ウサギのバイク 流れる涙も 凍てついた胸も 27
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2010-06-01 (Tue)
静雄×臨也前提話

続き でももうそんなもんは、関係ねえけどな

* * *

まさか向こうから切り出されるとは思っていなかったし、なんだか照れくさくて顔を背けながらなにかあるのかと尋ねた。
冗談でもいいから、忘れられないとかもう一度仕切りなおししたいとか、これからもつきまとうとか、そういう類の言葉を求めた。告白自体を否定する言葉でなければ、それでよかった。
それなのに。

「あ、あのね実は言いづらいんだけど、俺昨晩飲みすぎちゃって前後の記憶が吹っ飛んじゃっててさあ。だからシズちゃんとなにがあったかほんとに覚えてなくて、だからそれを聞き……」

「はぁ?それ、マジか?」

慌てて顔を見ると、とても嘘を言っているようには見えなかった。
そして昨日のように本気の瞳をしているわけでもなかったので、本当に忘れてしまったのだと確信した。
ある意味ショックだった。

「……あっさり忘れたってことは、それだけどうでもいいことだったんじゃねえか?」

ここでいきなり怒るのもおかしいと思ったので、必死に冷静を装ってわざと興味なさそうな口ぶりで言ってからまた顔を背けた。見ていられなかったからだ。
俺は誰かを好きになったり、好かれたりということは今まで無かったので恋愛というものがよくわからない。けれどたった一晩で綺麗さっぱり忘れられるほど、簡単なものなのだろうかと。
身近で一番恋愛だのなんだの言っている新羅でさえ、セルティと揉めただけでどん底まで落ちこんでよく俺も迷惑を被るぐらいだ。
臨也が思っている恋愛感なんて普通の人と比べられないぐらい歪んでいそうだが、それでもおかしいと思った。


そういえばおかしいといえば、もう一つ昨日までと違う点があった。それこそ言葉では表現できないぐらい些細な変化ではあったが、俺ははっきりと気がついていた。
元々感情を隠すタイプだったし、こいつからは生活感すら感じられないぐらいストイックだった。
それが今日はどうしてか、チラチラと見える首筋や肌から、色気のようなものがやたらと滲み出ていた。男にそんな感情を抱くこと自体がおかしいのだが、そうとしか言えなかった。
これでも一応風俗経験は何度かあるので、例えるなら彼女達が醸しだす情事の後のような生々しい雰囲気を纏っているのだ。どう考えても普通ではない。

(でももうそんなもんは、関係ねえけどな。本人が忘れたって言うんだから)

なんとなく、嫌な予感はした。
昨日の今日でヤケになって酒を飲んだ勢いで誰かと…と考えかけて、おせっかいにも程があると思った。
とにかくこれ以上一緒に居てはこっちが変になりそうだったので、そのまま臨也の方を振り向かずに、適当に二度と俺の前に現れるなと言い捨てて歩き出した。
どんどん背後から気配が遠ざかっていって、やがて完全に消えたが、胸に沸いていたもやもやは晴れることはなかった。
せっかく新羅にも相談に乗ってもらったのにな、と思いながらそれ以上考えるのをやめた。考えれば考えるだけ、気になってしかたがなかったからだ。

でもその時に例えば新羅にでも報告していれば、何かが変わったかもしれないと知ったのは臨也がいなくなってからだったのだが。






「クソッ、なんか全然眠れなかったじゃねえか…全部ノミ蟲のせいだ」

まだ出勤時間には随分と早かったが、いろいろ考えたりむかついたりを繰り返していて眠れなかったので、家を出て池袋の街をぶらついていた。
日中はあんなにも人で溢れかえっているというのに、朝は新聞配達のバイクぐらいしか走ってはいない。そんな静かな早朝がわりと好きで、すがすがしい気分を味わっていた。
臨也のことなんかさっさと忘れて、とにかく一日仕事に励むかと気を引き締めていたところだった。

「なんでタイミングよく現れんだよ、アイツはよお」

見慣れた黒コートと黒髪だけでわかる。まだ数十メートルは距離があったが、そこでふと異変に気がついた。
前を向いて歩いていないのでまだ俺のことには気がついていなかったが、歩き方がぎこちなくて表情が全く見えなかった。珍しい光景なのでそのまま立ち止まりどうなるか見守ることにした。
こんなに道は広いのに、どうしてかちょうどよくこっちに向かってふらふらとした足取りで吸い寄せられるように近づいてきて、そのまま派手にぶつかった。


「うわっ!痛ッ…あ、あれ……うそっ、シズちゃん?」


悲鳴をあげながら地面の上に尻餅をつき、そこでようやく俺に気がついたようで驚きの声をあげた。
しかし俺は臨也以上に、驚いておもわず目を見張ったぐらいだった。

(ちょ、っとまて!なんだこりゃ…これほんとに臨也か?)

