ウサギのバイク 流れる涙も 凍てついた胸も 28
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2010-06-02 (Wed)
静雄×臨也前提話

続き 俺の前からいなくなったり、しねえだろ

* * *


「あーうぜえ、うぜえ…なんで俺は朝っぱらからこんなことしてんだ…」

イライラを落ち着かせる為に煙草でも吸いたかったが、その時間すらも惜しくて早足で路地裏を歩いていた。結局昨日と一緒で臨也のことが気になって、気になってしょうがなくて寝不足だった。
あんなの見せられれば、誰だって眠れなくなるはずだ。いくら風邪だったとはいえ、色気がある癖に無防備で今にも泣きそうな面なんかしていたのだ。
あの最悪最低の情報屋、折原臨也がだ。
こんな話をしても信じてくれるような奴はほとんど居ないとはっきり言い切れるぐらい、奇妙で有り得ないなことなのだ。

そして家を出る時にもしかしたら今日も池袋のどこかで転がってるんじゃないかとふと思ったのだが、案の定歩いていると微かに気配がしたのだ。
すぐにそっちの方向へと歩き出して、いつも通りならとにかくこの間の告白のことを問いただしてやる、と意気込んだ。
もし普段通りでなければどうするかは、全く考えなかった。

考えていなかった。
こんな無様な格好でこんなところで寝転がっているなんて。


「なに?今日も会いに来てくれたっていうの?」


先に声を掛けてきたのは向こうだった。正直なんと言えばいいのか困っていたので、口調だけは変わらないことに安堵した。

「誰が手前なんかに…ッ!とどめを刺しにきただけなんだけどなあ、昨日以上に弱ってんじゃねえか。こりゃ殴る価値もねえ」
「は…っ、ひ、っどいなあ…シズちゃんは」

言いながら臨也の傍まで近寄り、顔を覗きこんだ。すると目元にある涙の跡が一番に目に入ってきた。そして昨日よりも辛そうに吐く息と半開きの唇に、上気した頬にぼんやりとした瞳。
風邪が悪化したようにも見えるが、そう言い切るには明らかにおかしかった。でもそれを直接臨也に聞く勇気はなかった。

(いや、だからなんでこいつなんか心配してんだ!風邪で苦しんでるなんて自業自得だろが。このまま放置したって俺は全然関係ないわけで…)

けれど体は勝手に動いていて、家まで送ってやるとまで口にしていた。どうしてこんなことをしてしまっているのか自分でもよくわからないが、止めようとは思わなかった。



「や、だっ…やだやだ、来るな!そんなこと誰も頼んでないからっ、近寄るな、離せええぇッ!!」



しかし手を伸ばしかけたところで、急に頭を振り乱して暴れ始めたのだ。いつもの半分以下の動きはあっさりと読めたのでかわしたが、それにしても異様な拒絶具合だった。
ナイフを振り回しながら冷ややかに感情を排除した殺気を向けてくる事が多いのに、ここまで狼狽してる様子は非常事態以外のなにものでもない。
そして何か隠しているのかと問えば、否定はしなかった。いくら体調が悪いとはいえ、こんなにも口が回らず本心を曝け出すようにしているのははじめてだった。

そこでやっと、風邪などではないもう一つの可能性に気がついた。
臨也の仕事である情報屋が危険なものであるのは知っている。ヤクザなんかとつるんでるらしいという噂も聞いているし、絡まれてるところに遭遇したこともある。
恨みを買っているこいつが、何らかのトラブルで怪しい薬を盛られたという可能性が浮上してきた。
だったらこの必死の抗いようも、殺したい程憎い相手に対して無様ともいえる姿を晒し続けているのも理由も説明できる。
俺にも隠したいのはいろいろヤバイことに関わっているから、とも考えられた。ただの憶測に過ぎないが、風邪なんかよりよっぽど信憑性があった。

(ってことはなにも聞かずに素知らぬ顔してたほうがいいのか?まぁ別に俺には興味ない話しだしな)

仕事に失敗して危険な目に遭っていようがなんだろうが、こちらから助けてやるつもりも話を聞いてやるつもりもなかった。いきなり俺がそんなことをしたら、不自然すぎるということもある。
不意なことで、実は告白されたあの日から臨也のことが気になってしょうがない、ということが本人に感ずかれてしまうかもしれない。
それだけはなんとしても避けたかった。
まだ自分が臨也に対してどう思っているかさえも、よくわかっていないというのに勘違いされたら困るのだ。

