2012-11-06 (Tue)
*リクエスト企画 june 様
静雄×臨也
臨也の身体機能の一部が不自由になる話 切ない系 静雄視点
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「クソッ、なんで俺が…」
「新羅も随分と酷いことを言ったよね、ほんと」
すぐ隣から声が聞こえてきて思わず苛立ちが沸いたが、ぐっと堪える。池袋からタクシーに乗り新宿まで来たのが台無しになってしまう。覚えのあるマンションが見えてタクシーも止まったので、目的地に着いたのだ。
するとわき腹を軽く突かれて、横を見ると臨也が財布を俺に差し出していた。払ってくれということらしい。
「しょうがねえな」
受け取りメーターに表示されている金額を出すと、釣りはいらないと言ってやった。隣で臨也が笑っているのが見えたが、無視して降りる。続いて臨也も降りるが、地面に足が着く直前に腕を引いて肩に担ぎあげる。
「うわっ!?ちょっと突然は困るってさっきも言っただろ!」
「うるせえ、黙って担がれてろ。俺は荷物を持ってるんだ。荷物だ、荷物…」
臨也が喚いたが怒鳴りつけて黙らせる。ただでさえ苛々しているのに、これ以上あれこれしゃべられてキレたくないと思ったのだ。
本当は、こんなことをしたくはない。相手が臨也でなければ申し訳ない気持ちで素直に手伝ってやれるが、今回は怪我をしたのが仇敵の折原臨也なのだ。複雑な気分なのもしょうがない。
ただの怪我であれば自分でなんとかしろ、と強く言えるがどうやら頭を打って目が見えなくなったらしい。さすがに俺でも、放っておくわけにはいかなくなった。
いや、新羅に頼まれることがなければ無視したはずだ。セルティが他の仕事をしていて送ることができないし、お願いだからと言われた。やけに真剣な表情をしていたので、断れなかった。
新羅は止めていた。臨也がどうしても早く自宅に帰りたいと喚くのを。だけど本人は頑なに聞かなかった。
そのせいで俺が送ることになってしまったので、機嫌は最悪だ。頭打ったぐらいで見えなくなるなんて、ふざけんなと思う。こっちが悪いとわかっていても、謝るなんてできなかった。
「ほら着いたぞ」
「うん、ありがとう」
「……チッ」
だが臨也は簡単に、感謝の言葉を口にする。タクシーに乗せてやった時も驚いたが、家の鍵を開けて中に入ったところで下ろしてやると、それだけでありがとうと言った。
これまでのことを考えると、胸がもやもやする。俺にありがとう、だなんて絶対に言わなかったというのに。舌打ちをしたくなるのは当然だ。
「シズちゃん、もうここでいいよ。充分役に立ってくれたから」
「そうか」
「君が気に病む必要はないよ。避けられなかった俺が悪いんだし、本当は殴りたいんだろ?無理してるのわかってるから、俺達もうこれっきりで会うのはよそう」
「…あ?」
話を聞いていて、驚きと同時に鳥肌が立った。気持ち悪い。明らかに臨也は俺に対して気を遣っていた。
見えないというのに、焦点の合わない瞳を開いて笑っている。見たことがないぐらい、穏やかに。きっと自分がどんな風に微笑んでいるのか、わからないのだろう。
いつも感じる悪意は全く無くて、本音を話しているようにしか感じられなかった。その居心地の悪さに、睨む力を強める。
「シズちゃんは俺を見ると、罪悪感でどうしたらいいかわからなくなるだろ?そんな調子でいられるとこっちも困るし、元々いがみ合っていたじゃないか。嫌いな相手に対して無理することはない。長年君に対していろいろしたけれど、その報いを受けたと思ってくれればいい。シズちゃんの勝ちだ」
「勝ち、って…なんだそれ」
すべてが臨也の言う通りだった。学生の頃から嫌がらせを受けて心の底から殺したいほど憎かったし、見えなくなったと聞いてもざまあみろとしか思わなかった。
だけど、どうしてそれを臨也自身が何でもないみたいに言うのだろうか。おかしい、と感じた。
「なんで手前はそんなに冷静なんだ。俺のせいで失明したんだろ!むかつくだろうが!」
「俺は君のせいで怪我したなんて本当に思ってないよ。腹も立ってない。それにまだ回復するかもしれないし、落ちこんでられないからね」
「…っ、嘘つくんじゃねえ。言いたいことあるなら言えよ!!」
臨也が嘘をついているようには見えなかったが、背筋を駆けあがる寒気がとまらなくて怒鳴る。どう聞いても嫌味としか考えられなかったからだ。
憎んでいない、腹も立たない、自分が悪いなんてあの臨也が思っているわけがない。捻くれた最低野郎なんだと。
「じゃさあ、それあげるから帰ってくれない?」
「…財布のことか」
「そうだけど」
「……ッ、ふざけんじゃねえッ!!」
その瞬間とうとう堪忍袋の緒が切れて、持っていた黒い財布を床に叩きつけてやる。胸糞悪すぎて、殴らないと気が済まなかったので、傍の壁に拳を叩きつけた。
すると当然簡単に手が壁にめりこんで、大きな穴が開く。臨也は黙って見ていたが、変わらず焦点は合っていない。
「ふざけてないよ。それでもう、二度と来ないでくれ」
「ああそうかよ。今までのことも全部、こんなはした金で許してくれっつうのか?そういう奴だよなあ、手前は」
「お金が足りないなら振り込んであげるよ」
「そういう問題じゃねえことぐらいわかってんだろうが!今更謝られたり、金払われても、許すわけねえんだよ!俺の人生を滅茶苦茶にしたのを、償えるわけねえッ!!」
「…そう、だね」
俺が引っかかったのは、二度と来ないでくれという言葉だ。本気だというのなら、殴っていいと思う。
散々振り回して俺の人生を壊しやがったというのに、金で解決させようとしたのだ。最低だ。こんな奴の為に送ってやったことを、後悔する。
「俺を怒らせて楽しいか?心の中では笑ってんだろ」
「楽しくないよ。君は本当に、何もわからないんだね」
「手前のことなんか考えたくもねえ」
「だからさっきから言っているじゃないか。一刻も早く出て行ってくれって」
臨也の表情は変わっていなかった。怒ってもいないし、不気味なぐらい静かに微笑んでいる。これまでだったらしっかりと目を合わせていたので多少感情がわかったが、今はわからない。
何を考えているのか。だけど俺を嫌っていて、これ以上話もしたくないことだけは確かだろう。こっちもそうだったから。
「いいか、手前に命令されたから来ないんじゃねえ。俺がもう二度と会いたくないから、ここには来ない。わかったか!」
「そうしてくれ」
最後まで聞かないうちに、乱暴に扉を開け外に出ると早足で廊下を歩いた。俺はそれっきり会わないつもりだったというのに。
「なんで俺が…クソッ」
池袋からやってくる間に、一体何回呟いただろうか。ポケットに入っている鍵を何度握り潰したい衝動に刈られたかわからない。
臨也と最後に顔を合わせてから、もう一週間は経っていた。すっかり頭の中からあいつのことを忘れて平穏に過ごしていたというのに、休みだった俺に電話が掛かってきたのだ。
またしても新羅からだ。あいつと連絡が取れないから、様子を見てきてくれないかと言った。セルティが臨也の自宅の鍵を届けるからと頼まれたが、断った。
だって俺は、あいつの家の鍵をポケットに入れたままだったからだ。そのまま洗濯してしまったことを、思い出した。
きっとスペアがいくつもあるのだろう。臨也から返してくれと連絡は無かった。だがこれなら、理由があると思った。
会いに行く正当な理由だ。鍵を返すのを忘れていたから届ける。ついでに臨也の様子も見て、新羅に報告する。面倒だったが、あいつの家の鍵を持っているのは嫌だった。
エレベーターに乗りこみ最上階までやってきて、廊下に足を踏み入れた瞬間違和感に気づく。あまりのことに、数秒その場に立ち尽くした。
「え…?」
扉が開いているのが見えた。臨也の事務所の玄関だ。頭の中が真っ白になる。
過去に俺は誰か知らないが死体だって見たことがあった。だから多少の事では動揺しないが、さすがに知っている相手だったらびっくりするに決まっている。
臨也は情報屋という裏の仕事をしていた。いつも危険なことばかりをしていたようだが、詳しくは知らない。恨みを買っていて狙われていたらしい、という話は聞いたことがあるが。
「ふ、ざけんじゃねえッ!!」
ハッと我に返り叫びながら廊下を走り室内に入る。心臓がバクバクと高鳴っていて、嫌な汗を掻いていた。覚悟をして事務所内に入ると、辺りを見回す。
そしてソファに臨也が転がっているのを見つける。慌てて近寄って、顔を覗きこんで絶句した。
どうやらまだ死んではいないらしい。だが数日前よりもやつれているようだったし、顔色も良くない。確かめるように口元に手のひらを伸ばすと、微かに息をしているのがわかり少しだけ安堵する。
だがどうして扉が開いているのに、生きているのか不思議だった。誰かがやってきて、そのまま逃げたとして放置するのはおかしい。
室内を見渡しても、荒らされた形跡はない。この間出て行ってから、一切何も変わっていなかった。しかしそこで、気づく。
「いや…おかしいだろ」
改めてもう一度臨也のことを眺めて、確信する。間違いないと。ソファの上に横たわっている臨也は、明らかに衰弱していた。
一週間前に俺が出て行ってからずっと、ここで寝ていたのだろう。室内に生活感がまるで無かったからだ。
よく考えればすぐにわかる。目が見えないというのに、どうやって歩けばいいのだろう。方向もわからず闇雲に歩けば、きっと机にぶつかり上にあるものが落ちたりするはずだ。
落ちている物を拾うのも苦労するだろうし、もっと荒れていてもおかしくない。だけどこの間と変わらないのは、臨也が室内を歩き回っていない証拠だ。さすがにトイレぐらいは行っているだろうが、水を飲まなければ動くこともないだろう。
玄関の扉だって、開いたままなのは閉めなかったからだ。誰かが来たわけではなく、俺が出て行ったままだったとしたら。
俺は新羅から電話で聞いていた。あいつにはお金を出しても、頼れるような相手は居ない。だから連絡がつかないということは、危険なのではないかと。
電話に出ないならまだいいけれど、繋がらなかったらしい。それは、携帯の充電をしなかったか、自ら誰とも連絡するつもりがなく電源を切っていたかだ。とにかく見て来てくれ、と頼まれた。
「まさか」
とても目の前の光景が信じられなくて、その場で呆然と立ち尽くす。これではまるで、餓死しようとしているみたいだと思ったのだ。
そんなわけがないのに。目が見えなくなったぐらいで、臨也が生きるのを諦める様な奴ではないと、俺は充分すぎるぐらい知っているというのに。
暫くどうしたらいいかわからなくて、黙っていた。わけのわからない俺の予想は外れてくれ、と心の底から願った。
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静雄×臨也
臨也の身体機能の一部が不自由になる話 切ない系 静雄視点
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「クソッ、なんで俺が…」
「新羅も随分と酷いことを言ったよね、ほんと」
すぐ隣から声が聞こえてきて思わず苛立ちが沸いたが、ぐっと堪える。池袋からタクシーに乗り新宿まで来たのが台無しになってしまう。覚えのあるマンションが見えてタクシーも止まったので、目的地に着いたのだ。
するとわき腹を軽く突かれて、横を見ると臨也が財布を俺に差し出していた。払ってくれということらしい。
「しょうがねえな」
受け取りメーターに表示されている金額を出すと、釣りはいらないと言ってやった。隣で臨也が笑っているのが見えたが、無視して降りる。続いて臨也も降りるが、地面に足が着く直前に腕を引いて肩に担ぎあげる。
「うわっ!?ちょっと突然は困るってさっきも言っただろ!」
「うるせえ、黙って担がれてろ。俺は荷物を持ってるんだ。荷物だ、荷物…」
臨也が喚いたが怒鳴りつけて黙らせる。ただでさえ苛々しているのに、これ以上あれこれしゃべられてキレたくないと思ったのだ。
本当は、こんなことをしたくはない。相手が臨也でなければ申し訳ない気持ちで素直に手伝ってやれるが、今回は怪我をしたのが仇敵の折原臨也なのだ。複雑な気分なのもしょうがない。
