ウサギのバイク もっと もっと ねぇもっと そばにいてよ 4
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2012-11-02 (Fri)
*リクエスト企画 june 様
静雄×臨也

臨也の身体機能の一部が不自由になる話 切ない系

* * *


「どこか打ち所が悪かったんじゃないかな?」
「それが医者の言うことか?」

やけに暢気な声で深刻なことを言う友人に心底呆れた。昔からこうだったので期待はしていなかったけれど、もう少し神妙に話すべきだ。大事なことだというのに。

「どちらにしても、これ以上は僕では調べることができない。もっと大きな病院を紹介する、という方法もあるけど…」
「わかったよ」

仕方なく首を振る。納得したわけではないけれど、これ以上は無理だと悟ったからだ。今回ばかりは、周りの助けを借りるわけにもいかない。
それをわかっていたからか、もう新羅も言葉を発することはなかった。いくら金を積んでも、信頼というものは買えはしないのだ。

「…まあ、いつかはこうなるんじゃないかって予想はしてたよ」
「え?」

突然声のトーンを落としなにやら真面目にしゃべりはじめたことに、ほんの少しだけ驚く。眼鏡のフレームを持ちあげたのか、微かに音がした。
見えないと、些細な物音でも繊細に拾ってしまうんだなと改めて思う。開いているはずの瞳には、きっと何も映っていない。

「取り返しのつかない怪我をするって。まさか目が見えなくなるなんて思ってなかったけれど」

悪夢から覚めたけれど、終わってはいなかったのだ。

「はっきり言ってくれていいんだよ、新羅。シズちゃんと喧嘩して、俺が取り返しのつかない怪我をしてしまい、これまでの関係が終わる…ってね」
「臨也」

誰にでも簡単に予測できる未来だった。勿論俺だって、ある程度は考えていた。だから覚悟もしていたし、いくら体を鍛えても常に危険度が高いことは変わらなかった。
昔よりは随分とマシになっていたが、きっとその傲りが今回のことを招いたのだろう。喧嘩中の怪我で目が見えなくなってしまうなんて。

「外傷は全く無いんだ。レントゲンも撮ったし、できる限りは調べてみた。だけど今はこれが限界だ」

新羅は随分と手を尽くしてくれたのだろう。だけど闇医者という職業柄、大っぴらに病院を紹介するわけにはいかない。なによりも、情報屋の折原臨也が失明したという事実が広がってしまうのは困る。
目が見えないことよりも、そっちの方が怖い。恨みは随分と買っていたし、いくら金で人を雇ったとしてもどこからか漏れてしまう。
その時は目よりも俺の存在自体が終わってしまう。だから検査もできないし、身内にも言うことができない。そういう時の為に信頼できる人物を探してはいたが、今回の症状では無理だ。
耳が聞こえないのならまだマシだったが、見えないのだ。気配で相手の裏切りを察知することができるのなら苦労はしないだろう。見えないということがどれほど大きいか、はじめて気づいた。

「きっと半年や一年したら、状況も変わるだろう。君が情報屋で無くなれば、そのうちすべて引き受けてくれる病院が」
「そうなるといいけど」

言葉を遮るように告げたけれど、数年経っても何も変わらないような気がしていた。人の繋がりというものは怖いもので、全くの他人でも意外なところで繋がっているかもしれない。
俺にとっては、恨みや妬みの繋がりしか考えられないけれど。どちらにしても、何もかもを任せられる相手が現れる可能性はゼロだった。新羅はそれを、よく知っている。

「もう一度、聞いていいかな?」
「なにかな?」

数秒間を置いた後に問われて、全身が緊張する。目が見えないから、自分がきちんと取り繕えているかわからなかったのだ。

「心当たりは、本当に無いのかい?」
「さっきも言っただろ」
「君が静雄との喧嘩中に頭を打って気を失った。それだけでこんなことになるなんて、考えにくい。どちらかといういと、精神的なことが絡んで…」
「何も無い」

これまで通りの笑顔を作ってみるけれど、うまく笑えているかは確認できない。当たり前だったことが、見えないことで脆く崩れてしまったのだ。今までの自信さえも失われていた。
見えなければ情報屋もできない。普通に生活することすらも難しい。もう以前までの折原臨也でいられない。
酷い状態だと充分わかっていたけれど、どうしてこうなったのかという原因を、精神的なものだと言い切りたくなかった。医者にさえも、知られなくなかったのだ。
寸前に見た悪夢のせいじゃないのかと。その根本にあるものが、シズちゃんへの叶わない想いだということを。

「数日世話になったみたいだから、治療費は大目に振りこんでおく。ついでで悪いんだけど、運び屋を呼んでくれないかな。このままじゃ自宅にも帰れない」
「待ってよ。何も今すぐ出て行けなんて言ってな…」
「へえ珍しいな。二人きりになれなくて困ってた、って顔に書いてあるけど」
「いくら僕でも病人相手にそんなことは言わない。追い出したら逆に彼女を怒らせてしまう」

