2011-04-08 (Fri)
*拍手連載
静雄×臨也
臨也が自分の願いを叶える為に静雄と一緒に暮らす話 切ない系
* * *
「今日は帰ってやがったのかよ」
「あれ?なんか怒ってる?せっかくシズちゃん一人の快適空間だったのに、それは悪かったねえ」
「白々しいんだよッ!手前知ってんだぞ!幽に……俺の弟に会ってたって、どういうつもりなんだよッ!!」
荒々しい声が事務所中に響き渡り、自分のパソコンの前に座っていた俺にまでしっかりと煩いぐらいに届いた。久しぶりに暴れだしそうな雰囲気を全身から醸し出していたので、俺は嗤った。
わざとらしくニッコリと、シズちゃんが大嫌いないつもの笑みを浮かべ、大袈裟に身振り手振りをしながら話し始めた。
「別にいいじゃないか。俺だって幽くんと仲良くしたかったんだけど、何か気に入らなかったかな?」
「口止めしやがったのはそっちじゃねえか!いくら聞いても幽は手前と何を話したか教えてくれねえし、大したことないって言いやがる。でも俺にはわかんだよ、ぜってえとんでもねえこと企んでんだろうが!言いやがらねえと…」
「殴るの?俺を暴力でねじ伏せるっていうの?ナイフも無くて抗うことのできない俺を一方的に殴るんだ?」
俺はわざとシズちゃんが痛いと思っているところをついてやった。するとぐっと喉に詰まり、暫くお互いの間に沈黙が訪れた。
幽くんには一日一緒に過ごした次の日に朝一番で会って、話をつけた。当然わかってて、口止めまでした。そこに何ら嘘は含まれてはいない。向こうも協力してくれると、確かに言ったのだ。
そしてとんでもないことを企んでると指摘されたが、確かにそれも間違ってはいなかった。直接的に巻きこんではいないが、シズちゃんにとってはとんでもないことを告げていたから。
でもまだそれを知られるわけにはいかない。本当の事は全部、最後でいいのだ。それまで隠し通すつもりで、だからこのタイミングで幽くんに中途半端に俺と会ったことだけは教えていいと許可したのだ。
こうやって、喧嘩をする為に。急激に縮まっていた距離をまた広げる為に、そうしたのだ。
急に仕事を休んだ俺は怒られて三日も帰れなかったうちに、向こうは勝手にいらいらを募らせてくれて、こっちが仕掛けなくてもうまい具合に乗ってくれた。
だから、俺の筋書き通りではここで思いっきり殴りかかってくる、と読んでいた。俺だけは例外だから、殴ると掴みかかってくると。けれど。
「クソッ、うるせえんだよ!もうこれ以上怒らせんな、顔も見たくねえ」
そう吐き捨てた後に、黙ったまま二階にあがっていって寝室の扉を乱暴に閉めた。俺はそれを見つめながら呆然としていた。そのままの体勢で数分は動けなくて、やっと落ち着いてポツリと言った。
「殴らない…んだ?」
ある意味ショックだった。てっきり暴力に訴えてくると思っていたし、こっちもその覚悟はあった。でも向こうは別の事を口にした。
顔も見たくないと、言葉で傷つけてきた。まさかそんなことを言って来るなんて考えてもいなくて、深く深く心が抉られた。冷静に俺が一番言われたくない方法で、言葉で攻めてきたのだ。
「なかなかやるじゃないか」
そう気丈に口にしてみたものの、全身が急激に震えそうなぐらい寒くなった。だるい体を叱咤していつものように振る舞っていたのだから、無理もないのかもしれない。
いつもと同じように毛布だけを出してきてそのままソファに横になった。そうしてやっと、気を張っていて昂ぶっていた緊張を緩めた。怒らせるのには成功したから、これでよかった。
俺の心にはわだかまりが残ったけれど、成功したのならよかった。
始めから貸しなんて返す気もなく、勝手に約束だけした。前日に休みを取ってと言ったのは、下手に動かれると困るからだ。大人しくしているとは思えないしこの調子だと休みを撤回するかもしれないが。
「大丈夫だよ、あと少しで顔なんて見なくて済むから。君の願いも叶って、俺の願いも叶うんだ」