ただの怪我であれば自分でなんとかしろ、と強く言えるがどうやら頭を打って目が見えなくなったらしい。さすがに俺でも、放っておくわけにはいかなくなった。
いや、新羅に頼まれることがなければ無視したはずだ。セルティが他の仕事をしていて送ることができないし、お願いだからと言われた。やけに真剣な表情をしていたので、断れなかった。
新羅は止めていた。臨也がどうしても早く自宅に帰りたいと喚くのを。だけど本人は頑なに聞かなかった。
そのせいで俺が送ることになってしまったので、機嫌は最悪だ。頭打ったぐらいで見えなくなるなんて、ふざけんなと思う。こっちが悪いとわかっていても、謝るなんてできなかった。
「ほら着いたぞ」
「うん、ありがとう」
「……チッ」
だが臨也は簡単に、感謝の言葉を口にする。タクシーに乗せてやった時も驚いたが、家の鍵を開けて中に入ったところで下ろしてやると、それだけでありがとうと言った。
これまでのことを考えると、胸がもやもやする。俺にありがとう、だなんて絶対に言わなかったというのに。舌打ちをしたくなるのは当然だ。
「シズちゃん、もうここでいいよ。充分役に立ってくれたから」
「そうか」
「君が気に病む必要はないよ。避けられなかった俺が悪いんだし、本当は殴りたいんだろ?無理してるのわかってるから、俺達もうこれっきりで会うのはよそう」
「…あ?」
話を聞いていて、驚きと同時に鳥肌が立った。気持ち悪い。明らかに臨也は俺に対して気を遣っていた。
見えないというのに、焦点の合わない瞳を開いて笑っている。見たことがないぐらい、穏やかに。きっと自分がどんな風に微笑んでいるのか、わからないのだろう。
いつも感じる悪意は全く無くて、本音を話しているようにしか感じられなかった。その居心地の悪さに、睨む力を強める。
「シズちゃんは俺を見ると、罪悪感でどうしたらいいかわからなくなるだろ?そんな調子でいられるとこっちも困るし、元々いがみ合っていたじゃないか。嫌いな相手に対して無理することはない。長年君に対していろいろしたけれど、その報いを受けたと思ってくれればいい。シズちゃんの勝ちだ」
「勝ち、って…なんだそれ」
すべてが臨也の言う通りだった。学生の頃から嫌がらせを受けて心の底から殺したいほど憎かったし、見えなくなったと聞いてもざまあみろとしか思わなかった。
だけど、どうしてそれを臨也自身が何でもないみたいに言うのだろうか。おかしい、と感じた。
「なんで手前はそんなに冷静なんだ。俺のせいで失明したんだろ!むかつくだろうが!」
「俺は君のせいで怪我したなんて本当に思ってないよ。腹も立ってない。それにまだ回復するかもしれないし、落ちこんでられないからね」
「…っ、嘘つくんじゃねえ。言いたいことあるなら言えよ!!」
臨也が嘘をついているようには見えなかったが、背筋を駆けあがる寒気がとまらなくて怒鳴る。どう聞いても嫌味としか考えられなかったからだ。
憎んでいない、腹も立たない、自分が悪いなんてあの臨也が思っているわけがない。捻くれた最低野郎なんだと。
「じゃさあ、それあげるから帰ってくれない?」
「…財布のことか」
「そうだけど」
「……ッ、ふざけんじゃねえッ!!」
その瞬間とうとう堪忍袋の緒が切れて、持っていた黒い財布を床に叩きつけてやる。胸糞悪すぎて、殴らないと気が済まなかったので、傍の壁に拳を叩きつけた。
すると当然簡単に手が壁にめりこんで、大きな穴が開く。臨也は黙って見ていたが、変わらず焦点は合っていない。
「ふざけてないよ。それでもう、二度と来ないでくれ」
「ああそうかよ。今までのことも全部、こんなはした金で許してくれっつうのか?そういう奴だよなあ、手前は」
「お金が足りないなら振り込んであげるよ」
「そういう問題じゃねえことぐらいわかってんだろうが!今更謝られたり、金払われても、許すわけねえんだよ!俺の人生を滅茶苦茶にしたのを、償えるわけねえッ!!」
「…そう、だね」
俺が引っかかったのは、二度と来ないでくれという言葉だ。本気だというのなら、殴っていいと思う。
散々振り回して俺の人生を壊しやがったというのに、金で解決させようとしたのだ。最低だ。こんな奴の為に送ってやったことを、後悔する。
「俺を怒らせて楽しいか?心の中では笑ってんだろ」
「楽しくないよ。君は本当に、何もわからないんだね」
「手前のことなんか考えたくもねえ」
「だからさっきから言っているじゃないか。一刻も早く出て行ってくれって」
臨也の表情は変わっていなかった。怒ってもいないし、不気味なぐらい静かに微笑んでいる。これまでだったらしっかりと目を合わせていたので多少感情がわかったが、今はわからない。
何を考えているのか。だけど俺を嫌っていて、これ以上話もしたくないことだけは確かだろう。こっちもそうだったから。
「いいか、手前に命令されたから来ないんじゃねえ。俺がもう二度と会いたくないから、ここには来ない。わかったか!」
「そうしてくれ」
最後まで聞かないうちに、乱暴に扉を開け外に出ると早足で廊下を歩いた。俺はそれっきり会わないつもりだったというのに。
「なんで俺が…クソッ」
池袋からやってくる間に、一体何回呟いただろうか。ポケットに入っている鍵を何度握り潰したい衝動に刈られたかわからない。
臨也と最後に顔を合わせてから、もう一週間は経っていた。すっかり頭の中からあいつのことを忘れて平穏に過ごしていたというのに、休みだった俺に電話が掛かってきたのだ。
またしても新羅からだ。あいつと連絡が取れないから、様子を見てきてくれないかと言った。セルティが臨也の自宅の鍵を届けるからと頼まれたが、断った。
だって俺は、あいつの家の鍵をポケットに入れたままだったからだ。そのまま洗濯してしまったことを、思い出した。
きっとスペアがいくつもあるのだろう。臨也から返してくれと連絡は無かった。だがこれなら、理由があると思った。
会いに行く正当な理由だ。鍵を返すのを忘れていたから届ける。ついでに臨也の様子も見て、新羅に報告する。面倒だったが、あいつの家の鍵を持っているのは嫌だった。
エレベーターに乗りこみ最上階までやってきて、廊下に足を踏み入れた瞬間違和感に気づく。あまりのことに、数秒その場に立ち尽くした。
「え…?」
扉が開いているのが見えた。臨也の事務所の玄関だ。頭の中が真っ白になる。
過去に俺は誰か知らないが死体だって見たことがあった。だから多少の事では動揺しないが、さすがに知っている相手だったらびっくりするに決まっている。
臨也は情報屋という裏の仕事をしていた。いつも危険なことばかりをしていたようだが、詳しくは知らない。恨みを買っていて狙われていたらしい、という話は聞いたことがあるが。
「ふ、ざけんじゃねえッ!!」
ハッと我に返り叫びながら廊下を走り室内に入る。心臓がバクバクと高鳴っていて、嫌な汗を掻いていた。覚悟をして事務所内に入ると、辺りを見回す。
そしてソファに臨也が転がっているのを見つける。慌てて近寄って、顔を覗きこんで絶句した。
どうやらまだ死んではいないらしい。だが数日前よりもやつれているようだったし、顔色も良くない。確かめるように口元に手のひらを伸ばすと、微かに息をしているのがわかり少しだけ安堵する。
だがどうして扉が開いているのに、生きているのか不思議だった。誰かがやってきて、そのまま逃げたとして放置するのはおかしい。
室内を見渡しても、荒らされた形跡はない。この間出て行ってから、一切何も変わっていなかった。しかしそこで、気づく。
「いや…おかしいだろ」
改めてもう一度臨也のことを眺めて、確信する。間違いないと。ソファの上に横たわっている臨也は、明らかに衰弱していた。
一週間前に俺が出て行ってからずっと、ここで寝ていたのだろう。室内に生活感がまるで無かったからだ。
よく考えればすぐにわかる。目が見えないというのに、どうやって歩けばいいのだろう。方向もわからず闇雲に歩けば、きっと机にぶつかり上にあるものが落ちたりするはずだ。
落ちている物を拾うのも苦労するだろうし、もっと荒れていてもおかしくない。だけどこの間と変わらないのは、臨也が室内を歩き回っていない証拠だ。さすがにトイレぐらいは行っているだろうが、水を飲まなければ動くこともないだろう。
玄関の扉だって、開いたままなのは閉めなかったからだ。誰かが来たわけではなく、俺が出て行ったままだったとしたら。
俺は新羅から電話で聞いていた。あいつにはお金を出しても、頼れるような相手は居ない。だから連絡がつかないということは、危険なのではないかと。
電話に出ないならまだいいけれど、繋がらなかったらしい。それは、携帯の充電をしなかったか、自ら誰とも連絡するつもりがなく電源を切っていたかだ。とにかく見て来てくれ、と頼まれた。
「まさか」
とても目の前の光景が信じられなくて、その場で呆然と立ち尽くす。これではまるで、餓死しようとしているみたいだと思ったのだ。
そんなわけがないのに。目が見えなくなったぐらいで、臨也が生きるのを諦める様な奴ではないと、俺は充分すぎるぐらい知っているというのに。
暫くどうしたらいいかわからなくて、黙っていた。わけのわからない俺の予想は外れてくれ、と心の底から願った。
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2012-11-02 (Fri)
*リクエスト企画 june 様
静雄×臨也
臨也の身体機能の一部が不自由になる話 切ない系
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「どこか打ち所が悪かったんじゃないかな?」
「それが医者の言うことか?」
やけに暢気な声で深刻なことを言う友人に心底呆れた。昔からこうだったので期待はしていなかったけれど、もう少し神妙に話すべきだ。大事なことだというのに。
「どちらにしても、これ以上は僕では調べることができない。もっと大きな病院を紹介する、という方法もあるけど…」
「わかったよ」
仕方なく首を振る。納得したわけではないけれど、これ以上は無理だと悟ったからだ。今回ばかりは、周りの助けを借りるわけにもいかない。
それをわかっていたからか、もう新羅も言葉を発することはなかった。いくら金を積んでも、信頼というものは買えはしないのだ。
「…まあ、いつかはこうなるんじゃないかって予想はしてたよ」
「え?」
突然声のトーンを落としなにやら真面目にしゃべりはじめたことに、ほんの少しだけ驚く。眼鏡のフレームを持ちあげたのか、微かに音がした。
見えないと、些細な物音でも繊細に拾ってしまうんだなと改めて思う。開いているはずの瞳には、きっと何も映っていない。
「取り返しのつかない怪我をするって。まさか目が見えなくなるなんて思ってなかったけれど」
悪夢から覚めたけれど、終わってはいなかったのだ。
「はっきり言ってくれていいんだよ、新羅。シズちゃんと喧嘩して、俺が取り返しのつかない怪我をしてしまい、これまでの関係が終わる…ってね」
「臨也」
誰にでも簡単に予測できる未来だった。勿論俺だって、ある程度は考えていた。だから覚悟もしていたし、いくら体を鍛えても常に危険度が高いことは変わらなかった。
昔よりは随分とマシになっていたが、きっとその傲りが今回のことを招いたのだろう。喧嘩中の怪我で目が見えなくなってしまうなんて。
「外傷は全く無いんだ。レントゲンも撮ったし、できる限りは調べてみた。だけど今はこれが限界だ」
新羅は随分と手を尽くしてくれたのだろう。だけど闇医者という職業柄、大っぴらに病院を紹介するわけにはいかない。なによりも、情報屋の折原臨也が失明したという事実が広がってしまうのは困る。
目が見えないことよりも、そっちの方が怖い。恨みは随分と買っていたし、いくら金で人を雇ったとしてもどこからか漏れてしまう。
その時は目よりも俺の存在自体が終わってしまう。だから検査もできないし、身内にも言うことができない。そういう時の為に信頼できる人物を探してはいたが、今回の症状では無理だ。
耳が聞こえないのならまだマシだったが、見えないのだ。気配で相手の裏切りを察知することができるのなら苦労はしないだろう。見えないということがどれほど大きいか、はじめて気づいた。
