2010-05-07 (Fri)
静雄×臨也
続き どうでもいいことだったんじゃねえか?
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「いーざーやあぁッ!昨日あんなこと俺に言いやがった癖に、よく池袋まで来れたよなぁ?手前の頭イカレてんじゃねえかぁ?」
俺が振り返る前に事情を話してくれて、驚いた。いや、まさか聞く手間が省けるとは。
真横の自販機に手を掛けようとしているのを制して、尋ねた。
「あぁ、待って待って!俺はシズちゃんに用があったから来たんだって。話ぐらい聞いてくれないかな?」
「もう二度とノミ蟲の話なんか聞かねえって言ってるだろうが、あぁっ!?」
「昨日っ、昨日のことで聞きたいんだって!」
そう叫ぶと、ぴたりと持ちあげかけて自販機を止めそのまま下ろした。どうやら話をしてくれるようだった。相当に珍しい。
それなりに距離を取りながら、どう切り出そうか迷って口を噤んでいたのだが。
「忘れろって言ったのはそっちじゃねえか、まだなにがあんだよ」
「え?おれが…?」
急に気まずそうな表情をしてあのシズちゃんが俺から顔を背けた。不機嫌とか怒ってるとかそういうのではなく、これは。
こんな顔なんか見たことが無い。
本当に戸惑って、どうしたらいいのかわからないという感じだったのだ。
「あ、あのね実は言いづらいんだけど、俺昨晩飲みすぎちゃって前後の記憶が吹っ飛んじゃっててさあ。だからシズちゃんとなにがあったかほんとに覚えてなくて、だからそれを聞き……」
飲みすぎたというのは、ぶっちゃけ嘘だ。しかし事情がわからない以上本当のことを話すわけにもいかずに誤魔化した。しかしそれを言った途端に、顔色が変わった。
「はぁ?それ、マジか?」
いつもの怒りの青筋を額に浮かべてはいたが、口調は穏やかだった。
「残念なことにね。だからなにがあったか教えてよ」
このまま話を聞けそうだったので嫌がらせとばかりにニッコリと笑顔を作って、そう言った。あぁよかったと油断しかけていた。
「……あっさり忘れたってことは、それだけどうでもいいことだったんじゃねえか?」
「…っ!?」
冷めた表情で興味無さそうに言い放たれた瞬間、体の内側からズキリと全身を蝕むような疼きが沸いてきて息が苦しくなった。
(え?なに?な、んだこれッ!?)
ぶわっと額から汗が噴出し、体が小刻みに震えて慌てて両腕を押さえつけた。とても堪えられるようなものではなかったが、幸いシズちゃんはもうこっちを見てはいなかった。
「…ん、だよこっちが悩んで損したじゃねえか。手前はほんと胸糞悪い奴だよなあ?やる気も失せたし勝手にしろ。そんで二度と俺の前に現れるな」
それは静かな怒りだった。
全身から怒りの気配は感じられたが、ぶつけられることはなかった。吐き捨てるように、いつものお決まりの言葉を告げてさっさと路地の角を曲がって消えていった。
あの喧嘩人形とまで言われた平和島静雄が、天敵である折原臨也に対して暴力を振るわずに去ったのだ。
「え?う、そっ…?」
まだ胸は興奮していたが、さっきほどではなかった。
風のように居なくなった方向を呆然と眺めて、どういうことなのか頭で整理し始めた。しかしうまくまとまらない。だってあのシズちゃんが何もせずに行ってしまったのだ。
「有り得ないっていうか、おかしいっていうか…なんなの?ほんと」
今更こっちから追いかける気力も無かったし、ぎりっと唇を噛んでなにもない空間を睨みつけた。
全くわけがわからない。新羅は放っておけばなんとかなるという素振りだったのに、シズちゃんはこれまでに無いぐらい動揺して挙句期待外れみたいな反応をした。
しかも冷酷な言葉を掛けられた途端に、自分は動揺したのだ。
俺ではない、内なるなにかが酷く傷ついたような反応だった。よくわからないけれど、嫌な感じではあった。
「こんな気持ちになったこと、あったっけ…?」
過去の記憶を遡ってみても、ここまで動揺したことも変な気持ちに陥ったこともない、はずだ。