散々悩んで自分から突き放した癖に、胸がキリキリと痛んでいる。でもこんな苦しみなんて、もう昔からずっと慣れていた。何度も何度も味わってきていたので、今更だった。
忘れられたらいいのに、と思うこともあったけれど結局できなかった。もし忘れられていたら別の未来があったのかもしれないのに、結局そっちは選ばなかった。俺自身のせいだ。
「疲れた」
頭から布団を被りながら口にした言葉は、ここ数日の仕事に対するものだったのか、長年一人で抱えてきた想いへのものだったのか。あるいはそのどちらもだったのか。
そうして俺はまた二日程家を空けた。やっと戻ってきた時には、帰れたことが夢じゃないかと思えるぐらい現実味を失っていた。でもこれで、俺が死ぬ為のお膳立ては全部できた。
あとはほんの少しだけ残っていることを片づけて、それで明日一日逃げ回ってと考えながら手を動かした。
「はぁ…ほんとに俺はあさって死ねるのかな」
ポツリと呟きながら、持っていたペンを一度置く。今でもまだ不安だった。既に俺を殺そうと画策している奴らも、証拠のメールだとかそういうものも確認した。でも未だに信じられなかった。
頭を机の上に乗せて、視線を目の前の紙の上に走らせた。仕込みは充分で、完璧だったがまだギリギリのところで迷っていた。真実を話すとは約束したけれど、本当にまだシズちゃんがそれを求めているかどうか。
でもやっぱり約束は約束で、だったらしょうがないかと気を取り直して体を起きあがらせた。
「あ…れ?」
直前の記憶が完全に抜け落ちていて、目を見開いた時に、そういえば前にもこんなことがあったなんて思い出しながら口元をゆるめた。
とりあえずゆっくりと寝落ちるまえのことを思い返して、最後の仕掛けを終えたので少しだけソファで横になったことが蘇ってきた。しかしこの見慣れた天井は事務所ではなく、自室のもので。
どうしてかわからないが、ベッドに寝かされているようだった。だから瞬時に、俺は失敗したんだと悟ってしまった。ほんの少しの気の緩みで。
「ははっ、やだなあ。手が縛られてんだけど」
声は冷静だったが、頭の中は真っ白で焦っていた。いや実はこの可能性も考えないわけではなかったけれど、あんだけ派手に喧嘩をしていたら無いだろうと思っていたのだ。
やっぱりどこまでも俺の思い通りにはいかないんだと歯噛みしながら、手首に括られている紐をほどこうと体を起こしてもがいていた。すると突然、派手な音を立てて扉が開かれた。
「やっと起きやがったのか?いつまで寝てんだ臨也くんよお」
「人の寝こみを襲った癖に何言ってんの?これって反則技じゃないのかな」
「顔も見たくねえとは言ったが、逃げろとは言ってねえんだよ俺は。放っておいたら勝手にどこか行きやがるから、もう逃げられねえようにしただけだ。何もおかしくはねえだろ?」
今にも俺の事を殴りそうな鋭い視線で睨みつけたまま、堂々とそう言ってきた。これって監禁って言うんだけど、と教えてやってもよかったけれど刺激するのはやめておいた。
正直もうシズちゃんのことをからかう気力もあまりなかったし、本当なら会わないつもりだった。だからすごく複雑で、やたら心の中は冷え切っていた。
「で、どうするの?っていうか今何時だよ……でもシズちゃんが帰ってて、起きてるってことはもしかして」
「手前が休み取れつったんだろうが、さっさと起きやがれ」
「うわっ、そんなに寝てたの?はあ、もうしょうがないな。わかったから、逃げないから、とりあえずシャワー浴びさせてよ体気持ち悪いし」
ぼんやりとシズちゃんは下の階のソファで寝たのだろうかと考えながら後ろを向いて、縛っている手の部分を突き出して外せという意思表示をした。
半分は期待していなかったのだが、すぐに近づいてきていとも簡単に縄を引きちぎった。とりあえず固定されていて痛くなっている腕をぶらぶらさせてみると、縄の痕が残ってしまっていた。
「ちょっと、どうすんだよ!こんな跡残してくれちゃってさあ、明日…」
おもわず文句を口にしかけて、慌てて噤んだ。