「きっと半年や一年したら、状況も変わるだろう。君が情報屋で無くなれば、そのうちすべて引き受けてくれる病院が」
「そうなるといいけど」
言葉を遮るように告げたけれど、数年経っても何も変わらないような気がしていた。人の繋がりというものは怖いもので、全くの他人でも意外なところで繋がっているかもしれない。
俺にとっては、恨みや妬みの繋がりしか考えられないけれど。どちらにしても、何もかもを任せられる相手が現れる可能性はゼロだった。新羅はそれを、よく知っている。
「もう一度、聞いていいかな?」
「なにかな?」
数秒間を置いた後に問われて、全身が緊張する。目が見えないから、自分がきちんと取り繕えているかわからなかったのだ。
「心当たりは、本当に無いのかい?」
「さっきも言っただろ」
「君が静雄との喧嘩中に頭を打って気を失った。それだけでこんなことになるなんて、考えにくい。どちらかといういと、精神的なことが絡んで…」
「何も無い」
これまで通りの笑顔を作ってみるけれど、うまく笑えているかは確認できない。当たり前だったことが、見えないことで脆く崩れてしまったのだ。今までの自信さえも失われていた。
見えなければ情報屋もできない。普通に生活することすらも難しい。もう以前までの折原臨也でいられない。
酷い状態だと充分わかっていたけれど、どうしてこうなったのかという原因を、精神的なものだと言い切りたくなかった。医者にさえも、知られなくなかったのだ。
寸前に見た悪夢のせいじゃないのかと。その根本にあるものが、シズちゃんへの叶わない想いだということを。
「数日世話になったみたいだから、治療費は大目に振りこんでおく。ついでで悪いんだけど、運び屋を呼んでくれないかな。このままじゃ自宅にも帰れない」
「待ってよ。何も今すぐ出て行けなんて言ってな…」
「へえ珍しいな。二人きりになれなくて困ってた、って顔に書いてあるけど」
「いくら僕でも病人相手にそんなことは言わない。追い出したら逆に彼女を怒らせてしまう」
ベッドから降りようと上半身を起こして捲し立てたが、新羅が両手で押し戻そうとする。一刻も早く出て行って欲しい癖に、と内心苛立った。だから本音を口にした。
「シズちゃんにバレる前に出て行きたいんだ。頼む」
「えっ、静雄?ああ、それは気にしなくていい。ちゃんと…」
「どうせしゃべったんだろ?だから顔を合わせたく無いんだよ。いいからさっさと首無しを呼んでくれ」
偽らずに言うと、新羅の口調が急に変わった。だから余計に焦った。
俺の狙い通り、発端になったシズちゃんにすべてを話しているらしい。気を失ったのを運んだのも、シズちゃんしか考えられないから。
会うわけにはいかなかった。今後二度と会うつもりなんてない。もし視力が戻ったとしても、絶対にだ。
夢の中のことは鮮明に覚えている。あれは俺の中の不安が具現化しただけのものだろうが、追いつめるには充分だった。間違いなく一度はすべてを諦めて、終わらせることを望んだ。
顔も見たくない、声も聞きたくない、すべてを忘れたいと願った。
「…っ、新羅!」
痛みそうになる胸を必死に堪えながら、早く早くと焦った。力の限り腕を押し返して、小さな悲鳴と床に転がる物音が聞こえてくる。行くなら今だと思った。
だがその時タイミング悪く、部屋の扉が勢いよく開いてしまう。見えなくても嫌な予感を肌で感じて慌てるよりも先に、大声で怒鳴られた。
「臨也!手前起きたのか!!」
「待ってくれ、静雄!」
荒々しい口調から間違いなく苛立ちが感じられ、思わず身構える。しかし新羅が遮った。
「ダメだ!臨也はまだ…」
「うるせえ!ぶん殴ってやらねえと、気が済まねえんだよッ!!」
煩い激昂が室内に響き渡って、ビリビリと空気が震えたような気がした。見えなくてもシズちゃんの怒り顔ぐらい想像できるので、おもわず笑みが浮かんでしまう。
見えない事で不安に落ちっていた気持ちが、一気に戻ってくる。会っても前みたいに振る舞えない、と思い込んでいたけれど違った。それどころか以前よりも心を揺さぶられない。
だって視界には映らないのだ。表情がわからない、というだけで余計なものは見なくて済む。
「ははっ、本当にシズちゃんはさあ」
肩を竦めて笑う。ただでさえ言葉も少ないシズちゃんに、これまでは態度や表情で傷ついたこともあった。だけど今は言葉しかない。恐れるものが少なくなったことに、気持ちが軽くなる。
間違いなくそのことが表情に現れているだろう、と見えはしないのに思った。きっと今の俺は機嫌のいい笑顔を浮かべている。
「あぁっ?」
「ん?」
「なんか手前…変じゃねえか?」
「そ、そうだよ!静雄、驚かないで聞いて欲しいんだけど臨也実は今、目が見えなくなっているんだ」
「あ…?目って、そうか!だから変な感じがしたのか」
見えない俺には二人がどんな顔をしてやり取りしているかはわからない。だけどやけにシズちゃんはあっさりと納得していて、見た目だけで気づいていたのかと驚いた。
視力を失った人間がどんな瞳をしているのか、俺は知らない。それにしても一瞬でわかるものなのだろうか。
「ったく、見えねえんじゃあ殴れねえな。さっさと教えろよ」
「新羅が止めるの聞いてなかった癖に」
「うるせえな、手前は黙ってろ!そんでよお、いつ戻るんだ?」
「さあそれは、僕にもわからないんだ」
シズちゃんと新羅が事情を話し始めたのを、他人事のようにどこか遠くで聞いていた。顔は間違いなく二人の方を向いていたが、意識はぼんやりとしていて言葉が耳を通り抜けていく。
夢みたいだ、と思っていた。これまで人の顔色を窺い些細なことを見逃さないようにして生きてきたので、見えないとどうしていいかわからない。
まるで自分が現実に存在していないみたいに感じられた。言葉を掛けられれば相槌は打つけれど、話しに入ろうとは思わない。元から人とのやりとりを蚊帳の外から見るのが好きだった。
今は間違いなく、普通の人との間に一枚の壁ができている。同等ではなく、遠慮というものが生まれる。それがシズちゃんであっても、これからはきっと。
好きだと固執していたことが何だったのか、と呆れるぐらいあっさりしていた。諦めていた。
いがみ合う関係はさほど変わらないかもしれないけど、前向きな気持ちが一切沸かない。僅かに疼くけど前ほどの気持ちはなくて、このまま吹っ切れるんだと思った。
折原臨也、という人間はもう死んだのかもしれない、と不意に気づいて瞳を伏せた。涙は出るわけがなくて。
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「どこか打ち所が悪かったんじゃないかな?」
「それが医者の言うことか?」
やけに暢気な声で深刻なことを言う友人に心底呆れた。昔からこうだったので期待はしていなかったけれど、もう少し神妙に話すべきだ。大事なことだというのに。
「どちらにしても、これ以上は僕では調べることができない。もっと大きな病院を紹介する、という方法もあるけど…」
「わかったよ」
仕方なく首を振る。納得したわけではないけれど、これ以上は無理だと悟ったからだ。今回ばかりは、周りの助けを借りるわけにもいかない。
それをわかっていたからか、もう新羅も言葉を発することはなかった。いくら金を積んでも、信頼というものは買えはしないのだ。
「…まあ、いつかはこうなるんじゃないかって予想はしてたよ」
「え?」
突然声のトーンを落としなにやら真面目にしゃべりはじめたことに、ほんの少しだけ驚く。眼鏡のフレームを持ちあげたのか、微かに音がした。
見えないと、些細な物音でも繊細に拾ってしまうんだなと改めて思う。開いているはずの瞳には、きっと何も映っていない。
「取り返しのつかない怪我をするって。まさか目が見えなくなるなんて思ってなかったけれど」
悪夢から覚めたけれど、終わってはいなかったのだ。
「はっきり言ってくれていいんだよ、新羅。シズちゃんと喧嘩して、俺が取り返しのつかない怪我をしてしまい、これまでの関係が終わる…ってね」
「臨也」
誰にでも簡単に予測できる未来だった。勿論俺だって、ある程度は考えていた。だから覚悟もしていたし、いくら体を鍛えても常に危険度が高いことは変わらなかった。
昔よりは随分とマシになっていたが、きっとその傲りが今回のことを招いたのだろう。喧嘩中の怪我で目が見えなくなってしまうなんて。
「外傷は全く無いんだ。レントゲンも撮ったし、できる限りは調べてみた。だけど今はこれが限界だ」
新羅は随分と手を尽くしてくれたのだろう。だけど闇医者という職業柄、大っぴらに病院を紹介するわけにはいかない。なによりも、情報屋の折原臨也が失明したという事実が広がってしまうのは困る。
目が見えないことよりも、そっちの方が怖い。恨みは随分と買っていたし、いくら金で人を雇ったとしてもどこからか漏れてしまう。
その時は目よりも俺の存在自体が終わってしまう。だから検査もできないし、身内にも言うことができない。そういう時の為に信頼できる人物を探してはいたが、今回の症状では無理だ。
耳が聞こえないのならまだマシだったが、見えないのだ。気配で相手の裏切りを察知することができるのなら苦労はしないだろう。見えないということがどれほど大きいか、はじめて気づいた。
「きっと半年や一年したら、状況も変わるだろう。君が情報屋で無くなれば、そのうちすべて引き受けてくれる病院が」
「そうなるといいけど」
言葉を遮るように告げたけれど、数年経っても何も変わらないような気がしていた。人の繋がりというものは怖いもので、全くの他人でも意外なところで繋がっているかもしれない。
俺にとっては、恨みや妬みの繋がりしか考えられないけれど。どちらにしても、何もかもを任せられる相手が現れる可能性はゼロだった。新羅はそれを、よく知っている。
「もう一度、聞いていいかな?」
「なにかな?」
数秒間を置いた後に問われて、全身が緊張する。目が見えないから、自分がきちんと取り繕えているかわからなかったのだ。
「心当たりは、本当に無いのかい?」
「さっきも言っただろ」
「君が静雄との喧嘩中に頭を打って気を失った。それだけでこんなことになるなんて、考えにくい。どちらかといういと、精神的なことが絡んで…」
「何も無い」
これまで通りの笑顔を作ってみるけれど、うまく笑えているかは確認できない。当たり前だったことが、見えないことで脆く崩れてしまったのだ。今までの自信さえも失われていた。
見えなければ情報屋もできない。普通に生活することすらも難しい。もう以前までの折原臨也でいられない。
酷い状態だと充分わかっていたけれど、どうしてこうなったのかという原因を、精神的なものだと言い切りたくなかった。医者にさえも、知られなくなかったのだ。
寸前に見た悪夢のせいじゃないのかと。その根本にあるものが、シズちゃんへの叶わない想いだということを。
「数日世話になったみたいだから、治療費は大目に振りこんでおく。ついでで悪いんだけど、運び屋を呼んでくれないかな。このままじゃ自宅にも帰れない」
「待ってよ。何も今すぐ出て行けなんて言ってな…」
「へえ珍しいな。二人きりになれなくて困ってた、って顔に書いてあるけど」
「いくら僕でも病人相手にそんなことは言わない。追い出したら逆に彼女を怒らせてしまう」
ベッドから降りようと上半身を起こして捲し立てたが、新羅が両手で押し戻そうとする。一刻も早く出て行って欲しい癖に、と内心苛立った。だから本音を口にした。
「シズちゃんにバレる前に出て行きたいんだ。頼む」
「えっ、静雄?ああ、それは気にしなくていい。ちゃんと…」
「どうせしゃべったんだろ?だから顔を合わせたく無いんだよ。いいからさっさと首無しを呼んでくれ」
偽らずに言うと、新羅の口調が急に変わった。だから余計に焦った。
俺の狙い通り、発端になったシズちゃんにすべてを話しているらしい。気を失ったのを運んだのも、シズちゃんしか考えられないから。
会うわけにはいかなかった。今後二度と会うつもりなんてない。もし視力が戻ったとしても、絶対にだ。
夢の中のことは鮮明に覚えている。あれは俺の中の不安が具現化しただけのものだろうが、追いつめるには充分だった。間違いなく一度はすべてを諦めて、終わらせることを望んだ。