「どうせ動けねえんだろ?怪我でもしてんなら新羅んのとこ連れってもいいし…」

未だにギャギャーと煩く反論してくるのが正直うっとうしかったし、もし薬を盛られているのだとしたら危ないのではないかという想像から、どこかに移動する必要があった。
とにかく新羅に事情を話しに行くか、臨也の家に送るかをしようと思って腰を屈めたとき、異変が起こった。

「え…?」

目を大きく見開いたままぎこちなく固まったかと思うと、なまめかしい表情と吐息をこぼした。

「…っ、ぁ」
「おい…臨也?」

直後に全身がビクビクと変に麻痺したかのように震えだして、さすがに危うい状況なのを察した。もうこれは風邪なんかでは、決して無い。
とにかく混乱しているのを落ち着かせようとして、大声で声を掛けながら腕を掴もうとした。


「急にどうしたんだよ、おい!」
「や、だあっ…!!」


しかし臨也は大声をあげてはっきりと突き放すように告げられた。おもわず息を飲んでしまった間に俺から背を向けて、足を折り曲げて膝を抱えるようにしてなにかに耐えていた。
神妙な面持ちでそれを見守りながら、全身からぶわっと汗が噴き出していた。

(このままこいつが倒れて、死んだりとか…しねえよな?俺の前からいなくなったり、しねえだろ?)

胸騒ぎに近い不安が沸いてきて、胸を酷く締め付けてきた。こんなこと今まで、考えたりしたこともなかった。
これまで臨也が俺以外の奴に始末されるのは、非情に喜ばしいことだったにも関わらず、実際目にしてみたらとんでもなく不快だった。
いや、きっと好きだとか言われる前は少なくともこんな気持ちは持ち合わせていなかったのだ。それがどうしてこの数日の間に変わってしまったのか、さっぱりわからない。

とりあえず複雑な心境で最後まで見守っていたが、なにか喉の奥から言葉を搾りだしたところで、全身の力が抜けたように手足を投げ出した。
呟きの内容までま聞こえなかったが、聞いた事の無いぐらい弱々しいものだった。
すぐに発作がおさまったかのように呼吸を整えていたので、とりあえずは危機的状況からは脱したのだと思った。

「よくわかんねえが、おさまったか?」
「ひ、っ…な、なに…」

俺の位置からでは表情は見えなかったが、今がチャンスだとばかりに声も掛けずに背中を掴んで持ちあげかけて、反対側の手で胸を鷲掴みにしたところで叫ばれた。
しかし内容は想像を絶するものだった。


「あっ、待って!だめ、やだ、俺お姫様抱っこじゃないとやだッ!!」


あまりにも場違いすぎる言葉に、動きがぴたりと止まった。
つい数秒まで頭をよぎっていたことが、なにもかもが全部真っ白になって、怒りだけが感情となって現れた。

「あぁん?なんだってえ?」

低く呻るような声を腹の底から出して睨みつけたが、向こうは微妙な顔をしながらも引く様子はなさそうだった。さっきまでのぼんやりとした瞳ではなかったので、本気なんだと感じられた。
つい手を出したくなったが、かろうじて堪えた。さっきまであんなに苦しそうにしていたのだ、まだ完全に治ったわけではないだろう。
非情に不本意だったが、腹をくくるしかなかった。

「くそっ、信じられねえ奴だな…でもやっぱ病人を捨て置くなんて俺には無理だ。ヤケクソで手前の言うようにしてやるよ」
「は、はははっ…シズちゃんってほんとバカだね」

吐き捨てるように言ったのだが、それがそんなにおかしいのか急に笑いだしやがった。
こっちが馬鹿にされているというのに、久しぶりに見た余裕そうな笑みに否定するようなことなど言えなくて口を噤んだ。
どうしてこいつの、俺にとって大嫌いなはずの微笑が、一瞬嬉しかったのかは、わからなかった。


「うるせえ、黙ってねえと舌噛むぞ」

なんとも表現しがたい変な気分を誤魔化すために、チッと舌打ちをした。そして強引に肩と腰を支えながら抱えて、臨也の体をすっぽりと両手で抱きこんで足を踏み出した

この時にはもう、半分ぐらい自分の心境の変化に気がついていたが、知らない振りを通していた。




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