか?」
「まあいいや。行ってみようか、折角なら」
どこに行くべきか少し悩んだけれど、結局ゲームセンターに決める。これが本当にシズちゃんとのデートなら、絶対に選ばないだろう。
だけど俺の目的は、恥をかかせて楽しむことだ。普段見れない顔が見れればそれでいい。だから人のまばらな店内へと入り、辺りを見渡した。
「ねえシズちゃんは、何かやってみたいゲームない?」
「おう……そう、だな」
「もしかしてさあ、君ゲーセン入ったことないのかな?初心者丸出しなんだけど」
「ああ、まあそうだな」
大体予想していた反応だが、入った途端にシズちゃんはソワソワと落ち着きなくあちこち見ては驚きの表情をしていた。標識を持ちあげたり車に撥ねられても頑丈な体をしているのだ。ゲームなんてした日には、大変なことになるのは目に見えていた。
だから近づいたことすらなかったのだろう。挙動不審な姿を見ているだけでも楽しい。さっきから同じ返事しかしていないのに気づいていないのがおかしかった。
「なにしよっか?でも今更シズちゃんと対戦ゲームしても面白くないしなあ。夢中になって壊されても困るし」
「なあこれって、あのクレーンで取ったら中のもん貰えるのか?」
「あははっ、クレーンゲームも知らないの?うわあ、そんな人間居るんだ?あっ、でも君は人間じゃないから仕方ないか」
「いちいち喧嘩売ってくんじゃねえ。いいから答えろ」
今時クレーンゲームも知らないなんて、随分と可哀そうな人生を送ってきたんだなと憐みのまなざしを向けながら笑う。はっきりとバカにしたというのに、シズちゃんは激怒することなくゲーム機のガラスに顔を寄せて中身をガン見していた。
どうやら本気らしい。しかも中にあるのが、駄菓子の詰め合わせという安っぽい物なのがいかにもシズちゃんらしい。
「じゃああれ、取ってあげようか?」
「取れんのか手前?」
「ああいうのはコツがあるんだよ。初心者の君じゃあ小銭が無駄になる」
「そこまで言うなら取ってみろよ。できなかったらぶん殴るからな」
「はあ?なにそれ横暴だなあ、まったく」
正直最近はシズちゃんの力も昔に比べて強くなり、俺はパルクールを身につけて必死に逃げ切ってはいたがまともにナイフを当てたのはかなり前だ。こういう些細な所で、自分の方が優位であると示せるのは嬉しい。
子供染みているが、年相応でいいのかもしれない。まだ高校三年生だ。俺自身は昔からやたら大人びているとか、かわいくない性格をしているなどと散々言われてきたがシズちゃんは違う。
ただの子供が必要のない力を手に入れただけだ。持っているものは異端だけれど、それ以外は普通の人間でしかない。俺の予想を裏切らない、他の人々と一緒で。
「取れんのか?」
「取れるよ。邪魔しないで静かにしててね」
百円玉を入れて横方向のレバーを押すと、明らかにドキドキしているだろうシズちゃんの声が聞こえてきてなぜか少し苛立つ。自分でもよくわからない。
ただ、これまでいがみ合っていた相手なのに、恋人に変わっても面白くないと感じたからかもしれない。こんな玩具ごときで殺し合ったことなんか忘れて、はしゃいでいるのが許せないのかもしれない。
自分のことなのに、気持ちがわからなかった。
「すげえ、引っ掛かったぞ!」
「ほらあと少しだから……」
クレーンのアームはしっかりと丸い輪っかを引っ掛けて持ちあがり、穴へと順調に進んでいく。そして予想通り下へと綺麗に落ちる。すぐさまシズちゃんが屈んで、出口に手を突っこんだ。
「おい臨也、取れたじゃねえか!!」
「そうだね。じゃあ俺はそれいらないから、君にあげる」
「えっ!?」
欲しいと頼んできたようなものだったのに、あげると言うと驚きの表情に変わった。確かに今までの関係性を考えたら随分とおかしいことだったが、今日は俺から告白したのだ。
恋人を喜ばす為に取ったのなら自然のことで、まだ信用されてないなと感じる。もっと貢いであげれば、少しぐらい信じて貰えるだろうか。
「いや、これは手前が金出して取ったもんだし……」
「シズちゃんの喜ぶ顔が見たかったんだけど。いいから、受け取ってよ、ね?」
「……ああ」
わざと手を後ろで組んで、ニッコリと笑ってみせるとシズちゃんは眉を顰めた後に小さく頷いた。あっさりと猛獣を手懐けたことに満足感を覚えたが、何か簡単すぎるとも思う。しかし考えすぎだろう、と気を取り直してゲームセンター内をスキップで歩いて行く。
しかし背後から肩を掴まれて、一瞬ビクンと震えた。これが追いかけられている最中であればナイフを取り出したところだ。
「待てって」
「なに?」
「ありがと、な」
「そう。よかった」
シズちゃんが俺に礼を言うなんて、という気持ちはかろうじて飲み込む。こんなところで怒らせるつもりはなかったからだ。
二年以上過ぎてようやく気づいたのは、こっちが我慢さえすれば衝突は起きないんじゃないか、という事実だ。現に余計なことを心の中だけで仕舞っていたおかげで、こうして今普通に過ごせている。
「じゃあ次はどうする?もう少し店内見て回ろうか」
「おう」
まだ他にも興味を示していたので、仕方なくわざと時間を掛けて回る。ぬいぐるみがかわいいとか、かわいくないとか、そんな他愛もない会話をしながら。
でもやはり途中で、何かが違う気がして表情が険しくなる。だって俺が本来想像していたものは、もっと障害があって例えばこのゲームセンターに入るまでに苦労する、というものだったのだから。
「なあ臨也」
「え?」
その時急に右手を掴まれて顔をあげると、シズちゃんが複雑そうな表情をしていた。
「どうした?なんかすげえ大人しいっつうか、その」
「は?いや俺は普通だけど。シズちゃんこそ、切れてないなんて珍しいじゃないか。我慢できるようになったの?」
どうやら少し言いたいことを我慢しただけで、不審がられてしまったようだった。自分でもわざとシズちゃんを怒らせるようなことばかりを言っていた自覚があったので、肩を竦めて呆れる。
俺にしてみれば、一度も切れていないことの方が珍しかった。だからそう素直に告げたのだが。
「我慢?ああ、いや別に苛つくこと手前はしてねえだろ」
「そうだっけ?俺の顔がむかつくとか、匂いが、とか言いがかりつけてきたことあっただろ。不思議だなと思うけどね」
「あれは、違う。あん時は本当に腹立ってたんだ。とにかく今は怒ることなんかねえだろ。それに俺は、別の事考えてて……」
「別のこと?」
そこで急に視線を逸らしてそわそわし始めたので、首を傾げた。てっきりはじめてのゲームセンターに夢中になっていたと思っていたが、違うのだろうか。
何か別のことを考えていて怒らなかった、なんてどういうことだろう。胸の辺りがもやもやした。
「何を考えてたの?」
「……っ、関係ねえだろ」
世間話のつもりで尋ねたつもりだったが、なぜか鋭く睨まれる。しかしいつもの人を殺しそうな視線ではない。なぜか牽制しているかのような、そんな気がしたのだ。
一見冷たく接しているように見えたが、違う。照れ隠し、という言葉が一番合いそうだった。意味はわからないけど。
「俺のこと?」
わざと反論されるのを狙って尋ねてみる。しかしその瞬間シズちゃんはあからさまに視線を逸らした。まるで肯定しているみたいに。
あまりのことに唇が開いたまま、固まってしまう。まるでその反応だと、俺のことが好きでさっきからずっと考えていたと態度で示しているようだった。
「ま、まあそうだよね。俺達デートしてるんだし。うん、そうだよ、俺以外のこと考えるなんて許さないから」
「あ?」
「えっ?」
自分がおもわず口にしたことなのに、自分でびっくりしてしまう。今の場面ではちょうどいい言葉だったが、自然と出てきたことに愕然とした。これではまるで本音みたいじゃないかと。
「そうだ、折角だからあれ!ほらプリクラでも撮ろうよ」
「ぷりくら?」
話題を逸らす為に提案したにしては、失敗したとすぐに後悔する。あまりにもベタすぎてどうかと思ったが、指差しまでしてしまったので後には引けない。幸いこの時間に制服姿の高校生がゲームセンター内に居ることは無かった。
俺とシズちゃんは池袋でもかなり有名だし、絶対に声を掛けられはしない。目を見開いて驚いているのを手招きして機械の前に立つ。
「シズちゃんは見たことないだろうねえ。まあ俺も昔妹達に嫌がらせで一緒に撮られたぐらいしか経験ないし」
「写真なの、か?」
「まあいいから、ほら入ってよ。面白いことになるから」
キラキラした機械の雰囲気から早くもシズちゃんが尻込みしていて、それが面白くて気分が高揚してくる。確かに似つかわしくない光景だったけど、これはこれで貴重かもしれないと。
そして数十分かけて撮影から、シールができあがるまで終わった。機械から現れた小さな写真を、ポケットから取り出したナイフで綺麗に切る。
「はい、これシズちゃんの分」
「こんな小せえもんナイフで切るなんて、マジで器用だよな」
半分にわけた写真を手渡し、二人で眺める。俺は写真に落書きをしていたので、できあがりはわかっていた。
「おい臨也これさっき撮ったのと全然違うぞ」
「なに言ってるの?よく撮れてるじゃないか」
「なんでこれ後ろにシズちゃん、って書いてあんだ?しかもなんかハートとかキラキラ光ってんぞ、おかしいだろ」
「それは俺が落書きしたの。いいだろ?ラブ、って書いてあって恋人同士みたいじゃないか」
当然だがシズちゃんを怒らせる前提で、わざとらしい装飾をした。いろいろ付け足していたら夢中になったぐらいだ。いい出来だろ、と同意を求めながら反応を待つ。
流石にそろそろ怒鳴ってもいいところだったので、コッソリとポケットに手を入れて構える。だけど。
「貰っていいんだよな?」
「勿論だけど。ああそういうのって女の子同士の間では交換するのが主流みたいだけど、俺と映ってるのなんて他の人間に見せる勇気ないだろ?」
「そうだな」
俺の意見に同意しながら、丁寧にポケットへと仕舞い始めた。激怒する気配も無い。まさか満更でもない、と思っているのかと驚いて。
「なんか手前が写真写りいいのが腹立つ」
「俺が?まさか。そういうの苦手なんだけど。まあでもシズちゃんの映りの悪さは異常だから、比べられたくないなあ」
改めてプリクラを眺めると確かにどのシズちゃんも変な顔をしていて、予想通りだ。俺だって写真を撮られ慣れてはいないし、情報屋という裏稼業を目指しているのであまり残したくはない。
だけどこれなら、もし誰かに見られたとしても合成写真だとバカにされて終わる気がしていた。誰が、犬猿の仲だと言われている二人がプリクラを撮ったと想像するだろうか。