顔も見たくない、声も聞きたくない、すべてを忘れたいと願った。
「…っ、新羅!」
痛みそうになる胸を必死に堪えながら、早く早くと焦った。力の限り腕を押し返して、小さな悲鳴と床に転がる物音が聞こえてくる。行くなら今だと思った。
だがその時タイミング悪く、部屋の扉が勢いよく開いてしまう。見えなくても嫌な予感を肌で感じて慌てるよりも先に、大声で怒鳴られた。
「臨也!手前起きたのか!!」
「待ってくれ、静雄!」
荒々しい口調から間違いなく苛立ちが感じられ、思わず身構える。しかし新羅が遮った。
「ダメだ!臨也はまだ…」
「うるせえ!ぶん殴ってやらねえと、気が済まねえんだよッ!!」
煩い激昂が室内に響き渡って、ビリビリと空気が震えたような気がした。見えなくてもシズちゃんの怒り顔ぐらい想像できるので、おもわず笑みが浮かんでしまう。
見えない事で不安に落ちっていた気持ちが、一気に戻ってくる。会っても前みたいに振る舞えない、と思い込んでいたけれど違った。それどころか以前よりも心を揺さぶられない。
だって視界には映らないのだ。表情がわからない、というだけで余計なものは見なくて済む。
「ははっ、本当にシズちゃんはさあ」
肩を竦めて笑う。ただでさえ言葉も少ないシズちゃんに、これまでは態度や表情で傷ついたこともあった。だけど今は言葉しかない。恐れるものが少なくなったことに、気持ちが軽くなる。
間違いなくそのことが表情に現れているだろう、と見えはしないのに思った。きっと今の俺は機嫌のいい笑顔を浮かべている。
「あぁっ?」
「ん?」
「なんか手前…変じゃねえか?」
「そ、そうだよ!静雄、驚かないで聞いて欲しいんだけど臨也実は今、目が見えなくなっているんだ」
「あ…?目って、そうか!だから変な感じがしたのか」
見えない俺には二人がどんな顔をしてやり取りしているかはわからない。だけどやけにシズちゃんはあっさりと納得していて、見た目だけで気づいていたのかと驚いた。
視力を失った人間がどんな瞳をしているのか、俺は知らない。それにしても一瞬でわかるものなのだろうか。
「ったく、見えねえんじゃあ殴れねえな。さっさと教えろよ」
「新羅が止めるの聞いてなかった癖に」
「うるせえな、手前は黙ってろ!そんでよお、いつ戻るんだ?」
「さあそれは、僕にもわからないんだ」
シズちゃんと新羅が事情を話し始めたのを、他人事のようにどこか遠くで聞いていた。顔は間違いなく二人の方を向いていたが、意識はぼんやりとしていて言葉が耳を通り抜けていく。
夢みたいだ、と思っていた。これまで人の顔色を窺い些細なことを見逃さないようにして生きてきたので、見えないとどうしていいかわからない。
まるで自分が現実に存在していないみたいに感じられた。言葉を掛けられれば相槌は打つけれど、話しに入ろうとは思わない。元から人とのやりとりを蚊帳の外から見るのが好きだった。
今は間違いなく、普通の人との間に一枚の壁ができている。同等ではなく、遠慮というものが生まれる。それがシズちゃんであっても、これからはきっと。
好きだと固執していたことが何だったのか、と呆れるぐらいあっさりしていた。諦めていた。
いがみ合う関係はさほど変わらないかもしれないけど、前向きな気持ちが一切沸かない。僅かに疼くけど前ほどの気持ちはなくて、このまま吹っ切れるんだと思った。
折原臨也、という人間はもう死んだのかもしれない、と不意に気づいて瞳を伏せた。涙は出るわけがなくて。
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2012-10-31 (Wed)
*リクエスト企画 june 様
静雄×臨也
臨也の身体機能の一部が不自由になる話 切ない系
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不意に顔をあげたら、鋭い視線とぶつかって肩が大袈裟にビクンと跳ねた。瞬間強い衝撃が全身を襲う。
『手前バカじゃねえのか。バカだろ。ふざけんな!』
「いっ、ぁ、あぁあ…ッ!?」
聞こえるはずのない声が勝手に聞こえてきて、唇が震える。タイミングよく性器が無理矢理挿入されたので、目元から一気に涙が溢れた。当たり前だ。
濡らしはしたもののほとんど慣らしもせずに行為をしているのだから、痛みを感じてしまう。でもこれから先のことを思うと、俺にはこれぐらいでちょうどいい。
夢なのだから、これは。元からさっきの人物のことも信じていなかったし、だったら都合よく楽しもうとした。そうできればよかった。
だけどできなかった。喜びを感じてしまったら、シズちゃんへの好意が今まで以上に強くなる。起こってもいない、何も生まない行為に捕らわれて苦しむわけにはいかなかった。
「くっ、そ…キツ…!」
「はぁ、あっ、うぅんぁ…あ、優しくしなくて、いいから…動い、て」
これまでどんな怪我をしても、今日ほど胸が引き裂かれそうになるほど痛んだことはない。実際に体にも負担が掛かっているし、涙が後から後から流れてくる。
命令するように言った直後に、怪訝な表情をしたまま性器が引き抜かれた。しかし終わったわけではなく、腰が掴まれると座っているシズちゃんの上に座らされるように体勢を変えられてしまう。
「っ、あ…ぁ…」
目で確認してはいないが、さっきは多分先端部分しか挿入されていなかった。騎乗位の体勢だと間違いなく腰を下ろせば重力に従って、性器が入って来る。
痛みと恐怖を思い出して、瞬間震えた。俺が女性であれば、もっと中を自分で濡らし滑りを良くすれば苦しいことも無いだろうに、と考えてしまう。想像してしまった、のだ。
常識なんか一切通じない夢の中で、なんでも思い通りになる世界で。
「んっ……え?」
すると急に体の奥が熱くなり、後ろに宛がわれた性器が擦れた部分から、ぐちゅりと淫猥な音がした。慌ててそこを覗きこむように顔を近づけると、ローションに濡れたみたいにそこはぬるついている。
粘液は透明だったけれど、間違いなく俺自身から大量に溢れていた。あまりに想定外すぎる事態に驚き硬直していると、俺のことなんか知らない偽者のシズちゃんが腰を掴んでいた手を離す。
「えっ、あ、あっ…んぁっ、あ、ああぁ!!」
気づいた時には遅く、そのままストンと腰を下ろした。つまりそれは、シズちゃんのものをすべて全部受け入れたということで。
「嘘だ…ぁ、ああ、んっ、ひぅ…ほんと、に入って…る?」
さっきよりも大袈裟に全身が震えていた。それは困惑だけではなく、痛みも無く受け入れてしまったことへの恐怖かもしれない。本能が痛みに耐えられなくて、そのまま繋がってしまった。
こんなつもりじゃなかった、と頭の中は真っ白になる。相手は待ってくれなかったけれど。
「あ、ぁあぁっ!?ちょ…っ、とシズちゃ…ぁ、んぁあ!」
「これなら気持ちいい」
「…ッ!?」
その時真下から突き上げてくるシズちゃんが、普段よりも優しげな声で言った。やけに満足そうで、ぞっとしてしまう。何か見てはいけないものを、俺は見てしまったかのような。
「俺達セックスしてんだぜ、なあ臨也」
「ふっ、あ!?なに、っ…え?ぁ、あぁ、なん、で…?待って、俺はなにも命令してな…」
どうしてか、シズちゃんは笑っていた。まるで心の底からセックスをしていることを喜んでいるような、笑顔だ。
思い通りになる世界だと、夢だと思っていた。だけど逆転していた。途端にさっきの女性も、目の前の相手も、何もかもがおかしく見えてしまう。
嵌められた。これは悪夢だ、とすぐに感じた。
「や、やめろ!やめろって…や、め…っ、あ、んぁ、っ、ああ!」
「暴れんなって。ほら、するんだろ?」
「…えっ!?」
ニヤリとシズちゃんが口元を歪めた途端、靄がかかっていた景色に色が映り見覚えのある場所だと気づく。いつの間にかソファの上で二人共寝転がっていたし、どう見ても新宿の俺の事務所だった。
呆然としていると、右腕を強く引かれて前のめりに倒れそうになる。繋がっているので完全に倒れはしなかったが、なぜかキスをされてしまう。
「んっ!?」
「キスして、セックスして、好きって言って貰いてえんだろ?」
すぐに離れたけれど、すかさずとんでもないことを言われてしまう。勝手に頬が熱くなり、自分が優勢になったからとベラベラしゃべったのを後悔した。
「違う、っ…!」
「なんだよ、もっと喜べよ」
何かを引き換えにして一瞬でもシズちゃんが手に入るなら、瞳だろうが命だろうが構わないと思った。だけどそれは間違いだったらしい。
涙は一向に止まる気配はなく、ボロボロと溢れていく。パニックに陥りすぎていて、正直セックスとか、気持ちいいとか二の次になっていた。折角繋がっているというのに。
「嫌だ、っ…偽者、だ…こんなの、全部偽り、んぁ、っ…んぅ!?」
「好きだ、臨也」
行為はどんどん激しくなっていって、互いの肌がぶつかり合い派手な音が室内に響き渡る。あまりにも揺さぶられすぎて、たまに意識が飛びそうになり、すべてを投げ出したくなってしまう。
偽者でもいいじゃないか。悪夢でも、そうでなくても、こんなこと起こりはしないんだから楽しめばいいと。
「はぁ、あっ、うぅ、く…っ、い、やだ…絶対」
誘惑に飲まれそうになる寸前に、ギリギリと歯を食いしばって耐える。これは悪い夢だから、拒絶しなければいけない。俺自身が望んでいたことは、もっと別のものだと頭を振った。
「違うのか?じゃあ手前は何が欲しいんだ?」
やけに鮮明な声が聞こえてきて、ハッと気づく。するとシズちゃんの動きが止まっていて、眼前に顔があった。間近で睨みつける瞳が見える。
普段喧嘩している時に対峙した表情と同じだった。俺に対する憎しみしか映っていない。いつもだったら同じように見つめ返したかもしれないが、安堵した。
「わ、かんない…自分でも、もう」
「なんだと?」
「一つだけ、言えるのは…」
大きく息をついた後、それまで無抵抗だった体を引き逃げながら言った。
「シズちゃんなんか、いらない。もうこんなの、夢にまで見るなんて…たくさんだ!!」
すべてを否定するように怒鳴る。悪夢ならば、ここで消えてくれてもいいのに、じっとこちらを見つめる視線はなくならなかった。
俺は心の底から訴えたのに。どうして、なんで、と癇癪を起こしたみたいに滅茶苦茶に暴れ始める。
「嫌いだ、ッ!大嫌い、死ね、もう顔なんて見たくない!声だって聞きたくない、一人にしてくれ!俺の心から消えてよッ!!」
出会ってからずっと抱えていた思いを吐露する。どうして好きになってしまったのか、幾度後悔したかわからないぐらい繰り返していた。忘れようとしても忘れられなくて、遂にはこんな悪夢まで見たのだ。
これは一生続いていく。そう自覚すると背筋が震えた。叫んで消えてくれるのなら、いくらでも喉が枯れるまで叫ぼうと思う。
「俺はいつになったら、シズちゃんから逃げられるの…?」
一通り叫んだ後、小声でボソリと呟いた。すると突然両肩を思いっきり掴まれて、抱かれる。頬がシズちゃんの左肩に押さえつけられた。
「逃がさねえよ」
「そう…じゃあもう好きにしていいよ」
夢だとわかっていても、死ぬまで苦しみが続くと思うと耐えられなかった。保っていた心が折れたのだ。
ズキズキと相変わらず胸の辺りが痛んで息苦しかったけれど、一つだけ逃げられる方法があった。それを口にする。
「殺してよ…何も感じられないように」
ゆっくりと瞳を閉じて、告げる。それだけは選択してはいけない逃げだったけれど、追いつめられた俺にはもう他に浮かばなかった。
何も見えなくなった途端にシズちゃんのぬくもりを感じて、ほんの少しだけ気分が落ち着く。偽者だろうが、見えなくなってしまえば、意地になっていたことがどうでもよくなってしまう。
真実から目を背けるだけで、こんなにも変わるのかと強く思った。まだ繋がっている部分があたたかくて、唐突に欲しかったものが蘇ってくる。
キスしたかったわけじゃない。セックスしたかったわけじゃない。好きという言葉が欲しかったわけじゃない。
シズちゃんが俺の思い通りになるのなら、確かな体の繋がりが欲しいと思ったのだ。一瞬でも同じ想いになれるなら、と願ったけれど間違っていた。
「シズちゃ、ん…?」
ちゃんと聞いているのか、と問いかけたけれど返事はなく急に眠気が襲ってきて、やっと最低な悪夢から抜け出せると安堵した。
