ウサギのバイク ひと夏の恋
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2012-10-09 (Tue)
inf61
「ひと夏の恋」
静雄×臨也/小説/18禁/A5/76P/700円


来神時代の夏休みに臨也がからかう為に静雄に告白するがあっさりと受け入れられ夏休みの間つきあうことになる
しかしいつの間にか本気で好きになってしまい別れたくないと思うようになるがとうとう夏休み最後の日になって・・・
来神時代の静雄と臨也がプリクラ撮ったり、弁当持って遊びに行ったり喧嘩して臨也がいじけて酔っぱらったいちゃいちゃしてる癖にすれ違ってる夏の話

表紙イラスト ひのた 様
niyari

虎の穴様通販

続きからサンプルが読めます

* * *

「えっ?どういうことだい?」
「だから俺、シズちゃんと夏休みの間だけつきあおうかなって思って」

きっといつものように興味を示さないだろうと思って話し掛けたのに、眼鏡を掛けた友人は目を丸くしていた。いつも同居人の話ばかりされていたし、今日も久しぶりの登校だというのに延々彼女のことばかりだったのでつい口にしてしまったのだ。
これから実践する、シズちゃんへの嫌がらせの事を。

「高校三年の最後の夏休みに、何か面白いことをしたいなって考えてたんだ」
「もう八月過ぎてるけど」
「それはね、ずっと補習ばかりしてたシズちゃんに気を遣ってあげてたの」
「君が用もないのに毎日学校に現れる、って静雄怒ってたけど?」
「無事終わったみたいだし、これから楽しい夏休み。だから俺が一人で寂しく過ごしている彼に、ひと夏の淡い経験をさせてあげるんだ」

驚いてる割には意外と冷静に突っこんでくる新羅に、少しがっかりする。それよりも、俺とは久しぶりなのにシズちゃんとは休み中にも会ってるのかと妙な気分になった。

「それ、静雄に断られたら終わりじゃないか」
「やだなあ、そんなことさせないよ。脅してでもつきあわせてやるんだから」
「高校最後の夏休み、暇してるんだね臨也」

真実を言えば新羅の言う通りだった。卒業後は大学に進学するつもりだが、受験勉強は必要ない。大学に入れば情報屋として本格的に働きたいが、今はいくら頑張ったところでガキが何を言っているんだと舐められていることばかりだ。
他校の生徒をけしかけてシズちゃんを襲わせる、という遊びは一通りやり尽くした。ほぼ全員病院送りになっていて、あまりに連続で続いているので妙な噂も立っている。
来神高校の平和島に関わると碌なことにならないと。金を払えば襲ってくれるいつもの連中も尻込みするぐらい、派手にやり過ぎてしまった。

「とにかくさあ、いいから今夜の肝試しにシズちゃん連れて来てよ」
「どうして僕が?」
「明日の東京湾花火大会で綺麗な花火が見れる部屋、譲ってあげるよ。しかもヘルメット被ってる怪しい人間でも、余計な詮索はしないはずだ」
「驚いた。臨也って本当に物覚えがいいんだね。休みの前に言ってたこと、覚えてたんだ」
「そりゃあ、去年もその前も煩く言っていたからね。どうせ大学に入ったら忙しくなるんだし、楽しめばいいだろ?」

新羅に差し出した封筒の中には、知らない人間の名前で宿泊予約されているホテルの地図だった。これも俺が情報屋としてある程度名が知られてきたから、取ることができたのだ。
地道に人脈を作り、どうでもいい仕事だろうがなんでも引き受けてきた。目指している職業は、コツコツとした努力が必須なのだから。
今回のことも、将来の仕事の為の第一歩になる挑戦だ。仇敵の平和島静雄を騙して、自分のものにするという不可能に近いもので。

「わかった、今夜はちゃんと静雄を連れて行くよ。それより一つ言いたいんだけど、肝試しに誘えないのに告白なんて……本当にするのかい?」
「頑張るよ。プランは考えてあるから」