とりあえずシズちゃんの気を逸らさせる、という目的だけは達成できたので満足する。まだ他の階にもゲームがあるので、言ってみるかと尋ねると頷かれたのでまた店内を歩き始めた。
しかし結局その後はなにもせずにブラブラ歩いて、数十分してから店を出る。デートにしては、かなり遊んだと思う。
「どうだった?はじめてのデートは楽しかった?」
「あ?ああ、そうだな……」
人気の無い路地裏を二人肩を並べて歩いているなんて、妙な気分だ。知り合いに見られたら間違いなく奇異の目を向けられるだろうが、こういう時に限って誰も居ない。
それ以上は何を言っていいかわからなくて、会話が続かなくなる。まあ別に充分楽しめたので、俺が頑張って話し掛けなくてもいいだろう。そもそもどうしてこんなことになったんだっけ、と考えていると。
「おいもう帰るのか?」
「ん?ああ、うんそうだね。今日はもう遅いからどこも店開いてないし。学生服で行ける店も限られてるんだよね」
「明日はどうすんだ?」
「明日?ああ、うーん……どこに行くかは考えておくよ。メールするからさ」
深夜というわけではなかったが、この時間で行ける場所といえば夜の公園ぐらいしか思いつかない。しかし行ってすることもないし、と明日の話題を出した。
昼前ぐらいに集まってどこかに行ければ、と頭の中で考えていると不意にシズちゃんがポケットから携帯電話を取り出した。そして俺に差し出す。
「俺は手前の番号知らねえ。アドレス帳に入れろ」
「そうか、そうだったね。じゃあ他の人にバレないように、恋人って入れておいてあげようか?」
「余計なことすんな。携帯なんて誰にも見せねえから」
「面白くないなあ」
こっちはシズちゃんの番号を一方的に知っていて、これまでもいろいろと利用させて貰った。だけど向こうは当然俺の番号なんてわからない。知っていたらびっくりする。
すっかり忘れていたと肩を竦めながら、素早くシズちゃんの携帯に自分のアドレスと番号を入力した。機械の扱いには慣れていないので、これで五台目なのは知っている。
「はい、これでいいかな?」
「おう」
最後にきちんと画面を見せると、大きく縦に頷いた。不意に、シズちゃん今どんな気持ちなんだろうと気になったので携帯を手渡して顔を覗きこもうとした。
だけどこっちが動く前に、なぜか俺の右肩が掴まれて引っ張られてしまう。警戒していなかったので、一瞬驚いたが次の瞬間予想外のことが起きた。
「……っ!?」
「じゃあな、気をつけて帰れよ」
シズちゃんの行動は素早かった。頭の中が真っ白になっているうちに、強引に離れて行き小声で言うとさっさと背中を向け走って行く。
俺は呆然と見送ることしかできなかった。だって追いかけてしまったら、自分がどんな顔をしているか知られてしまうからだ。情けない表情を見られるわけにはいかない。
ようやく角を曲がって姿が見えなくなると、唇を噛んで俯く。出し抜かれた、と悔しかった。
「なんで、っ……キスなんか。しかもシズちゃんから先にするなんて!」
ついさっき唇にふれられたのは、数秒だけだった。しかも本当に当たるだけの陳腐なキスだ。なのに俺は負けた。
まさかそんなことをするとは思っていなかったのだ。告白したのは数時間前だし、シズちゃんが本気でそこまでするなんて予想もつかなかった。だから完全に負けだ。
俺にしてみれば、同姓とキスなんて想像していなかった。するつもりなんて、さらさらなかった。せいぜい好きだと伝えて翻弄するつもりだったのに、先手を取られたのが心底悔しい。
こっちがシズちゃんで遊ぶつもりだったのが、まさか驚かされたなんて悔やみきれない。キスをされたのが嫌じゃない。本気だったのを全く気づかなかった、鈍感な俺自身が情けなくてしょうがないのだ。
「あ、はははっ!本当にやられたよ、冗談じゃない。そうか、そこまでシズちゃんは本気だったんだ?へえ、そういうこと」
一人でしゃべりながら、本格的に火がついてしまう。正直明日からどうすればいいのか、と迷っていたが心は決まった。暇潰しではじめたけれど、やはり勝負は本気で挑まないといけない。
さっきのキスは、喧嘩を売られたようなものだ。俺はこんなに本気だ、と見せつけられた。やり返さないなんて、そんな選択肢は無い。
「いいよ、やってやろうじゃないか。明日はディープキスを体験させてあげるよ」
自分でも妙な方向に歪んでいる自覚はあったが、考えないようにする。どちらかというといつもは揉め事の中心にいるのは嫌で、傍観している性質だが今回ばかりは違う。
きっかけは俺からだったけど、そういうつもりなのなら受けて立つ。それでシズちゃんを俺に惚れさせ、嵌らせたところで振ってやるのだ。心に大きな傷を作ってやる。
「新学期が楽しみだよ」
シズちゃんが歩いて行ったのとは逆に向かいながら、ほくそ笑む。惚れさせるつもりなのなら、今日のは失敗だ。もっと踏み込まないといけない。
不審がるぐらい優しくして、貢いで、弄んでやると決める。自分がどう見られようが構わない。手段は問わないと。
しかしその考えこそが失敗している、なんて思わなかった。結局俺も年相応の精神年齢だったのだ。
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2012-09-30 (Sun)
「秘書臨也 ヒミツのお仕事」
静雄×臨也/小説/18禁/A5/100P/900円
依頼されて情報屋としてある会社に潜入した臨也は静雄を手に入れる為に近づくが逆に静雄から好きだと告白されてしまう
嬉しくて受け入れるが途中で気を失い淫らな写真を撮られる
静雄はすべて知っていて自分の秘書になれと脅迫し淫らなことを強要するが…
秘書臨也がわがまま社長静雄にエッチなことをされる話 パラレル
表紙イラスト 那央 様
虎の穴様予約
続きからサンプルが読めます
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「なに?恋愛相談?」
「ああ」
次の日約束通りに事務所で仕事を終わらせ帰ろうとしていると、シズちゃんも外から戻って来た。チラリとこっちを見た後に、簡単にデスクを片づけてすぐさま、行くぞと言われた。
どうやら覚えてくれていたらしいことに驚き、上機嫌に店を選んだ。どこがいい、と尋ねたがたまには俺が連れて行ってやると駅とは反対方向に歩き始めた。
俺は知っていた。シズちゃんの自宅から、連れて来られた居酒屋が近いことを。
「ちょっと待ってよ。まだ乾杯したばかりなのに、いきなりそれって……」
「知ってるだろうが。俺が他の奴に相談できねえことぐらい」
「まあ、そうだけど」
昨日は女の子から告白されていたが、それは部署が違う社員だったからだ。普段仕事をしている事務所内の女性からは、遠巻きに見られているだけだった。誰一人としてまともに声を掛けない。
それは男からも同様だった。原因はシズちゃん自身の素っ気なさと、見た目からしておかしいことも関係しているだろう。
きっと昔に何か騒ぎを起こしてしまい、会社に迷惑を掛けたことがあるのだろう。まるでそこにシズちゃんが存在していないみたいに、誰も気遣っていなかった。
異様ではあったが、力のこととかすべての事情を知っている俺にはどうってことはない。可哀そうだなあ、と哀れに思うぐらいだ。
「頼む、手前にしか相談できねえんだ」
「嫌だなあ。折角の週末だしもっと楽しく飲みたいんだけど」
あからさまに嫌悪を表情に現したが、全く聞いてはくれない。仕方がないのでため息をついて尋ねる。
「なにを聞きたいの?」
「実は俺、好きな奴がいてよお。そいつに……その」
「どうやって告白したらいいって?まあありがちな相談だよね」
ある程度想定はしていたが、あまりにそのままで呆れてしまう。多分告白された女子社員のことではないだろう、というのはすぐに察することができた。
だって朝一番にもう一度会って、きっぱりとお断りしたらしいとその子が所属している部署の女性社員が騒いでいたから。そういうことかと少し納得する。
「ねえそれぐらいわからないの?」
「わかんねえから聞いてんだろうが」
ビールをぐいっと煽り、中身を半分ほど飲み干す。どうやら相当困っているのだろう。
その時俺は、どうしてか苛々していた。シズちゃんに好きな相手がいようがどうでもいい筈なのに、なぜか胸の辺りがもやもやするのだ。
多分今まで女の子とまともにつきあった経験が無いのだろう。だから相談しているのだ。信頼している、同い年の会社仲間に。
「好きだ、って言うだけじゃないか」
「そんな簡単だったら相談してねえ」
「言えない事情があるってこと?」
「相手は男なんだよ」
「え?」
聞き間違いかと重い目を瞬かせてシズちゃんをじっと見つめるが、黙り込んだままだ。
「……男だって?!」
「声がでけえだろ。いくら個室でも聞こえんだろうが」
「ああ、うん……ごめん」
もやもやしていた気持ちが、一気に離散してなぜか心臓がバクバク鳴り響いていた。動悸が激しくなるぐらいびっくりしたのは久しぶりだ。
情報屋という職業柄、大抵のアングラなことは慣れている。だけどこういう話ははじめて聞いたのだ。
「男が好き、なんだ?」
「勘違いすんな。俺が気になってるのは、そいつだけだ」
「そ、そうなんだ。へえ、男が」
はっきりとその相手が好きで、男好きなわけじゃないと言われて安堵する。だってシズちゃんが女の子よりも男に興味があり、そういう目で俺も見られていたらとドキドキしたのだ。
気持ち悪いとは思わなくて、なぜか酷く驚いた。同時に他の男のことを変な目で見ていなくても良かったとも思う。
「さすがに男から告白されたら、引くよな」
「そうだねえ。びっくりするんじゃないかな」
「気持ち悪い、って言われたらショックで立ち直れねえな」
やはり好きな相手から否定的な言葉を告げられたら、傷つくだろう。特にシズちゃんは、女性ともまともにつきあっているようには見えない。恋愛ごとには疎いだろうし、誤解させることもありえそうだ。
説明ベタだから、相手によっては言い訳すらもできないかもしれない。落ちこむ姿が容易に想像できた。
「まあ一応相手の男はどんな奴か教えてよ。なんとか作戦立てれば……」
「教える?いや、そりゃあダメだ。手前にだけは教えられねえ」
「え」
とりあえず相談をもちかけられているのだから、できるだけのアドバイスはしようと気を取り直し、相手の特徴を尋ねた。だがきっぱりと断られてしまう。