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静雄×臨也
臨也の身体機能の一部が不自由になる話 切ない系
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不意に顔をあげたら、鋭い視線とぶつかって肩が大袈裟にビクンと跳ねた。瞬間強い衝撃が全身を襲う。
『手前バカじゃねえのか。バカだろ。ふざけんな!』
「いっ、ぁ、あぁあ…ッ!?」
聞こえるはずのない声が勝手に聞こえてきて、唇が震える。タイミングよく性器が無理矢理挿入されたので、目元から一気に涙が溢れた。当たり前だ。
濡らしはしたもののほとんど慣らしもせずに行為をしているのだから、痛みを感じてしまう。でもこれから先のことを思うと、俺にはこれぐらいでちょうどいい。
夢なのだから、これは。元からさっきの人物のことも信じていなかったし、だったら都合よく楽しもうとした。そうできればよかった。
だけどできなかった。喜びを感じてしまったら、シズちゃんへの好意が今まで以上に強くなる。起こってもいない、何も生まない行為に捕らわれて苦しむわけにはいかなかった。
「くっ、そ…キツ…!」
「はぁ、あっ、うぅんぁ…あ、優しくしなくて、いいから…動い、て」
これまでどんな怪我をしても、今日ほど胸が引き裂かれそうになるほど痛んだことはない。実際に体にも負担が掛かっているし、涙が後から後から流れてくる。
命令するように言った直後に、怪訝な表情をしたまま性器が引き抜かれた。しかし終わったわけではなく、腰が掴まれると座っているシズちゃんの上に座らされるように体勢を変えられてしまう。
「っ、あ…ぁ…」
目で確認してはいないが、さっきは多分先端部分しか挿入されていなかった。騎乗位の体勢だと間違いなく腰を下ろせば重力に従って、性器が入って来る。
痛みと恐怖を思い出して、瞬間震えた。俺が女性であれば、もっと中を自分で濡らし滑りを良くすれば苦しいことも無いだろうに、と考えてしまう。想像してしまった、のだ。
常識なんか一切通じない夢の中で、なんでも思い通りになる世界で。
「んっ……え?」
すると急に体の奥が熱くなり、後ろに宛がわれた性器が擦れた部分から、ぐちゅりと淫猥な音がした。慌ててそこを覗きこむように顔を近づけると、ローションに濡れたみたいにそこはぬるついている。
粘液は透明だったけれど、間違いなく俺自身から大量に溢れていた。あまりに想定外すぎる事態に驚き硬直していると、俺のことなんか知らない偽者のシズちゃんが腰を掴んでいた手を離す。
「えっ、あ、あっ…んぁっ、あ、ああぁ!!」
気づいた時には遅く、そのままストンと腰を下ろした。つまりそれは、シズちゃんのものをすべて全部受け入れたということで。
「嘘だ…ぁ、ああ、んっ、ひぅ…ほんと、に入って…る?」
さっきよりも大袈裟に全身が震えていた。それは困惑だけではなく、痛みも無く受け入れてしまったことへの恐怖かもしれない。本能が痛みに耐えられなくて、そのまま繋がってしまった。
こんなつもりじゃなかった、と頭の中は真っ白になる。相手は待ってくれなかったけれど。
「あ、ぁあぁっ!?ちょ…っ、とシズちゃ…ぁ、んぁあ!」
「これなら気持ちいい」
「…ッ!?」
その時真下から突き上げてくるシズちゃんが、普段よりも優しげな声で言った。やけに満足そうで、ぞっとしてしまう。何か見てはいけないものを、俺は見てしまったかのような。
「俺達セックスしてんだぜ、なあ臨也」
「ふっ、あ!?なに、っ…え?ぁ、あぁ、なん、で…?待って、俺はなにも命令してな…」
どうしてか、シズちゃんは笑っていた。まるで心の底からセックスをしていることを喜んでいるような、笑顔だ。
思い通りになる世界だと、夢だと思っていた。だけど逆転していた。途端にさっきの女性も、目の前の相手も、何もかもがおかしく見えてしまう。
嵌められた。これは悪夢だ、とすぐに感じた。
「や、やめろ!やめろって…や、め…っ、あ、んぁ、っ、ああ!」
「暴れんなって。ほら、するんだろ?」
「…えっ!?」
ニヤリとシズちゃんが口元を歪めた途端、靄がかかっていた景色に色が映り見覚えのある場所だと気づく。いつの間にかソファの上で二人共寝転がっていたし、どう見ても新宿の俺の事務所だった。
呆然としていると、右腕を強く引かれて前のめりに倒れそうになる。繋がっているので完全に倒れはしなかったが、なぜかキスをされてしまう。
「んっ!?」
「キスして、セックスして、好きって言って貰いてえんだろ?」
すぐに離れたけれど、すかさずとんでもないことを言われてしまう。勝手に頬が熱くなり、自分が優勢になったからとベラベラしゃべったのを後悔した。
「違う、っ…!」
「なんだよ、もっと喜べよ」
何かを引き換えにして一瞬でもシズちゃんが手に入るなら、瞳だろうが命だろうが構わないと思った。だけどそれは間違いだったらしい。
涙は一向に止まる気配はなく、ボロボロと溢れていく。パニックに陥りすぎていて、正直セックスとか、気持ちいいとか二の次になっていた。折角繋がっているというのに。
「嫌だ、っ…偽者、だ…こんなの、全部偽り、んぁ、っ…んぅ!?」
「好きだ、臨也」
行為はどんどん激しくなっていって、互いの肌がぶつかり合い派手な音が室内に響き渡る。あまりにも揺さぶられすぎて、たまに意識が飛びそうになり、すべてを投げ出したくなってしまう。
偽者でもいいじゃないか。悪夢でも、そうでなくても、こんなこと起こりはしないんだから楽しめばいいと。
「はぁ、あっ、うぅ、く…っ、い、やだ…絶対」
誘惑に飲まれそうになる寸前に、ギリギリと歯を食いしばって耐える。これは悪い夢だから、拒絶しなければいけない。俺自身が望んでいたことは、もっと別のものだと頭を振った。
「違うのか?じゃあ手前は何が欲しいんだ?」
やけに鮮明な声が聞こえてきて、ハッと気づく。するとシズちゃんの動きが止まっていて、眼前に顔があった。間近で睨みつける瞳が見える。
普段喧嘩している時に対峙した表情と同じだった。俺に対する憎しみしか映っていない。いつもだったら同じように見つめ返したかもしれないが、安堵した。
「わ、かんない…自分でも、もう」
「なんだと?」
「一つだけ、言えるのは…」
大きく息をついた後、それまで無抵抗だった体を引き逃げながら言った。
「シズちゃんなんか、いらない。もうこんなの、夢にまで見るなんて…たくさんだ!!」
すべてを否定するように怒鳴る。悪夢ならば、ここで消えてくれてもいいのに、じっとこちらを見つめる視線はなくならなかった。
俺は心の底から訴えたのに。どうして、なんで、と癇癪を起こしたみたいに滅茶苦茶に暴れ始める。
「嫌いだ、ッ!大嫌い、死ね、もう顔なんて見たくない!声だって聞きたくない、一人にしてくれ!俺の心から消えてよッ!!」
出会ってからずっと抱えていた思いを吐露する。どうして好きになってしまったのか、幾度後悔したかわからないぐらい繰り返していた。忘れようとしても忘れられなくて、遂にはこんな悪夢まで見たのだ。
これは一生続いていく。そう自覚すると背筋が震えた。叫んで消えてくれるのなら、いくらでも喉が枯れるまで叫ぼうと思う。
「俺はいつになったら、シズちゃんから逃げられるの…?」
一通り叫んだ後、小声でボソリと呟いた。すると突然両肩を思いっきり掴まれて、抱かれる。頬がシズちゃんの左肩に押さえつけられた。
「逃がさねえよ」
「そう…じゃあもう好きにしていいよ」
夢だとわかっていても、死ぬまで苦しみが続くと思うと耐えられなかった。保っていた心が折れたのだ。
ズキズキと相変わらず胸の辺りが痛んで息苦しかったけれど、一つだけ逃げられる方法があった。それを口にする。
「殺してよ…何も感じられないように」
ゆっくりと瞳を閉じて、告げる。それだけは選択してはいけない逃げだったけれど、追いつめられた俺にはもう他に浮かばなかった。
何も見えなくなった途端にシズちゃんのぬくもりを感じて、ほんの少しだけ気分が落ち着く。偽者だろうが、見えなくなってしまえば、意地になっていたことがどうでもよくなってしまう。
真実から目を背けるだけで、こんなにも変わるのかと強く思った。まだ繋がっている部分があたたかくて、唐突に欲しかったものが蘇ってくる。
キスしたかったわけじゃない。セックスしたかったわけじゃない。好きという言葉が欲しかったわけじゃない。
シズちゃんが俺の思い通りになるのなら、確かな体の繋がりが欲しいと思ったのだ。一瞬でも同じ想いになれるなら、と願ったけれど間違っていた。
「シズちゃ、ん…?」
ちゃんと聞いているのか、と問いかけたけれど返事はなく急に眠気が襲ってきて、やっと最低な悪夢から抜け出せると安堵した。
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2012-10-22 (Mon)
*リクエスト企画 高千穂様
静雄×臨也 18禁
性的虐待の被害者な臨也で静雄の前で症状発症する話
※モブ×臨也の表現がありますので注意下さい
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静雄×臨也 18禁
性的虐待の被害者な臨也で静雄の前で症状発症する話
※モブ×臨也の表現がありますので注意下さい
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「本当に薄情だねえ、シズちゃんって」
「ああっ?言いたいことあるならはっきり言えよ」
(こうなるってわかってた。最悪、最低、少しでも期待した俺がバカだったんだ)
心の中だけで罵倒してみるが、虚しいだけだった。はじめからわかりきっていたことだ。必死に言い聞かせるが、怒りは抑えることができない。
「同じ時間、同じ場所で会えば少しはどうなるかと思ったんだけどねえ」
「なんだよ。ぶん殴られてえのか?」
「昨日ベロベロに酔っぱらってたシズちゃんは、やっぱり俺に会ったこと…覚えてないかな?」
とうとう額に青筋を浮かべて切れ始めたので、仕方なく本題を告げる。すると驚いたような表情をした後に、あっさりと言った。
「覚えてねえよ。手前に会ったなんて、酔っぱらってなくてもすぐに忘れちまいたいに決まってんだろうが」
「そうだよねえ、よくわかった」
大きくため息を吐いた後に、体を捻ってシズちゃんと反対側を向き一歩踏み出した。これ以上話すことなんてない。しっかりと前を向いてはいたが、瞳には何も映ってはいなかった。
虚しい、悔しいと思うのに、うまく言葉にできない。だから黙って去ることにしたのだ。
「おい、待てよ!」
背後から叫び声がしたが、気にせずに進むとそれ以上はもう呼ばれることはなかった。きっと苛立ちながら反対側へ歩き出したんだろう。
いつもみたいに追いかけてこない。俺はずっとそのことが怖かった。いがみ合っているうちはいいけれど、そのうち興味を無くしてシズちゃんが追いかけて来なくなるのを心底恐れていたのだ。
でも実際そうなってみたら、何をバカなことを考えていたんだろうと思うだけだ。虚無感が全身を襲い、駅へと向かいながら頭の中は空っぽだった。
俺はシズちゃんのことが、昔からずっと好きだった。出会った頃から長い間、もう十年近く経とうとしている。
しかし気持ちを伝えるつもりも、表に出すつもりもなかった。因縁の仲として過ごしていければ良かっただけだったのに、昨晩唐突に事件が起きたのだ。
池袋で仕事が終わり、帰り道で酔っぱらったシズちゃんに出くわした。驚いたけれど、普段とは違い怒られることもキレられることもなく、突然手を引かれてなぜか路地裏に連れて行かれてしまう。
「ちょ、っと…!なんだよ!!」
「なあ、おい臨也」
「酒臭いって!近寄るな、離せ、腕が痛いだろ!!」
捕まったのは、いつもと態度が違いやけに自然と手を取られたからだ。警戒が緩んだにしてはお粗末すぎて笑えなかった。なんとか逃げ出そうとしたけれど、背中をビルの壁に押しつけられ動けなくなる。
アルコールの匂いが鼻について、顔を顰めたがシズちゃんは身を乗り出して俺に寄ってきた。互いに息がかかりそうなぐらい近くて、これはちょっといろんな意味で、抑えている気持ちがヤバイと両肩を押した。