笑ってみせると、今日は一段と人を馬鹿にした顔してるよと言われてしまった。だけどその時俺は、余裕だったのだ。数時間後には逆転するなんて、知らず。

* * *

「どうして手前なんかと一緒に……」
「しょうがないだろ?くじ引きで当たりが悪かったんだから」

くじに細工をしたなんて知らないシズちゃんは、ペアの相手が俺だと知るとあからさまに顔色を変えたが、逃げることはなかった。それは事前に、どんな最悪な相手だろうが帰らないようにと釘を刺したからだ。
クラスの何人かを集めて肝試しをすることを決めたのは俺だったけど、何か楽しいことをしたいと言っていた女子達は乗り気でそれなりな人数も呼べた。まさかシズちゃんを陥れる為だけに計画したとは言えないぐらい、本格的に脅かす人や衣装だって作ったらしい。
半分以上が受験勉強で忙しかったが、塾の夏期講習ばかりで鬱憤がよっぽど溜まっていたのだろう。俺達には一切関係ないけれど。

「って、おい手前道違うぞ。こっから校舎の中入るんじゃねえのか?」
「ねえちょっとシズちゃんに話しがあるんだ。いいからこっち、来てよ」

どうせ面倒くさいと思ってるんだろ、と話し掛けると嫌だと言うと思っていたシズちゃんはあっさり俺についてきた。その時点でいつもと何か違うな、と感じたのだが気にせず人気の無い夜の裏庭に連れて行く。
そして予定通り、言ったのだ。

「ねえシズちゃん。俺とつきあって欲しいんだけど、いいかな?」
「いいぞ」
「うん、それでね……って、えっ?今なんて言った?」
「ああっ?だから、その、手前とつきあっていいっつったんだけど悪かったか?」

開いた口が塞がらない、とはこのことだ。あまりのことに聞き間違いかと驚いたが再度言われて目を見開く。用意していた脅し文句が一瞬にして頭の中から消えて、真っ白になった。
逆にどうしたらいいかわからない。あっさりと頷くなんて想定外すぎて困ってしまう。

「意味ちゃんと、わかってる?」
「ああわかってるぞ。恋人ってことだろ?」
「そう……そう、なんだけど……えっ、なんで?どうしてあっさりオッケーしたの?」

仕方がないので動揺は隠さずにそのまま詰め寄ると、なぜか俺が睨まれる。慌てて口元に笑みを浮かべ取り繕った。

「悪いのか?」
「いや、だってシズちゃんもっと怒るかと思ってさあ」
「そうだな手前が嘘ついてんなら怒るぞ」
「えっ?」

ギクリとした。だって好きでもないのにつきあうと言っているのだから。シズちゃんを陥れる為だ、なんて教えられないしそういう意味では嘘をついている。
さすが侮れないな、と内心毒づきながらわざとらしく首を左右に振った。そして近くまで寄る。

「嘘ってなんのこと?」
「俺に嫌がらせしたいだけで言ってんなら、今のうちに暴露しろよ」
「そんなわけないだろ?やだなあ」

実は嫌がらせしたいだけなんだ、大当たりだねと素直に言えるわけがない。これはもう最後の最後にネタばらしをしたら絶対に怒られると思ったが、今更引くわけにはいかなかった。
ため息をついて右手をぎゅっと握る。同姓なのにやり過ぎでは、と一瞬思ったけどきっとこれぐらいの方がいい。一度決めたら完璧に騙して恋人同士を演じてやる、と心の中ではっきり決めた。

「話できてよかったよ。こういう機会でもないと、聞いて貰えなかったし」
「そりゃあ手前がいろいろ仕掛けてくんのが悪いんだろうが」
「えー?俺は何もしてないけど」

腕はやはり、シズちゃんからも振りほどかない。その気があるのなら、ふれた時に拒絶されるはずだ。まさか本当に、俺のことが好きなのではとびっくりしてしまう。
だから確認する為に、真正面から尋ねた。どう思っているのか。

「シズちゃんは、俺のこと好きなの?」
「ああ、好きだ。手前は?」
「えっ?も、ちろん好きだけど?好きじゃないとつきあおうなんて言わないよ」

一瞬の揺らぎも無く即答されて、しかも今度は俺の方が尋ねられる。なんで、どうして、と混乱しながらなんとか平静を装い告げた。
好きだ、という嘘を。まったくこれっぽっちも好きじゃないし、同姓なんて冗談じゃない。おくびにも出さずに返事はしたが、後に引けなくなったことをコッソリと舌打ちする。

「嘘くせえ」
「はあっ!?それを言うなら君だって、今まであんなに暴力振るってきて、何の謝罪もなく好きだって言うのおかしくない?」
「なにがおかしいんだ。手前も好きな奴をナイフで刺したりすんのか?おかしいだろ、謝れ」