しかも俺にだけは教えられない、と言っているのでびっくりした。一瞬だけ、俺が何者か知っているのかと思ったのだが。
「もしかして俺の知ってる人?」
「……ああ」
「言うのが嫌なのに、どうして俺なんかに相談してるんだよ。バカなの?」
「バカとか言うんじゃねえ!!」
わざとらしくバカにすると、個室内にシズちゃんの怒鳴り声が響いた。バカにバカと言ってなにが悪いのだろうか。
「そんなのどうやってアドバイスすればいいかわからないよ」
「名前ぐらい言わなくてもなんとかできるだろ。なあもし手前だったらどうする?」
「はあ、もうしょうがないな。そうだね、俺ならあらかじめ相手が逃げられないようにして、罠に嵌めて脅すね。つきあわなければ、家族が酷い目に遭うとか」
「なんだそりゃあ。考える気ねえだろ」
「これも一つの告白方法じゃない?しかも絶対に断られないだろ?」
俺が知っているのなら、尚更教えてくれれば細かくアドバイスもできるだろうにどうやらその気はないらしい。その態度が少し気に入らなくて、一番最低な告白方法を提案した。当然呆れられてしまう。
シズちゃんが嫌っている、卑劣な方法を薦めるのはわざとだ。なにより、恋愛に関してほぼ経験のない相手が異性を好きだなんてどうしようもない。成功するわけがない。
失敗してしまえばいいのに、と少しだけ嫌な感情が浮かぶ。真意は、気づいていなかった。
「ねえ男が好きってさ、セックスとかしたいとか思ってるの」
「あ?」
「強引に押し倒して、好きだって言っちゃえば?シズちゃんなら、男らしくてかっこいいかもね」
「それはかっこいい、のか?」
* * *
「大丈夫、じゃねえな。おい着いたぞ奈倉」
「う~ん、気持ち悪い。水、欲しい」
「ったくしょうがねえ奴だな」
俺からお願いする前に、シズちゃんが家近いから寄って行けと言ってくれたので素直に頷いた。高層マンションの最上階だなんて、過去に彼が警察に厄介になったことがあるにしては随分と羽振りがいい。
今の仕事が相当合っているか、必要とされているということなのだろう。何をしているのか、好奇心が疼く。しかし十日以上時間を費やして社内の人間も使ったが、全くわからなかった。
玄関から歩いてすぐのリビングに通され、大きなソファの上に降ろされた。気持ち悪いと呟きながら室内を見回すと、ほとんど家具は無く生活感が無いように見える。不思議に思っていると、シズちゃんは水の入ったグラスを持って戻って来た。
すぐさま上半身を優しく抱き起こされて手渡されたので飲む。酒のせいで喉が渇いていたのは本当だったので、一気に冷え切った中身を飲み干した。
「落ち着いたか?」
「少しは……でも今日はまともに歩けそうにないな。ねえ泊まって行ってもいい?」
「いいぞ。じゃあなんか着るもん貸してやるから待ってろ」
「別にこのままでいいよ。はぁ、熱かったんだよね」
大袈裟にため息をつきながらスーツの上着を脱いで床に放り、次はベルトも外して邪魔なズボンをあっさりと剥ぎ取って下着と白いシャツだけになる。そこで急に、鋭く低い声が聞こえてきた。
「おいなにやってんだ!!」
「男同士だから別にいいだろ?皺の寄ったスーツを着て帰るのも嫌だし、これぐらい大目に見てよ。じゃあおやすみ、シズちゃん」
「って、待て勝手にこんなところで寝るな!」
相当酒は回っているので、早くすべてを忘れて眠ってしまいたくて目を閉じた。だが次の瞬間大きく体が揺らいで、腰と背中を掴まれる。
「うわっ!?なに……!」
「面倒かけさせやがって」
ブツブツと文句を言いながら、シズちゃんは胸の前で俺を抱いてリビングを出るとすぐ横の寝室の扉を開けた。そして予想以上に大きなベッドの上に寝かせられる。
やけにスプリングが効いていて、体が深く沈み込む。クローゼットとベッドだけの室内に入った瞬間、新築の部屋のような独特の匂いがした。最近ここに引っ越して来たのだろうか。
「なんかすっごい気持ちいいね。あー枕からシズちゃんの匂いがするよ」
「俺の匂いってなんだよ!臭いって言いたいのか」
「違うよ。いい匂いだよ。あっそうだ、ねえネクタイ外してくれない?なんかうまく手に力が入らなくてさ」
「酔っぱらいすぎだろ。俺につきあわなくてもよかったのによお」
「あははっ、シズちゃん凄い勢いで呑んでたよね!本当に強いんだ。なんか悔しくて、俺もついつい乗っかっちゃったよ」
お願いするとすぐさま言う通りにネクタイを外してくれたので、首元が緩くなる。そして気を遣ってくれたのか、シャツのボタンも外してくれた。意外に面倒見がいいんだな、と思いシズちゃんの方を見た。
そこで急に、違和感を覚えた。さっき二人で呑んでいる時に見せた、どこか怪しい雰囲気の漂う表情をしていたからだ。
「あちいから、俺も脱ぐな」
「……うん?」
シズちゃん自身はとっくの昔に熱いと言い、スーツの上着は脱いでリビングに置いていた。だから何を脱ぐのだろうと見つめていたら、俺と同じようにズボンを脱ぎ捨てる。そして上のシャツのボタンもすべて外し、乱雑に前を肌蹴させた。
瞬間胸がドキン、と跳ねた。あれっ、と声が出てしまいそうなのをかろうじて留める。胸騒ぎがした。
「シズちゃん?」
「なあ俺は言ったよな。男が好きだって。そんな奴の家に、よく平気で入ったよな。呆れるぜ」
「男が好き?ああ、そんな話してたよね。すっかり忘れてたよ。でもあんなに情熱的に好きな相手のことを言われて、ちょっと妬いちゃうぐらいに本気だなって……」
ベッドがギシリと軋む音がして、シズちゃんもベッドの上に乗ったのがわかる。そのまま寝転がっている俺の上に覆いかぶさるように、近づいて来た。近すぎる。
男が好きという話は確かに聞いていたが、他の男は興味ない。想っている相手だけだと熱心に語られたので、信じきっていた。
俺も同姓だけど、まさか手を出すわけがないと思い込んでいた。
「まだ気づいてねえのか?」
「いや、えっと……」
「っつうか、自分から脱いで誘ったのは手前の方だよな?」
「ははっ、なんのこと?」
ここまではっきりと言われて、気づかないほど愚かではない。やられた、と頭を鈍器で殴られたような衝撃は受けたけれど。
いやまさかシズちゃんが、とまだ心のどこかで思っていた。油断した、どころの話ではない。ここ数日間親密に接していて、彼の嘘のつけない純粋な性格をわかりきっていたつもりだったのだ。
「わざとはぐらしてるのか?それとも本当はすげえ鈍いのか?」
「鈍いつもりはないんだけど……酔っぱらってるからかなあ。ちょっとよくわからないなあ」
何の話をしているのか、俺には見当もつかなかった。微かに苦笑してみせたが、真剣な表情でぴくりとも動かない。
酔った振りをしてやんわりと尋ねると、ようやく核心を口にした。今まで生きてきた人生で、一番衝撃を受ける。
「俺が好きなのは、手前だ」
「……なッ!?」
「本当に気づいてなかったみてえだな」
「えっ、え、ええっ!?ちょ、ちょっと待ってよ……どうして、俺を」
一瞬でパニックになる。こんな押し倒されているような状況で言われたら、なんとなくそんな気はしたけれど信じられない。
今日二人っきりで呑み始めてから聞いた様々なことが頭をよぎるが、うまくまとまらない。酔っているせいだ。
「好きなんだよ」
「お……驚いたなあ、ははっ」
「冗談じゃねえ」
「うん、わかってる。君の言ってることちゃんと理解してるんだけど」
好きなんだと告白されて、真っ先に気づいたことがあった。まいったな、とため息をついた後に困惑した表情のまま告げる。
「あのさあ、俺もシズちゃんのこと好きみたい」
「え?」
今度は向こうが目を丸くする番だった。それもそうだ。本人だってびっくりしている。
好意を示されてから自分の気持ちが発覚するなんて、鈍感にもほどがあった。だけど真実だ。
「君に好きだって言われて、ようやく気づいた。好きだった……みたい、なんだけど、えっと」
「どういうことだッ!?」
「落ち着いてよ。なんかこう、ずっともやもやしていたんだ。今日話を聞いててシズちゃんが羨ましいとか、手に入れたいとか、これからも傍に居たいなとか……」
なにもかも思い返すと、すべて一つに繋がる。今の会社からシズちゃんを引き抜いて自分のところいおいておきたいとか、普通の会話が心地いいとか。もっと前からそうだったに違いない。
俺が本気ですれば一日で終わるような仕事を、ダラダラと数日続けていたのが証拠だ。きちんと関係を築いて、彼の懐に入る為だけに動いていた。
「待てよ、好きな奴がいるんじゃなかったのか?」
「あれは嘘だ」
「嘘だと?」
「だってシズちゃんが、好きな相手がいるって語り始めたから悔しくなってさ。俺もそうだ、って言ったらもっと心を許すかなと思って」
あまりに混乱しすぎて、言わなくていいこともしゃべってしまう。心を許して秘密を暴くのが仕事だからそうしていたのに、実は自分が好きでもっと近づきたいと思って動いたなんて。
少しだけ不機嫌そうに顔を歪めて、ぶっきらぼうに言った。まるで確認するように。
「本当なのか?」
「まだ自分でもびっくりしてるけど、好きだよ。今頃気づくなんて鈍感すぎて……恥ずかしい」
慌てて下を向いて俯く。耳まで熱くなっていて、酒のせいだけではなかった。
好きだった。好かれていた。嬉しい。という純粋な気持ちだけが胸を占める。まさか自分がこんなにも恋愛に関して鈍かったなんて意外な発見だ。
情報屋として動いている時より、ゆったりとした時間を過ごすことが多かったのでそのせいかもしれない。きちんと仕事はしていたが、それなりに今の生活を楽しんでいた。
しかしすぐさま気になったことがあったので、尋ねるかどうか迷う。結局は口を開いて。
「あのさあ……シズちゃんは、したいの?」
「あっ……ああ、そうだ。っつうか、煽ったの手前だし無理矢理にでもしてやるって思ってた」
「そっか。うん、無理矢理はやめてくれると嬉しいな。普通にしたい」
言いながらシズちゃんの肩に手を置いて、首の後ろに回す。好きだと気づいてすぐさまこんなことを、と思う気持ちがあるが自分が認めなかっただけだ。
ここ数日ずっと彼のことを考えていて、手に入れたいと思った。そこまで誰かに執着したのははじめで、本来なら絶対に気は合わないのに、こっちを見て欲しいと懸命に近づいた。
充分だった。セックスをする理由としては。
なによりこれからのことを考えると気が重いので、体だけでも繋がっておきたいと考えるのは自然だ。