明日死ぬのにこんな跡が残ってたら、誤解されるじゃないかと言いたかったのだが。もう後は明日を迎えるだけだと気が緩んでいたことだけは、認めざるを得なかった。
向こうは途中で言葉を切った俺に対して怪訝な表情をしていたが、その視線を振り払うように脱衣所に歩いて行った。しかし。
「なんでついてくるの?」
「逃げるからだろうが。ここで待っておいてやる」
「いやあのさ、せめて外出ててよ。そんなに俺の裸が見たいわけ?やだシズちゃんのエッチ」
洗面台の前に立って上着を脱ぎながらそう言ったが、全く動く気配はなかった。それがなんだか癪でもう一度出てけよ、と告げたがまるで無視をされてしまう。
俺が何を考えているか知らない癖に生意気だと吐き捨てたいのを堪えて、さっさと全裸になって風呂場に入って行った。そうしてやっと一人になったところで、体に跡がついてなくてよかったと安堵した。
全身に酷い情事の跡が残っていたのは最初だけで、その後はやめてくれと言っていたからだ。そうしておいて本当によかったと、今更ながらにぞっとした。
多分俺の死んだ後の姿は見なくても、状態とかそういうことはもし見つかれば伝えられるだろう。だからいずれはバレるのだが、真相の全部を話す気なんてこれっぽっちもなかった。
うわべだけでも充分に伝わるし、こんなことは知らない方がいい。誰かの為に役に立つという仕事が、不特定多数の男限定に役立つような仕事だなんて言えるわけがないのだ。
シャワーのノズルを捻ってお湯を流しながら、もし知ったとしたら絶対シズちゃんなら卒倒するだろうと鼻で笑った。だって未だに童貞で、風俗にすら行ったことがないのは知っている。
「それに、好きの意味もわからないバカなんだからさ」
ボソリと呟きながら頭からお湯をかけて汗を流し始めた。
本当に明日だなんて実感が沸かないなと微妙な笑いを浮かべながら、排水溝にお湯が流れていくのを暫く眺め続けた。今日なんか早く終わってしまえ、と心の中だけで思った。
※続きの10話目は拍手に載ってます PCだと右側の拍手の方です
静雄×臨也
臨也が自分の願いを叶える為に静雄と一緒に暮らす話 切ない系
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「今日は帰ってやがったのかよ」
「あれ?なんか怒ってる?せっかくシズちゃん一人の快適空間だったのに、それは悪かったねえ」
「白々しいんだよッ!手前知ってんだぞ!幽に……俺の弟に会ってたって、どういうつもりなんだよッ!!」
荒々しい声が事務所中に響き渡り、自分のパソコンの前に座っていた俺にまでしっかりと煩いぐらいに届いた。久しぶりに暴れだしそうな雰囲気を全身から醸し出していたので、俺は嗤った。
わざとらしくニッコリと、シズちゃんが大嫌いないつもの笑みを浮かべ、大袈裟に身振り手振りをしながら話し始めた。
「別にいいじゃないか。俺だって幽くんと仲良くしたかったんだけど、何か気に入らなかったかな?」
「口止めしやがったのはそっちじゃねえか!いくら聞いても幽は手前と何を話したか教えてくれねえし、大したことないって言いやがる。でも俺にはわかんだよ、ぜってえとんでもねえこと企んでんだろうが!言いやがらねえと…」
「殴るの?俺を暴力でねじ伏せるっていうの?ナイフも無くて抗うことのできない俺を一方的に殴るんだ?」
俺はわざとシズちゃんが痛いと思っているところをついてやった。するとぐっと喉に詰まり、暫くお互いの間に沈黙が訪れた。
幽くんには一日一緒に過ごした次の日に朝一番で会って、話をつけた。当然わかってて、口止めまでした。そこに何ら嘘は含まれてはいない。向こうも協力してくれると、確かに言ったのだ。
そしてとんでもないことを企んでると指摘されたが、確かにそれも間違ってはいなかった。直接的に巻きこんではいないが、シズちゃんにとってはとんでもないことを告げていたから。
でもまだそれを知られるわけにはいかない。本当の事は全部、最後でいいのだ。それまで隠し通すつもりで、だからこのタイミングで幽くんに中途半端に俺と会ったことだけは教えていいと許可したのだ。