渾身の嘘を、嘘くさいと指摘されて一気に怒りが頂点を超えた。怒鳴りながら鋭く睨みつけると、シズちゃんにも同じように睨み返させる。
そのままいつもの喧嘩が始める、と思っていたのだが近くで悲鳴が聞こえて互いに肩を揺らす。そういえば肝試しに参加していたことをすっかり忘れていた。

「……なあ、手前今すげえびっくりしてなかったか?」
「は?だからなに?」
「実は幽霊苦手なんじゃねえの」
「そんなわけないだろう。バカバカしい」

肩を竦ませて笑ってみたが、半分当たっていた。幽霊なんて見たことはないが、妖精や似たような類のものが居るので存在はしているのだろう。否定はしない。
ただ実際に見たことはないので、どういうものなんだろうと好奇心はあるが探ろうとは思わない。なにより見えないものは信じない。人以外に興味は無いのだ。
だから目にしたことがないから苦手、という意味では当たっている。ただ肝試しのように、急に現れて大声で怒鳴られることは慣れている。シズちゃんから逃げている時は、いつもそうだから。

「じゃあさっさと学校の中行って、取って来ようぜ」
「は?なに……を?」
「だから肝試しって三階の教室に置いてるもんを取って戻れば終わりなんだろ?」
「肝試し続ける気なの?」
「俺らが戻らなかったら他の奴らに迷惑掛けるだろうが。行くぞ」

今度は逆にシズちゃんが俺の手を掴み引っ張り歩く。その姿に何度も目を瞬かせた。夢なんじゃないかと。
男らしいというかかっこいい、とほんの一瞬だけ感じたことは黙っておく。異性じゃないんだから守って欲しいなんて思わない。だけど心細い気持ちが和らいで、今なら幽霊に出会っても大丈夫だろうなと感じる。
なんだか不思議な気分だった。夏休みの登校日として朝顔を合わせた時は、普通に殺伐とした喧嘩をしたというのに、手を繋いでいる。
つきあってくれ、好きだ、という言葉だけで。なぜか胸がもやもやした。

「本物の幽霊見つけたら、教えてやるよ。ビビってる手前の顔見てみてえ」
「じゃあもしいたら、シズちゃん俺の為に幽霊やっつけてよ。ね?」
「そうだな、幽霊ぶん殴った後に手前も殴ってやる」
「うわー怖いねえ」

話ながら元のルートに戻り、校舎内に侵入する。三階の教室にさえ辿りつけばいいのだが、決められたルートを通らなければならない決まりになっていた。
当然のように地図を持っていないシズちゃんは逆の方に歩き始めたので、服を引っ張り止める。反対側だよ、と。すると慌てて方向転換して、早足で歩き始めた。

「間違ってたねえ、やーい」
「いちいち人を怒らせて楽しいか」
「楽しい……ッ!?」

しゃべりながら廊下を歩いていると、突然知らない教室の入り口が音を立てて開いたのであからさまに驚く。頭の中で過去に妹達から受けた残酷な悪戯のトラウマが、一瞬頭をよぎる。
まだ小学生なのに、随分と酷い目に遭わされた。だから女性が声をあげて人を驚かせるように叫ぶ声色は、苦手だったのだ。しかし。

「えっ!?折原君と、平和島君……ど、どうしたの!?」
「は?」

俺達二人の姿を見た途端、白い布を被っていた女性は逆に驚きの悲鳴をあげた。そして顔を出して、俺達のことをまじまじと見つめる。その時になってようやく、手が繋がれていることに気づいた。

「いや、これは……」
「俺がこいつを、捕まえたんだ」
「は!?シズちゃんなに言って……?」
「だから気にすんな」
「はあ……平和島君、捕まえられてよかったね」

明らかに女生徒は怯えていた。それもそのはずだ。滅多にしゃべることないシズちゃんが、少し興奮気味に話し掛けてきたからだ。
精一杯良かったね、と言ったものの顔はひきつっている。なのに全く気づいていない本人は、なぜか嬉しそうに言った。

「おう、ありがとよ。あんたも脅かすの頑張れ」
「う、うん」

呆然としている俺を置いて、軽く手を振るとそのまま何事もなく歩き出した。暫く驚きで黙っていたが、なぜか胸がもやもやして顔を顰める。
これまであんなに一般人と話しているところなんて、見たことが無い。一体どうして急に変わったのか、と疑問に思った。俺を捕まえた、と言ったけれど別に捕まったつもりはないんだけどと言いかけて。