俺はシズちゃんに嘘をついている。本名も、職業も、隠していることだらけだ。きっと知られたら驚かれるし、不信感も持たれるだろう。すべてを明かすなら慎重にしなければいけない。
だけどもしここで体だけの関係を築いていれば、マイナスの値は減るはずだ。人とふれあい、ぬくもりを感じて安心するのが人間だと知っている。
これまで情報屋の仕事をしていて、変な連中に狙われかけたり、襲われそうになった。言う通りにしてやるから、と取引の材料にされたこともある。しかし俺はそんな奴らは力で追い返すことができたし、体なんか使わなくても仕事ぐらいできた。
でも彼は、シズちゃんだけはどうしても欲しい。好かれているのなら尚のこと、欲しくてたまらない。こういう時の決断だけは早かった。
「そう言うと思ってた」
「んっ……う」
直後に唇を塞がれて、全身がビクンと跳ねた。覚悟はしていたが、いざ始まると緊張する。大体いつもは何かをする前には入念に調べ、どう動くか考えた上で何個も逃げみつを用意して逃れてきた。
突発的に行動するなら無理はせず、すぐさま自分のペースに持ち込むのが信条だ。でも今日ばかりは、シズちゃんに任せたい。
俺はなにもわからないし、同姓とするのははじめてだから。キスでさえも。
「はぁ、っ……シズちゃん酒臭い」
「そりゃあ手前もだろうが。ちょっと待ってろ、ローション取ってくるから」
「ローションって、まさか、準備してるの?あれ、もしかして俺……」
「ああ、はじめっから酔わせて連れ込む気で誘ったんだぜ」
「まいったな。騙されたなんて思わなかったよ」
すぐに体が離れて、シズちゃんがクローゼットを開き中をゴソゴソ探し始める。暫くしてボトルを手にして戻ってきたので、数回目を瞬かせた。
あまりにも用意周到だったので尋ねたら、最初からその気だったらしい。油断していたにしても、ここまで鮮やかに騙されたのは久しぶりでぐうの音も出ない。情報屋も腑抜けたもんだな、と自嘲気味に笑った。
本気で好意を抱いているのだから、仕方がないのだが。
「脱がしてやろうか?」
「そんなこといいから、っ……そっちも脱げば?」
わざと脱がしてやるかと尋ねられたので、キツく睨みつけて潔く下着を脱ぎ捨てる。すると向こうも脱いで、ボトルからローションを垂らし左手であたためた。
どうしたらいいかわからなかったが、さすがに自分で足を開いて目の前で眺めるのだけは嫌だったので、うつぶせの体勢でシズちゃんに背中を向けた。見えないのは恐怖だが、恥ずかしい行為なのだから仕方ないと思っていて。
「どっち向いてんだ」
「うわっ!?なんで、っ……やだ、どうして!」
「するんじゃねえのか?」
「……っ!?」
結局あっさりと腰を掴まれて体勢を戻されて、シズちゃんの体が俺の足の間に割り入ってきた。慌てて暴れたが、酔っているので大した抵抗ではない。
嫌だ、と言い続けるつもりだったのだがそこで真剣に問われる。する気はあるのかと。そんなことを言われたら、逆らえなかった。
「っ、あ!冷たっ……ぬるぬる、する」
「当たり前だろローションだからな。いいかそのまま足開いてろよ」
「えっ、あ、ちょっと……なにこれ、ドロドロで」
「そうか、これってこのまま先っぽ入れたらいいのか?」
* * *
頭がガンガンして、不快な何かを感じて目を覚ましたがそのまま固まってしまう。一瞬で覚醒したが、暫く声をだすことができなかった。
目の前の光景は、悪夢ではないかと唇が震えてしまう。呆然としていると、携帯を持っていた相手と目が合った。
「いいタイミングで起きたな」
「……っ!?」
しゃべりながら画面を覗きこんで、シャッターを押す音が室内に響き渡った。すぐさまアングルを変えて、真上や横から何枚も写真を撮り続ける。俺はそれを見ていることしかできない。
動こうにも、体がぴくりとも反応しないのだ。泥酔しているのとは違う。まるでいかがわしい薬を使われているみたいだ。
虚ろな状態の俺には目もくれず、さっきまで繋がっていた箇所をアップで撮影する為にレンズを近づけた。そして撮られた画像には、多分呆けた顔もはっきり映っているだろう。
「これは……なに?どうし、て……俺の名前」
意識を失う直前に呼びかけられたことをようやく思い出して、真っ先に指摘する。自分の身に起こっている惨状よりも、気になったからだ。
しかし全く違うことを答えられる。笑いながら。
「これ全部俺が出したんじゃないぜ。白いローションってのがあってよお、それをぶちまけたんだ。まるで手前が複数に強姦されたみたいに見えるだろ?」
「騙されてたんだね、ははっ、そうか」
シズちゃんの言う通り、身に着けていたシャツは乱暴に引き裂かれ、肌の上は精液かローションかわからないぐらい白く汚れきっている。足は左右に大きく投げ出されていて、きっと携帯の中の画像はいいアングルで取られているのだろう。
このまま目を覚まさない方がよかった、と心底思った。騙されていたなんて、気づきたくなかったから。
「手前の名前は折原臨也。新宿の情報屋なんだろ?」
「よく調べたね」
「騙してたのは、手前の方じゃねえか。なあ、そうだろッ!!」
そこで急に怒鳴られて、肩が微かに震えた。シズちゃんの言うことに、間違いはない。始めから騙していたのは俺の方だ。
依頼人に頼まれて、会社に潜入して情報を集めていた。あと少しで終わるところだったのに、最後の最後で失敗したらしい。こんなのはじめてだ。
「ここまで酷い仕打ちを受けたのは、はじめてだよ。シズちゃん」
「裏切られたのは、こっちが先だ!」
正直に感想を伝えて、賞賛したというのに向こうは表情を歪めた。憎しみのこもった瞳で俺を睨みつけている。
多分ここでいくら言っても、何も信じて貰えないのだろうなと笑う。一番最悪な形で、言い訳できないぐらいとっくの昔に知られていたなんて。俺はバカだと思った。
彼を、平和島静雄を欲しいと望んだ。好きだと告白され、好きだと気づいて嬉しいと本気で感じたのに。
一瞬ですべてを失った。むしろ手に入れる前から、踊らされていただけだったのだ。何をしていたんだろう、というショックが大きすぎる。
「俺は本気で、手前のことが好きだった。今だって、好きだ」
「……え?」
「本当はここまでするか迷ってた。でも思った通りに、告白したら手前は俺を受け入れた。だから傷つけてやろうと思ったんだよ」
驚愕の表情で見つめていると、シズちゃんは視線を逸らした。まだ迷っているかのように、苦しそうに唇を噛んでいる。
確かにまだ、好きだと言っていた。だから悩み、迷ったんだと告げられて胸が締め付けられる。しかし何かを誤解しているような気がした。
「ねえ、俺の話を聞いて……」
「好きだって言ったのは、俺にいい顔して情報を手に入れる為だったんだろ?そうやって、他の奴らからも全部聞き出したんだろ?」
はっきりと否定することは、できなかった。言いたいのに、声が出ることはない。完全なる勘違いなのだが、言い訳をしても信じて貰えるとは思えなかった。
日頃の行いが悪い、とはこのことだ。俺にしてみれば依頼をこなしているだけなのだが、一般人から見れば卑劣な行為に他ならない。平気な顔をして騙し、人を操ったり自分が動いて情報だけを奪っていくのだから。
本心からシズちゃんに好きだと言い、性行為をしようと思ったのに、彼からしてみれば体を使ってまで探りたかったのかと呆れているのだろう。
違うんだ、と主張しても信じて貰えるような関係を築いてはいない。これから作ろうとしていたところだったから。
「いつ気づいたの?」
「手前と顔を合わせた次の日には、知ってた」
「なんだって?」
あまりにも早すぎる、と驚いてしまう。どんな情報網を使って折原臨也だとつきとめたのだろうか。
「俺の友人が、手前のことを見たことがあるって教えてくれたんだ。まあそいつも真っ当な仕事はしてないからな」
「そうか……運が悪かったんだね」
「おかげで全部見てたぜ。会社の奴らに近づいて、いろいろ探ってるところをな」
これではもう言い訳どころか、まともな話すらも通じないだろうなと悟った。はじめからすべてを知られていたのなら、俺の何気ない行動も全部疑っていたのだろう。
一つ一つを説明されれば、逃れようがない。突発的に好きだと俺が告げたことすらも、嘘だと責められるだろう。
シズちゃんからの信頼は、一生得ることができない。憎しみや怒りという感情でしか見られないだろう。残念だった。
今回は失敗しただけだから、とそこで割り切れれば良かったのかもしれないが、まだ動揺は抜けない。俺にとっては、はじめて本気で自分のものにしたいと思った相手だったからだろう。
楽しかった。依頼された仕事だったけれど、腑抜けて罠に嵌るぐらい嬉しかったし、途中までは幸せな気分でいられた。
これからどうやって彼に近づいて、信じさせて二人で過ごすか一瞬でも未来を思い描いたのだ。それを跡形も無く打ち砕かれて、冷静に対処できるわけがない。
もしもっと早くシズちゃんが疑っているのを知っていれば、いくらでも回避できた。しかし好きだという想いを知ったのが遅すぎて、それが理由で敗北したようなものだ。立ち直る術なんて、思いつかない。
頭痛も酷いし、さっきから息も荒い。思考が働かなくて、何も考えられなかった。
これまで順調になにもかもをこなしていただけに、はじめて大きな失敗をして、どうやったら元に戻れるかなんて浮かぶわけがない。他人に負けたという屈辱もあるが、心を許しかけた相手に裏切られたという驚きは大きかった。
「ショックか?でも俺はもっと苦しかった。そのうち話してくれるんじゃねえかって、信じてたのに」
「シズちゃん?」
「いや、俺が話して貰いたかっただけかもしれねえ。嘘をついてる、ってバラされるのを待っていただけだ。今日だって、誘いに乗ってこなけりゃ……セックスさえ、しなければ」
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「ああ」
次の日約束通りに事務所で仕事を終わらせ帰ろうとしていると、シズちゃんも外から戻って来た。チラリとこっちを見た後に、簡単にデスクを片づけてすぐさま、行くぞと言われた。
どうやら覚えてくれていたらしいことに驚き、上機嫌に店を選んだ。どこがいい、と尋ねたがたまには俺が連れて行ってやると駅とは反対方向に歩き始めた。
俺は知っていた。シズちゃんの自宅から、連れて来られた居酒屋が近いことを。
「ちょっと待ってよ。まだ乾杯したばかりなのに、いきなりそれって……」
「知ってるだろうが。俺が他の奴に相談できねえことぐらい」