しかし全く微動だにせず、じっと見つめられてしまう。だから言葉に詰まって、視線を逸らした。その瞬間。
「んっ…う!?」
視界いっぱいに肌色が広がって焦点が合わず、唇にあたたかい感触を覚えた。何をされたのか一瞬で理解したが、認めたくなくて肩がビクンと震える。
だがそれだけでは終わらず、あろうことか舌が口内に差し込まれようとしていたので慌てて足の脛を蹴り飛ばす。当然通じるわけが無かった。
「ぐっ、う…っ、は!やめ、ろって!!」
懸命に顔を左右に振って逃れると、大声で叫んだ。するとあまりに近くで叫びうるさかった為か、シズちゃんが顔を顰め表情が険しくなった。今だと思い少し体を屈ませて腕から抜け出る。
これで逃げられる、と思ったのに突然動くが止まった。振り返るとコートの裾を掴まれていたのだ。
「離せ、っ!」
「逃げんじゃねえよ。いいからこっちに来い」
「ふざけんな!キスするなんてなに考えてんだよ!酔っ払いの癖に、ッ…どうせ明日には忘れてる癖に!!」
「ああっ?なに言ってんのかわかんねえいいから…」
まさかシズちゃんが、酔っぱらったら無節操にキスしたくなる性格だなんて知らなかった。普段はあまり飲まないのに、どうやら今日は上司にでもつきあわされたのだろう。いい迷惑だ。
この調子だとどうせ明日にはすべてを忘れているだろう。それが許せなかった。こっちは素面だし、キスなんてされたくはなかった。
「キスなんて、最低!死ねよ!!」
「あっ、手前いざやあああッ!!」
すかさずポケットからナイフを取り出し、二本ほどシズちゃんの体に投げつけ最後にコートの裾を自分で裂いた。そして振り返らずに走り、必死の形相で逃げる。
心の中ではシズちゃんへの恨み言ばかりを唱えて、駅にたどり着くまで足は止めなかった。さすがに酔っ払いの状態では追い切れなかったらしい。
ようやく振り返ると、人ごみの中にバーテン服の姿は無かった。安堵したけれど、まだ心臓はバクバクと鳴っている。なるべく平静を装っていたが、きっと動作に不自然さはあっただろう。
結局一晩中眠れはせず、仕事でもミスを連発してしまって耐えきれなくなって、同じ場所に来たのだ。まさか覚えていないだろう、と思っていたけど予想と同じだった。
僅かな淡い期待は無残に引き裂かれて、みじめな気分だ。何も起きなければそのまま普通に過ごせたのに、まだキスの感触を覚えている。舌まで入れられそうになったぐらいだ。
知らなければよかった。あたたかい腕と唇のことを知ってしまったら、感情が抑えられなくなって、無駄だと気づきつつバカなことをしてしまった。
「もうシズちゃんのことなんて…知らない」
誰にも聞かれないように、小声で呟く。それは自分自身への決意だった。
恋心なんて、いつまで引きずっていても無駄だ。いつも一方的に傷つけられて、向こうは何も知らず変わらない。俺だけがダメージを受け続けて、きっと最後には耐えられなくなるだろう。
わかりきっていたから、いつかは決別しなければいけないと思っていた。多分その時なのだ。
今後はなるべく池袋の仕事はしないし、会わないように注意すればいい。たったそれだけで、ストレスはなくなる。簡単なのに、今まで気をつけなかっただけだ。
暗い路地裏を抜けて駅前の通りに出る。長い間縛られてきたけれど、もうたくさんだ。疲れた。大きく深呼吸すると足を早める。そして新宿へと戻った。
頭の中では、もう完全に吹っ切ったと思っていた。だけど、どうやらそうではなかったらしい。普段なら起こらないことが起きてしまったのだ。注意を怠るというミスのせいで。
自宅に近づき気が緩んでいたのかもしれない。突如携帯が鳴り、それに出ようとしてポケットに手を入れた瞬間隙ができて、直後に全身を痛みが襲った。
「…ッ!?」
背中から殴られたと察知した時には遅く、そのまま地面に倒れこんでいく。頭からぶつけると思った寸前に背後から体を支えられて、強制的に起こされる。
「よお、折原」
「っ、誰…だ!」
とっさに携帯を落としポケットからナイフを取り出そうとしたが、反対側から手が伸びてきて遮られる。それどころか、もう一本の腕が顔の前に差し出され持っていたハンカチでいきなり口を押さえつけられる。
声を出すことができなくなって、慌ててもがく。これでは助けを呼ぶこともできなくなるからだ。しかし口内のものを吐き出す前に、左右から腕を掴まれ男三人がかりで運ばれ始める。
向かっている先は俺の事務所で、エントランスに入るとポケットを探られ鍵を取り出し開けられる。抗いたくてもがっちり押さえつけられているので顔を顰めるだけだった。
「んっ、うぅ!んっ、ふぅ!!」
「後少しだから黙ってろ」
そのままエレベーターに乗りこみ最上階まで着くと、迷いなく俺の事務所兼自宅へと辿り着き鍵を開けた。当然室内に押し込まれて、一直線に応接用のソファへと連れて行かれる。
案の定おもいっきりソファの上に転がされて、うつぶせにさせられた。慌てて後ろを向くと、一人の男が手錠を取り出し両手に嵌められてしまう。
腕は解放されたけれど、左右に動かそうとしてもほとんどさっきまでと変わらない。このままでは絶対にマズイ、と思い焦りながらもがく。逃れる方法も浮かばなかったが、まだ体力があるうちに抵抗しないと今後を考えると先が見えない。
「っ、うぅ…く、っ、んうぅ、ぐ!」
「喚いたって無駄だぜ。どうせ防音設備は整ってんだろ?残念だったな」
言われて後ろを振り向き男の顔を睨みつける。覚えは無いので、別の男を眺めるが同じだった。こいつらと会ったことは多分無い。恨まれることなんて多すぎて、心当たりが絞り込めなかった。
気持ち悪くニヤつく男は、ポケットから突然注射器を取り出す。嫌な予感しかしなくて、背中を汗が伝った。
「あんたは知らないだろうが、俺の仲間が薬でおかしくなっちまっったんだ。誰が売ったのか探ってたら、情報屋の折原って奴に辿り着いた」
「俺の彼女も、同じ薬で病院送りだ」
「こっちは妹と、友達だ。俺達ネットで知り合って、あんたを同じ目に遭わせようって計画したんだよ」
急にしゃべりはじめた男達を見ながら、随分と陳腐な計画だなと内心笑う。俺を捕えたことで気が大きくなったからなのか、自慢げに話す。
薬なんて知らない。しかしよく知っているとも言える。
普段取引のある上客が、製薬会社の人間だったり、裏の仕事をしているヤクザだったりする。勿論売人だって混じっていた。どこから漏れたのかわからない。
「さすがに同じ薬は手に入れることができなかった。高いしな。あんたは、粗悪品の媚薬で充分だろ?」
「うっ、んぅう!?」
媚薬だと聞いて目を丸くする。まさかこいつらは俺をレイプするつもりなのか、と改めて見つめてゾッとした。男相手の経験は当たり前だが一切無い。
「男が男の性欲処理、いや便器になるなんてみっともねえよな」
残りの二人が俺の右腕をしっかりと押さえつけたが、そいつらの手にも同じ注射器が握られていた。喉がひくり、と震える。
「たっぷり犯してやるよ」
「復讐だからな」
直後に手首部分の布が破れる音がして、痛みが走る。心の中で、シズちゃんのせいだと恨みを呟いた。
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「ああっ?言いたいことあるならはっきり言えよ」
(こうなるってわかってた。最悪、最低、少しでも期待した俺がバカだったんだ)
心の中だけで罵倒してみるが、虚しいだけだった。はじめからわかりきっていたことだ。必死に言い聞かせるが、怒りは抑えることができない。
「同じ時間、同じ場所で会えば少しはどうなるかと思ったんだけどねえ」
「なんだよ。ぶん殴られてえのか?」
「昨日ベロベロに酔っぱらってたシズちゃんは、やっぱり俺に会ったこと…覚えてないかな?」
とうとう額に青筋を浮かべて切れ始めたので、仕方なく本題を告げる。すると驚いたような表情をした後に、あっさりと言った。
「覚えてねえよ。手前に会ったなんて、酔っぱらってなくてもすぐに忘れちまいたいに決まってんだろうが」
「そうだよねえ、よくわかった」
大きくため息を吐いた後に、体を捻ってシズちゃんと反対側を向き一歩踏み出した。これ以上話すことなんてない。しっかりと前を向いてはいたが、瞳には何も映ってはいなかった。
虚しい、悔しいと思うのに、うまく言葉にできない。だから黙って去ることにしたのだ。
「おい、待てよ!」
背後から叫び声がしたが、気にせずに進むとそれ以上はもう呼ばれることはなかった。きっと苛立ちながら反対側へ歩き出したんだろう。
いつもみたいに追いかけてこない。俺はずっとそのことが怖かった。いがみ合っているうちはいいけれど、そのうち興味を無くしてシズちゃんが追いかけて来なくなるのを心底恐れていたのだ。
でも実際そうなってみたら、何をバカなことを考えていたんだろうと思うだけだ。虚無感が全身を襲い、駅へと向かいながら頭の中は空っぽだった。
俺はシズちゃんのことが、昔からずっと好きだった。出会った頃から長い間、もう十年近く経とうとしている。
しかし気持ちを伝えるつもりも、表に出すつもりもなかった。因縁の仲として過ごしていければ良かっただけだったのに、昨晩唐突に事件が起きたのだ。
池袋で仕事が終わり、帰り道で酔っぱらったシズちゃんに出くわした。驚いたけれど、普段とは違い怒られることもキレられることもなく、突然手を引かれてなぜか路地裏に連れて行かれてしまう。
「ちょ、っと…!なんだよ!!」
「なあ、おい臨也」
「酒臭いって!近寄るな、離せ、腕が痛いだろ!!」
捕まったのは、いつもと態度が違いやけに自然と手を取られたからだ。警戒が緩んだにしてはお粗末すぎて笑えなかった。なんとか逃げ出そうとしたけれど、背中をビルの壁に押しつけられ動けなくなる。
アルコールの匂いが鼻について、顔を顰めたがシズちゃんは身を乗り出して俺に寄ってきた。互いに息がかかりそうなぐらい近くて、これはちょっといろんな意味で、抑えている気持ちがヤバイと両肩を押した。
しかし全く微動だにせず、じっと見つめられてしまう。だから言葉に詰まって、視線を逸らした。その瞬間。
「んっ…う!?」
視界いっぱいに肌色が広がって焦点が合わず、唇にあたたかい感触を覚えた。何をされたのか一瞬で理解したが、認めたくなくて肩がビクンと震える。
だがそれだけでは終わらず、あろうことか舌が口内に差し込まれようとしていたので慌てて足の脛を蹴り飛ばす。当然通じるわけが無かった。
「ぐっ、う…っ、は!やめ、ろって!!」
懸命に顔を左右に振って逃れると、大声で叫んだ。するとあまりに近くで叫びうるさかった為か、シズちゃんが顔を顰め表情が険しくなった。今だと思い少し体を屈ませて腕から抜け出る。
これで逃げられる、と思ったのに突然動くが止まった。振り返るとコートの裾を掴まれていたのだ。
「離せ、っ!」
「逃げんじゃねえよ。いいからこっちに来い」
「ふざけんな!キスするなんてなに考えてんだよ!酔っ払いの癖に、ッ…どうせ明日には忘れてる癖に!!」
「ああっ?なに言ってんのかわかんねえいいから…」
まさかシズちゃんが、酔っぱらったら無節操にキスしたくなる性格だなんて知らなかった。普段はあまり飲まないのに、どうやら今日は上司にでもつきあわされたのだろう。いい迷惑だ。
この調子だとどうせ明日にはすべてを忘れているだろう。それが許せなかった。こっちは素面だし、キスなんてされたくはなかった。
「キスなんて、最低!死ねよ!!」
「あっ、手前いざやあああッ!!」
すかさずポケットからナイフを取り出し、二本ほどシズちゃんの体に投げつけ最後にコートの裾を自分で裂いた。そして振り返らずに走り、必死の形相で逃げる。
心の中ではシズちゃんへの恨み言ばかりを唱えて、駅にたどり着くまで足は止めなかった。さすがに酔っ払いの状態では追い切れなかったらしい。
ようやく振り返ると、人ごみの中にバーテン服の姿は無かった。安堵したけれど、まだ心臓はバクバクと鳴っている。なるべく平静を装っていたが、きっと動作に不自然さはあっただろう。
結局一晩中眠れはせず、仕事でもミスを連発してしまって耐えきれなくなって、同じ場所に来たのだ。まさか覚えていないだろう、と思っていたけど予想と同じだった。