「お前ら二人、なにやってんだ!?」
「あー……いちいち説明するの面倒だな。いいから俺らのことは放っておけ」
「折原はどうしたんだ?捕まえたのか?」
「そうか、こうすりゃあいいのか」

次に現れたのは男子生徒で、さっきとは違いいつも俺と喧嘩しているような形相で鋭く見つめた。しかしなにやら面倒くさそうに顔を顰めていて、何を考えているのかさっぱりわからない。
だが急に手を離し、俺の腰を掴んだかと思うと体が浮いた。そして体が反転して、いきなり地面が見える。

「ちょ、ちょっとなにシズちゃん!?」
「悪いな、早く帰りてえんだ。邪魔するなよ」
「えっ?あ……はあ」

肩に担がれたのだとわかって慌てて暴れたが、当たり前のようにびくともしなかった。そして片手をあげると、また先に進んで行く。俺には意味が解らなかった。
ただ何か急いでいるような気がして、情けなくもシズちゃんの肩の上で動けないまま耳を摘まんでやる。そして息を吸いおもいっきり怒鳴った。

「なにしてんだよッ!!」
「うわあっ!?うるせえ、耳元でしゃべんじゃねえノミ蟲が!!」
「早く降ろせよ!こんなの恥ずかしい、っていうか俺がシズちゃんに負けて捕まったみたいで嫌なんだけどさあ」
「負けたんじゃねえのか?」
「え?」

とにかく早く降ろせ、と言ってやったのに話が変な方向へと進んでしまい口をぽかんと開けた。何か解釈の間違いをしている、と。

「負けた、って何が?」
「手前は俺がすげえ好きで、でも今まで言えなかったんだろ?だけどもう我慢できなくなって告白してきた、ってことは、負けたってことだよな」
「はあ?なに、言ってんの?意味わかんないんだけど。いいから降ろせって!!」

言われてなんとなく意味を理解した。俺がシズちゃんに告白した。それをなぜか負け、だと解釈したらしい。
そんな話は全くしていないし、なによりこっちは脅して弄ぶつもりで告白したのだ。意図がまるっきり違う。勝ち負けなんて関係していない、と口を開こうとして。

「負けだろ。手前今までぜってえ、俺にこうやって捕まったことねえのに逃げもしなかった」
「えっ?ああ、いやそれは……」
「本気で嫌だったらもっと抵抗してるし、今日はナイフ出してねえだろ。だから俺にこうやって担がれるの、悪くねえって思ってる」
「だからなに勝手に……っ!!」
「臨也が、すげえ俺に惚れてんのはわかった。だからよお、さっさとゴールまで行っちまって帰ろうぜ。まだ二時間ぐらいあれば、二人っきりで遊びに行けんだろ?」
「な……っ!?」

今日のシズちゃんは頭を打ってしまってどうにかなったんじゃないか、と心配になるぐらい冴えていた。あまりにも解釈がおかしい癖に、微妙に確信をついているから困る。
逃げないのも、あまり抵抗しないのも、ナイフを出さないのも。全部シズちゃんが好きでたまらないから、らしい。俺は好きではないというのに。
勘違いしているのなら、わざわざ訂正する必要はない。だけどそれでは、俺がおもいっきりシズちゃんが好きだと肯定することになってしまうので悩む。
明日からもこの茶番を続けて最後まで遊び尽くしてやりたい。その為に、今ここで我慢すれば美味しい思いができる。一時の我慢だ、と言い聞かせて受け入れることにした。

「そ、そうだよ……っ、俺はシズちゃんのこと……す、ごく好きだから、その」
「やっぱりそうじゃねえか。じゃあこのままでいいな?」
「うぅ、っ……なんで……はあ、もういいよ」

肩に担がれていた状態なので、真正面から顔を見て言うことがなくて良かったと思った。告白した時は全く感じなかった羞恥心が、なぜか今になってじわじわと効いてきて耳が赤い。
俺の思い通りになっているのは間違いないのに、なぜか少し違う。俺がシズちゃんを翻弄するつもりだったのに、振り回されている。おかしい。
どうして、なんで、と必死に考えるが自分から好きだと言った手前、余計なことは詮索しない方がいい気がした。ただでさえ押されていて、ストレートに気持ちをぶつけてくるシズちゃんには絶対に負けてしまうと思ったからだ。
唇を噛みながら、次々とクラスメイトに妙な姿を目撃されていることは頭の隅から追い出した。後日随分と噂になってしまって、エスカレートした噂がいつの間にか真実に変わっていた。
喧嘩する程仲が悪かった二人が、つきあっていると。