「まあ、そうだけど」
昨日は女の子から告白されていたが、それは部署が違う社員だったからだ。普段仕事をしている事務所内の女性からは、遠巻きに見られているだけだった。誰一人としてまともに声を掛けない。
それは男からも同様だった。原因はシズちゃん自身の素っ気なさと、見た目からしておかしいことも関係しているだろう。
きっと昔に何か騒ぎを起こしてしまい、会社に迷惑を掛けたことがあるのだろう。まるでそこにシズちゃんが存在していないみたいに、誰も気遣っていなかった。
異様ではあったが、力のこととかすべての事情を知っている俺にはどうってことはない。可哀そうだなあ、と哀れに思うぐらいだ。
「頼む、手前にしか相談できねえんだ」
「嫌だなあ。折角の週末だしもっと楽しく飲みたいんだけど」
あからさまに嫌悪を表情に現したが、全く聞いてはくれない。仕方がないのでため息をついて尋ねる。
「なにを聞きたいの?」
「実は俺、好きな奴がいてよお。そいつに……その」
「どうやって告白したらいいって?まあありがちな相談だよね」
ある程度想定はしていたが、あまりにそのままで呆れてしまう。多分告白された女子社員のことではないだろう、というのはすぐに察することができた。
だって朝一番にもう一度会って、きっぱりとお断りしたらしいとその子が所属している部署の女性社員が騒いでいたから。そういうことかと少し納得する。
「ねえそれぐらいわからないの?」
「わかんねえから聞いてんだろうが」
ビールをぐいっと煽り、中身を半分ほど飲み干す。どうやら相当困っているのだろう。
その時俺は、どうしてか苛々していた。シズちゃんに好きな相手がいようがどうでもいい筈なのに、なぜか胸の辺りがもやもやするのだ。
多分今まで女の子とまともにつきあった経験が無いのだろう。だから相談しているのだ。信頼している、同い年の会社仲間に。
「好きだ、って言うだけじゃないか」
「そんな簡単だったら相談してねえ」
「言えない事情があるってこと?」
「相手は男なんだよ」
「え?」
聞き間違いかと重い目を瞬かせてシズちゃんをじっと見つめるが、黙り込んだままだ。
「……男だって?!」
「声がでけえだろ。いくら個室でも聞こえんだろうが」
「ああ、うん……ごめん」
もやもやしていた気持ちが、一気に離散してなぜか心臓がバクバク鳴り響いていた。動悸が激しくなるぐらいびっくりしたのは久しぶりだ。
情報屋という職業柄、大抵のアングラなことは慣れている。だけどこういう話ははじめて聞いたのだ。
「男が好き、なんだ?」
「勘違いすんな。俺が気になってるのは、そいつだけだ」
「そ、そうなんだ。へえ、男が」
はっきりとその相手が好きで、男好きなわけじゃないと言われて安堵する。だってシズちゃんが女の子よりも男に興味があり、そういう目で俺も見られていたらとドキドキしたのだ。
気持ち悪いとは思わなくて、なぜか酷く驚いた。同時に他の男のことを変な目で見ていなくても良かったとも思う。
「さすがに男から告白されたら、引くよな」
「そうだねえ。びっくりするんじゃないかな」
「気持ち悪い、って言われたらショックで立ち直れねえな」
やはり好きな相手から否定的な言葉を告げられたら、傷つくだろう。特にシズちゃんは、女性ともまともにつきあっているようには見えない。恋愛ごとには疎いだろうし、誤解させることもありえそうだ。
説明ベタだから、相手によっては言い訳すらもできないかもしれない。落ちこむ姿が容易に想像できた。
「まあ一応相手の男はどんな奴か教えてよ。なんとか作戦立てれば……」
「教える?いや、そりゃあダメだ。手前にだけは教えられねえ」
「え」
とりあえず相談をもちかけられているのだから、できるだけのアドバイスはしようと気を取り直し、相手の特徴を尋ねた。だがきっぱりと断られてしまう。
しかも俺にだけは教えられない、と言っているのでびっくりした。一瞬だけ、俺が何者か知っているのかと思ったのだが。
「もしかして俺の知ってる人?」
「……ああ」
「言うのが嫌なのに、どうして俺なんかに相談してるんだよ。バカなの?」
「バカとか言うんじゃねえ!!」
わざとらしくバカにすると、個室内にシズちゃんの怒鳴り声が響いた。バカにバカと言ってなにが悪いのだろうか。
「そんなのどうやってアドバイスすればいいかわからないよ」
「名前ぐらい言わなくてもなんとかできるだろ。なあもし手前だったらどうする?」
「はあ、もうしょうがないな。そうだね、俺ならあらかじめ相手が逃げられないようにして、罠に嵌めて脅すね。つきあわなければ、家族が酷い目に遭うとか」
「なんだそりゃあ。考える気ねえだろ」
「これも一つの告白方法じゃない?しかも絶対に断られないだろ?」
俺が知っているのなら、尚更教えてくれれば細かくアドバイスもできるだろうにどうやらその気はないらしい。その態度が少し気に入らなくて、一番最低な告白方法を提案した。当然呆れられてしまう。
シズちゃんが嫌っている、卑劣な方法を薦めるのはわざとだ。なにより、恋愛に関してほぼ経験のない相手が異性を好きだなんてどうしようもない。成功するわけがない。
失敗してしまえばいいのに、と少しだけ嫌な感情が浮かぶ。真意は、気づいていなかった。
「ねえ男が好きってさ、セックスとかしたいとか思ってるの」
「あ?」
「強引に押し倒して、好きだって言っちゃえば?シズちゃんなら、男らしくてかっこいいかもね」
「それはかっこいい、のか?」
* * *
「大丈夫、じゃねえな。おい着いたぞ奈倉」
「う~ん、気持ち悪い。水、欲しい」
「ったくしょうがねえ奴だな」
俺からお願いする前に、シズちゃんが家近いから寄って行けと言ってくれたので素直に頷いた。高層マンションの最上階だなんて、過去に彼が警察に厄介になったことがあるにしては随分と羽振りがいい。
今の仕事が相当合っているか、必要とされているということなのだろう。何をしているのか、好奇心が疼く。しかし十日以上時間を費やして社内の人間も使ったが、全くわからなかった。
玄関から歩いてすぐのリビングに通され、大きなソファの上に降ろされた。気持ち悪いと呟きながら室内を見回すと、ほとんど家具は無く生活感が無いように見える。不思議に思っていると、シズちゃんは水の入ったグラスを持って戻って来た。
すぐさま上半身を優しく抱き起こされて手渡されたので飲む。酒のせいで喉が渇いていたのは本当だったので、一気に冷え切った中身を飲み干した。
「落ち着いたか?」
「少しは……でも今日はまともに歩けそうにないな。ねえ泊まって行ってもいい?」
「いいぞ。じゃあなんか着るもん貸してやるから待ってろ」
「別にこのままでいいよ。はぁ、熱かったんだよね」
大袈裟にため息をつきながらスーツの上着を脱いで床に放り、次はベルトも外して邪魔なズボンをあっさりと剥ぎ取って下着と白いシャツだけになる。そこで急に、鋭く低い声が聞こえてきた。
「おいなにやってんだ!!」
「男同士だから別にいいだろ?皺の寄ったスーツを着て帰るのも嫌だし、これぐらい大目に見てよ。じゃあおやすみ、シズちゃん」
「って、待て勝手にこんなところで寝るな!」
相当酒は回っているので、早くすべてを忘れて眠ってしまいたくて目を閉じた。だが次の瞬間大きく体が揺らいで、腰と背中を掴まれる。
「うわっ!?なに……!」
「面倒かけさせやがって」
ブツブツと文句を言いながら、シズちゃんは胸の前で俺を抱いてリビングを出るとすぐ横の寝室の扉を開けた。そして予想以上に大きなベッドの上に寝かせられる。
やけにスプリングが効いていて、体が深く沈み込む。クローゼットとベッドだけの室内に入った瞬間、新築の部屋のような独特の匂いがした。最近ここに引っ越して来たのだろうか。
「なんかすっごい気持ちいいね。あー枕からシズちゃんの匂いがするよ」
「俺の匂いってなんだよ!臭いって言いたいのか」
「違うよ。いい匂いだよ。あっそうだ、ねえネクタイ外してくれない?なんかうまく手に力が入らなくてさ」
「酔っぱらいすぎだろ。俺につきあわなくてもよかったのによお」
「あははっ、シズちゃん凄い勢いで呑んでたよね!本当に強いんだ。なんか悔しくて、俺もついつい乗っかっちゃったよ」
お願いするとすぐさま言う通りにネクタイを外してくれたので、首元が緩くなる。そして気を遣ってくれたのか、シャツのボタンも外してくれた。意外に面倒見がいいんだな、と思いシズちゃんの方を見た。
そこで急に、違和感を覚えた。さっき二人で呑んでいる時に見せた、どこか怪しい雰囲気の漂う表情をしていたからだ。
「あちいから、俺も脱ぐな」
「……うん?」
シズちゃん自身はとっくの昔に熱いと言い、スーツの上着は脱いでリビングに置いていた。だから何を脱ぐのだろうと見つめていたら、俺と同じようにズボンを脱ぎ捨てる。そして上のシャツのボタンもすべて外し、乱雑に前を肌蹴させた。
瞬間胸がドキン、と跳ねた。あれっ、と声が出てしまいそうなのをかろうじて留める。胸騒ぎがした。
「シズちゃん?」
「なあ俺は言ったよな。男が好きだって。そんな奴の家に、よく平気で入ったよな。呆れるぜ」
「男が好き?ああ、そんな話してたよね。すっかり忘れてたよ。でもあんなに情熱的に好きな相手のことを言われて、ちょっと妬いちゃうぐらいに本気だなって……」
ベッドがギシリと軋む音がして、シズちゃんもベッドの上に乗ったのがわかる。そのまま寝転がっている俺の上に覆いかぶさるように、近づいて来た。近すぎる。
男が好きという話は確かに聞いていたが、他の男は興味ない。想っている相手だけだと熱心に語られたので、信じきっていた。
俺も同姓だけど、まさか手を出すわけがないと思い込んでいた。
「まだ気づいてねえのか?」
「いや、えっと……」
「っつうか、自分から脱いで誘ったのは手前の方だよな?」
「ははっ、なんのこと?」
ここまではっきりと言われて、気づかないほど愚かではない。やられた、と頭を鈍器で殴られたような衝撃は受けたけれど。
いやまさかシズちゃんが、とまだ心のどこかで思っていた。油断した、どころの話ではない。ここ数日間親密に接していて、彼の嘘のつけない純粋な性格をわかりきっていたつもりだったのだ。
「わざとはぐらしてるのか?それとも本当はすげえ鈍いのか?」
「鈍いつもりはないんだけど……酔っぱらってるからかなあ。ちょっとよくわからないなあ」
何の話をしているのか、俺には見当もつかなかった。微かに苦笑してみせたが、真剣な表情でぴくりとも動かない。