僅かな淡い期待は無残に引き裂かれて、みじめな気分だ。何も起きなければそのまま普通に過ごせたのに、まだキスの感触を覚えている。舌まで入れられそうになったぐらいだ。
知らなければよかった。あたたかい腕と唇のことを知ってしまったら、感情が抑えられなくなって、無駄だと気づきつつバカなことをしてしまった。
「もうシズちゃんのことなんて…知らない」
誰にも聞かれないように、小声で呟く。それは自分自身への決意だった。
恋心なんて、いつまで引きずっていても無駄だ。いつも一方的に傷つけられて、向こうは何も知らず変わらない。俺だけがダメージを受け続けて、きっと最後には耐えられなくなるだろう。
わかりきっていたから、いつかは決別しなければいけないと思っていた。多分その時なのだ。
今後はなるべく池袋の仕事はしないし、会わないように注意すればいい。たったそれだけで、ストレスはなくなる。簡単なのに、今まで気をつけなかっただけだ。
暗い路地裏を抜けて駅前の通りに出る。長い間縛られてきたけれど、もうたくさんだ。疲れた。大きく深呼吸すると足を早める。そして新宿へと戻った。
頭の中では、もう完全に吹っ切ったと思っていた。だけど、どうやらそうではなかったらしい。普段なら起こらないことが起きてしまったのだ。注意を怠るというミスのせいで。
自宅に近づき気が緩んでいたのかもしれない。突如携帯が鳴り、それに出ようとしてポケットに手を入れた瞬間隙ができて、直後に全身を痛みが襲った。
「…ッ!?」
背中から殴られたと察知した時には遅く、そのまま地面に倒れこんでいく。頭からぶつけると思った寸前に背後から体を支えられて、強制的に起こされる。
「よお、折原」
「っ、誰…だ!」
とっさに携帯を落としポケットからナイフを取り出そうとしたが、反対側から手が伸びてきて遮られる。それどころか、もう一本の腕が顔の前に差し出され持っていたハンカチでいきなり口を押さえつけられる。
声を出すことができなくなって、慌ててもがく。これでは助けを呼ぶこともできなくなるからだ。しかし口内のものを吐き出す前に、左右から腕を掴まれ男三人がかりで運ばれ始める。
向かっている先は俺の事務所で、エントランスに入るとポケットを探られ鍵を取り出し開けられる。抗いたくてもがっちり押さえつけられているので顔を顰めるだけだった。
「んっ、うぅ!んっ、ふぅ!!」
「後少しだから黙ってろ」
そのままエレベーターに乗りこみ最上階まで着くと、迷いなく俺の事務所兼自宅へと辿り着き鍵を開けた。当然室内に押し込まれて、一直線に応接用のソファへと連れて行かれる。
案の定おもいっきりソファの上に転がされて、うつぶせにさせられた。慌てて後ろを向くと、一人の男が手錠を取り出し両手に嵌められてしまう。
腕は解放されたけれど、左右に動かそうとしてもほとんどさっきまでと変わらない。このままでは絶対にマズイ、と思い焦りながらもがく。逃れる方法も浮かばなかったが、まだ体力があるうちに抵抗しないと今後を考えると先が見えない。
「っ、うぅ…く、っ、んうぅ、ぐ!」
「喚いたって無駄だぜ。どうせ防音設備は整ってんだろ?残念だったな」
言われて後ろを振り向き男の顔を睨みつける。覚えは無いので、別の男を眺めるが同じだった。こいつらと会ったことは多分無い。恨まれることなんて多すぎて、心当たりが絞り込めなかった。
気持ち悪くニヤつく男は、ポケットから突然注射器を取り出す。嫌な予感しかしなくて、背中を汗が伝った。
「あんたは知らないだろうが、俺の仲間が薬でおかしくなっちまっったんだ。誰が売ったのか探ってたら、情報屋の折原って奴に辿り着いた」
「俺の彼女も、同じ薬で病院送りだ」
「こっちは妹と、友達だ。俺達ネットで知り合って、あんたを同じ目に遭わせようって計画したんだよ」
急にしゃべりはじめた男達を見ながら、随分と陳腐な計画だなと内心笑う。俺を捕えたことで気が大きくなったからなのか、自慢げに話す。
薬なんて知らない。しかしよく知っているとも言える。
普段取引のある上客が、製薬会社の人間だったり、裏の仕事をしているヤクザだったりする。勿論売人だって混じっていた。どこから漏れたのかわからない。
「さすがに同じ薬は手に入れることができなかった。高いしな。あんたは、粗悪品の媚薬で充分だろ?」
「うっ、んぅう!?」
媚薬だと聞いて目を丸くする。まさかこいつらは俺をレイプするつもりなのか、と改めて見つめてゾッとした。男相手の経験は当たり前だが一切無い。
「男が男の性欲処理、いや便器になるなんてみっともねえよな」
残りの二人が俺の右腕をしっかりと押さえつけたが、そいつらの手にも同じ注射器が握られていた。喉がひくり、と震える。
「たっぷり犯してやるよ」
「復讐だからな」
直後に手首部分の布が破れる音がして、痛みが走る。心の中で、シズちゃんのせいだと恨みを呟いた。
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2012-10-18 (Thu)
*リクエスト企画 のえ 様
幽+静雄×臨也(基本シズイザです) 18禁
シズイザ前提で静雄と幽の二人に楽しみながら調教される臨也の話
※幽×臨也の表現がありますので注意下さい
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「こんにちは」
「こんにちは、中どうぞ」
玄関の扉が開いてすぐに部屋に入るように促されたので、黙ってそれに従う。勿論警戒は解かないし、動作から感情を読み取れないかしっかりと行動を見つめる。
しかし向こうもさすが俳優という仕事をしているだけあって、まるっきり読めなかった。そういう性格なのかもしれないが。
「お茶入れてくるので座ってて下さい」
ソファを指差されたので、従う。彼はすぐんい台所の方へと消えたので、室内を見渡した。俺の新宿にある事務所も相当広いが、売れっ子の羽島幽平の部屋だ。
とても一人で住んでいるようには見えないぐらいリビングは広く、ソファも二つあり真ん中にテーブルが置いてある。五、六人ぐらいは座ることができるだろうし、室内にはテレビが二台もあった。
きっと寝室にもあるに違いない。型は少し古いものだったがCMに出演した時にでも貰ったのだろう。
随分と整頓されていて、生活感がほとんどない部屋を一通り見渡しソファに座るとすぐにトレイにカップと紅茶を乗せて戻って来た。彼の兄とは違い、随分と几帳面らしい。
温めてあるカップに紅茶を注ぐと、茶葉のいい香りが広がる。目の前にカップが置かれて、それからミルクの入った小瓶と砂糖壷を差し出された。
「お好みでどうぞ」
「ありがとう。でも俺はストレートが好きだから」
多分ミルクと砂糖は、時折尋ねてくる兄の為のものなんだろう。甘い物には目がないらしいし、不愉快だなと内心思いながら笑顔を作って話し掛ける。
「それで、俺に相談したいことがあるって何かな?」
「そう、ですね…」
話に耳を傾けていたが、彼はすぐに切り出そうとしなかった。自分の分の紅茶をカップに注ぎ、まるで時間を稼ぐみたいにゆっくりと口をつける。
もしかしたら緊張しているのかもしれない。直接俺の元に連絡があったのもはじめてだったし、なるほどと納得する。仕方なくこっちもカップに指を伸ばして持ちあげて、香りを嗅いだ後に飲んだ。
「臨也さんは、情報屋ですよね?もし知っているのでしたら、教えて頂きたいことがありまして」
「俺にわかることなら、内容と値段によっては」
暫くして切り出されたことに少し驚いた。てっきり彼の兄の平和島静雄とのことだと思い込んでいたからだ。
おもむろにポケットに手を伸ばすと、机の上に何かを置いた。見たことがあったが、そんなものが差し出されると予想していなかったので驚く。
「へえ…これ」
「ご存じですか?芸能関係の知り合いから頂いたものなんですが」
その一言でハッとする。そういえば芸能界にも黒い影が常にあり、一般人が考えているよりも簡単に暗い闇へと落ちることができるのだ。
「ふーん、全部薬は違うねえ。でもどれも同じ効果があるみたいだ。なんて言われて受け取ったのかな?」
「好きな相手に飲ませると、いいことが起こると」
「まあそうだねえ、確かにいいことが起こるかもしれないね。これ全部媚薬だから」
透明な袋に入っている粉薬に、錠剤に液体の入った小瓶。どれもが強烈な媚薬だった。見たことがあるのは、よく裏で流れているものだったからだ。
「これが本物かどうか、知りたいんだろ?」
「ええ、そうです」
「シズちゃんの弟ってことで、タダで教えてあげるよ。それは本物だ。結構値段も高いけど合法のもので、持っているだけでは捕まったりはしない。まあいらない、っていうのなら俺が処分してあげてもいいけど。ちゃんとお金は渡すから」
一気に捲し立てた後に、半分ぐらい紅茶を飲み干した。俺としては、彼に借りを作りたかったのでいい機会だった。普段なら金を要求する情報をあっさり自らしゃべる。
カップを皿の上に置き、薬に手を伸ばそうとしたがそれは途中で遮られる。口角を吊りあげて笑った。
「おや、いいのかい?彼女にでも使う気かな」
「あなたには関係ありません」
「そうだね。しかし見たところ、随分と多いじゃないか。こんなにどうやって集めたのかな?そのルートを知りたいな俺は」
机の上に置いてる薬の種類は五種類だ。貰ったと言うには多すぎる気がする。押しつけられたのかもしれないが、もしかしたら他の人間に頼まれて本物かどうか確認したかったのかもしれない。
簡単に口を割ったりはしないだろうが、一体どういう知り合いがいるのかと問い詰めようとしたその時。
「ん?」
玄関の方からガチャッ、バタン、となにやら音がしたのだ。どうやら勝手に誰かがの家に入ってきたらしい。もしかして一緒に暮らしている彼女だろうか、と思ったが荒々しい足音が聞こえてきて違うと気づく。
しかしわかった時には本人が部屋の中に現れて、心底驚いた。その場で硬直してしまう。
「えっ?シズちゃ…」
「よお、臨也」
金髪にバーテン服でサングラスというあまりに特殊な恰好で現れたのは、勿論天敵の平和島静雄だ。ここは彼の弟の平和島幽の自宅なのだからはちあわせるのも当たり前かもしれない。
しかしあまりに突然すぎるし、互いに顔を合わせてもいつもみたいにシズちゃんが激怒していなかった。おかしい、と一瞬で悟る。
「なんで…ッ、え!?」
すぐさまポケットに手を伸ばし折り畳み式のナイフを取り出そう、としたのだがそれが遮られる。それどころか、手首に痛みが走った。慌てて後ろを振り返ると、幽が俺の背後に立ち右手には注射針を持っていた。
先端がどこに刺さっているのか確認する前に薬液が注入されはじめて、肩がビクンと震える。シズちゃんが目の前に現れて、それ以外が急に見えなくなったせいだ。
「クソ…っ、うわ!?」
「おいどこ見てんだ手前」
慌てて体当たりして引き離そうとしたのだが、その前に左腕が掴まれて聞き慣れた声がした。背筋がゾクリと震えたが、先に弟の方をなんとかしないと手に力をこめた。だが。
「離せ、って…んぐっ!?む、うぅっ!!」
大声で叫んだ直後に、横から布のようなものが伸びてきて鼻と口に押し当てられた。あまりのことにパニックになり、暴れてしまう。呼吸が乱れて、鼻に強烈な匂いが漂ってきた時には視界が歪み始めていた。
すぐに思い浮かんだのはさっき机の上に出された薬だ。薬液を染み込ませたハンカチと、直接注射器を使って体に打たれたらすぐに効いてくる。
情報屋という仕事をしているので、何度も窮地に陥ったことはある。それでも今回ばかりは、逃げられなかった。
だってまさか、平和島静雄と平和島幽が俺を嵌めたのだから。一人だけではなく兄弟でだ。そんな卑怯なことをするような人間ではない、と二人をある意味で信じていたのが崩れる。
「…ぅ、っ」
それと同時に足からガクンと力が抜けてしまい、薄れゆく意識の中懸命に体を捩って相手を見た。俺にハンカチを押し当てて笑っている、シズちゃんを。倒れる直前まで。
「……合ってるな」
「そうだね」
「んっ、う…?」
やけに近くで話し声がして、ぼんやりとした意識を懸命に覚醒させて瞳を開いた。眩しくて一瞬何も見えなかったが、すぐに焦点が定まり誰がそこに居るか、気を失う前のことも思い出す。