* * *

「いやあびっくりしたよ。デートってどこに行くんだ、なんて言うからさ」
「クソッ、仕方ねえだろ。俺は誰ともつきあったことねえんだし」
「俺だって同姓とははじめてだけど?」

学校からはすっかり遠ざかったけれど、随分と派手に騒いでしまった。まあ今までいがみ合っていた者同士が一緒に行動してて、挙句シズちゃんがこれ以上は何も聞くな、とかやけに意味深な言葉を残したものだから今頃パニックになっているだろう。
でも暫くはそのままにさせておくつもりだ。新学期がはじまるまでは。

「この時間じゃあもうデートって言ってもゲームセンターぐらいじゃない?映画だともっと時間遅くなるし。でも俺とシズちゃんがゲームって……」
「なんだ?嫌なのか?」
「まあいいや。行ってみようか、折角なら」

どこに行くべきか少し悩んだけれど、結局ゲームセンターに決める。これが本当にシズちゃんとのデートなら、絶対に選ばないだろう。
だけど俺の目的は、恥をかかせて楽しむことだ。普段見れない顔が見れればそれでいい。だから人のまばらな店内へと入り、辺りを見渡した。

「ねえシズちゃんは、何かやってみたいゲームない?」
「おう……そう、だな」
「もしかしてさあ、君ゲーセン入ったことないのかな?初心者丸出しなんだけど」
「ああ、まあそうだな」

大体予想していた反応だが、入った途端にシズちゃんはソワソワと落ち着きなくあちこち見ては驚きの表情をしていた。標識を持ちあげたり車に撥ねられても頑丈な体をしているのだ。ゲームなんてした日には、大変なことになるのは目に見えていた。
だから近づいたことすらなかったのだろう。挙動不審な姿を見ているだけでも楽しい。さっきから同じ返事しかしていないのに気づいていないのがおかしかった。

「なにしよっか?でも今更シズちゃんと対戦ゲームしても面白くないしなあ。夢中になって壊されても困るし」
「なあこれって、あのクレーンで取ったら中のもん貰えるのか?」
「あははっ、クレーンゲームも知らないの?うわあ、そんな人間居るんだ?あっ、でも君は人間じゃないから仕方ないか」
「いちいち喧嘩売ってくんじゃねえ。いいから答えろ」

今時クレーンゲームも知らないなんて、随分と可哀そうな人生を送ってきたんだなと憐みのまなざしを向けながら笑う。はっきりとバカにしたというのに、シズちゃんは激怒することなくゲーム機のガラスに顔を寄せて中身をガン見していた。
どうやら本気らしい。しかも中にあるのが、駄菓子の詰め合わせという安っぽい物なのがいかにもシズちゃんらしい。

「じゃああれ、取ってあげようか?」
「取れんのか手前?」
「ああいうのはコツがあるんだよ。初心者の君じゃあ小銭が無駄になる」
「そこまで言うなら取ってみろよ。できなかったらぶん殴るからな」
「はあ?なにそれ横暴だなあ、まったく」

正直最近はシズちゃんの力も昔に比べて強くなり、俺はパルクールを身につけて必死に逃げ切ってはいたがまともにナイフを当てたのはかなり前だ。こういう些細な所で、自分の方が優位であると示せるのは嬉しい。
子供染みているが、年相応でいいのかもしれない。まだ高校三年生だ。俺自身は昔からやたら大人びているとか、かわいくない性格をしているなどと散々言われてきたがシズちゃんは違う。
ただの子供が必要のない力を手に入れただけだ。持っているものは異端だけれど、それ以外は普通の人間でしかない。俺の予想を裏切らない、他の人々と一緒で。

「取れんのか?」
「取れるよ。邪魔しないで静かにしててね」

百円玉を入れて横方向のレバーを押すと、明らかにドキドキしているだろうシズちゃんの声が聞こえてきてなぜか少し苛立つ。自分でもよくわからない。
ただ、これまでいがみ合っていた相手なのに、恋人に変わっても面白くないと感じたからかもしれない。こんな玩具ごときで殺し合ったことなんか忘れて、はしゃいでいるのが許せないのかもしれない。
自分のことなのに、気持ちがわからなかった。