こうやって、喧嘩をする為に。急激に縮まっていた距離をまた広げる為に、そうしたのだ。
急に仕事を休んだ俺は怒られて三日も帰れなかったうちに、向こうは勝手にいらいらを募らせてくれて、こっちが仕掛けなくてもうまい具合に乗ってくれた。
だから、俺の筋書き通りではここで思いっきり殴りかかってくる、と読んでいた。俺だけは例外だから、殴ると掴みかかってくると。けれど。
「クソッ、うるせえんだよ!もうこれ以上怒らせんな、顔も見たくねえ」
そう吐き捨てた後に、黙ったまま二階にあがっていって寝室の扉を乱暴に閉めた。俺はそれを見つめながら呆然としていた。そのままの体勢で数分は動けなくて、やっと落ち着いてポツリと言った。
「殴らない…んだ?」
ある意味ショックだった。てっきり暴力に訴えてくると思っていたし、こっちもその覚悟はあった。でも向こうは別の事を口にした。
顔も見たくないと、言葉で傷つけてきた。まさかそんなことを言って来るなんて考えてもいなくて、深く深く心が抉られた。冷静に俺が一番言われたくない方法で、言葉で攻めてきたのだ。
「なかなかやるじゃないか」
そう気丈に口にしてみたものの、全身が急激に震えそうなぐらい寒くなった。だるい体を叱咤していつものように振る舞っていたのだから、無理もないのかもしれない。
いつもと同じように毛布だけを出してきてそのままソファに横になった。そうしてやっと、気を張っていて昂ぶっていた緊張を緩めた。怒らせるのには成功したから、これでよかった。
俺の心にはわだかまりが残ったけれど、成功したのならよかった。
始めから貸しなんて返す気もなく、勝手に約束だけした。前日に休みを取ってと言ったのは、下手に動かれると困るからだ。大人しくしているとは思えないしこの調子だと休みを撤回するかもしれないが。
「大丈夫だよ、あと少しで顔なんて見なくて済むから。君の願いも叶って、俺の願いも叶うんだ」
散々悩んで自分から突き放した癖に、胸がキリキリと痛んでいる。でもこんな苦しみなんて、もう昔からずっと慣れていた。何度も何度も味わってきていたので、今更だった。
忘れられたらいいのに、と思うこともあったけれど結局できなかった。もし忘れられていたら別の未来があったのかもしれないのに、結局そっちは選ばなかった。俺自身のせいだ。
「疲れた」
頭から布団を被りながら口にした言葉は、ここ数日の仕事に対するものだったのか、長年一人で抱えてきた想いへのものだったのか。あるいはそのどちらもだったのか。
そうして俺はまた二日程家を空けた。やっと戻ってきた時には、帰れたことが夢じゃないかと思えるぐらい現実味を失っていた。でもこれで、俺が死ぬ為のお膳立ては全部できた。
あとはほんの少しだけ残っていることを片づけて、それで明日一日逃げ回ってと考えながら手を動かした。
「はぁ…ほんとに俺はあさって死ねるのかな」
ポツリと呟きながら、持っていたペンを一度置く。今でもまだ不安だった。既に俺を殺そうと画策している奴らも、証拠のメールだとかそういうものも確認した。でも未だに信じられなかった。
頭を机の上に乗せて、視線を目の前の紙の上に走らせた。仕込みは充分で、完璧だったがまだギリギリのところで迷っていた。真実を話すとは約束したけれど、本当にまだシズちゃんがそれを求めているかどうか。
でもやっぱり約束は約束で、だったらしょうがないかと気を取り直して体を起きあがらせた。
「あ…れ?」
直前の記憶が完全に抜け落ちていて、目を見開いた時に、そういえば前にもこんなことがあったなんて思い出しながら口元をゆるめた。
とりあえずゆっくりと寝落ちるまえのことを思い返して、最後の仕掛けを終えたので少しだけソファで横になったことが蘇ってきた。しかしこの見慣れた天井は事務所ではなく、自室のもので。
どうしてかわからないが、ベッドに寝かされているようだった。だから瞬時に、俺は失敗したんだと悟ってしまった。ほんの少しの気の緩みで。
「ははっ、やだなあ。手が縛られてんだけど」