『おとといまでの、君とは違う』
新羅の言葉がぐるぐると頭の中を駆け巡っていた。一晩の記憶を失っただけで、目に見えて変わるなんてどう考えてもおかしい。
だとしたら今の俺はこれまでとは根本的になにかが抜けている、と思うのが妥当だった。そんなことはありえるのかは知らないが。
その場に立ち尽くしたまま、悩み始めたところでポケットに入れていた携帯が震えた。
「はい」
相手を確認せずに出ると、知らない男の声が聞こえてきた。
『折原臨也さんですよね。お話があるので今から私に会って頂けませんか?』
「誰、ですか?仕事ならまず別口から話を通して……」
仕事の依頼以外で、この俺の番号を知っている相手は限られている。この携帯は何台か持っているうちの中で、俺が個人的に使っているものだったのだ。
嫌な予感しかしなかったが、落ち着いた口調は変えずに淡々と話をしていたのだが。
『実はあなたの重要な秘密を私は知っています。証拠に今あなた、昨日のことを探っているんですよね?』
「な…ッ!?…っ、どういうことですか?」
いきなり思ってもいない方向から記憶のことを尋ねられて、うろたえてしまった。慌てて繕ったが向こうには悟られてしまっただろう。内心舌打ちをした。
『それはお会いしてから詳しくお教えします。これから指定した場所に、一人で来て下さい』
「…わかりました」
もうこれは明らかなる脅しだった。拒めるわけが無い。
どうやら新羅やシズちゃんが知っている別のなにかが、絡んでいるのだと察した。そう簡単に記憶障害になったりはしないのだ。
拳を握り締めながら険しい顔で、さっきシズちゃんが持ちあげかけた自販機を眺めながら、待ち合わせ場所を聞いた。
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「いーざーやあぁッ!昨日あんなこと俺に言いやがった癖に、よく池袋まで来れたよなぁ?手前の頭イカレてんじゃねえかぁ?」
俺が振り返る前に事情を話してくれて、驚いた。いや、まさか聞く手間が省けるとは。
真横の自販機に手を掛けようとしているのを制して、尋ねた。
「あぁ、待って待って!俺はシズちゃんに用があったから来たんだって。話ぐらい聞いてくれないかな?」
「もう二度とノミ蟲の話なんか聞かねえって言ってるだろうが、あぁっ!?」
「昨日っ、昨日のことで聞きたいんだって!」
そう叫ぶと、ぴたりと持ちあげかけて自販機を止めそのまま下ろした。どうやら話をしてくれるようだった。相当に珍しい。
それなりに距離を取りながら、どう切り出そうか迷って口を噤んでいたのだが。
「忘れろって言ったのはそっちじゃねえか、まだなにがあんだよ」
「え?おれが…?」
急に気まずそうな表情をしてあのシズちゃんが俺から顔を背けた。不機嫌とか怒ってるとかそういうのではなく、これは。
こんな顔なんか見たことが無い。
本当に戸惑って、どうしたらいいのかわからないという感じだったのだ。
「あ、あのね実は言いづらいんだけど、俺昨晩飲みすぎちゃって前後の記憶が吹っ飛んじゃっててさあ。だからシズちゃんとなにがあったかほんとに覚えてなくて、だからそれを聞き……」
飲みすぎたというのは、ぶっちゃけ嘘だ。しかし事情がわからない以上本当のことを話すわけにもいかずに誤魔化した。しかしそれを言った途端に、顔色が変わった。
「はぁ?それ、マジか?」
いつもの怒りの青筋を額に浮かべてはいたが、口調は穏やかだった。
「残念なことにね。だからなにがあったか教えてよ」
このまま話を聞けそうだったので嫌がらせとばかりにニッコリと笑顔を作って、そう言った。あぁよかったと油断しかけていた。
「……あっさり忘れたってことは、それだけどうでもいいことだったんじゃねえか?」
「…っ!?」
冷めた表情で興味無さそうに言い放たれた瞬間、体の内側からズキリと全身を蝕むような疼きが沸いてきて息が苦しくなった。
(え?なに?な、んだこれッ!?)