「すげえ、引っ掛かったぞ!」
「ほらあと少しだから……」

クレーンのアームはしっかりと丸い輪っかを引っ掛けて持ちあがり、穴へと順調に進んでいく。そして予想通り下へと綺麗に落ちる。すぐさまシズちゃんが屈んで、出口に手を突っこんだ。

「おい臨也、取れたじゃねえか!!」
「そうだね。じゃあ俺はそれいらないから、君にあげる」
「えっ!?」

欲しいと頼んできたようなものだったのに、あげると言うと驚きの表情に変わった。確かに今までの関係性を考えたら随分とおかしいことだったが、今日は俺から告白したのだ。
恋人を喜ばす為に取ったのなら自然のことで、まだ信用されてないなと感じる。もっと貢いであげれば、少しぐらい信じて貰えるだろうか。

「いや、これは手前が金出して取ったもんだし……」
「シズちゃんの喜ぶ顔が見たかったんだけど。いいから、受け取ってよ、ね?」
「……ああ」

わざと手を後ろで組んで、ニッコリと笑ってみせるとシズちゃんは眉を顰めた後に小さく頷いた。あっさりと猛獣を手懐けたことに満足感を覚えたが、何か簡単すぎるとも思う。しかし考えすぎだろう、と気を取り直してゲームセンター内をスキップで歩いて行く。
しかし背後から肩を掴まれて、一瞬ビクンと震えた。これが追いかけられている最中であればナイフを取り出したところだ。

「待てって」
「なに?」
「ありがと、な」
「そう。よかった」

シズちゃんが俺に礼を言うなんて、という気持ちはかろうじて飲み込む。こんなところで怒らせるつもりはなかったからだ。
二年以上過ぎてようやく気づいたのは、こっちが我慢さえすれば衝突は起きないんじゃないか、という事実だ。現に余計なことを心の中だけで仕舞っていたおかげで、こうして今普通に過ごせている。

「じゃあ次はどうする?もう少し店内見て回ろうか」
「おう」

まだ他にも興味を示していたので、仕方なくわざと時間を掛けて回る。ぬいぐるみがかわいいとか、かわいくないとか、そんな他愛もない会話をしながら。
でもやはり途中で、何かが違う気がして表情が険しくなる。だって俺が本来想像していたものは、もっと障害があって例えばこのゲームセンターに入るまでに苦労する、というものだったのだから。

「なあ臨也」
「え?」

その時急に右手を掴まれて顔をあげると、シズちゃんが複雑そうな表情をしていた。

「どうした?なんかすげえ大人しいっつうか、その」
「は?いや俺は普通だけど。シズちゃんこそ、切れてないなんて珍しいじゃないか。我慢できるようになったの?」

どうやら少し言いたいことを我慢しただけで、不審がられてしまったようだった。自分でもわざとシズちゃんを怒らせるようなことばかりを言っていた自覚があったので、肩を竦めて呆れる。
俺にしてみれば、一度も切れていないことの方が珍しかった。だからそう素直に告げたのだが。

「我慢?ああ、いや別に苛つくこと手前はしてねえだろ」
「そうだっけ?俺の顔がむかつくとか、匂いが、とか言いがかりつけてきたことあっただろ。不思議だなと思うけどね」
「あれは、違う。あん時は本当に腹立ってたんだ。とにかく今は怒ることなんかねえだろ。それに俺は、別の事考えてて……」
「別のこと?」

そこで急に視線を逸らしてそわそわし始めたので、首を傾げた。てっきりはじめてのゲームセンターに夢中になっていたと思っていたが、違うのだろうか。
何か別のことを考えていて怒らなかった、なんてどういうことだろう。胸の辺りがもやもやした。

「何を考えてたの?」
「……っ、関係ねえだろ」

世間話のつもりで尋ねたつもりだったが、なぜか鋭く睨まれる。しかしいつもの人を殺しそうな視線ではない。なぜか牽制しているかのような、そんな気がしたのだ。
一見冷たく接しているように見えたが、違う。照れ隠し、という言葉が一番合いそうだった。意味はわからないけど。

「俺のこと?」

わざと反論されるのを狙って尋ねてみる。しかしその瞬間シズちゃんはあからさまに視線を逸らした。まるで肯定しているみたいに。
あまりのことに唇が開いたまま、固まってしまう。まるでその反応だと、俺のことが好きでさっきからずっと考えていたと態度で示しているようだった。