ベッドから降りようと上半身を起こして捲し立てたが、新羅が両手で押し戻そうとする。一刻も早く出て行って欲しい癖に、と内心苛立った。だから本音を口にした。

「シズちゃんにバレる前に出て行きたいんだ。頼む」
「えっ、静雄?ああ、それは気にしなくていい。ちゃんと…」
「どうせしゃべったんだろ?だから顔を合わせたく無いんだよ。いいからさっさと首無しを呼んでくれ」

偽らずに言うと、新羅の口調が急に変わった。だから余計に焦った。
俺の狙い通り、発端になったシズちゃんにすべてを話しているらしい。気を失ったのを運んだのも、シズちゃんしか考えられないから。
会うわけにはいかなかった。今後二度と会うつもりなんてない。もし視力が戻ったとしても、絶対にだ。
夢の中のことは鮮明に覚えている。あれは俺の中の不安が具現化しただけのものだろうが、追いつめるには充分だった。間違いなく一度はすべてを諦めて、終わらせることを望んだ。
顔も見たくない、声も聞きたくない、すべてを忘れたいと願った。

「…っ、新羅!」

痛みそうになる胸を必死に堪えながら、早く早くと焦った。力の限り腕を押し返して、小さな悲鳴と床に転がる物音が聞こえてくる。行くなら今だと思った。
だがその時タイミング悪く、部屋の扉が勢いよく開いてしまう。見えなくても嫌な予感を肌で感じて慌てるよりも先に、大声で怒鳴られた。

「臨也!手前起きたのか!!」
「待ってくれ、静雄!」

荒々しい口調から間違いなく苛立ちが感じられ、思わず身構える。しかし新羅が遮った。

「ダメだ!臨也はまだ…」
「うるせえ!ぶん殴ってやらねえと、気が済まねえんだよッ!!」

煩い激昂が室内に響き渡って、ビリビリと空気が震えたような気がした。見えなくてもシズちゃんの怒り顔ぐらい想像できるので、おもわず笑みが浮かんでしまう。
見えない事で不安に落ちっていた気持ちが、一気に戻ってくる。会っても前みたいに振る舞えない、と思い込んでいたけれど違った。それどころか以前よりも心を揺さぶられない。
だって視界には映らないのだ。表情がわからない、というだけで余計なものは見なくて済む。

「ははっ、本当にシズちゃんはさあ」

肩を竦めて笑う。ただでさえ言葉も少ないシズちゃんに、これまでは態度や表情で傷ついたこともあった。だけど今は言葉しかない。恐れるものが少なくなったことに、気持ちが軽くなる。
間違いなくそのことが表情に現れているだろう、と見えはしないのに思った。きっと今の俺は機嫌のいい笑顔を浮かべている。

「あぁっ?」
「ん?」
「なんか手前…変じゃねえか?」
「そ、そうだよ!静雄、驚かないで聞いて欲しいんだけど臨也実は今、目が見えなくなっているんだ」
「あ…?目って、そうか!だから変な感じがしたのか」

見えない俺には二人がどんな顔をしてやり取りしているかはわからない。だけどやけにシズちゃんはあっさりと納得していて、見た目だけで気づいていたのかと驚いた。
視力を失った人間がどんな瞳をしているのか、俺は知らない。それにしても一瞬でわかるものなのだろうか。

「ったく、見えねえんじゃあ殴れねえな。さっさと教えろよ」
「新羅が止めるの聞いてなかった癖に」
「うるせえな、手前は黙ってろ!そんでよお、いつ戻るんだ?」
「さあそれは、僕にもわからないんだ」

シズちゃんと新羅が事情を話し始めたのを、他人事のようにどこか遠くで聞いていた。顔は間違いなく二人の方を向いていたが、意識はぼんやりとしていて言葉が耳を通り抜けていく。
夢みたいだ、と思っていた。これまで人の顔色を窺い些細なことを見逃さないようにして生きてきたので、見えないとどうしていいかわからない。
まるで自分が現実に存在していないみたいに感じられた。言葉を掛けられれば相槌は打つけれど、話しに入ろうとは思わない。元から人とのやりとりを蚊帳の外から見るのが好きだった。
今は間違いなく、普通の人との間に一枚の壁ができている。同等ではなく、遠慮というものが生まれる。それがシズちゃんであっても、これからはきっと。
好きだと固執していたことが何だったのか、と呆れるぐらいあっさりしていた。諦めていた。
いがみ合う関係はさほど変わらないかもしれないけど、前向きな気持ちが一切沸かない。僅かに疼くけど前ほどの気持ちはなくて、このまま吹っ切れるんだと思った。
折原臨也、という人間はもう死んだのかもしれない、と不意に気づいて瞳を伏せた。涙は出るわけがなくて。
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