声は冷静だったが、頭の中は真っ白で焦っていた。いや実はこの可能性も考えないわけではなかったけれど、あんだけ派手に喧嘩をしていたら無いだろうと思っていたのだ。
やっぱりどこまでも俺の思い通りにはいかないんだと歯噛みしながら、手首に括られている紐をほどこうと体を起こしてもがいていた。すると突然、派手な音を立てて扉が開かれた。
「やっと起きやがったのか?いつまで寝てんだ臨也くんよお」
「人の寝こみを襲った癖に何言ってんの?これって反則技じゃないのかな」
「顔も見たくねえとは言ったが、逃げろとは言ってねえんだよ俺は。放っておいたら勝手にどこか行きやがるから、もう逃げられねえようにしただけだ。何もおかしくはねえだろ?」
今にも俺の事を殴りそうな鋭い視線で睨みつけたまま、堂々とそう言ってきた。これって監禁って言うんだけど、と教えてやってもよかったけれど刺激するのはやめておいた。
正直もうシズちゃんのことをからかう気力もあまりなかったし、本当なら会わないつもりだった。だからすごく複雑で、やたら心の中は冷え切っていた。
「で、どうするの?っていうか今何時だよ……でもシズちゃんが帰ってて、起きてるってことはもしかして」
「手前が休み取れつったんだろうが、さっさと起きやがれ」
「うわっ、そんなに寝てたの?はあ、もうしょうがないな。わかったから、逃げないから、とりあえずシャワー浴びさせてよ体気持ち悪いし」
ぼんやりとシズちゃんは下の階のソファで寝たのだろうかと考えながら後ろを向いて、縛っている手の部分を突き出して外せという意思表示をした。
半分は期待していなかったのだが、すぐに近づいてきていとも簡単に縄を引きちぎった。とりあえず固定されていて痛くなっている腕をぶらぶらさせてみると、縄の痕が残ってしまっていた。
「ちょっと、どうすんだよ!こんな跡残してくれちゃってさあ、明日…」
おもわず文句を口にしかけて、慌てて噤んだ。
明日死ぬのにこんな跡が残ってたら、誤解されるじゃないかと言いたかったのだが。もう後は明日を迎えるだけだと気が緩んでいたことだけは、認めざるを得なかった。
向こうは途中で言葉を切った俺に対して怪訝な表情をしていたが、その視線を振り払うように脱衣所に歩いて行った。しかし。
「なんでついてくるの?」
「逃げるからだろうが。ここで待っておいてやる」
「いやあのさ、せめて外出ててよ。そんなに俺の裸が見たいわけ?やだシズちゃんのエッチ」
洗面台の前に立って上着を脱ぎながらそう言ったが、全く動く気配はなかった。それがなんだか癪でもう一度出てけよ、と告げたがまるで無視をされてしまう。
俺が何を考えているか知らない癖に生意気だと吐き捨てたいのを堪えて、さっさと全裸になって風呂場に入って行った。そうしてやっと一人になったところで、体に跡がついてなくてよかったと安堵した。
全身に酷い情事の跡が残っていたのは最初だけで、その後はやめてくれと言っていたからだ。そうしておいて本当によかったと、今更ながらにぞっとした。
多分俺の死んだ後の姿は見なくても、状態とかそういうことはもし見つかれば伝えられるだろう。だからいずれはバレるのだが、真相の全部を話す気なんてこれっぽっちもなかった。
うわべだけでも充分に伝わるし、こんなことは知らない方がいい。誰かの為に役に立つという仕事が、不特定多数の男限定に役立つような仕事だなんて言えるわけがないのだ。
シャワーのノズルを捻ってお湯を流しながら、もし知ったとしたら絶対シズちゃんなら卒倒するだろうと鼻で笑った。だって未だに童貞で、風俗にすら行ったことがないのは知っている。
「それに、好きの意味もわからないバカなんだからさ」
ボソリと呟きながら頭からお湯をかけて汗を流し始めた。
本当に明日だなんて実感が沸かないなと微妙な笑いを浮かべながら、排水溝にお湯が流れていくのを暫く眺め続けた。今日なんか早く終わってしまえ、と心の中だけで思った。
※続きの10話目は拍手に載ってます PCだと右側の拍手の方です