「ま、まあそうだよね。俺達デートしてるんだし。うん、そうだよ、俺以外のこと考えるなんて許さないから」
「あ?」
「えっ?」

自分がおもわず口にしたことなのに、自分でびっくりしてしまう。今の場面ではちょうどいい言葉だったが、自然と出てきたことに愕然とした。これではまるで本音みたいじゃないかと。

「そうだ、折角だからあれ!ほらプリクラでも撮ろうよ」
「ぷりくら?」

話題を逸らす為に提案したにしては、失敗したとすぐに後悔する。あまりにもベタすぎてどうかと思ったが、指差しまでしてしまったので後には引けない。幸いこの時間に制服姿の高校生がゲームセンター内に居ることは無かった。
俺とシズちゃんは池袋でもかなり有名だし、絶対に声を掛けられはしない。目を見開いて驚いているのを手招きして機械の前に立つ。

「シズちゃんは見たことないだろうねえ。まあ俺も昔妹達に嫌がらせで一緒に撮られたぐらいしか経験ないし」
「写真なの、か?」
「まあいいから、ほら入ってよ。面白いことになるから」

キラキラした機械の雰囲気から早くもシズちゃんが尻込みしていて、それが面白くて気分が高揚してくる。確かに似つかわしくない光景だったけど、これはこれで貴重かもしれないと。
そして数十分かけて撮影から、シールができあがるまで終わった。機械から現れた小さな写真を、ポケットから取り出したナイフで綺麗に切る。

「はい、これシズちゃんの分」
「こんな小せえもんナイフで切るなんて、マジで器用だよな」

半分にわけた写真を手渡し、二人で眺める。俺は写真に落書きをしていたので、できあがりはわかっていた。

「おい臨也これさっき撮ったのと全然違うぞ」
「なに言ってるの?よく撮れてるじゃないか」
「なんでこれ後ろにシズちゃん、って書いてあんだ?しかもなんかハートとかキラキラ光ってんぞ、おかしいだろ」
「それは俺が落書きしたの。いいだろ?ラブ、って書いてあって恋人同士みたいじゃないか」

当然だがシズちゃんを怒らせる前提で、わざとらしい装飾をした。いろいろ付け足していたら夢中になったぐらいだ。いい出来だろ、と同意を求めながら反応を待つ。
流石にそろそろ怒鳴ってもいいところだったので、コッソリとポケットに手を入れて構える。だけど。

「貰っていいんだよな?」
「勿論だけど。ああそういうのって女の子同士の間では交換するのが主流みたいだけど、俺と映ってるのなんて他の人間に見せる勇気ないだろ?」
「そうだな」

俺の意見に同意しながら、丁寧にポケットへと仕舞い始めた。激怒する気配も無い。まさか満更でもない、と思っているのかと驚いて。

「なんか手前が写真写りいいのが腹立つ」
「俺が?まさか。そういうの苦手なんだけど。まあでもシズちゃんの映りの悪さは異常だから、比べられたくないなあ」

改めてプリクラを眺めると確かにどのシズちゃんも変な顔をしていて、予想通りだ。俺だって写真を撮られ慣れてはいないし、情報屋という裏稼業を目指しているのであまり残したくはない。
だけどこれなら、もし誰かに見られたとしても合成写真だとバカにされて終わる気がしていた。誰が、犬猿の仲だと言われている二人がプリクラを撮ったと想像するだろうか。
とりあえずシズちゃんの気を逸らさせる、という目的だけは達成できたので満足する。まだ他の階にもゲームがあるので、言ってみるかと尋ねると頷かれたのでまた店内を歩き始めた。
しかし結局その後はなにもせずにブラブラ歩いて、数十分してから店を出る。デートにしては、かなり遊んだと思う。

「どうだった?はじめてのデートは楽しかった?」
「あ?ああ、そうだな……」

人気の無い路地裏を二人肩を並べて歩いているなんて、妙な気分だ。知り合いに見られたら間違いなく奇異の目を向けられるだろうが、こういう時に限って誰も居ない。
それ以上は何を言っていいかわからなくて、会話が続かなくなる。まあ別に充分楽しめたので、俺が頑張って話し掛けなくてもいいだろう。そもそもどうしてこんなことになったんだっけ、と考えていると。