いつもは開いているコートの前をきっちりと閉めて服を着込んでいるから、というだけではなかった。頬はほんのり赤くなっているし、疲れたような表情の上に瞳が潤んでいた。
昨日の比ではないぐらい、全身から艶っぽい雰囲気を振り撒いていたのだ。
だから挨拶のような言葉を交わしてすぐに、尋ねていた。

「…なんか随分と色っぽい顔してんなあ。風邪でも引いたか?」
「な…ッ!?」

あてずっぽうに適当に言っただけだったのだが、こっちが唖然とするぐらい臨也は過剰に反応を示してきた。
風邪にしては変だ、とは感じたが本人がここまではっきり態度で示してくるのだからそうなのだと思うしかなかった。

「俺が体調悪いのに気を遣ってくれてるとでも言うの?だからさっきから攻撃を仕掛けてこないとか、なんの冗談?」
「病人相手に喧嘩なんてできるわけねえだろ。いくら殺したいぐらいの手前でも、卑怯な真似使って勝ちたくねえんだよ、そっちと違って」
「いつも人が卑怯な手ばっかり使ってるみたいな言い草だね」

すぐに取り繕ったかのような喧嘩腰で挑発してきたが、それには乗らなかった。じっと姿を眺めながら、本当に風邪をひいている可能性を考えて少しだけため息を吐いた。
とにかくこっちが避けずに倒したのだから起こしてやろうと思い、近寄っていつもよりは優しく胸倉を掴んで立たせてやった。

「ちょ、っと!」

予想通りに手が払いのけられたのだが、そこで俺は信じられないものを見てしまった。


あの臨也が目の端にうっすらと涙を溜めて、まるで泣きそうな表情をしていたのだ。


開いた口が塞がらない、とはまさにこのことなんだと実感した。
これまで俺に対して一切感情を見せることなく澄ました顔で、嫌味に笑っていただけだったのに、どうして今こんなことになっているのかわけがわからなかった。

「な…ッ、なに…泣きそうな顔してんだよ…?」

「はっ?はあぁ!?だ、誰が…!っていうか俺の泣き顔なんか見たことがない癖になに言ってんのかな?勝手に頭の中で変な妄想なんてしないでくれるかなあ!?」

あまりの異変に恐る恐る真実を告げると、向こうは案の定怒りながらこっちのことを睨みつけてきた。しかし俺からしてみれば凄みを効かせるどころか、全く意味を成していなかった。
涙目になった子供が親に対して必死に反発しようとしている感じが見受けられた。だんだんとこっちが弱い者苛めをしているような錯覚さえしていた。

「あーもうわかったから熱があがる前にさっさと帰れ。それとも…送っていってやろうか?」
「へえ、シズちゃんもそんな嫌味が言えたんだ?大きなお世話だよ」

断られるだろうと思っていたが、眉を寄せながら強い口調で言い捨てるとよろよろと足を踏み出して俺の脇を通って行こうとした。
止める事も強引に家まで連れて行ってやることもできたが、あえてそうはしなかった。いきなりここで心配して呼び止めれば、不自然すぎて逆に臨也の感情を煽ってしまいそうだったからだ。
だからせめてもの意思表示として、聞こえるように呟いてやった。

「……ったく、なんだよ。好きだって言ったり、忘れたなんて言ってみたり、切なそうな顔してみたり、よお」

しかしそのまま振り返ることはなく早足で去っていったので、俺に告白したことについて忘れたわけではなかったのだと、確信した。
だからほんの少しだけ安堵した。
次に会ったら事情を全部問いただしてやろうと、それだけを暢気に考えていた。

何が起こっていたのかも、知らず。



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