「えっ?なに…ッ!?」
「目覚めたか?」
真っ先にバーテン姿の天敵が目に入ったが、いつもと様子が違っていた。あまりのことに思考は停止して、呆然としてしまう。怒りも動揺もすべて吹き飛ばすぐらい、シズちゃんは嬉しそうに笑っていた。
視線は真っ直ぐ俺を捕えている。どうして、なんで、と疑問の言葉が浮かんだ。
「兄さん、混乱してるみたいだ」
「えっ、え?」
すぐ傍に弟の幽がいて、すかさず俺の動揺を察してシズちゃんに説明する。視線が数秒だけ逸れたので安堵したが、さっきよりも優しく微笑みながら言った。とんでもないことを。
「幽に頼んで手前を呼び出したんだ。捕まえる為によお」
「捕まえる、って…まさか」
「そんでよお、今日から俺と幽のペットにすることにした。ちゃんと可愛がってやるからよ」
「……え」
聞き間違いだと思考が判断して、言葉が耳を通り抜けた。しかし向こうは上機嫌に何かを引っ張る仕草をした。すると聞き慣れない音がしたのだ。
ジャラッ、と金属が擦れ合う音でまるで鎖を引っ張ったみたいだと思う。そして不意に顔を下に向けて、またもや驚きで目を見開いたまま固まった。ありえないものが、体につけられていたからだ。
「ペットだからよお、首輪が必要だろ?臨也にすげえ似合ってる」
「ペット…首輪?え……ッ!?」
そこでようやく言葉の意味を理解する。冗談だと、そんなことをシズちゃんが言うはずがないという常識が脆く崩れた。証拠のように首につけられた赤い革でできた首輪の先に、鎖がしっかりと絡められている。
鎖の伸びた先には、腕があった。しっかりと掴んでいて、息を飲む。これは本気だと。
「ま、待てよ!ペットって、俺が?あははっ、まさか冗談…」
「冗談じゃないですよ、臨也さん」
「幽く、ん…?」
俺の笑い声を止めたのは、感情の無い冷たい声だった。慌てて首をそちらに向けると、シズちゃんと同じように彼も笑っていた。さすが俳優をしているだけあって、綺麗に整った笑顔だ。
急に不安がこみあげてきて、逃げようと体を起こそうとしたのだがまた耳障りな鎖の音がした。腕をあげると、手首に枷がついていてそこにも鎖が伸びている。今度こそ本当に、頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。
「これ、本気…なの?」
「そうだ。俺達二人のもんだからな」
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幽+静雄×臨也(基本シズイザです) 18禁
シズイザ前提で静雄と幽の二人に楽しみながら調教される臨也の話
※幽×臨也の表現がありますので注意下さい
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「こんにちは」
「こんにちは、中どうぞ」
玄関の扉が開いてすぐに部屋に入るように促されたので、黙ってそれに従う。勿論警戒は解かないし、動作から感情を読み取れないかしっかりと行動を見つめる。
しかし向こうもさすが俳優という仕事をしているだけあって、まるっきり読めなかった。そういう性格なのかもしれないが。
「お茶入れてくるので座ってて下さい」
ソファを指差されたので、従う。彼はすぐんい台所の方へと消えたので、室内を見渡した。俺の新宿にある事務所も相当広いが、売れっ子の羽島幽平の部屋だ。
とても一人で住んでいるようには見えないぐらいリビングは広く、ソファも二つあり真ん中にテーブルが置いてある。五、六人ぐらいは座ることができるだろうし、室内にはテレビが二台もあった。
きっと寝室にもあるに違いない。型は少し古いものだったがCMに出演した時にでも貰ったのだろう。
随分と整頓されていて、生活感がほとんどない部屋を一通り見渡しソファに座るとすぐにトレイにカップと紅茶を乗せて戻って来た。彼の兄とは違い、随分と几帳面らしい。
温めてあるカップに紅茶を注ぐと、茶葉のいい香りが広がる。目の前にカップが置かれて、それからミルクの入った小瓶と砂糖壷を差し出された。
「お好みでどうぞ」
「ありがとう。でも俺はストレートが好きだから」
多分ミルクと砂糖は、時折尋ねてくる兄の為のものなんだろう。甘い物には目がないらしいし、不愉快だなと内心思いながら笑顔を作って話し掛ける。
「それで、俺に相談したいことがあるって何かな?」
「そう、ですね…」
話に耳を傾けていたが、彼はすぐに切り出そうとしなかった。自分の分の紅茶をカップに注ぎ、まるで時間を稼ぐみたいにゆっくりと口をつける。
もしかしたら緊張しているのかもしれない。直接俺の元に連絡があったのもはじめてだったし、なるほどと納得する。仕方なくこっちもカップに指を伸ばして持ちあげて、香りを嗅いだ後に飲んだ。
「臨也さんは、情報屋ですよね?もし知っているのでしたら、教えて頂きたいことがありまして」
「俺にわかることなら、内容と値段によっては」
暫くして切り出されたことに少し驚いた。てっきり彼の兄の平和島静雄とのことだと思い込んでいたからだ。
おもむろにポケットに手を伸ばすと、机の上に何かを置いた。見たことがあったが、そんなものが差し出されると予想していなかったので驚く。
「へえ…これ」
「ご存じですか?芸能関係の知り合いから頂いたものなんですが」
その一言でハッとする。そういえば芸能界にも黒い影が常にあり、一般人が考えているよりも簡単に暗い闇へと落ちることができるのだ。
「ふーん、全部薬は違うねえ。でもどれも同じ効果があるみたいだ。なんて言われて受け取ったのかな?」
「好きな相手に飲ませると、いいことが起こると」
「まあそうだねえ、確かにいいことが起こるかもしれないね。これ全部媚薬だから」
透明な袋に入っている粉薬に、錠剤に液体の入った小瓶。どれもが強烈な媚薬だった。見たことがあるのは、よく裏で流れているものだったからだ。
「これが本物かどうか、知りたいんだろ?」
「ええ、そうです」
「シズちゃんの弟ってことで、タダで教えてあげるよ。それは本物だ。結構値段も高いけど合法のもので、持っているだけでは捕まったりはしない。まあいらない、っていうのなら俺が処分してあげてもいいけど。ちゃんとお金は渡すから」
一気に捲し立てた後に、半分ぐらい紅茶を飲み干した。俺としては、彼に借りを作りたかったのでいい機会だった。普段なら金を要求する情報をあっさり自らしゃべる。
カップを皿の上に置き、薬に手を伸ばそうとしたがそれは途中で遮られる。口角を吊りあげて笑った。
「おや、いいのかい?彼女にでも使う気かな」
「あなたには関係ありません」
「そうだね。しかし見たところ、随分と多いじゃないか。こんなにどうやって集めたのかな?そのルートを知りたいな俺は」
机の上に置いてる薬の種類は五種類だ。貰ったと言うには多すぎる気がする。押しつけられたのかもしれないが、もしかしたら他の人間に頼まれて本物かどうか確認したかったのかもしれない。
簡単に口を割ったりはしないだろうが、一体どういう知り合いがいるのかと問い詰めようとしたその時。
「ん?」
玄関の方からガチャッ、バタン、となにやら音がしたのだ。どうやら勝手に誰かがの家に入ってきたらしい。もしかして一緒に暮らしている彼女だろうか、と思ったが荒々しい足音が聞こえてきて違うと気づく。
しかしわかった時には本人が部屋の中に現れて、心底驚いた。その場で硬直してしまう。
「えっ?シズちゃ…」
「よお、臨也」
金髪にバーテン服でサングラスというあまりに特殊な恰好で現れたのは、勿論天敵の平和島静雄だ。ここは彼の弟の平和島幽の自宅なのだからはちあわせるのも当たり前かもしれない。
しかしあまりに突然すぎるし、互いに顔を合わせてもいつもみたいにシズちゃんが激怒していなかった。おかしい、と一瞬で悟る。
「なんで…ッ、え!?」
すぐさまポケットに手を伸ばし折り畳み式のナイフを取り出そう、としたのだがそれが遮られる。それどころか、手首に痛みが走った。慌てて後ろを振り返ると、幽が俺の背後に立ち右手には注射針を持っていた。
先端がどこに刺さっているのか確認する前に薬液が注入されはじめて、肩がビクンと震える。シズちゃんが目の前に現れて、それ以外が急に見えなくなったせいだ。
「クソ…っ、うわ!?」
「おいどこ見てんだ手前」
慌てて体当たりして引き離そうとしたのだが、その前に左腕が掴まれて聞き慣れた声がした。背筋がゾクリと震えたが、先に弟の方をなんとかしないと手に力をこめた。だが。
「離せ、って…んぐっ!?む、うぅっ!!」
大声で叫んだ直後に、横から布のようなものが伸びてきて鼻と口に押し当てられた。あまりのことにパニックになり、暴れてしまう。呼吸が乱れて、鼻に強烈な匂いが漂ってきた時には視界が歪み始めていた。
すぐに思い浮かんだのはさっき机の上に出された薬だ。薬液を染み込ませたハンカチと、直接注射器を使って体に打たれたらすぐに効いてくる。
情報屋という仕事をしているので、何度も窮地に陥ったことはある。それでも今回ばかりは、逃げられなかった。
だってまさか、平和島静雄と平和島幽が俺を嵌めたのだから。一人だけではなく兄弟でだ。そんな卑怯なことをするような人間ではない、と二人をある意味で信じていたのが崩れる。
「…ぅ、っ」
それと同時に足からガクンと力が抜けてしまい、薄れゆく意識の中懸命に体を捩って相手を見た。俺にハンカチを押し当てて笑っている、シズちゃんを。倒れる直前まで。
「……合ってるな」
「そうだね」
「んっ、う…?」
やけに近くで話し声がして、ぼんやりとした意識を懸命に覚醒させて瞳を開いた。眩しくて一瞬何も見えなかったが、すぐに焦点が定まり誰がそこに居るか、気を失う前のことも思い出す。
「えっ?なに…ッ!?」
「目覚めたか?」
真っ先にバーテン姿の天敵が目に入ったが、いつもと様子が違っていた。あまりのことに思考は停止して、呆然としてしまう。怒りも動揺もすべて吹き飛ばすぐらい、シズちゃんは嬉しそうに笑っていた。
視線は真っ直ぐ俺を捕えている。どうして、なんで、と疑問の言葉が浮かんだ。
「兄さん、混乱してるみたいだ」
「えっ、え?」
すぐ傍に弟の幽がいて、すかさず俺の動揺を察してシズちゃんに説明する。視線が数秒だけ逸れたので安堵したが、さっきよりも優しく微笑みながら言った。とんでもないことを。
「幽に頼んで手前を呼び出したんだ。捕まえる為によお」
「捕まえる、って…まさか」
「そんでよお、今日から俺と幽のペットにすることにした。ちゃんと可愛がってやるからよ」
「……え」
聞き間違いだと思考が判断して、言葉が耳を通り抜けた。しかし向こうは上機嫌に何かを引っ張る仕草をした。すると聞き慣れない音がしたのだ。
ジャラッ、と金属が擦れ合う音でまるで鎖を引っ張ったみたいだと思う。そして不意に顔を下に向けて、またもや驚きで目を見開いたまま固まった。ありえないものが、体につけられていたからだ。
「ペットだからよお、首輪が必要だろ?臨也にすげえ似合ってる」
「ペット…首輪?え……ッ!?」
そこでようやく言葉の意味を理解する。冗談だと、そんなことをシズちゃんが言うはずがないという常識が脆く崩れた。証拠のように首につけられた赤い革でできた首輪の先に、鎖がしっかりと絡められている。
鎖の伸びた先には、腕があった。しっかりと掴んでいて、息を飲む。これは本気だと。
「ま、待てよ!ペットって、俺が?あははっ、まさか冗談…」
「冗談じゃないですよ、臨也さん」
「幽く、ん…?」
俺の笑い声を止めたのは、感情の無い冷たい声だった。慌てて首をそちらに向けると、シズちゃんと同じように彼も笑っていた。さすが俳優をしているだけあって、綺麗に整った笑顔だ。
急に不安がこみあげてきて、逃げようと体を起こそうとしたのだがまた耳障りな鎖の音がした。腕をあげると、手首に枷がついていてそこにも鎖が伸びている。今度こそ本当に、頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。
「これ、本気…なの?」
「そうだ。俺達二人のもんだからな」
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