酔った振りをしてやんわりと尋ねると、ようやく核心を口にした。今まで生きてきた人生で、一番衝撃を受ける。
「俺が好きなのは、手前だ」
「……なッ!?」
「本当に気づいてなかったみてえだな」
「えっ、え、ええっ!?ちょ、ちょっと待ってよ……どうして、俺を」
一瞬でパニックになる。こんな押し倒されているような状況で言われたら、なんとなくそんな気はしたけれど信じられない。
今日二人っきりで呑み始めてから聞いた様々なことが頭をよぎるが、うまくまとまらない。酔っているせいだ。
「好きなんだよ」
「お……驚いたなあ、ははっ」
「冗談じゃねえ」
「うん、わかってる。君の言ってることちゃんと理解してるんだけど」
好きなんだと告白されて、真っ先に気づいたことがあった。まいったな、とため息をついた後に困惑した表情のまま告げる。
「あのさあ、俺もシズちゃんのこと好きみたい」
「え?」
今度は向こうが目を丸くする番だった。それもそうだ。本人だってびっくりしている。
好意を示されてから自分の気持ちが発覚するなんて、鈍感にもほどがあった。だけど真実だ。
「君に好きだって言われて、ようやく気づいた。好きだった……みたい、なんだけど、えっと」
「どういうことだッ!?」
「落ち着いてよ。なんかこう、ずっともやもやしていたんだ。今日話を聞いててシズちゃんが羨ましいとか、手に入れたいとか、これからも傍に居たいなとか……」
なにもかも思い返すと、すべて一つに繋がる。今の会社からシズちゃんを引き抜いて自分のところいおいておきたいとか、普通の会話が心地いいとか。もっと前からそうだったに違いない。
俺が本気ですれば一日で終わるような仕事を、ダラダラと数日続けていたのが証拠だ。きちんと関係を築いて、彼の懐に入る為だけに動いていた。
「待てよ、好きな奴がいるんじゃなかったのか?」
「あれは嘘だ」
「嘘だと?」
「だってシズちゃんが、好きな相手がいるって語り始めたから悔しくなってさ。俺もそうだ、って言ったらもっと心を許すかなと思って」
あまりに混乱しすぎて、言わなくていいこともしゃべってしまう。心を許して秘密を暴くのが仕事だからそうしていたのに、実は自分が好きでもっと近づきたいと思って動いたなんて。
少しだけ不機嫌そうに顔を歪めて、ぶっきらぼうに言った。まるで確認するように。
「本当なのか?」
「まだ自分でもびっくりしてるけど、好きだよ。今頃気づくなんて鈍感すぎて……恥ずかしい」
慌てて下を向いて俯く。耳まで熱くなっていて、酒のせいだけではなかった。
好きだった。好かれていた。嬉しい。という純粋な気持ちだけが胸を占める。まさか自分がこんなにも恋愛に関して鈍かったなんて意外な発見だ。
情報屋として動いている時より、ゆったりとした時間を過ごすことが多かったのでそのせいかもしれない。きちんと仕事はしていたが、それなりに今の生活を楽しんでいた。
しかしすぐさま気になったことがあったので、尋ねるかどうか迷う。結局は口を開いて。
「あのさあ……シズちゃんは、したいの?」
「あっ……ああ、そうだ。っつうか、煽ったの手前だし無理矢理にでもしてやるって思ってた」
「そっか。うん、無理矢理はやめてくれると嬉しいな。普通にしたい」
言いながらシズちゃんの肩に手を置いて、首の後ろに回す。好きだと気づいてすぐさまこんなことを、と思う気持ちがあるが自分が認めなかっただけだ。
ここ数日ずっと彼のことを考えていて、手に入れたいと思った。そこまで誰かに執着したのははじめで、本来なら絶対に気は合わないのに、こっちを見て欲しいと懸命に近づいた。
充分だった。セックスをする理由としては。
なによりこれからのことを考えると気が重いので、体だけでも繋がっておきたいと考えるのは自然だ。
俺はシズちゃんに嘘をついている。本名も、職業も、隠していることだらけだ。きっと知られたら驚かれるし、不信感も持たれるだろう。すべてを明かすなら慎重にしなければいけない。
だけどもしここで体だけの関係を築いていれば、マイナスの値は減るはずだ。人とふれあい、ぬくもりを感じて安心するのが人間だと知っている。
これまで情報屋の仕事をしていて、変な連中に狙われかけたり、襲われそうになった。言う通りにしてやるから、と取引の材料にされたこともある。しかし俺はそんな奴らは力で追い返すことができたし、体なんか使わなくても仕事ぐらいできた。
でも彼は、シズちゃんだけはどうしても欲しい。好かれているのなら尚のこと、欲しくてたまらない。こういう時の決断だけは早かった。
「そう言うと思ってた」
「んっ……う」
直後に唇を塞がれて、全身がビクンと跳ねた。覚悟はしていたが、いざ始まると緊張する。大体いつもは何かをする前には入念に調べ、どう動くか考えた上で何個も逃げみつを用意して逃れてきた。
突発的に行動するなら無理はせず、すぐさま自分のペースに持ち込むのが信条だ。でも今日ばかりは、シズちゃんに任せたい。
俺はなにもわからないし、同姓とするのははじめてだから。キスでさえも。
「はぁ、っ……シズちゃん酒臭い」
「そりゃあ手前もだろうが。ちょっと待ってろ、ローション取ってくるから」
「ローションって、まさか、準備してるの?あれ、もしかして俺……」
「ああ、はじめっから酔わせて連れ込む気で誘ったんだぜ」
「まいったな。騙されたなんて思わなかったよ」
すぐに体が離れて、シズちゃんがクローゼットを開き中をゴソゴソ探し始める。暫くしてボトルを手にして戻ってきたので、数回目を瞬かせた。
あまりにも用意周到だったので尋ねたら、最初からその気だったらしい。油断していたにしても、ここまで鮮やかに騙されたのは久しぶりでぐうの音も出ない。情報屋も腑抜けたもんだな、と自嘲気味に笑った。
本気で好意を抱いているのだから、仕方がないのだが。
「脱がしてやろうか?」
「そんなこといいから、っ……そっちも脱げば?」
わざと脱がしてやるかと尋ねられたので、キツく睨みつけて潔く下着を脱ぎ捨てる。すると向こうも脱いで、ボトルからローションを垂らし左手であたためた。
どうしたらいいかわからなかったが、さすがに自分で足を開いて目の前で眺めるのだけは嫌だったので、うつぶせの体勢でシズちゃんに背中を向けた。見えないのは恐怖だが、恥ずかしい行為なのだから仕方ないと思っていて。
「どっち向いてんだ」
「うわっ!?なんで、っ……やだ、どうして!」
「するんじゃねえのか?」
「……っ!?」
結局あっさりと腰を掴まれて体勢を戻されて、シズちゃんの体が俺の足の間に割り入ってきた。慌てて暴れたが、酔っているので大した抵抗ではない。
嫌だ、と言い続けるつもりだったのだがそこで真剣に問われる。する気はあるのかと。そんなことを言われたら、逆らえなかった。
「っ、あ!冷たっ……ぬるぬる、する」
「当たり前だろローションだからな。いいかそのまま足開いてろよ」
「えっ、あ、ちょっと……なにこれ、ドロドロで」
「そうか、これってこのまま先っぽ入れたらいいのか?」
* * *
頭がガンガンして、不快な何かを感じて目を覚ましたがそのまま固まってしまう。一瞬で覚醒したが、暫く声をだすことができなかった。
目の前の光景は、悪夢ではないかと唇が震えてしまう。呆然としていると、携帯を持っていた相手と目が合った。
「いいタイミングで起きたな」
「……っ!?」
しゃべりながら画面を覗きこんで、シャッターを押す音が室内に響き渡った。すぐさまアングルを変えて、真上や横から何枚も写真を撮り続ける。俺はそれを見ていることしかできない。
動こうにも、体がぴくりとも反応しないのだ。泥酔しているのとは違う。まるでいかがわしい薬を使われているみたいだ。
虚ろな状態の俺には目もくれず、さっきまで繋がっていた箇所をアップで撮影する為にレンズを近づけた。そして撮られた画像には、多分呆けた顔もはっきり映っているだろう。
「これは……なに?どうし、て……俺の名前」
意識を失う直前に呼びかけられたことをようやく思い出して、真っ先に指摘する。自分の身に起こっている惨状よりも、気になったからだ。
しかし全く違うことを答えられる。笑いながら。
「これ全部俺が出したんじゃないぜ。白いローションってのがあってよお、それをぶちまけたんだ。まるで手前が複数に強姦されたみたいに見えるだろ?」
「騙されてたんだね、ははっ、そうか」
シズちゃんの言う通り、身に着けていたシャツは乱暴に引き裂かれ、肌の上は精液かローションかわからないぐらい白く汚れきっている。足は左右に大きく投げ出されていて、きっと携帯の中の画像はいいアングルで取られているのだろう。
このまま目を覚まさない方がよかった、と心底思った。騙されていたなんて、気づきたくなかったから。
「手前の名前は折原臨也。新宿の情報屋なんだろ?」
「よく調べたね」
「騙してたのは、手前の方じゃねえか。なあ、そうだろッ!!」
そこで急に怒鳴られて、肩が微かに震えた。シズちゃんの言うことに、間違いはない。始めから騙していたのは俺の方だ。
依頼人に頼まれて、会社に潜入して情報を集めていた。あと少しで終わるところだったのに、最後の最後で失敗したらしい。こんなのはじめてだ。
「ここまで酷い仕打ちを受けたのは、はじめてだよ。シズちゃん」
「裏切られたのは、こっちが先だ!」
正直に感想を伝えて、賞賛したというのに向こうは表情を歪めた。憎しみのこもった瞳で俺を睨みつけている。
多分ここでいくら言っても、何も信じて貰えないのだろうなと笑う。一番最悪な形で、言い訳できないぐらいとっくの昔に知られていたなんて。俺はバカだと思った。
彼を、平和島静雄を欲しいと望んだ。好きだと告白され、好きだと気づいて嬉しいと本気で感じたのに。
一瞬ですべてを失った。むしろ手に入れる前から、踊らされていただけだったのだ。何をしていたんだろう、というショックが大きすぎる。
「俺は本気で、手前のことが好きだった。今だって、好きだ」
「……え?」
「本当はここまでするか迷ってた。でも思った通りに、告白したら手前は俺を受け入れた。だから傷つけてやろうと思ったんだよ」
驚愕の表情で見つめていると、シズちゃんは視線を逸らした。まだ迷っているかのように、苦しそうに唇を噛んでいる。
確かにまだ、好きだと言っていた。だから悩み、迷ったんだと告げられて胸が締め付けられる。しかし何かを誤解しているような気がした。
「ねえ、俺の話を聞いて……」
「好きだって言ったのは、俺にいい顔して情報を手に入れる為だったんだろ?そうやって、他の奴らからも全部聞き出したんだろ?」