「おいもう帰るのか?」
「ん?ああ、うんそうだね。今日はもう遅いからどこも店開いてないし。学生服で行ける店も限られてるんだよね」
「明日はどうすんだ?」
「明日?ああ、うーん……どこに行くかは考えておくよ。メールするからさ」

深夜というわけではなかったが、この時間で行ける場所といえば夜の公園ぐらいしか思いつかない。しかし行ってすることもないし、と明日の話題を出した。
昼前ぐらいに集まってどこかに行ければ、と頭の中で考えていると不意にシズちゃんがポケットから携帯電話を取り出した。そして俺に差し出す。

「俺は手前の番号知らねえ。アドレス帳に入れろ」
「そうか、そうだったね。じゃあ他の人にバレないように、恋人って入れておいてあげようか?」
「余計なことすんな。携帯なんて誰にも見せねえから」
「面白くないなあ」

こっちはシズちゃんの番号を一方的に知っていて、これまでもいろいろと利用させて貰った。だけど向こうは当然俺の番号なんてわからない。知っていたらびっくりする。
すっかり忘れていたと肩を竦めながら、素早くシズちゃんの携帯に自分のアドレスと番号を入力した。機械の扱いには慣れていないので、これで五台目なのは知っている。

「はい、これでいいかな?」
「おう」

最後にきちんと画面を見せると、大きく縦に頷いた。不意に、シズちゃん今どんな気持ちなんだろうと気になったので携帯を手渡して顔を覗きこもうとした。
だけどこっちが動く前に、なぜか俺の右肩が掴まれて引っ張られてしまう。警戒していなかったので、一瞬驚いたが次の瞬間予想外のことが起きた。

「……っ!?」
「じゃあな、気をつけて帰れよ」

シズちゃんの行動は素早かった。頭の中が真っ白になっているうちに、強引に離れて行き小声で言うとさっさと背中を向け走って行く。
俺は呆然と見送ることしかできなかった。だって追いかけてしまったら、自分がどんな顔をしているか知られてしまうからだ。情けない表情を見られるわけにはいかない。
ようやく角を曲がって姿が見えなくなると、唇を噛んで俯く。出し抜かれた、と悔しかった。

「なんで、っ……キスなんか。しかもシズちゃんから先にするなんて!」

ついさっき唇にふれられたのは、数秒だけだった。しかも本当に当たるだけの陳腐なキスだ。なのに俺は負けた。
まさかそんなことをするとは思っていなかったのだ。告白したのは数時間前だし、シズちゃんが本気でそこまでするなんて予想もつかなかった。だから完全に負けだ。
俺にしてみれば、同姓とキスなんて想像していなかった。するつもりなんて、さらさらなかった。せいぜい好きだと伝えて翻弄するつもりだったのに、先手を取られたのが心底悔しい。
こっちがシズちゃんで遊ぶつもりだったのが、まさか驚かされたなんて悔やみきれない。キスをされたのが嫌じゃない。本気だったのを全く気づかなかった、鈍感な俺自身が情けなくてしょうがないのだ。

「あ、はははっ!本当にやられたよ、冗談じゃない。そうか、そこまでシズちゃんは本気だったんだ?へえ、そういうこと」

一人でしゃべりながら、本格的に火がついてしまう。正直明日からどうすればいいのか、と迷っていたが心は決まった。暇潰しではじめたけれど、やはり勝負は本気で挑まないといけない。
さっきのキスは、喧嘩を売られたようなものだ。俺はこんなに本気だ、と見せつけられた。やり返さないなんて、そんな選択肢は無い。

「いいよ、やってやろうじゃないか。明日はディープキスを体験させてあげるよ」

自分でも妙な方向に歪んでいる自覚はあったが、考えないようにする。どちらかというといつもは揉め事の中心にいるのは嫌で、傍観している性質だが今回ばかりは違う。
きっかけは俺からだったけど、そういうつもりなのなら受けて立つ。それでシズちゃんを俺に惚れさせ、嵌らせたところで振ってやるのだ。心に大きな傷を作ってやる。

「新学期が楽しみだよ」

シズちゃんが歩いて行ったのとは逆に向かいながら、ほくそ笑む。惚れさせるつもりなのなら、今日のは失敗だ。もっと踏み込まないといけない。
不審がるぐらい優しくして、貢いで、弄んでやると決める。自分がどう見られようが構わない。手段は問わないと。
しかしその考えこそが失敗している、なんて思わなかった。結局俺も年相応の精神年齢だったのだ。

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