ぶわっと額から汗が噴出し、体が小刻みに震えて慌てて両腕を押さえつけた。とても堪えられるようなものではなかったが、幸いシズちゃんはもうこっちを見てはいなかった。
「…ん、だよこっちが悩んで損したじゃねえか。手前はほんと胸糞悪い奴だよなあ?やる気も失せたし勝手にしろ。そんで二度と俺の前に現れるな」
それは静かな怒りだった。
全身から怒りの気配は感じられたが、ぶつけられることはなかった。吐き捨てるように、いつものお決まりの言葉を告げてさっさと路地の角を曲がって消えていった。
あの喧嘩人形とまで言われた平和島静雄が、天敵である折原臨也に対して暴力を振るわずに去ったのだ。
「え?う、そっ…?」
まだ胸は興奮していたが、さっきほどではなかった。
風のように居なくなった方向を呆然と眺めて、どういうことなのか頭で整理し始めた。しかしうまくまとまらない。だってあのシズちゃんが何もせずに行ってしまったのだ。
「有り得ないっていうか、おかしいっていうか…なんなの?ほんと」
今更こっちから追いかける気力も無かったし、ぎりっと唇を噛んでなにもない空間を睨みつけた。
全くわけがわからない。新羅は放っておけばなんとかなるという素振りだったのに、シズちゃんはこれまでに無いぐらい動揺して挙句期待外れみたいな反応をした。
しかも冷酷な言葉を掛けられた途端に、自分は動揺したのだ。
俺ではない、内なるなにかが酷く傷ついたような反応だった。よくわからないけれど、嫌な感じではあった。
「こんな気持ちになったこと、あったっけ…?」
過去の記憶を遡ってみても、ここまで動揺したことも変な気持ちに陥ったこともない、はずだ。
『おとといまでの、君とは違う』
新羅の言葉がぐるぐると頭の中を駆け巡っていた。一晩の記憶を失っただけで、目に見えて変わるなんてどう考えてもおかしい。
だとしたら今の俺はこれまでとは根本的になにかが抜けている、と思うのが妥当だった。そんなことはありえるのかは知らないが。
その場に立ち尽くしたまま、悩み始めたところでポケットに入れていた携帯が震えた。
「はい」
相手を確認せずに出ると、知らない男の声が聞こえてきた。
『折原臨也さんですよね。お話があるので今から私に会って頂けませんか?』
「誰、ですか?仕事ならまず別口から話を通して……」
仕事の依頼以外で、この俺の番号を知っている相手は限られている。この携帯は何台か持っているうちの中で、俺が個人的に使っているものだったのだ。
嫌な予感しかしなかったが、落ち着いた口調は変えずに淡々と話をしていたのだが。
『実はあなたの重要な秘密を私は知っています。証拠に今あなた、昨日のことを探っているんですよね?』
「な…ッ!?…っ、どういうことですか?」
いきなり思ってもいない方向から記憶のことを尋ねられて、うろたえてしまった。慌てて繕ったが向こうには悟られてしまっただろう。内心舌打ちをした。
『それはお会いしてから詳しくお教えします。これから指定した場所に、一人で来て下さい』
「…わかりました」
もうこれは明らかなる脅しだった。拒めるわけが無い。
どうやら新羅やシズちゃんが知っている別のなにかが、絡んでいるのだと察した。そう簡単に記憶障害になったりはしないのだ。
拳を握り締めながら険しい顔で、さっきシズちゃんが持ちあげかけた自販機を眺めながら、待ち合わせ場所を聞いた。
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