はっきりと否定することは、できなかった。言いたいのに、声が出ることはない。完全なる勘違いなのだが、言い訳をしても信じて貰えるとは思えなかった。
日頃の行いが悪い、とはこのことだ。俺にしてみれば依頼をこなしているだけなのだが、一般人から見れば卑劣な行為に他ならない。平気な顔をして騙し、人を操ったり自分が動いて情報だけを奪っていくのだから。
本心からシズちゃんに好きだと言い、性行為をしようと思ったのに、彼からしてみれば体を使ってまで探りたかったのかと呆れているのだろう。
違うんだ、と主張しても信じて貰えるような関係を築いてはいない。これから作ろうとしていたところだったから。
「いつ気づいたの?」
「手前と顔を合わせた次の日には、知ってた」
「なんだって?」
あまりにも早すぎる、と驚いてしまう。どんな情報網を使って折原臨也だとつきとめたのだろうか。
「俺の友人が、手前のことを見たことがあるって教えてくれたんだ。まあそいつも真っ当な仕事はしてないからな」
「そうか……運が悪かったんだね」
「おかげで全部見てたぜ。会社の奴らに近づいて、いろいろ探ってるところをな」
これではもう言い訳どころか、まともな話すらも通じないだろうなと悟った。はじめからすべてを知られていたのなら、俺の何気ない行動も全部疑っていたのだろう。
一つ一つを説明されれば、逃れようがない。突発的に好きだと俺が告げたことすらも、嘘だと責められるだろう。
シズちゃんからの信頼は、一生得ることができない。憎しみや怒りという感情でしか見られないだろう。残念だった。
今回は失敗しただけだから、とそこで割り切れれば良かったのかもしれないが、まだ動揺は抜けない。俺にとっては、はじめて本気で自分のものにしたいと思った相手だったからだろう。
楽しかった。依頼された仕事だったけれど、腑抜けて罠に嵌るぐらい嬉しかったし、途中までは幸せな気分でいられた。
これからどうやって彼に近づいて、信じさせて二人で過ごすか一瞬でも未来を思い描いたのだ。それを跡形も無く打ち砕かれて、冷静に対処できるわけがない。
もしもっと早くシズちゃんが疑っているのを知っていれば、いくらでも回避できた。しかし好きだという想いを知ったのが遅すぎて、それが理由で敗北したようなものだ。立ち直る術なんて、思いつかない。
頭痛も酷いし、さっきから息も荒い。思考が働かなくて、何も考えられなかった。
これまで順調になにもかもをこなしていただけに、はじめて大きな失敗をして、どうやったら元に戻れるかなんて浮かぶわけがない。他人に負けたという屈辱もあるが、心を許しかけた相手に裏切られたという驚きは大きかった。
「ショックか?でも俺はもっと苦しかった。そのうち話してくれるんじゃねえかって、信じてたのに」
「シズちゃん?」
「いや、俺が話して貰いたかっただけかもしれねえ。嘘をついてる、ってバラされるのを待っていただけだ。今日だって、誘いに乗ってこなけりゃ……セックスさえ、しなければ」
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2012-09-08 (Sat)
「SEXドール シズちゃん専用だよ!」
静雄×臨也/小説/18禁/A5/76P/700円
新羅のせいで人形の実験台になりエッチな体になった臨也は
主人に設定された静雄と三日間一緒に暮らすことになる
静雄のことが好きな臨也は大人しく受け入れるがいきなり襲われ
「好き」というキーワードを言われる度に淫らになり…
人形になった臨也と静雄が同棲してすれ違う切ない系エロ
※原作設定でパラレルではありません
表紙人物デザイン アサヒ ハ アオイ 様
※デュラでは活動されていません
虎の穴様通販
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「うわっ、ズボンから脱がせるなんてエッチだねえ」
「うるせえ!黙ってやがれッ!!」
いきなりズボンのベルトにふれてきたので、早速からかってやる。普通上着とかコートからだろう、と笑ってやると喚かれた。そういえばもっとしおらしくしてろ、と言われていたと思い出して仕方なく口を噤む。
慣れない手つきでベルトを外し、ズボンをゆっくりと引き下ろしていく。仕方なく腰を浮かせてされるがままになっていると、意外と丁寧に脱がして背もたれにズボンをかけた。
「……っ」
「あれ?もしかしてもう恥ずかしい?まあ他人の下着を脱がすなんてシズちゃんには……」
「あっ、そうか。忘れてたぜ」
ズボンを脱がしたはいいが、次をどうしたらいいのか挙動不審になっていたので煽ってやった。だけどその時何かに気づいたかのように頷いて、言ったのだ。
「臨也、好きだ」
「なッ!?こんな時に、卑怯だっ……!」
「好きだ、好きだ」
「クソッ、ぁ……折角仕返し、っ、う……人の体勝手、に」
俺に好きだというキーワードを言えば強制的にエッチな雰囲気になることをどうやら思い出したらしい。こっちも忘れかけていたので、できることなら思い出さないでくれればよかったのに悔しくなる。
好きだ、と聞こえる度に全身を軽い電流が流れたみたいにビクビクと震え始めていく。さっきまでよりも効果は強く、すぐに力が抜けて耳の辺りまで赤くなった。
「大人しくなったじゃねえか」
「恋人プレイ、じゃなかったのかな?」
「別に変なことはしてねえだろ。煩い口を封じてやっただけだ。なあ?」
「え……っ、んぅう!?」
厄介なことになったと唇を噛んで懸命に耐えていると、至近距離にシズちゃんの顔が近づいてきて笑っていた。形勢逆転、という言葉が頭に浮かんだが余計なことは言わない。
なんだかやけに近いな、と眉を顰めていると突然身を乗り出してきて、そのままぶつかってしまう。唇が。
「ぁ、っ……ちょ、っと、なにを!」
「恋人ならキスするだろ」
「えっ、でもそれセックスと関係な、い……ふっ、んう、く!?」
慌てて顔を背けたらあっさりと解放された。しかしそれは一時的で、両手首を革張りの黒いソファに押さえつけられまた耳元で声がする。次こそ本格的に口づけをされる、と気づいたのにまともな抵抗もできないままもう一度あたたかい唇がふれた。
前に上司と風俗に遊びに行った時には、やけに恥ずかしがって相手の女の子と話をして終わったというのに、やけにスムーズだったことに驚く。そして口内に舌が潜り込んできた時には、本格的に身の危険を感じた。
なんで、どうして、やばい、と。勘は当たってしまい、深くキスをされ始めると体に変化が現れた。
「んっ……ぅ」
さっきキーワードを言われた時以上に頭に靄がかかり、快感がせりあがってきたのだ。下着は染みになるほど先走りをこぼし始めたし、男としてあり得ない場所が疼き始めた。
同姓とセックスをするのなら間違いなくそこを使うしかないのだが、勝手に疼くなんておかしい。嫌な予感しかしなかった。
「あ、もう……いい、から、っ、シズちゃん」
「もしかしてキス弱いのか?」
「っ、俺が弱いんじゃない。この体には好きみたいだけどさ」
あくまで俺のせいではなく、人形の体が悪いんだと強調したのだが全く通じなかったらしい。もう一度近寄ってきたので、慌てて手を伸ばしてシズちゃんのズボンを引っ張ってやる。当然膨らんでいる部分だ。
本当は蹴りを入れてやりたいところだけど、正直そんな力は残っていなかった。すっかり息は荒くなっているし、じわじわと快感がせりあがっている。
「俺も脱ぐから、手前逃げずに待ってろ」
「逃げずに、ってこの状況でどうやったら逃げられるのかこっちが効きたいぐらいだ。はあ、もういいから早くして」
「そんなにしてえのか?」
「違うって!いいから早く脱げよ!!」
いちいち尋ねなくてもさっさと脱いで迫ればいいのに、意外なところで律儀だった。なんだかそれがおかしくてほくそ笑みながら、仕方なく自分で下着を脱いだ。ソファの前では緊張しているのかは不明だが、シズちゃんがなんだかズボンを脱ぐだけなのに手間取っていた。
そしてようやくズボンと下着だけを脱いで振り返って、開口一番言った。
「なんで手前勝手に脱いでんだよ!」
「はあ、そんなことどうでもいいだろ。またいちいち面倒なことをしたくないから、自分で脱いだだけで……」
「あー……そうか、待てなかったのか。そうだよな、すげえ反応してたしそりゃあ悪かったな」
「え?いや、それは誤解だ……」
「ほら来いよ」
早速脱いだことを指摘されてうんざりしていると、急に何かに気づいたのか数回頭を振って頷いた。言動からして完全なる誤解のような気がしたので、慌てて手を伸ばして説明しようと思ったら逆に掴まれシズちゃんがソファに座るのと同時に膝の上に乗せられる。
これでは完全に子供扱いだった。体格差もあるし、見掛けからして仕方ないのかもしれないがムッと苛立つ。
「あのね、俺は」
「好きだ臨也」
「……んっ!?」
* * *
「好きだ、なあ俺はすげえ気持ちいいぜ。ちょうどよく締めつけて、柔らけえしすぐ出ちまいそうだ。まあ手前の為に我慢するけどよお」
「言わないでっ、ぁ、ああぁ……それ以上っ、あ、しゃべらない、れぇ……ぐちゃぐちゃに掻きまわさないで、よ、っ、んぁあ!」
「そりゃあ無理だな。経験は無いけどよお、普通じゃないぐらい体に馴染んでるのはわかるぜ。嵌っちまいそう、っつうか本当に俺のもんにしてえ。なあ臨也」
「……っ、ぁ、シズちゃ」
さっきから褒められてばかりいるというのに、心に響かなくなっていた。それはすべてシズちゃんがセックスドールとしての俺に心地よさを覚えているからだ。
元から折原臨也と思っていなかったかもしれないが、男に媚びる道具として作られたのだから絶賛されて当然だ。本心から驚き興奮しているのだろうが、その真っ直ぐな言葉が胸に突き刺さる。
嵌っても仕方ない人形なんだとあっさり諦められるぐらいなら、始めから好きになっていなかった。こんな形で俺のものにしたい、なんて言われたかったわけじゃない。愛の囁きだって。
「シズちゃ、っ……俺もシズちゃんの、ものになりたい」
「えっ?」
皮肉のつもりだった。決して俺が願ってもシズちゃんのものになることはできない。
そしてシズちゃんが望んでもこの体は数日しか役割を果たすことができないので、彼のものになることはできない。
互いに互いの想いを満たすことはできないのだが、今だけなら叶えられた。俺も偽りの体だということを頭の片隅で認識していたから、激しい行為に紛れて本心を言うぐらいいいんじゃないかと思ったのだ。
セックスの最中の戯言だと、聞き流してくれると思ったのに。
「手前ッ、なんで急に……んなこと言うんだ。腰辛かったか?もっと弱くしてやった方がいいか?」
「え?」
「それとも、俺の事ようやくわかってくれたのか?」
ぴたりと動きが止まり、急に弱腰になったシズちゃんの目元が赤くなっていた。今度はこっちが驚く番で、何の事を言っているのか理解できずぽかんと口を開けて呆ける。
なんだかよくわからないけれど妙なことを言ってしまった自覚はあったので、慌てて言い直した。抑揚のない声で。
「俺は今だけシズちゃん専用のお人形だから、シズちゃんのものだよ」
「……そうか、そう……だったな」
変な誤解をされないうちに、と事実をつきつけたのだが目の前であからさまにがっかりしたような表情をされた。俺の感情や体が作られたものだ、と気づいてくれただろう。
本当はほぼ自分の意志で動いているし、快楽に翻弄されると人形の感情まで混じってしまうがちゃんとまだ折原臨也だった。機械人形なんかに乗っ取られはしない。だが体だけは本物で、淫猥な動きばかりをしてしまい、もはや折原臨也ではなかった。
だから悲しくて苦しんでいる。それをシズちゃんにも、きちんと理解していて欲しかった。
泥沼に嵌るのなら、一人ではなく二人で。シズちゃんを失った俺が傷つくように、心地良く都合のいい体を失った時にシズちゃんも傷つけばいいのだ。
「なあ、本物の手前は……」
「わかってると思うけど、俺はこんな簡単にシズちゃんに捕まったりしないし、喘いだり、ましてやエッチなことだって言ったりしない。でもそういう人形だからしょうがないんだよ。体の中に君が入ってきて、わかった。心の準備なんて必要なかったし、さっきはちょっとびっくりしたけど、セックスドールの体はマスターを受け入れられて悦んでるよ……っ、あ!」
「って、おい」
「んあっ、ぁ、ああ!ふぁ、っ、は……ねえ、これ気持ちいいっ、でしょ?」
一方的にシズちゃんに責められていたのが気に入らなかったけれど、ようやく主導権を握ることができてほっとした。大体さっき俺のを舐めたり精液を飲んだりしたことで動揺を誘われて、それから自分を取り戻すのに時間が掛かっただけだ。
知識も技術もある人形の体が人間を翻弄するのが本来の姿だった。痛覚はきちんとあるけれど、余計な力を入れなくても相手を悦ばせる為に中を締めつけ腰を揺するのは簡単だ。
まだ羞恥心は残っているけれど、内側から侵食してくる快感に煽られて笑みが浮かぶ。怪訝な表情でシズちゃんは見つめていたけれど。
「臨也……」
「言ってもいい、よ?好きだ、って……んぁ、あ、俺も今ならシズちゃんの、こと……んっ、うぅ!?」
また例のキーワードを口にして翻弄してくるのだろうと先に気づいたので、挑発するように睨みつけながら唇を薄く開いて囁いた。すると途中で顔を歪めたシズちゃんが、好きという言葉を塞ぐように、おもいっきりキスをしてきたので互いの歯がカチンと当たって響く。
息ができないぐらい激しい口づけで、唾液をこぼしながらうっとりと浸った。やっぱり好きだなあ、としみじみと感じながら。
「はぁ、っ……んぅ!」
「いざや、すきだ」
「あ、んぅ、うぅ!?やぁ、っ……んむっ、ふぅ、く」
身構えていても、好きと告げられたら過剰に反応してしまう。舌が口内をせわしなく動いている間も、しっかりと食いついてとうとう最奥までシズちゃん自身が埋まった。
これは相当大きい、と受け入れただけで形がわかる。男としては悔しい気もするが、痛みも無くそこは受け入れられているので行為を続行するには問題ない。
「ぷ、あっ!あ、ぁあ、っ……全部入った、ね、ははっ、ぁ……ねえどう?シズちゃ、んも、んっ……」
「黙ってろ」
一度は唇を解放されたが、まるでこれ以上は聞きたくないと言いたげに再び遮られる。俺としてはどちらでもよかったけれど、キスをしながらだなんてそれこそ恋人同士みたいじゃないかと思った。
しかしそんな生易しいものではなく、体の横に手を突いて体勢を整えた直後に覆いかぶさりながら腰を前後に動かし始める。俺自身も緩やかに蠢いていたのに、それよりも大袈裟に無駄な動作ばかりの陳腐なものだった。
「んっ、ぁ、あ……はぁ、っ、あつ、っ……んぁ、う」
中が充分に湿っているおかげで乱暴な動きでも充分快楽を得られたが、もしこれが俺以外を相手にしていたら怒られるだろうと思う。頭にその考えが浮かんだ途端、胸の辺りがチリチリと痛んだ気がした。
こんな化け物を相手にできるのは俺だけだ、という独占欲を覚えて口の端が吊りあがる。人形の体だから、セックスをする為だけの体だから、シズちゃんを満足させることができると。
今のところ俺だけなんだと。
「あっ、んぁあ!シズちゃ……くるし、っ、もう俺出ちゃい、そうで……ふぁ、あく」
「手前は我慢できねえもんな。いいぜ、俺も出すからよ」
「しょうが、ないこと、だからぁ、んぁ……中、だすの?」
「出して欲しそうなエロい顔してなに言ってんだ。なあ臨也、好きだ」
「ひっ、ぁ、ああ!んぁ、あ!!」
心が揺れ動くのに合わせて、今日三度目の限界が近づいてきたので必死に縋りついた。自然と首に手を回して力の限りしがみつく。目の端から生理的な涙がこぼれて、唇をわなわなと震わせながら問いかけた。
出してくれるの、と。わざとらしく甘ったるい声で。
その瞬間だけ偽りが本物になったような気がした。そしてまるで気持ちに応えるかのようにさり気なく好きだと言われ、反射的にぎゅっと目を閉じる。
「シズちゃ、っ、あ、あぁ、もう……で、る、んっ、ぅう……あ、ぁ、ふぁ、っ、んうぅうう!!」
今までで一番大きな声を出して叫ぶと、勢いよく腹の辺りが汚れた。しかしそんなことよりも、短い呻き声を漏らし中でシズちゃんが一度ビクンと震え、その後二度三度と脈打つ。するとじんわりとあたたかい何かが注がれるような不思議な感触がして、出されたと認識する。
お腹もどろどろで、後孔の奥もどろどろだ。まだ射精の余韻が抜けず息を荒くついたままぼんやりしていると、急に視界がブレた。
「えっ、あ!ふっ、うぅ、く……」
「どうだ、これで満足か?」
* * *
「ぐりぐり、っ、気持ちい、ぃ……好き、好き、シズちゃ、ぁ、あんっ……もっと、して、激しく犯してぇ」
スラスラと言葉が口から出るのは、待っている間もシズちゃんのことしか考えてなくて、誰も居ないから余計にしゃべっていたのだ。本心を。
好きで好きでたまらないのと、昨日よりも乱暴に犯して欲しいと。バカみたいに、二人でするセックスしか頭に無かったから、帰って来てくれてすぐにさわられもしなかったのは胸が痛かった。
「さわって、ぇ、乳首も、舐めて、イかせてよ……いっぱい、ぐちゃぐちゃに、して……ぁ、ふぁ、奥まで」
遂には性器の先から先走りの透明な粘液がとろとろとこぼれ始めて、めくれあがったエプロンを汚していく。喘ぎも荒くなり、あと少しで達してしまいそうだとわかる。
固定していた玩具から指を離して、恐る恐る熱い塊に指の腹を押し当てる。早く、早くと気持ちは焦るのに、まだこの感覚を味わっていたいという相反する欲求のせいで一押しが踏み切れない。
「うぁ、っ、んぅ……もう、いいかな?いいよねぇ、あ、んぁ……出して、イきたいっ、我慢でき、ない……はぁ、っく」
困惑そのままを口にしながら、意を決して自身にわざと爪を立てて引っ掻く。痛むほどではないが、急激な刺激に腰がビクビクと跳ねた。
玩具を深い所まで押しこみ、目を瞑って唇を噛む。前と後ろからの同時の心地よさに、一気に愉悦が回ってきて弾けた。舌っ足らずに叫びながら絶頂を迎える。
「ひっ、ぁ、んぁあっ!うぁ、っ、あ、熱いの出てるっ……汚れて、ぇ、あ、やだぁ、怒られちゃ、うぅ、ぁ……でも、きもち、ひ、ぁ、あ、く!!」
勢いよく床を汚したところで、少しだけ冷静になりこれでは勝手に自慰をしたことがすぐにバレると背筋が震えた。でも勢いは止まらず、日中ずっと我慢していた衝動をすべて吐き出そうとする。
ようやく息をついて寝転がり、脱力した体を無理矢理起こし四つん這いというみっともない格好のまま数歩進んだ。急にそうしたのは、一人で達してわかったことがあるからで。
「はぁっ、は……足りないっ、ぁ、シズちゃんの、がいい……早く、っ欲し」
ボソボソと呟きながら台所に向かうが、やはり途中で止まってしまう。なんとか進みはしたが、強引にした為に二度目の射精を迎えそうなほど敏感に全身が反応していた。迷うことなく再び玩具に指がふれて、同じことを何度か繰り返さなければいけないんだと悟る。
しかも快感はさっきよりも強くて、この場で二回ぐらい出してしまいたい欲求にとらわれた。シズちゃんのがいいけれど、しょうがないから。出さないと進めないからと懸命に言い聞かせて、もう一度バイブで擦りあげようとした時。
「おい臨也ッ!」
「ふあっ!?」
すぐ傍で怒鳴り声が聞こえて、びっくりしてしまいおもわずバイブを強く捻じ込んでしまう。シズちゃんにバレたというパニックと、望んでいた衝撃に目の前が真っ白になる。
「いっやぁ、あ、あぁあっ!あぁ、あ、見ないで、やだ……ぁ、あ、んぁ、っシズちゃ、ぁ、ごめ……っ、ひっ、う!」
「びっくりしてイくとか手前どうしようもねえな。ったく」
「うぁ、あっ、ぁ……ごめん、ごめんなさっ、あ、とまんな、い、っ……はぁ、ああ!」
「あー……泣くなって。その姿でおもいっきり泣かれると俺がすげえ悪いことしてるみてえじゃねえか」
床に向かって勢いよく白濁液をこぼし、視界を涙でいっぱいにしながら見あげると、シズちゃんが気まずそうな表情をしていた。だけど俺は自分の事に精一杯で、壊れた人形のように謝罪の言葉を延々口にする。
そのうちバレることだとなんとなくわかっていたのに、羞恥心と背徳感の狭間で迷いやめられなかったのだ。まだ腰はそわそわと揺れ続けている。
「ほら臨也」
「っ、ひぅっ、く……ぁ、うぁ、シズひゃ、んっ……え?」
しょうがないな、と呆れるように言ったシズちゃんに肩を掴まれ上半身を起こされる。まだ頬は濡れたままだったが、しっかりと瞳が合ってすぐに背中に手を回されて抱きしめられてしまう。
驚きで一瞬息が止まった。口を無様にぽかんと開けて動揺していると、耳元で囁かれる。
「悪かった、もう遊びは終わりだ。奴隷なんて言わねえよ。手前は俺の恋人だろ?」
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